ラヴィ①
「はじめまして、カサンドラ、私はマッド・ハッター。以後お見知りおきを!」
砂嵐のゲーム画面から笑顔で現れたのは、ラヴィと似ているような形ではあるが黒の燕尾服に、シルクハットにステッキを持った人間だった。
髪の毛はラヴィのようなふわふわの白髪ではなく、真っすぐな黒髪のお兄さんだった。
「マッド・ハッター?」
「そうそう、帽子屋。ま、ラヴィの兄弟みたいなものかな?」
「‥冗談じゃない、誰がお前なんかと‥!」
「だーって。君はサポートシステム、僕はバックアップシステムだもんね。似たようなものだろう?」
「バックアップってことは…記録とか、保存の?」
「そうそう!カサンドラお嬢様は話が分かるなあ」
パチン、と指を鳴らすとどこからかお菓子がポンッと表れ、ぱらぱらと私の手の中に落ちてきた。
「キャンディーとか好き?お近づきのしるしにどーぞ」
「はあ、どうも。‥これ食べれるの?」
「やめた方がいいよ。カサンドラ、そいつは君をあの狭い空間で消そうとした張本人なんだから」
ああ、と私は思い出す。
ならばこの帽子屋は、ラヴィがあの場所から飛び出すきっかけを作った人ということかな?
「なら、感謝こそすれ、恨みはしないから平気だよ、ラヴィ。別に私は消えてないし、結果オーライでしょう。ラヴィはこうして外に出れたわけだしね!ありがとね、帽子屋。」
「…カサンドラ…」
「ほほ―‥まさかお礼を言われるとはねえ。面白いな、君のカサンドラは」
茶化すように帽子屋はラヴィと私を交互に見た。
そう言えば、人型ラヴィを明るいところで見るのは初めてかもしれない。
帽子屋とラヴィと‥二人ともかなりのイケメンだわ。‥ヘルトとかユリウスとかノエルとか、人外のイケメンばかり見ているけど、やはり顔の造りが綺麗。
「‥あなたたちってこの世界で誰かモデルでもいるのかしらね」
「い、今はそんな事気にしている場合じゃないだろう、カサンドラ…」
「ああ、そうだっけ。で、帽子屋とやらは私になんの用?」
「いや―‥うん、まあ様子を見に来たわけなんだけど」
本当にただ来ただけなのだろうか。
ふと、考えてみる。ゲームというジャンルで考えたとき、サポートシステムはラヴィ、セーブとかの保存を帽子屋。残るはなんだろう?
「‥ねえ、二人みたいに擬人化システムって他にもいるの?」
「いや。多分僕たちだけじゃない?」
「ふうん。‥じゃあ、帽子屋もやっぱり、影を操る片眼鏡のおじさんについては知らない?」
私の問にラヴィと帽子屋は顔を見合わせる。
「…本当にいるんだな、‥僕は本当にその人物については知らない。僕の管理するデータ外の存在だな、きっと」
「そう。せめて目的とか情報の一つでもあれば対処のしようもあるのにね‥あ、じゃあ帽子屋、ついでにもう一つ聞いていい?」
「ふむ。まあ特別サービス。構わないよ、カサンドラお嬢様。‥君は面白い」
二っと歯を見せて笑った顔はどこか意地悪っぽくてなんだかトランプのジョーカーを思い出す。
「‥このカサンドラが処刑されるきっかけになったヴィヴィアンとの事件て何かわかる?」
「…前も言っていたね。カサンドラ、どうしてそんなことを聞くの?」
「知りたいのよ。‥この世界は滅亡を防ぐために私にフラグを壊せというけれど、それがどれほどの意味をもたらすものなのか知らないもんね」
元のカサンドラが生きた場所を乗っ取ったのは私だもの。でもそれが彼女の意志によるものなのか‥それとも大いなる意志の気まぐれなのだとしたら。‥あまりにもカサンドラが可哀そうすぎる。
せめてどんな理由なのか。それだけでも知りたいのだ。
「‥そうだな。ヴィヴィアンが隠しキャラクターであるヘルトに近づくためにカサンドラと仲良くなったんだけど、その過程で何かあったんだと‥しか僕には言えないかな」
「‥それだけ?」
「ああ、僕は一応中立の立場でいたいんだよね。この世界を正しく導くのが仕事だから」
「あ、そう。‥でも、私は簡単に消えないわよ」
「おお怖い。でも、ラヴィが心配するようなことには決してしないことは約束しようかな」
「‥さっさと帰れ、帽子屋!」
ラヴィが吐き捨てるように言うと、帽子屋はシルクハットを被り直して画面の中へ帰っていった。
…いいな。この人たち、どこでもこれを使って移動できるの?ちょっとうらやましい。
「全く…カサンドラもあいつを信用したらダメだよ!」
「信用ったって‥今回だってろくな情報くれなかったじゃない。本当に中立の立場なのねえ‥とりあえずは、当面はカシルよりもユリウスに集中したほうがよさそうだなー‥あー夜会、めんどくさ」
明日の色々なことを想像すると本当にうんざりしてしまう。
すると、ラヴィは人の姿のまましばらく私をじっと見つめていた。
「‥?なに、どうしたの??」
「あ‥いや。君は…僕や帽子屋が怖くないのかなって思って」
「…怖い要素ある?見目麗しいし、攻撃してくるわけでもないじゃない」
まあ、攻撃されたら返り討ちにするけれど。
とは言わないまま、ラヴィの言葉を待った。
「まあ、そうなんだけど。…得体の知れない奴だとか…思ったりしないの?」
「得体の知れない…っていう意味なら、正直ユリウスの方が怖いかも。なんていうの?‥ともかく腹に一物抱えてそうなのよねえ。それに比べたら、全然。ラヴィなんて普段ウサギだし」
「…ウサギはそうだけど、こっちの方が本物だよ」
「そうだったね。‥でもどうしたの?突然」
こちらとしては首を傾げるばかりなのだが‥、考えてみれば、ラヴィってある意味生まれたての人間(仮)みたいなものだよなあ。としみじみ思った。
だから、何か突然不安に思ったり、戸惑ったりするのも多いのかもしれない。
「いや、君は帽子屋を見ても驚かないし、きちんとやるべきことわかっているんだな、と思うと‥凄いなって」
「…それは、だって。私は元の世界ではいい大人だったし‥目の前にあることを一つずつきっちりこなしていかないと前に進めないことを知っているだけよ」
「‥カサンドラ‥。その、ごめん。今更だけど‥君と初めて出会った時、私はとても失礼なことをしたんだね。本当にごめんなさい」
確かに…ラヴィと初めて会った時、彼は元の私の姿で現れてきたのだ。
あの時はなんて奴と思ったけど…生まれたての子供じゃあしょうがないのかな?
