終わりよし、で結果オーライ
分割後半部分です。
「とりあえず、あの片眼鏡をどうにかしないとね」
私は片眼鏡たちがいるであろう方向から死角にある柱の内側に滑り込む。
先ほどと同じように無策で突っ込めば、またあの片眼鏡の策略の餌食になるのは目に見えているので、慎重にならざるを得ない。
「‥?ほほう、多少は考える頭もあったようですね」
片眼鏡の紳士は廊下に立ちながら、相変わらず指から出た黒い糸のようなもので影を操っているようだ。
「あいつ何なの、人間?‥まあ、ここに獣に化けたりする連中もいるから、普通じゃないのは確かか」
「ノエル‥今度ちゃんと事情は説明する。巻き込んでごめん」
「美女に巻き込まれるなんて光栄だよ。とりあえず、単純にあの紳士を殴るってのはどう?あいつが元凶だろ?」
(確かにその通りなんだけど)
微かに、片眼鏡から出す黒い糸はヴィヴィアンにもつながっているように見える。殴ったとして、それで本当にヴィヴィアンは大丈夫なんだろうか?彼の力の源ってもしかして。
「あいつ、ヴィヴィアンの力を使って影を動かしているみたいだ」と、アードラ。
「ヴィヴィアンの力って‥聖女としての力、てこと?」
「本人がどうであれ、彼女も君と同じような特別な力を持っているのは確かだよ」
「じゃあやっぱり、どっちかを気絶させればいいのよね?」
いくらヒロインと言えど、無尽蔵に力があるわけじゃない。いずれ限界が来るだろう。今でも見るからに苦しそうだ。
(うう…腹が立つけど、苦しんでる様子を見るのは後味が悪い)
となると、やはりノエルの案が一番現実的かもしれない。
「ノエル。私のお願いを聞いてくれる?」
「…美女のお願いは断れないなあ」
「このまま真っすぐ突っ込んで、ヴィヴィアンの隣にいる片眼鏡の紳士をぶん殴って!」
「ほお、それはまた物騒なお願いだ。…じゃあ、オレのお願いもかなえてくれるよねっ!」
「え、それは」
と、私が言い終えるのを聞かずにノエルは俊敏に走り出す。
飛び出してきたのが私ではなくノエルだった為か、片眼鏡の紳士は一瞬戸惑ったように見えた。
同様に、ヴィヴィアンの顔も真っ蒼になっている。
「ノエル!!!」
「聖女様、今日はもういい加減にしといたほうがいいんじゃないか…な!」
容赦のないノエルの拳が片眼鏡の紳士の顔面にクリティカルヒットをかました。
「ぐ…!」
「きゃあああ!!」
片眼鏡が吹き飛ぶのと同時に二人をつなげていた糸のようなものもはらり、とほどけていく。
やがてその身体は煙のように消えると、ヴィヴィアンも同様に気を失いその場に倒れ込んでしまった。
すると、先ほどまでピリッと張り詰めていた空気が一気に和らぐのを感じた。
「こ、これで大丈夫かしら」
気絶したヴィヴィアンを柱にそっと寄せると、ノエルは急ぎ足でこちらに向かってきた。
「‥いや、ここはとっとと退散したほうがいいかも」
「どういうこと?」
「超仕事のできる王国騎士団様のエースが飛んできて面倒なことになる前に立ち去ろう」
「え、お兄様?!…なんで」
「何かあるかもって、親切なオレが副団長殿に忠告しているからね。さ、とんずらするよ!」
また、そんな犯罪者みたいなことを。ああ‥またヘルト兄さまに怒られる‥。
すると、右肩にウサギのラヴィが、頭上には‥鳥形体のアードラがそれぞれ現れた。
「‥もう人型はやめたの?二人とも」
「僕らにも僕らの仕事があるってことさ。‥改めてよろしく、ご主人様」
「だ、だからそれはやめてって…イタ!」
アードラがそう言うと、ウサギが面白くなさそうに前足でスタンピングをしてくる。…このウサギめ。
「いたた、肩が痛いってばラヴィ!怒んないでよ」
「きちんと説明してくれるよね?カサンドラ!」
「…はいはい」
「オレも頑張ったんだから、よろしく!」
何だろう、桃太郎ってこんな気分だったのかしらね。そんなことを思いながら私達は仮面舞踏会会場を後にした。
**
「これは一体どういうことだろうか」
異常を察知し、いち早くイヴェンター伯爵家に踏み込んだ王国騎士団第三師団のヘルトとユリウスだったが、パーティー会場を見て唖然とする。
会場の至るところに半裸の男性や、ボロボロになった服を着たまま伸びている男たち。女性たちに至っては、目を回して一か所に固まって気絶している。食器は何かをぶつけたように粉々に割れており、会場は真っ暗だった。
意識のあるものは皆、視線の焦点が定まっておらず、酒に酔ったようにへべれけだった。
「昨今の仮面舞踏会はここまで乱痴気騒ぎになるものか?‥主催者を取り締まらないと」
「‥‥」
ヘルトの隣で、ユリウスは眉をひそめた。
「‥何かおかしな香りがしませんか?」
「匂い‥?そんなも…これか」
ふわりと香ったのは、鼻に突くような甘ったるい香りだった。
