復活祭・9(了) 星を見に行こう
ハルベルンの城下町の表通りでは、大小さまざまな催しものや、屋台が立ち並んでいた。
その中でも、私は昼間から気になっていた店があった。
それが、この「氷花菓子」である。
「おいしいぃ‥!」
見た目からしてかき氷であるのだが、現代のかき氷と違って、こちらのお菓子は砕いた氷の他に色彩豊かな1cm角のアイスカットフルーツが乗っている。
凍った生の果実は口の中でジューシーなシロップに変わり、少し融けた氷と絶妙なハーモニーを奏でる‥そのバランスがたまらない‥!
そんなお菓子を、ヘルトは眉間にしわを寄せながら観察していた。
「これは‥飲み物として飲むのか?それとも氷を食べるのか??」
「砕いてシロップと混ぜるもいいですし、そのまま食べてもいいみたいですよ。…あ」
いつまで眺めているのかと思っていると、おもむろにスプーンに山盛り一杯を救うと、一口でぱくりと飲み込んだ。
そして‥予想通りというかなんというか、頭を押さえだした。
「‥頭が痛い」
「一気に食べるとそうなります。気を付けないと!」
普段から仕事第一で生活しているであろうヘルトは、こういう場所にはなじみがないのだろうか?下手をすれば私以上に、立ち並ぶ夜店や食べ物の屋台を物珍しそうに眺めている。
(たまには息抜きも必要だよね)
現代にいた頃私にとってこういうお祭りや縁日なんてのは、遠い世界の話だった。
生活費と学費でバイトを掛け持ちしていたからそんな暇もなかったし、逆にいざ忙しくなくなってしまうと、途端に何をすればいいのかわからなくなってしまうのだ。
もしかしたら、ヘルトもそうなのかもしれない。
「ヘルト兄さまは、お仕事以外の日は何をしているんですか?最近は私やクレインの面倒を見てもらってばかりのように思えるのですが」
この世界でも土曜日と日曜日は休日だ。
それは王宮も同じようで、こちらの騎士の皆さんは『警察』、王宮に努める皆様は『公務員』という位置づけになるのだろうか。
「‥取り立てて、急用がなければ父の仕事を手伝うか…訓練だろうか?」
「ええ?!それじゃいつ休んでいるんですか?!
「休めるときに休めばいいと思っているのだが」
信じられない…!
どんなに忙しくてもスイッチのオンオフは重要じゃない?!この人‥いつか過労で死ぬんじゃないだろうか?などと妙な心配をしてしまう。
きっとこういう人は、身体を壊しても気が付かないかもしれない…。
「なるほど、わかりました。では!今宵はこのわたくしがお兄様の休日を、誠心誠意込めて!!サポートさせていただきますわ!!」
「なんだそれ?」
「…」
私の言い方が面白かったのか、ヘルトに楽しそうに笑われてしまった。
この人は、今日は普段とどこか違うように見える。
なんだろう、リラックスしているというか、力が抜けているというか。今だって、いつもみたいなぎこちないような笑顔じゃなくて。
(こういうのを、破顔‥というのかしら)
「ふむ、いい感じです、ヘルト兄さま!」
私が勝手にうんうんと一人で頷いていると、ヘルトはどこか困ったように苦笑いをして見せた。
「まあ、今はそれでいいよ」
「?」
「それより、どこに案内をしてくれるんだ?」
「はい!それはもう、昼間、私が一人でリサーチして回った結果をお見せしますとも!まずはあちらのお肉から参りましょう!」
「…はあ、色気より食い気か。‥明日から鍛錬メニュー追加だな」
「お、お肉の分の倍、野菜も食べますーー!!」
今日は復活祭の最終日となるので、街全体に電飾のようなものがあちらこちらに飾られている。点滅するものから、キラキラ輝くもの…まるで現代のクリスマスのイルミネーションのようにも見える。
(七夕とクリスマスが一気にやってきた感じ?浴衣がないのが残念ね)
すると、王宮の方からトランペットの音は聞こえだした。
「そろそろパレードが始まるな。見ていくか?」
復活祭最後の日、月が頂点に達するとき、女神は空に帰ってしまうらしい。そのお見送りを女神に扮した巫女が舞を踊るのだ。それがこの三日間のクライマックスとなる。
つまりは、ヴィヴィアン固有のイベントとなるわけなのだが…。
「一度くらいは見ても、損はないでしょう…」
「よし、なら見れる場所に移動しよう」
するとヘルトは突然さっと私の手を取り、駆け出した。
「え?ちょ ちょっと」
人ごみとは真逆の方に突然走り出すと、ヘルトは路地の道を迷わず進んでいき…とある小高い建物の上にやってきた。そこは、街全体を見下ろすような場所に位置しており、広場で行われる予定のパレードの全容がよく見える絶好のポイントだった。
「こ‥ここは?」
「騎士団の詰め所だ。‥今の時間はどうせみんな出払っているだろうしな。基本的に関係者以外立ち入り禁止の場所だから、ゆっくり見れるだろう。‥始まった」
広場から王宮に続く大通りを、それぞれ女神に感謝を伝える為に色々な作物や花々や電飾で装飾された馬車に乗せられてやってきた。
先頭に立つ女神に扮した巫女を筆頭に、選ばれた10人の乙女たちが花びらをまき散らしながら進んでいく。それが、パレードなのだ。
ヴィヴィアンは誇らしげな顔で白いドレスをまとい、大通りを進んでいく。
(ヴィヴィアン‥かあ)
彼女は一体どういう人間で、どういういきさつでこの世界にやってきたのだろうか。もしかしたら、私と同じかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
でも、と思う。一昨日のあの様子からはどうも私に言い感情は持っていなさそうに感じる。こうなると‥下手に近づかない方がいいかもしれない。
(本当は話してみたいけど…向こうは聞く耳を持ちそうにないよね)
「‥あの聖女だか、巫女は‥サンドラの友人なのか?」
「友人…とは言えないように思えますけど…まあ、きっても切れない関係かもしれないですね」
友人とは言い難いし、かといってライバルというわけでもなし‥私がどう応えようか迷っていると、ヘルトはため息をついた。
「お前の友人関係にとやかく言うつもりはないが、友人は選んだ方がいい」
「ノエルといいヘルト兄さまといい…彼女と何かあったんですか?」
「‥‥どうしてここでノエルが出てくる」
ぎゅっと眉間にしわを寄せる例の表情のあと、ヘルトは黙り込んでしまった。
(あ あれ?なんかまずいこと言っちゃったかな??)