「いいよもう、別に。それより、お菓子でも一緒に食べる?ほら、さっき帽子屋からもらったやつ…」
そう言って手に持っていたおかしをみて、私は固まった。
(これは…見たことある。私がこっちに来るとき食べ損ねた、料理長からご褒美にもらった高級チョコレートだ)
「…なんで、同じもの?‥それとも、偶然?」
「‥?どうかした?」
「…ううん。なんでもない」
私はなんとなく、それを食べずに机の鍵のかかった引き出しに入れておいた。
(なんだろう…すごく、気になる)
「あ えっと、ねえ、今度一緒にその姿で街に遊びに行こうよ、ラヴィ。」
「え?」
「だってこの間の復活祭だって結局人の姿にならなかったじゃない。デートしようよ、デート!」
「で‥でーと??」
「そう!…同性でも異性でも、二人きりで出かけることを、デートっていうのよ。‥あ、もちろん無理しない程度でいいんだけど」
せっかくその大きな体があるんだから、美味しいものだってなんだって、一回は絶対体験したほうがいいに決まっているはずだ。
「う…うん!よくわからないけど、一緒に行こう、カサンドラ」
(あ、笑った。うんうん!イケメンは笑顔が一番よね!)
**
そして次の日。
「‥あの~…ヘルト兄さま?」
「どうした?」
(いや、それはこちらのセリフなんだけど)
どうしたっていうか、ヘルトこそどうしたんだろう。
朝からいつものメニューをこなすわけだが、ずっとヘルトは眉間にしわを寄せて考え事をしているようだった。
機嫌が悪いだけかもと思ったのだけど、そうではないようだ。
「あのー、体調が悪いのでしたら今日はこの辺にしておきますか?‥フェイリー、クレイン。そろそろ帰るよ!」
私が叫ぶと、離れた場所でクレインの素振りをじっと見ていたフェイリーがこちらにかけてきた。
「ねえ、カサンドラ。カサンドラはけっこんするの?」
「え?!まだしないよ!!誰から聞いたの?」
「んーと、クレイン。」
「クレイン!!昨日の調子でみんなに言いふらすのはやめなさい!!」
「え!いや、だって!!」
「それで、どうなんだ?するつもりなのか?」
もごもごとどもるクレインよりも、何故かヘルトの方が反応した。
(いきなり話に入ってこないでよ?!)
「…しませんよ。私は世界の平和の為に日々戦っているんです!」
「そうなのか?」
「納得しないでください!!‥もうー」
「‥では、断るつもりなのか?」
「わかりません。…色々な未来予想図を展開中です」
「…‥そうか」
なんなのクレインもヘルトも!!
ほっとけってのよ!!
「‥そうなの?いいなあ、なら私はヘルト兄さまとけっこんしたい!」
「もう少し大人になったらな」
何故かすっかりヘルトの機嫌(?)は治っていた。‥むしろ、ご機嫌のように見える。
これは、やっぱりフェイリー効果なのねえ。
にこにこと笑う和やかな兄弟たちをみて、私はなんとなくほっこりしてしまった。
が、しかし。
その夜――
「…あの~…どうして、ヘルト兄さまが礼服を着ているんですか?」
マダムベルヴォン考案のドレスに身を包み、いざ、戦闘開始!と玄関に降りた私を待っていたのは‥なんといつもの制服ではなく、きちんとしたタキシード姿のヘルトだった、
(おお…、スーツマジック?いつもより五倍程輝いて見える‥!!)
元々体格もいい上に、背も高く、騎士というだけあって背筋がびしっと伸びていて、まるでマネキンのようだ。…こういう姿は我が兄ながら本当にかっこいいと思う。
って、感動している場合じゃなくて。
「珍しいですね、兄さまが礼服を着て夜会に行く姿は初めて見る気がします。…どこかの夜会てすか?」
きゅっと白い手袋を嵌めながら、ヘルトはこちらを見た。
「‥普段なら絶対に社交界には一切顔を出さない。だが、同じ公爵家からの招待状があるというなら、話は別だ」
「え…同じ公爵家って、まさか」
「今日のフォスターチ家の夜会、俺もグランシア公爵の名代として、お前に随行しよう」
「ぇええ?!」
嘘…私、ユリウスに一人で行きます(キリっ!)って、啖呵を切ってしまったんですけど、お兄様?!
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