荒れる乙女心
午後14時頃。
昼のオーダーラッシュはひとまず落ち着きを取り戻した頃‥怒涛のようなランチタイムは終了し、店内には私とアードラしか残っていない。
そんな私の隣の右手の席では、ノエルは頬杖を突き、にこにこと私の顔を見つめながらまくまくとコーヒーを飲んでいる。
‥こ、こっち見んな。
「お、お疲れ様‥です」
「うん、疲れたけど、きみの顔見たら疲れも吹っ飛んだ」
なんて言うくせに、この冷めた空気は何なのよ?
なんとなく視線をさ迷わせると、ぐったりとカウンターに突っ伏しているラヴィと、それを楽しそうに見つめるアードラの二人が目に入る。
(‥とりあえず、無事でよかった)
「結構楽しかっただろ?」と、アードラ。
「‥僕は生まれて初めて本気で死ぬかと思ったよ」
「まあ、働くというのはそう言うことだ。いいだろ、いつもウサギでだらだら過ごしているだけなんだろうから」
「…っ。アードラも一回体験してみればいいものを…!」
「愛玩動物って可愛がられるのが仕事だし?僕は他の面でご主人さまのお役に立っているからね」
二人のやり取りをほほえましく思っていると、急に冷たい空気がこっちを向いた。
「…ユリウス公子と、婚約したって?」
「え?!何で知ってるの?!」
「オレの情報網なめんなよ」
な、何だ、怒ってた理由ってもしかしてこれ?こちらとしてはもっと恐ろしいことを考えて居たので、ちょっと肩透かしを食らったような気分になった。
「…あからさまに安心したような顔をして」
「え?!いや、だって二年間の期間限定だし…」
「そう言うところが甘いんだって。で、どういうわけ?」
私はなんだか必死に言い訳をしているような妙な気分になりながらも、事情を説明した。
カシルのこと、私の置かれている結婚事情など、委細違わずノエルに納得するまで語って見せた。
全部をしっかりと説明すると、ひとまず納得はしてくれたようだった。
「なるほどね?‥まああのカシル坊ちゃんなら、小賢しい手を使ってきそうだから、抑止力にはなるだろうけど、根本的解決にはなっていないんじゃないか?」
「‥その言い方。カシルとどこで知り合ったの?」
「朝、依頼に来たんだ。カサンドラについて調べてほしいと」
私について調べる…?なにそれ怖い。
「え、え、で し 調べたの?!」
「‥‥さあ、どうだろう?」
ノエルは二ッと笑うと、徐々に私との距離を縮めてくる。
すると、ちょうど左隣に座っていたアードラが後ろから私の肩をすっと抱いた。
「はい、近づきすぎー。大丈夫だよ、今日の朝の話でしょ?このウサギの面倒を見てたからそんな暇はないって」
アードラの牽制(?)に面白くなさそうにすっと身を引くと、カップに残っていたコーヒーを飲みほした。
「…‥ま、残念ながらそうだ。カシルと話した感じだと、簡単に諦めなさそうな感じだったな。家のため―とか言い出す奴なんて、古今東西たちが悪いに決まっている」
「家の為…ああ、やっぱり‥ユリウスの言う通り、伯爵家から公爵家にするために、私と縁を結びたいっていうことね?」
なんだか、政略的な世界と無縁でいたいのに‥そこはどうにもならないらしい。
それにしても彼が求めてるのは家紋の名前であって、私に興味がないというのは‥仕方ないとはいえ、ちょっと腹立つわね。
「‥カサンドラ・グランシアは私のものであって、誰のモノでもないわ」
私が何気なく呟いた言葉に一瞬、シン、と静まり返る。
え?何?変なこと言った??なんとなく気まずいので、コーヒーをググっと飲み干した。
「うんうん、そうそう。僕はご主人様のモノだけどね」
「いいなあ、それ、オレが言いたいセリフだなぁ」
「‥‥カサンドラ、そういうとこ…かっこいいよね」
と、三人は三者三様の評価?を口にする。…普通みんなそんなものじゃないの?
「‥そう言えば、カシルが妙なことを言っていたな。」
突然何かを思い出したようにノエル呟く。
「妙なこと?」
「ああ、カサンドラを調べることで、仕込みが必要‥とか何とか」
「え?仕込みって何?怖いんだけど?!」
「さあ?なにやら自信ありげだった」
か、カシル…ちょっとそれって人としてどうなの?
