時計~初めての誕生日プレゼント~
ヘルトに連れられてやって来たのは、街のはずれにある古い骨とう品などを扱う古いお店だった。
古いと言っても、白い石壁は新しく、店舗自体は小さなレンガ造りの二階建ての家になっていて、どちらかというとノスタルジックな雰囲気を感じる。
「おお‥!素敵なお店ですね!」
「ここは、グランシア家と古くからの付き合いがある店なんだ」
ここは何代か前の執事さんのご実家だそうで、ヘルトも養子に入ったばかりの頃によく連れてこられたと話してくれた。…残念ながら、うっすら残ってるカサンドラの記憶をたどっても、彼女がここに来たことはなさそうだけど。
「いらっしゃいま‥おやこれは、ヘルト坊ちゃま。ようこそおいでくださいました」
店に入ると、優しい面差しの初老の店主さん?が笑顔で迎えてくれた。しかし、私の顔を見るなり少し驚いたように目を見張る。
「アレクシス様…?!」
「!あ、ええと」
「ウィル、彼女は妹のカサンドラ・グランシアだ」
「あ‥カサンドラお嬢様!!これはこれは、失礼を‥」
ヘルトが紹介してくれるのだが‥本当に私とお母様はそっくりなのね。
「‥初めまして、になるのかしら?。‥恐らく私がこちらに来たことはほとんどなかった筈でしょう」
あったとしてもおそらく物心がつく前と予想しての発言である。
「あ、ええ。そうですね‥いや、しかし。本当にお美しくなられて‥。ヘルト殿とお似合いですね」
ん?!お似合い??
どう反応すべきか迷ったのだが、私より先にヘルトが反応した。
「ごほん!ウィル。…時計は?」
「ふふ、只今ご用意します。‥でも、良くお分かりになりましたね。今日にでもご連絡を差し上げるつもりでしたが、まさかいらっしゃるとは」
「そうか?なんとなくそろそろだろうと思っていたから」
ウィルさんが棚から少し大きめの箱を取り出すと、開いて見せた。
私が知っているような蓋のあるタイプのものではなくて、蓋の中央部分に丸いガラスがはめ込まれていて、蓋を開かなくても時刻がわかるものだった。
「これは、父上から初めていただいたものだ。今でこそ蓋のないハーフテンダーはどこにでもあるが、当時はまだ出始めだった。それが珍しいだろう、とグランシア家に来た時にもらったんだ」
「その時もこちらでお買い求めいただいたんです。これは特注のモノですので、ヘルト様のイニシャルが彫られている、世界に一つだけの時計なんですよ」
そう言って見せてくれた裏側には、確かにG・Hのイニシャルが彫られていた。
道理で大切にするわけだな、と納得してしまう。…けれどその割にはヘルトの表情がさえないのはなぜだろう?
「‥ここは他にもいろいろあるからな。見てきたらどうだ?サンドラ。」
「あ‥ええと、そうですね」
「当店は骨とう品の他、時計も各種ご用意しております。品ぞろえは街でも五本の指に入ると自負しておりますので‥。お嬢様が気に入るようなものがあればよいのですが‥ゆっくり御覧にくださいませ」
「ありがとうございます、ウィルさん」
確かにヘルトもことも気にはなるのだけど‥それよりなにより、実はこういう店は大好物なのだ。
(日本でも骨董品屋めぐりとか、アンティークジュエリーとか好きだったな)
ぐるりと店内を見渡すと、暖色系の優しいランプの優しい光で包まれており、なんだか柔らかい雰囲気を演出している。…油断すると寝てしまいそうなほど。
こういう雰囲気は好きだなあ。
「ヘルト、少し見てきます!」
「ああ。」
棚にはアクセサリから始まり、小さな調度品や宝石が所狭しと並んでいる。二階部分にはソファーやベッドもいたな大きいものもあったりして、意外と店内は広い。
値札を見ても、リーズナブルのものから、家一軒変えてしまうほどの高級品までずらりと並んでいて、一日中見てても飽きないかもしれない。
その中でも、ウィルさんご自慢の時計は本当に種類が多い。
「おお…すごい。細工が綺麗!時計って本当に色々あるのねえ」
壁かけから置時計、懐中時計から腕時計まで各種取り揃えており、特に懐中時計は本当に数が多い。
美しい銀細工の装飾が施されているものから、唐草模様、普通の花柄、中には月や星をモチーフにしたデザインのものもあり、つい見入ってしまう。
「あまり触るなよ。壊すから」
「壊しませんよ、失礼な!」
ふと、私は一つ気になる懐中時計を見つけた。
決して華々しいデザインではなくいのだが、造りがとても綺麗だったのだ。
それは蓋付きのタイプで、中央に瑠璃色のガラスがはめ込まれてた。
ガラスの中には小さな石が煌めく星のようにちりばめられており、まるで夜空のようだ。周りはブロンズのでできていて、細かい彫刻が刻まれていた。
手に取ってみると、大きさは普通の懐中時計よりも小さめで、ペンダントのように首に下げることもできそうだ。
「これ時計?」
「そこのリュウズ‥ねじの部分をひねってみろ」
ヘルトの言うとおりにすると、ふたが開いた。中は普通の時計のようだ。
「本当だ。‥凄い、懐中時計ってこうなってるんだ」
「‥買ってやろうか」
「え?!!い、いいえ、自分で買いますけど?!」
「もう少しで誕生日だろう?」
「!!」
そうだったの?!
衝撃の事実に驚いてしまう。え、いつだろう?