あまりにも不快な香りにヘルトは思わずハンカチで口元を覆った。香りの元をたどっていくと、会場の壁側に等間隔に置かれた、ステンドグラスのテーブルランプにたどり着いた。
「‥ヘルト殿、これ以上は絶対に匂いに集中しないように」
ユリウスはループとシェード部を外すと、電球部分にぬっとり何かが塗られているのを見つけた。
その匂いを嗅いでユリウスは顔をしかめた。そのまま近くに落ちてあったナフキンを拾って直接ランプに被せ、きっちりと覆う。
「‥何を?」
「原因はどうやら数か所に設置されていたランプシェイドに塗られたオイルのようですね」
「オイル‥?これか」
手を伸ばしかけたヘルトの手を制した。
「あ、あまり触らないように。興奮剤の一種でしょう。」
「こ、興奮剤…」慌てて手を引っ込めるのを見届て、ユリウスは少し笑った。
「微量なら大丈夫です。あらかじめランプにオイルを塗っておくと、時間がたつにつれて熱で溶けて周りに広がる仕組みのようですね。‥まあ、仮面舞踏会にはありがちな趣向ですが」
「何か問題でも?」ヘルトの問に、ため息をつく。
「‥中毒性のあるもので、依存性がある。禁止薬物の一種です」言いながら、他のランプシェイドも同じように対処していく。
「よくわかるな?‥それもフォスターチ家の知恵というやつか?」ヘルトが皮肉を込めて言うと、ユリウスは苦笑いをして見せた。
「ええ‥フォスターチ家は、幼少の頃から毒の耐性の訓練をさせられます。‥それよりも私はこの香りを知っています。」
「‥それは、つまり」
「残念ながら、フォスターチの関連の者が何かしら関与しているかもしれません」
「なるほどな。‥‥さて、それでノエルとカサンドラは、どこに行った?」
**
「ここまで来ればいいかしら」
街の中心部にある公園まで来ると、私はノエルと二人、手近なベンチに並んで腰かけた。
「お疲れ、サンドラ」
噴水があるこの公園は、昼間は家族の集まる憩いの場だが、夜になると様相が一変する。
照明はやや暗めな上に、シンボルである噴水は色とりどりにライトアップされ、雰囲気が抜群に良くなる。まさに、恋人たちのデートスポットと言えるだろう。
今も‥木の影やら向いのベンチやらにイチャコラしたカップルらしき人たちが二人きりの世界に浸っているのが確認できる。
(うーん、目のやり場に困る‥)
私は少し視線をさ迷い、何もない空を見上げた。
「ごめん、ノエル、せっかくいただいたドレス、汚しちゃった」
今回ドレスは汚さぬよう頑張ったつもりだが‥無傷というわけにはいかなかったようだ。
あれだけ派手に動き回ったんだもの、いくつか美しいスパンコールが飛んでしまったみたい。しかし着崩れていないのはさすがだろう。
「いいよ別に。‥また贈る」
「次は何事も起きないように祈るわ」
そうなのだ。私は前回といい今回といい‥あのマダム・ベルヴォンのドレスをことごとくおじゃんにしている‥すみません、マダム。
「そう言えば、‥俺との約束覚えてる?」
「約束?」
約束とは、はてさて。
「なんでも、お願い聞いてくれるって言ったよね?」
「‥‥‥」
忘れてた、いいえ。忘れていたかった‥。
「な、なんでも、とは言ってない‥」
「ふーん。じゃ、どこまでのお願いならいいの?」
「どこまで‥って」
まずい。
前もノエルとこんな風な会話をしたが、結局ずるずるとペースを持っていかれてしまった。
(へ、下手なことを言うと‥斜め上の事を言ってきそう‥)
ぐいぐいと距離を詰めるノエルに、のけぞりながらかわそうとしていると、ウサギと鳥が私の前に出た。
「‥やれやれ。今日は小さいナイトが邪魔するから、保留にしようかな」
「‥か、考えておいて。その、できることとできないことがあるのはお忘れなく」
「あ、でもご褒美はもらわないと」
「え?」
ノエルはそう言うと、鳥とウサギをかわして私の身体をぐっと引き寄せた。
ちゅ、という音と共に、首のうなじに何か柔らかいものが吸い付いた。
「?!ひぁっ!」
(く、首元がくすぐったい?!)
「…可愛い声」
だから耳元でその声やめて?!なんかざわざわするから!
「オレのお願い、次のデートの時に使わせてもらおうかな」
「ちょっとノエル君?!」
「カサンドラ、こいつ殴っていい?」
勢い余ってか人型になったうさぎと鳥によって私はベンチから追い出されてしまった。
「ちょ?ちょっと二人ともこんなとこで変身しないで?!」
「どうせ周りは自分と相手しか見てないから大丈夫だよ!ほら帰るよ!」
(…な、なんか。急に疲れが出た…)
時刻はもう夜の12時を回ってる。普段の私ならとっくに暖かい布団の中で夢の中にいる時間なのだ。もう早く帰って眠りたい。
ああーでも、着替えやら何やら‥めんどくさいけど、アリーに怒られるかなあー。
読んでいただいてありがとうございます。