なんだかもう実際の『ヘヴンス・ゲート』の世界とはかけ離れすぎてるみたい…。確かにアードラの言う通り、もうこの物語は私が作っていくものなんだろうな。
「ご主人様の身辺を調べて‥外堀から埋めてくつもりかな?囲い込み作戦みたいなやつ」
「外堀、ねえ。はは、相当難易度高いな。‥むしろぜひ推奨したいね。ヘルトにぎったぎたにされるのが目に見えてる」
た、確かにヘルトを敵に回したら‥ご愁傷様、だわ。
「まあ、外堀作戦はうまく行くわけないにしても…簡単には引き下がらなさそうだ」
平和的楽観主義(?)のラヴィにしては珍しく辛辣な意見をのべた。ああ‥もう、めんどくさいなあ。
「よし!ならさ、私が直接フラムベルグに赴いて諦めるように説得するとか‥」
「そんなことしてまた自分を窮地に追い込む気?だから考えなしって言われるんだよ?」
…。
本日のラヴィは、私に対して随分塩対応だ。‥な、なんか悔しい。
「‥今のところオレとカシルは取引関係上にある。ある程度サンドラの情報も提供するけど、何を教えるのか、何を教えたか全て君に確認したうえで報告する。‥これは、いいな?」
「う、うん。ある程度は仕方ない。ノエルだって信用問題があるだろうし。‥そこは私も理解しているつもりだよ」
むしろ、私でさえ知らない過去のカサンドラについて調べてくれるというのなら、願ってもいない。私は確かに彼女を引き継いだけど、それ以前についてはヘルトの方がよほど詳しいのだろう。
(いつかそれが、自分を窮地に追い込むことになるかもしれないし、手はいくつもある方がいい)
「それを踏まえたうえで、カシルがその情報を仕込んで何をするのか、というのをきっちり調べておいた方がよさそうだね」と、ラヴィ。
「ひとまず、オレとラヴィで、あいつの持つ切り札とやらを調べ上げる。‥そうだな、2日貰えればいいな。」
ラヴィは少し驚いた様子だったが、どことなく嬉しそうにしている。‥この二人、随分仲良くなったみたいね??頼もしいなあ。
「にしても、仕込み、ねえ。」
「なあに、アードラ?気になることでもあるの?」
「いや、御主人様のことを調べて、その情報をもとに何を仕込むつもりなのかな、って考えてみた」
…言葉にしてみるとなんて不穏な奴なんだろう、カシル・フラムベルグ。
「…ところで、大事なことを聞き忘れていたな、サンドラ」
「?なあに、何かあったっけ?」
「カシルの前で、どうやって婚約宣言したんだ?」
「……え」
嘘、そこを聞くの?
婚約の理由がわかれば十分じゃないの?!いや、でもでも、私は何も悪くないわ?!なんでこんな後ろめたい思いをしないといけないのかしらね?!
そうよ!!私は悪くない!!
「え…っと、その、カシルが仕掛けてきた公開プロポーズショーで…公衆の面前で、その」
とか何とか言いつつ、どうしたって顔は赤くなるしもじもじだってしてしまう。だって…キスされたなんて言いにくいに決まってじゃない!!私だって一応女子なんだからね?!
「うん、それで?具体的には?」
そんな私を眺めながら、三人の男たちが舐めるようにこちらを見てくる。特にノエル。なによそのにやにや顔!!こ、これなんの羞恥プレイ?!プライバシーの侵害!!人権侵害!!
「…退路を断った上で、私に断りにくい状況に追い込んだ‥かかかカシルが悪いのよ!!なによ!!文句あるなら受けて立つわ!!」
なんて逆ギレた私をノエルはさも楽しそうに見ている。ラヴィはラヴィで‥こいつも笑いをこらえてる‥こいつら何があったのか知ってたわね?!知っててあえて聞いてきてるのね?!
「‥なんでいきなり喧嘩腰になるんだよ、全く‥まあいいや。物珍しい顔が見れたし、まあそれで良しとするさ」
「ノエルのバカ!!もう!!さっさと調査でも始めたら!?帰るよ、アードラ!!」
「…なんっか、面白くないなー?この感じ…知らないの僕だけだよね?」
などとぶつぶつ言いながらも、アードラが後ろからついてきた。じっとこっちを見てくるけど…こいつにも、絶対教えない。
「ねえねえ、ご主人様」
「なあによ…」
ツンツンと肩を叩かれて振り向くと、何故か私の目の前にアードラの顔があった。
一瞬バチっと視線が合う。その瞳が悪戯っぽく輝いて…。
ちゅっ。と何かが顔にぶつかった。いや、正確に言うと唇に。
「あはは。隙だらけ」
「‥ッ…ああああんた!!!」
あははじゃねーー!!なににっこり笑ってやがるんだこの鳥め!!!
「いいじゃん、減るもんじゃなし…」
「おい、ちょっと面貸せアードラ」
「ヤダなーノエル。暴力反対」
いい加減限界を迎えた私は、バタン!と思い切り店の扉を閉めた。
この後、アードラがどうなったかは知らない。私はずかずかと歩きながら、考える。
これで、不意打ちのキス‥二回目だ…。
なんだろう、私ってやっぱりみんなの言う通り隙だらけなんだろうか?いや、防衛本能?ガードが緩すぎるのだろうか?
(こ、これはちょっと、いや、かなり‥落ち込むわ…)
私だって人並みに憧れているシチュエーションとか、色々あるのに。情緒もへったくれもないのが二回も。
はぁ‥とつい、ため息をついた私の目の前に、そもそもの元凶が姿を現した。
「わあ!!これは運命でしょうか?私のこと、覚えていらっしゃいますか?!」
「‥‥‥‥」
ええ、そりゃ、覚えてらっしゃいますともよ。大体あんたのせいだ、カシル・フラムベルグ。
多分私は今日イチ、心底嫌っそうな顔をしてると思う。自慢じゃないけど、淑女らしからぬひどい形相だろう。
「ふふ。そんな表情しても私は絶対にめげませんよ。これから一緒にお茶でも…」
「…いえ、私は」
もうこの顔で察して退散してくれないかな?
なんて思ったりもしたけど、ノエルたちの評の通り、カシルは諦めなかった。
「そうおっしゃらずに」
このポジティブモンスターめ‥。一発殴ってやりたい。
そろそろ本気で殴ろうかという気持ちと淑女としての常識とがぶつかり合い始めた頃‥、私の目の前に誰かがすっと立ちはだかった。
「悪いが先約がある」
そこにいたのは‥我が兄、ヘルト・グランシアだった。
真打ち(?)、登場。




