物語の主人公は、勿論
「うああーーん!!ラヴィがかえってこないよぉーーー!!」
次の日の昼頃、いつもならいる筈のラヴィはいまだに姿を見せない。
ご主人様は、自室のソファーで三角座りをしながらわんわん泣いていた。メイドたちはおろおろしながらも、ウサギを探しに行ってくれているようだ。
「落ち着いてよ、ご主人様。あいつだって一応魔法使いの端くれだろ?大丈夫だって」
「そう言っても!野犬に襲われたりしたらどうするの?!」
ぐすん、とご主人様が涙目でこちらを見て訴えてくる。
‥こんなこと言ったら怒られるだろうけど、ご主人様の泣き顔は正直いって可愛らし…いや、そうじゃなくて。
「あんまり泣き顔さらしたら食べちゃうよ?」
「私なんて食べてもおいしくないでしょ!!」
……。
全然効果なし。僕だって結構絵本に出てくる王子様ばりな容姿だと思うんだけどなぁ。彼女は王子様願望じみたものは持ち合わせていないのだろう。まあ、そう言うところもいいけど。
しゃくりながら、ごしごしと服の袖で涙をぬぐうので、ハンカチを手渡した。
それを奪い取ると、じっとこちらを見てきた。
「…アードラは、ラヴィのこと嫌い?」
「嫌いっていうか。…ちょっと、空気が違うのが気になる、かも」
「空気が違う?」
「そ。…確かに君の味方なんだけど、どこかしら信用ならないっていうか。まあ、僕が言えた義理じゃないけどね」
そう、言葉にできない違和感、のようなものを彼からは感じる。
与えられている役割を演じているだけというか、システムで設定された言葉を選んでいるというか。もしかしたら、それは大いなる意志の枠組みから外れていない彼らと似ているかもしれない。
「だからっていじめないでよ!」
「いじめられっ子の顔をしているのはラヴィだろ?…‥カサンドラぁ―、泣かないでってば」
全く、ご主人様にとって、ラヴィというのはどんな存在なんだろう?
まるで家出をした息子を心配する母親の図だ。羨まし‥くはない、な。うん。
「‥多分、怪我とかはしていない。怪我したり、異常があれば僕でもわかるから」
「アードラでもわかるの?」
「まあ、なんとなく、気配を追うことが出来るんだ。‥不思議なつながりだよね」
兄弟というのはそう言うものなんだろうか?
なんだかラヴィというやつは自分では兄とか言うけど、僕からすれば年上の弟みたいなものだ。
甘くて、不器用で、感情の起伏が実にわかりやすい。怒るときは怒るくせに、すぐしょんぼりするとそれを隠そうともしないのだ。
「まあ、たまーに、いじめたくなる‥っていうのは認めるよ。真性のいじめられっ子みたい」
「…アードラ、なるほど‥あなたはSなのね。なんかユリウスに似ている腹黒さだわ」
ユリウス。というと、あの公子様だろうか。
「そのユリウスってのと僕、そんなに似ている?」
「顔とかじゃなくて、腹黒加減よ、・・ああ、そうだ、ユリウスの問題もあったんだわ」
「?問題…?」
「一応彼と私は公式上婚約することにしたのよ」
「こん、やくって…はあ?!!何それ!!」
「公式上で、期限付きの婚約よ。ちょっとおかしな奴に捕まっちゃって。昨日は脱線してしまったけど、その話をしようと思っていたのよ。こんな展開シナリオにないでしょ?ヒロインはヴィヴィアンで私じゃないもん」
何で、こう大事なことを後回しにするんだ?!
僕はため息をつきながら、まだぐすぐすいうご主人様の肩に手を回した。
また怒られるかとも思ったけど、そこは素直に身をゆだねてくれた。
「…うーん。ご主人様、そのヒロインだとかシナリオとか、この際考えるのはやめた方がいいよ」
「どういうこと?」
青色の瞳が驚いたように見開いて、こちらを見上げた。
「これは既にカサンドラの物語であって、ほかの誰の物語でもないってことさ」
「私だけの、物語?」
「そうだよ。登場人物は僕やラヴィに、ノエルやヘルト。‥腹が立つけどユリウスもそうだろ?ヴィヴィアンやら他の連中はご主人様のわき役で、主人公はこっち。‥‥違う?」
カサンドラは、僕の腕の中でふるふると勢いよく首を左右に振る。
「私が選んで、私が進めてる。‥‥アードラの言う通りね」
「そうそう。だから、好きなように物語を作って、好きな方へ進めばいいじゃん、ね?」
「‥‥うん」
いつになく素直なご主人様に、なんだかこっちの方が落ち着かない。
少し濡れた瞳も、僕の肩に甘えるように(わけでもないけど)頭をのせているところも、柔らかい髪も、今この瞬間は自分の腕の中にある。
煩いくらいの心臓の音に少し戸惑いながら、そっと腕に力を込める。
(ちょっとくらい‥)と、邪な考えが脳裏をよぎった瞬間。
ごん、と思い切り顎を強打した。
「いっ」
カサンドラが急に顔をあげたせいで、近づけていた僕の顎に頭突きを食らってしまった。
ゆ、油断してるようにみせかけてこれか!
