ヴィヴィアンVSカサンドラ
「そう言うわけだから、失礼するよ。行こう銀髪の姫君」
「え、ええ」
あまりのきらびやかな衣装の前に、レアルドは驚いて身動きが取れなくなってしまう。
気が付いた時には、ヴィヴィアンの手は自分から離れていた。
「ま!待てヴィ…」
「この子が欲しければ、舞踏会に行くことだね、白仮面殿」
羽根帽子の男性はそのまま乗っていた馬で駆け出すと、二人の姿はあっという間に見えなくなっていた。
「全く、何か弱みでも握られているのかい、聖女様。もっとうまくかわせばいいものを」
「‥別に、弱みなんてないわ」
表情一つ変えずに告げるヴィヴィアンに、ノエルは少し苛立ちを覚える。
「やれやれ、君はありがとうの一つも言わないのか」
「見捨てても良かったんじゃない?‥私のこと、嫌いでしょう」
「困っている女性を見捨てるなんて男じゃないね」
「‥そう」
「忘れるなよ、聖女様。あんたが持ちかけた取引だ。…オレはあんたから目を離すわけにはいかないんだ」
「…」
(知ってるわよ、それ位。それにしても…なぜ、レアルドが‥待ち合わせの時間も場所も、偶然一致したということ?)
**
「わああ…」
イヴェンター家城館に到着すると、今まで私が参加した舞踏会やらパーティーとは全く別の空間がそこにあった。
立ち並ぶ色彩豊かなデザートや食べ物の数々、それに『仮面舞踏会』というだけあって、仮面のみならず獣の被り物をした人もいたりと、ちょっとした豪華な仮装パーティーのようだ。
「ね、ラ…」
ラヴィも同じようにはしゃいでいるかと思ったのだが、彼はいたって正常だ。
「ん?どうしたの、変な顔して」
「あ、いや。なんか全然落ち着いてるなって思って。こういう場所って緊張しない?」
「そう?私はどちらかというと、この間の復活祭のようなお祭りの方が好きだなあ」
こうして改めて人型ラヴィを見つめる。
いつもと違う黒い髪は全く別人のようで、元々綺麗な顔立ちのせいか、ものすごく目立っている。
もちろんバタフライマスクをしているので、顔こそ曖昧だが‥隠しきれない品性のようなものも漂い、貴族しかいない周りの空気に融け込んている。
(天性のもの??なんだろう、生粋の王子様っていうかなんて言うか)
かと思えば、今はただ一点、テーブルに並んだ肉料理をじっと凝視している。
「うーん、ウサギの肉のステーキなんてものがある‥これって共食いになるのかな‥」
「…生物分類上は人間でしょ。共食いにはならないんじゃない?」
(気のせいね。‥ラヴィはラヴィだわ)
ほっとするような、そうでもないような複雑な気持ちになる。
結局ウサギのステーキをもぐもぐと口に運んで飲み込むと、私の方を見た。
「それより、ヴィヴィアンはどこにいるんだろう」
「もしかして、ラヴィってヴィヴィアンに会うのは初めて?」
「そうだね。まず機会がないし」
そう言えば。
ウサギの姿になってからというもの、ラヴィはよく眠っていた。はじめのひと月は部屋で寝ていることの方が多かったし、最近になってようやく一緒に出歩くようになったのよね。
「…魔力とかってもう回復したの?」
「うん、そうだね。無茶しなければ大丈夫かな?‥とはいえ、もうあそこに戻りたくはないけど」
「こっちに居られるなら、こっちの方がいいよ。ラヴィにとってもきっと、ね」
「‥うん、そうだね」
などと話していると、高らかとトランペットの音が鳴り響く。
どうやら主催者であるイヴェンター伯爵の入場らしい。トランペットと共に現れたのは、細身でライオンの被り物をした男性のようである。
時折がおぉ!など言って周囲を盛り上げていた。