そうこうしているうちに、パレードはクライマックスを迎え、ハルベルンの街の上空に大きな花火が上がった。
(は、花火なんてこの世界にあるのね…)
ところどころ、ああやっぱここは造形ファンタジーの中なんだなあと妙に感心してしまうのだった。
祭りが終わった後、私達は人の流れがはけた路地裏を歩いていた。
(…それにしても)
私はしっかりとヘルトに握られた自分の手を凝視してしまう。
はぐれないように、とつないだ手だったが‥いつまでたっても私の手が解放される気配はない。
「あの―‥、ヘルト兄さま、もう手を離していただいても結構ですよ‥?」
おずおずと私が尋ねると、ヘルトは少し意地悪そうな笑顔を浮かべて、放そうとしなかった。
むしろ、自分の指をからませてくるのでますます逃れられなくなってしまう。
(うわああ‥何このつなぎ方?!は、恥ずかしい!)
真っ赤になる私の顔を満足げに眺めてから、そっと手を離した。
「一つ、行きたいところがあるんだが、いいか?」
「!は はい。もちろんです‥けど?」
**
「え?ここ…?」
馬車に揺られてやってきた場所は‥なんとグランシア邸だった。
「暗いから、足元気をつけろよ」
そう言って、ヘルトは再び私の手を取って歩きだした。少しためらいもしたのだが、ヘルトの言う通り、グランシア庭園には外灯なんてものは設置されていないので、真っ暗である、ここは素直に従った。
空から唯一月の光で足元が見える程度の光の中、おぼつかないながらもそのまま進んでいく。
そしてたどり着いたのは‥
「グラスハウス…?あ!もしかして」
グランシア家のグラスハウス。
全面ガラス張りのこの温室は、肌寒い外よりも暖かく、ちょうどいいところにベンチも設置してある。
「うわああ…!すごーい‥満点の星空!」
「これは‥想像以上だな」
上空を見ると、細かくて小さい宝石の粒をひっくり返したように星が散らばっている。今日は雲一つなく‥まさに天然のプラネタリウムだ。
「ここは‥昔から実は夜こっそり来ていたんだ。…合鍵も庭丁に借りて。」
「へえ、思い出の場所ですね?」
「思い出というか…ある意味、逃げ場所だった」
「‥逃げ場所?」
ヘルトと並んでベンチに腰かけているのだが、…彼はこちらを一度も見ようとしない。
言いにくいことかも?と黙っていると、ぽつぽつと語りだした。
「知っての通り、俺は公爵‥父と血のつながりはない。‥それでも、期待を寄せていた養父の為に、激変した毎日を必死に進んでいった」
「…はい」
私の中に朧気にあるカサンドラの記憶の中のヘルトは、常に前を向いて、一度もこちらを振り返ることはなかった。カサンドラも、兄に対してどうすることもできず、その姿をただ見ていただけだった。‥でも、それはある意味仕方のないことだと思う。
誰だって、この場所に生きていく為必死になっていたのだろうから。
「クレインが生まれて、フェイリーが生まれて‥妹と弟ができた後‥一つ決めたことがある。」
「決めたこと‥?」
ヘルトは上を見つめたまま、強く一言だけ、言葉に出した。
「…いずれ、グランシア家はクレインが継ぐことになるだろう。だから‥」
「……?」
それだけ言うと、ヘルトはやっと私の方を見て笑った。
「‥もう少し、星を見てから帰るとしよう。…今日は楽しかった。ありがとう、サンドラ」
夜の温室なんて、蚊とか蛾がいそうで恐ろしいです‥。ブックマーク登録下さった皆様、ありがとうございます!(了)とかいう文字がありますが、全然続きます!よろしくお願いしますm(__)m




