カサンドラ、お見合いをする
「お前はいい子だから、ちゃんとお父様の言う事を聞けるわね?…決して、逆らってはダメよ」
幼い頃、母に死ぬ間際に伝えられた言葉は、まるで呪いの楔のように彼の心に打ち付けられた。そして、それはいまだに残り、とどまっている。
「ユリウス。私の言う通りにするんだ。そうすれば、お前が間違えることはないのだから」
「…はい、父上…」
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復活祭が終わり、向日葵や夏の花が咲き始める頃。私のまわりは様変わりした。
今更ながら公爵はカサンドラの価値を再認識したみたいで、たびたび様子を見に来るようになったのがまず一つ。そして、もう一つは、なんと朝の兄妹鍛錬にクレインのみならず、最近ではフェイリーも参加するようになったのだ。
当初、母親のタリアの反応を注視していたが、そこはヘルト兄さまとクレイン二人の説得のお陰で公式(?)的にお許しをいただいたようなのだ。
(うんうん、家族関係はいい方向に向かっているよね!)
こればかりはクレインに感謝したいくらいだ。今度お礼をしないとね。
そしてラヴィはというと。
「‥暑い。この格好にはきつい‥」
はじめての夏の日差しに完全に伸びていた。今も日陰で氷枕を抱いてぐったりとしている。
「大丈夫?‥本当に身も心もウサギなのねえ。…どれくらい魔力は回復したの?」
「うーん、まあそこそこ…。でも、戻ったとして、あそこには戻りたくないからなあ」
今は7月だから、ざっと計算して滅亡カウントも半年くらい進んだ状態かしら?
毎日の鍛錬のお陰で、身体もすっかりとたくましくなり、最近ではヘルトに護身術も習っているのだ。
これで何が来てもとりあえず対処は出来そうである。
そして‥次に起こる最も近いイベントは、7月末にある‥『仮面舞踏会』らしい。
「仮面舞踏会ねえ。こんなもの、本当にあるんだ…」
現代ではそんなイベントはあまり聞いたことがない。
どこぞの金持ちなセレブたちの間では頻繁に行われているかもしれないが、こちとら一般庶民の勤労学生に過ぎない私には無縁の世界だった。
なので、いったいどういうものなのか…全っ然、全く!!想像ができなかった…。
これに関してはもう来るならとっとと来てしまえ、と思うことにしているので、今のところ全くの無策である。
そんな日々の中、今もっとも私の頭を悩ませているのは‥
「うわあ‥すごいです、見てくださいこの手紙の山々!!」
「‥‥」
アリーは嬉々として分厚い本が三冊くらいになる手紙の束を持ってきた。
そのどれも、驚くべきことに結婚の申し込みだというのだから、シャレにならない。…人生初のモテ期となるわけだけど、全く嬉しくない。
「‥めんどくさい。もう全部断るか燃やしちゃってよ…」
「燃やすのはダメです!後々面倒なことになるので、キチンとお断りをいれる方が安全ですわ」
「まあ、人として当然の配慮よねー…でも。面倒なのには変わりないのよ」
この世界の文字は、なんと「英語」だった。
さすがゲームというか、なんというか…違和感なく対応はできるけど、一枚一枚わび状みたいなものを書き続けているので、うんざりしているのだ…。
これでも、最初は丁寧なお断りの文書も送ったりもしたけれど、そしたら今度は方法をかえて「お茶会」みたいな名目で別の招待状が贈られてくる。
つまり、何が何でもグランシア家とお近づきになりたい。ということらしい。
しかも、よくある設定というかなんというか、この世界において17歳というのは超結婚適齢期。グランシア家は高名な貴族だから、政略的な結婚はしなくても済みそうではあるが。
とか言いつつも、アリーや執事のトーマスはなんだかんだと手紙を厳選してくれているみたい。
身分不相応な爵位の家柄の手紙は、どうやらお父様がはねているらしい。
…それでこの束になるんだから、実際どれくらいの手紙が届いているのやら。
そんなある日のこと。
珍しく本邸に公爵が現れた。
「カサンドラ。…元気か?」
「ええ、まあおかげさまで。…それで、お父様は何の御用でしょうか?」
「ああ、お前に見合い話を持ってきた」
(…来たわね)
あれだけの申し込みがあるんだもの。厳選中の厳選の中で、万が一飛び切りに言い縁談があったら絶対公爵本人が持ってくるものだと思っていた。
ふふん、悪いけど、私は世界の滅亡を食い止めるためにも、結婚だの恋愛だのにうつつをぬかしているひまはないのよ!!
「申し訳ありませんけど、私は」
「相手はユリウス・フォスターチだ」
「‥‥は?」
思わず絶句してしまった。
(ユリウスって、あのユリウスのこと?)
あれからパラメータとか見るのはラヴィに禁止されており、現状どういう状況なのか分からないけど…ユリウスのフラグってどうなっているの??
と、言うかそもそも論…司祭って結婚できるわけ??