「レディースエンドジェントルメン!!本日は我がイヴェンターの大型パーティー仮面舞踏会へようこそおいでくださいました!!今宵はこの会場を出るまで決して仮面を外し、身分を明かしてはいけません!それがルールですよみなさん!!破った方には、手痛ーい罰があるかもしれませんよ~」
わあっと歓声が沸き起こる。
乾杯など、基礎的なルールは全て無視してるようで、始まったばかりなのにもうお酒を飲んで出来上がっている人間も多数いるようだ。
「‥思った以上に、別の意味で危険な祭りだね」
「まあ、無礼講のパーティーだし‥じゅ、十分気を付ける」
前回のようなこともあるので、本当に油断しないようにしておこう。
しっかりとラヴィが私の手を握ってくれるのだが‥なんていうか、あのもふもふの手じゃないのが妙な違和感を感じてしまう。
(に、人間なのねえ。ちゃんとあったかいし…ほんと、不思議な存在だわ)
人なのに人ではない。一応システムの一部というけれど‥それだってこの世界が本当にゲームだというなら、納得もするけど。
私の中では、この世界は「ゲームに似ている異世界」と感じた方がしっくりくる。
皆、泣いたり怒ったり、笑ったり‥感情があるのだもの。
全てが解決したとき‥攻略対象者たちも、ラヴィも帽子屋も‥みんな笑いあえる場所になっていたらいいのに。
そんなことを考えていると、いつの間にか私の後ろに派手派手しい羽飾りの男性がいた。
この夏に毛皮のマントを着ていて‥とても暑そうだ。
この人はきっと。いや、もしかしなくても。
「…紫の髪の紳士様。おかげさまで、私は今のところ無事よ」
「それは良かった。どう?パーティーは楽しんでる?」
「紳士様が暑さで倒やしないか心配するくらいの余裕は持ち合わせているつもりですわ」
私は言いながらさり気なく周りを注視すると、反対側の壁に寄り掛かり、こちらを見ている女性がいた。
(あれが多分ヴィヴィアンね)
突撃すべきかどうか迷っていると、彼女がくるりと背を向けて歩き出してしまった。
(あ!ダメだ行っちゃう!!)
すると、再び音楽が流れだし、ダンスタイムが始まった。
一斉に人が動き出し、行く手をふさがれてしまう。
「‥ひとまず奥に行こう。」
「あちらの彼女はいいのですか?仮面の君」
「とりあえず、何か事が起きてもすぐ対処できる状態にしといた方が‥」
「ごめん、ノエル、ラヴィ。私、どうしてもあの子に聞きたいことがあるの!」
「え?!」
「あ、おい!」
私は一瞬のスキができた人ごみの間を縫って、ヴィヴィアンの後を追いかけた。
「~…それじゃ意味ないだろ、サンドラ!」
「私達も急ぎましょう!」
‥同じ時刻、少し離れたちがう場所で同じようにヴィヴィアンの姿を追って走り出す人影がもう一つあったのだが、それは誰も気が付かなかった。
**
「待って!!」
誰もいない庭園が見える長い廊下を歩く銀髪の後姿を見つけた私は、あわてて後を追いかけた。
(ヒールって動きずらいのよねえ~)
仕方がないので、靴を手に持って走り出した。
「待ってよ!ヴィヴィアン・ブラウナー!」
「あたしに触らないでよ!!」
私が掴もうとした手を払いのけながら、ヴィヴィアンは私をにらみつけた。
(やっぱり‥!この子、ゲームの中のヒロインじゃない‥)
「‥ヴィヴィアン、あなたも私と同じ場所から来たの?」
「……ふうん?やっぱり。あの帽子屋が言っていたこと、本当だったのね」
「帽子屋が?」
「世界を維持しようとするものがいれば、それを壊そうとする者もいる‥って奴。あんたがそうね」
私は彼女の言葉を聞いてなんとなくつばを飲み込んでしまう。改めて言わられると、ずしり、と重たいものがのしかかってくるようだ。
(世界を壊す‥壊そうと、私はしてるのよね)