さすがに私の誕生日はいつですか?とは聞くのはまずいだろうなと思うので、それ以上は何も言えない。
「え、えっと、でも」
「‥俺がそうしたいからそうするんだ。気にするな」
「‥‥は はい」
でも、そうか誕生日。
実は誕生日プレゼントをもらうのは‥人生で初めてだ。
日本ではそもそも私にプレゼントをくれるような人はいなかったし、今思えば人間不信に陥っていたのだろうか、気を許せるような友人もいなかったのだ。
(…何もしていないのに、贈られるものなんだ)それが、こんなに嬉しいものだなんて。
「ふふ、ヘルト坊ちゃま、よろしいのですか?もっと雰囲気があるような場所でお渡しになった方が」
「…余計なお世話だ、ウィル。一応リボンくらいはかけておいてくれ」
「かしこまりまして。‥ああ」
照れ隠し?だろうか。ぶっきらぼうにヘルトがそう告げると、ウィルさんはますます笑みを深め。何かを思い出したように手をポン、と叩いた。
「そうだ、少々お待ちくださいませ」
「?」
バタバタとウィルさんが店の裏に走っていくのを見送り、なんとなくヘルトと顔を見合わせてしまう。
‥と思ったら、なんか思い切り目をそらされた。
何だよ?と思ってみてみるのだけど…耳まで赤い。うわぁ…何この感じ?!こっちが貰い照れるわ!
「む、無理しないくてもいいのに。やっぱり自分で!」
「‥…贈りたい、と言ってるんだから、こういう時位は素直に受取ってくれてもいいだろう?それに、無理はしてない。稼ぎは良いからな」
…稼ぎって、どれくらい貰ってるんだろう。
ただでさえ平日も休日もいろんな仕事で追われているんだろうから、遊ぶ暇なんてあるんだろうか?いや、ないだろうなあと容易に想像できる。
使いどころがないってこと?な、なんか可哀そうになってきた。
「…それでは、ありがたく…」
「…今、何か失礼なこと考えてなかったか?」
「とんでもございません!」
あ、いつも通りに戻った。
そんなやりとりをしているうちに、ウィルさんが戻ってきたのだが‥なんと手には大輪のピンクローズを抱えている。2、4…あ、だめだ数えきれない。多分10本以上はありそうだ。
「お待たせいたしました。懐中時計はこのようにラッピングいたしました。よろしいでしょうか?」
「ああ、ありがとう」
「それと‥これは朝摘みの薔薇でございます」
そう言って、ウィルさんはヘルトに花束を渡そうとしている。
「…この花束は?」
「ええ、カサンドラお嬢様に贈らせていただこうと思いまして」
花束と一緒に差し出された小さな箱には可愛いピンク色のリボンがかけられていた。薔薇の色とあわせてくれたのかしら?
はしゃぐのはなんだか淑女としてはどうかしらと思うので、にっこり微笑んで少し我慢しよう。
私は年甲斐もなくワクワクしてるのだが、ヘルトはなぜかやや引いている。‥なんで?
「カサンドラに渡すものだろう?何故、俺に」
「何をおっしゃいます。女性に贈り物をするとき、花束は必須でしょう?」
「…え?いや、ウィルが直接渡せば…」
「この老いぼれにもらうよりも、お嬢様だって坊ちゃまからもらう方が嬉しさも二倍、この薔薇もきっと喜ぶことでしょう」
うん??私としては、どちらでもいいんだけどな?
訳も分からず首を傾げる私だったが、何故かヘルトは動揺しているように見える。
「い、いや、そうは言ってもだな」
「‥薔薇は暖かい場所にいると、しおれてしまいます。さ、お早く!」
「‥‥…」
ウィルさんは、ヘルトの胸に半ば押し付けるように花束を渡した。
はたから見ると、男性が男性に贈り物をしているように見えるんだけど…。まあとにかく、ヘルトはウィルさんに根負けしたのか、ため息をつきながらおずおずと花束を受け取った。
「と、とにかく!今日は帰る。行くぞ、サンドラ」
「え?!は、はい!!」
ちょっとプレゼントしてくれるんじゃないの?!
あわてて後を追いかけるのだが、ヘルトは足が速い。もう、なんなのよー。
去り際、ウィルさんにお礼を言って店を出たのだが、なんだか生暖かい目で見送られたのは気のせいだろうか…。
帰り道、私とヘルトは公園の参道を歩いた。
歩調も合わせてくれているので、肩を並べて歩いている。が、ヘルトはずっと無言だ。
しかしピンクのバラを抱えて歩くその姿に、周りの女性達の視線がちらちらと彼に注がれている。いや、まあ、絵になるけどさ。
空を見上げると、太陽は沈む準備を始めるように、西の方へ傾き始めている。昼間にじりじりと照り付けていた日差しは和らいで、時折吹く風が気持ち良い。
噴水広場に差し掛かった頃、ちょうど木陰にあるベンチがあいているのを見つけた。
「少し、座りませんか?」
「…ああ」
噴水の前で遊んでいた子供たちが一斉に駆け出すと、水浴びに来ていた鳩は一斉にバサバサと飛び立っていった。飛び立った鳥たちをなんとなく見上げていると、ヘルトがすっとピンクローズの花束を渡してくれた。
「ほら。…誕生日には早いが」
「ありがとう、ヘルト」
そう言って、ヘルトは少し照れくさそうにしながら、小さな箱を手渡してくれた。
私はドキドキしながらも、そっと受け取った。ただ、純粋に嬉しい。
「‥えへへ、嬉しい」
「それは良かった。」
人生初の誕生日プレゼント、まさかこんな形で貰えるとは思っていなかったけど。
ヘルトはしばらくあらぬ方向を向いていて、こちらをみようともしない。でも顔が赤いのはよくわかるので、しばらく見て見ぬふりをした。