「うん!!わかった!!もう好きなように生きてくわ!!」
「う、うん・・それでいいと思うよ」
「ありがと、アードラ!目からうろこっていうの?なんかすっきりしたわ!」
まるで晴れた空みたいにカラッと笑うご主人さまの笑顔が眩しい。その笑顔が見れたら、顎の痛みなんて怪我の功名くらいに思えてしまう。
「どういたしまして」
そのままぐりぐりと頭を撫でてくるのだが、なんだかつられて笑顔になってしまう。…僕は犬じゃないんだけどな。
「よおし、ラヴィはきっと大丈夫よね!とにかく、お風呂に入ってすっきりしないと!その後は街に繰り出すよ!!」
ほんと、うちのご主人様は切り替えが早いなあ。
まあ、もうちょっとくらい落ち込んでくれてた方が、良かったかな?せっかく可愛かったのに。
なんて、少しだけ思ってしまった。
**
「ヴィヴィアン様、贈り物が届いております…けれども」
「…ありがと、ギネリーさん‥…」
ヴィヴィアンは、目の前に積み重なっている山のようなプレゼントを目の前にして、大きなため息をついた。
(毎日、毎日、毎日…よくもまあ飽きないものね)
ぱらりとメッセージカードが落ちるが、それを拾い上げると再びため息をつく。
どのカードも差し出し人は『レアルド・ルベリアム』、『レイヴン・クロム』…‥ほかにも新作のドレスなど、バルクからの贈り物もあることにはあるのだが、先の二人に匹敵する数ではない。
最近、ヴィヴィアンは悩んでいた。
レアルドとレイヴンから、やれ舟遊びだのやれ舞踏会だの…ひっきりなしに誘いが来るのだ。
贈られてくるものはどれも高級品で、それこそ国一つ買えるではないかというくらいの量で、かといって無下にもできず、こうして放置している。
「あの―‥、バルク様がいらしてますけれど」
「いま。行きますね」
ヴィヴィアンは神殿の離れにある家に住んでいる。
迎えに来たバルクのエスコートで馬車に乗り込むと、街に向かって走りだす。
「‥大丈夫か?随分顔が疲れているみたいだけど」
「大丈夫よ」
こうなると、二人ほどアプローチが激しくないバルクと一緒にいる方がはるかに気が楽だ。彼を口実に二人の誘いを断ることが必然的に増えていく。
街に出ると、今日は休日というのもあってか人手が多い。はぐれないように、とバルクが差し出した手をつなぎ、街を歩いた。
「ねえ今日はどこに」
「…ヴィー!やっぱりここに居たんだ」
すると次の瞬間、聞こえる筈のないその声に、肩がびくり、と震えてしまう。
恐る恐る振り返ると、レアルドがものすごく怖い顔でこちらをにらんでいた。思わずバルクの腕にしがみつくと、バルクも異常を察知したのか背中でかばってくれた。
「え、な なんで」
今日、彼からの誘いがあったので、断ったはずだ。にも拘らず、なぜここに居るんだろう?
「‥彼女から離れろ、バルク・ベルヴォン!」
「レ、レアルド殿下。…あの、これは」
ぎろり、とにらみつけるレアルドにバルクは半歩下がってしまうが、背後に隠れているヴィヴィアンを見て思いとどまった。
ごくりと、つばを飲み込んで、バルクはレアルドの方を見た。
「…レアルド殿下、ヴィヴィアンが怖がっています」
「…‥なんだって?お前が脅したのか?」
「ち、違います!」
レアルドの眼には光がない。
頬もこけ、顔色も良くないように見える。‥まるで廃人のような様子に戦慄した。
ヴィヴィアンも同様に、信じられない想いで目の前の攻略対象者であるレアルドを見つめた。
(こ‥怖い、なんでこんなになってるの?これじゃあまるで、廃人じゃない…)
ゆっくりとこちらに近づいてくる彼はどこか病んだような笑みを浮かべているように見える。
「や…やだ、来ないで」
「僕のプレゼントはみてくれた?君に似合うと思って、たくさん用意したんだ!…もしかして気に入らない?だったら何がいいのかな?教えてよ、ヴィー」
「レアルド様!今日はヴィーも疲れているみたいだし‥!」
「うるさい!!」
立ちはだかるバルクを力づくで引きはがして、地面にたたきつける。
「う…っ」
「バルク!」
駆け寄ろうとするヴィヴィアンの腕をレアルドは強引につかむと、嫌がるヴィヴィアンを連れて歩き出した。
「さあ、行こう。今日は特別なレストランを予約してあるんだ。きっと君も気にいってくれる」
「い、いやよ!やめて、はなして!!!」
半ばずるずるとひきずられるように歩いていき、何度も振り払おうとするのだがうまくいかない。優し気に振り返るレアルドの表情を見て、恐怖を覚えた。
(なんなの‥怖い、怖い!!)
ここは街の真ん中の公園近く、徐々に人も集まってきている。助けを求めようと周りを見渡すが、これほどの人間がいるというのに、みんな遠巻きに見つめたり、こちらを一度も振り返らない人間ばかりだった。誰も近づこうとしない。
「だ、誰か助け…!!!」
すると、急にふっと力が抜けた。そしてヴィヴィアンの背中を支える優しい手。
続いて聞こえたのは衝撃音とうめき声。
「大丈夫?」
「え…」
そして震えるヴィヴィアンに、気づかわし気に声をかけてきたのは‥女性、だった。
振返ると、青い瞳がじっとこちらを心配そうに見つめていた。
「う…そ なんであなた」
「いるのよね。相手にされないからって逆上するしょうもない奴って」
「‥っ、カサンドラ・グランシア!!!」
カサンドラは、ヴィヴィアンを後ろにかばうと、つかつかとバルクに歩み寄り、手を貸して立たせる。
「ほんっと、喧嘩弱いのねえ、バルク」
「う、うるさい」
持っていた扇子をバッと開くと、にっこり微笑んだ。
「ごきげんよう、レアルド皇太子殿下。お取込み中でしたかしら?」
二股中の彼女と、浮気現場に乗り込むヤンデレの図