『壊す』という言葉だけでも色々あるが、形あるものを壊すという点においては、誰でも抵抗を感じるかもしれない。私だって。
「いいご身分よね。初めて会った時は気の弱いデブでトロくて‥扱いやすかったのに。あたしからヘルトもユリウスも‥ノエルまで奪っておいて。いちいちあんたむかつく!」
「‥気が弱くて、デブでトロかったカサンドラに何をしたの?」
「別に?偶然出会って‥ヘルトに近づくために少し友達のふりをしてあげただけよ」
「友達の‥ふり?」
ああ、やっぱりと思うと同時に、ずっと独りぼっちだったカサンドラの境遇を思うと哀しくなる。きっと嬉しかっただろうに。
病んでる時に見えた希望の光のように感じてしまったのかもしれない。それがまやかしだって気づかないまま、あの公開処刑の場所に立っていたのね。
「引きこもりの高名な貴族の令嬢、しかも隠しキャラのヘルトの妹だなんて、運命感じちゃった。あ、このゲームは本当にあたしの為にあるんだなって改めて実感したわ」
「あんたの為‥?」
「そうよ。‥グランシアの公女の友達ってだけで、みーんな!ちやほやしてくれてさ。その節はありがとうございました。おかげで色々な情報を集めさせてもらったわ」
そう言って、ヴィヴィアンはわざとらしくにっこりとほほ笑んだ。
(何コイツ‥)
私は、ヒロイン補正入りまくりの天使の笑顔でとんでもない毒を吐くこの少女に怒りを感じたが、ぐっとこらえた。
「ヘルトに近づくため‥ってことは可哀そうに、失敗しちゃったんだ?‥だって彼はもうあんたの攻略対象じゃないものね?」
「…あんたがこっちに来なければ、うまくいっていたはずよ!ユリウスだって、ノエルだって元はこのヒロインのモノなんだから!」
‥馬鹿ね、カサンドラ。こんな奴に利用されちゃうなんて。あなたはもっと素晴らしいもの、いっぱい持っていたのに。
「彼らは‥感情もあって、心もあって。傷ついたり考えたりしてるちゃんとした人間よ!?…あんたのモノじゃない。」
「はあ?高尚な説教どうもありがとう。どうせゲームの世界の人間なんて所詮データ通りに動いているだけでしょ?選択肢で選んで、好感度上げて‥最後は私を愛してくれる。それが彼らの役割よ」
(あ~‥だめだコイツ。話が全っっく!!通じない。こいつがヘヴンス・ゲートのヒロインなんて嘘でしょ?!これならよっぽど夢の中にいたあの子の方が‥)
あの子‥、夜空の瞳のヴィヴィアン。ヒロインと同じ姿のヴィヴィアン。
あっちの方が聖女っぽかった‥何だっけ。確か何か言っていたと思うのに‥女神の祈りがどうとか。
お、思い出せない!!ダメだ分からん!!わからんけど、目の前のこいつがヤバイ女だということは理解できたわ!!
「‥これ以上話をすることはない。ヴィヴィアン、‥私は違う道を行く」
私は彼女に背を向けると、そのまま歩き出した。
「‥あんたと私は一生話が通じないことが分かったわ。互いに話したら協力とかもできるかなって考えたけど、やめておく。あんたは自分を愛してくれるゲームシナリオの中に一生いればいい」
「…あんたが消えれば、全部元に戻る」
「!」
ヴィヴィアンがそう言った瞬間、ぞわりと背中を這うような寒気に襲われる。
本当、私って結局人がいいというか詰めが甘いというか‥大事なことを忘れていた。
「違う道なんてあり得ないわ。‥カサンドラ。あんたはあたしにとって障害以上何者でもないの」
「?!」
慌てて振り返ると、突如ヴィヴィアンの長く伸びた影から得体の知れない生き物が複数姿を現した。
「この影…あの時の」
まるでとがったナイフのような黒い塊がこちらに向かって飛んでくる。
そういや私、命が脅かされるってお告げが下りたんじゃなかったっけ?!だめだ‥よけきれないかも!!
私はたまらず、ぎゅっと瞳を閉じた。