「ええと…ゆ、ユリウス様は聖職者でいらっしゃるし…」
「何を言うんだ。女神神殿は聖職者の結婚に寛容だ。それに先日の復活祭で既に二人は知り合いと聞いている。…フォスターチ家ともなればハルベルンにおいても我が家紋と並んで高名な公爵家…断るならそれなりの理由を述べよ」
(…くっ。何よまるで試験問題みたいな問の仕方をしておいて‥!)
「……私はまだどなたかと結婚なんて考えたことありません。」
「まだ、といったな。安心しろ、あちらも最初は婚約だけしておいて、後は二人に任せると仰せだ」
公爵の目がきらりと光る。これはきっと、想定内の返答ということなのだろう。
「そ、そういう中途半端な気持ちではお互いの為にもならないと思いますけど?!」
「…待て、カサンドラ。気になる殿方でもいるのか?この間も復活祭の夜は帰りが遅かったそうじゃないか?!」
「それとこれとは関係ありませんでしょう!!!」
なんなのよ、何で知っているのよ?!ていうか、一緒に出掛けたのはあんたの息子だっつうの!
だめだ、このままじゃらちが明かないわ。どうにか断る正当な理由を探さないと…!
ってああああ、何も思い浮かばない!!
「とにかく、婚約するにしてもしないにしても、一度は会ってみるのはいいだろうっ?ちょうどよくフォスターチ家主催の夜会が明後日あるそうだ。それには必ず出るように!!!」
「…くっ。分かりましたわ‥どうなっても知りませんからね!!」
何がちょうどよくよっ!!
これは私が絶対に断れないようにぎりぎりまでスケジュールを黙っていたからじゃないの!
…こうして、フォスターチ家の夜会に出席することになってしまったのだ‥。
「ユリウス・フォスターチ‥か」
父が去ったあと、私は攻略本をパラパラとめくり、ユリウスシナリオをラヴィと確認していく。
今さらながらだが、どのページにも彼が『戦う』シーンは見当たらなかった。
そもそも、この世界自体戦いとは無縁の世界のはずだし、復活祭で見た化け物が登場するなんて記述もどのシナリオにもないので、恐らく本当にイレギュラーの出来事なのだろう。
確かに暦通りの大まかな出来事は起こっているんだけど、ところどころ物語の形が変わってきているような気もする。
「なんだか、このシナリオにあるユリウス像とは違うような気がする。ヘルトも‥まあ確かに真面目ではあるけど、この攻略本にある通りの女嫌いなんて設定はなさそうだったし‥」
私に関わったことで、キャラクター像の初期設定が変わるなんてあり得るのだろうか?しかしそれはラヴィも頭をひねるばかりで明確な答えが出てこない。
「もしかしたら、今度の夜会とかも本来ない筈のイベントだし、行ってみる方がよさそうだよ、カサンドラ」
今回私が参加する「フォスターチ家の夜会」なんてイベントは通常シナリオでは起こらないようなので、私固有のイベント‥もしくは、シークレットフラグ関連のイベントになるのかもしれない。
「え~…結婚とか言わないといいんだけど…」
私がそう言うと、ラヴィは一瞬固まってしまった。
「へ‥け結婚?結婚するの?!カサンドラ?」
「しないよ!!どうにかして互いに合意で縁談破棄したいんだけど‥どうすればいいかなあ」
「う。うーん…ユリウスはどう思っているんだろうね?」
「…会いに行くとややこしいことになりそうだし…ああ、でも。手紙を送るのはありかなあ?」
‥しかし、考えてみたらこの世界の郵便物っていったいどれくらいのスピードで届くものなのだろう?今贈ったとして、明後日に夜会が開かれるってことは…
「間に合わない可能性の方が大きいわね‥」
ため息をついていると、先ほど退出したアリーが血相を変えてやってきた。
「お嬢様!!大変です!!」
「何?どうしたのよアリー」
「フォスターチ公子のユリウス様がいらっしゃいました!!!」
「…はぁ?!」
バタバタと用意をして、応接間に行くと…。
「こんにちは、カサンドラ様」
「ご、ごきげんよう、ユリウス様‥」」
ユリウスは、今日は司祭服ではなくて、普通のダークスーツにジャケットである。
そうか…この人は司祭であると同時に、名門フォスターチ家の四男であらせられるのだ‥。
にっこりと微笑む姿は相変わらずの美人さんなのだが、どこか表情に陰りがあるのは気のせいだろうか?
「あの、何もおもてなしができなくて申し訳ありません!」
「いえ、今日は急に来てしまったので、お構いなく。すみません、御迷惑ではなかったでしょうか?」
「と、とんでもございません!今日は一体どうしてこちらに‥?」
「ええ、明後日の話ですが、フォスターチ家の夜会にぜひご招待をさせていただければ、と思いまして」
私は耳を疑った。
なんてタイムリー‥というか、お父様はユリウスがこちらに来るのを知っててあの話を振ったわね?!
(ご本人がいらっしゃるなんて‥、断るに断れないじゃない!)