フラグ・クラッシャー、降臨
「ひどいです、神様。私が何をしたっていうんですか」
カシャーン…
持っていた小瓶は、するりと手から落ちていく。それはまるでスローモーションのようにゆっくりと、ただゆっくりと落ちていく。
「罪状は…恐喝、横領、窃盗に…殺人未遂、それに王族に対する不敬罪ねえ。…罪状のオンパレードだ。豚みたいな体格でよくもまあこれだけ悪事を働けたもんだ」
ぐったりとうなだれた頭上から、複数の男たちの嘲笑と共に冷たい声が聞こえてくる。
(どうして‥私は本当に何もしていないのに…!)
「さあ。カサンドラ・グランシア…言い残すことは…っと、もう死んでるか。…ご愁傷様」
遠のく意識の向こうで、誰かが笑っている。
本当に、私が何をしたっていうの。
私の声も、意識も、もうなくなってしまった。
**
「‥で、…から」
ズキンと、刺すような痛みで覚醒した。
(何…?)
まるで頭の中を何かで打ち付けるような不快感の向こうで、多くのざわめきが聞こえてくる。
私はおそる恐る目を開いた。
「よって、カサンドラ・グランシア!!お前は王族不敬罪で、処刑とする!!」
そして、朗々たる発言と共に目の前に飛び込んできたのは、文字通り目が覚めるほどの美しい顔をした、赤い髪の青年だった。
「‥‥ええ?」
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
事態が飲み込めずに唖然としていると、突然強い力で腕を引っ張られた。
「大人しくしろ!!…うっ!」
ズシリ、となにやら重量の感じる身体が起き上がると、武器を持った金ぴかの鎧?をきた人間らしき生物に引きずられていった。
「…何だ、こいつ…重てぇなあ」
ぼそっと呟く兵士らしき男の言葉にハッとなり、自分の身体を見直してみる。
たっぷりとしたゼイ肉に、たぷん、とたゆたう二の腕…。そして何よりこの体系の割には思い切った露出の多い白いドレス。
まあ、胸は‥多分元の私よりも相当デカイ。…いや、半分脂肪かもしれないけど。
(な、なにこれ??相撲取り??超どすこい体系じゃない??)
「ちょ、ちょっと!!どういうこと?え?!何?」
自分の体形にも吃驚したが、それよりも状況をまず整理しなければ。
私の名前は、橋本真梨香、22歳‥さっきまで、備品庫の整理をしていたはず‥!
その日の予定は、結婚式が一件と大手企業の会食の二件、宴会後後片付けをするまで…が仕事だった。
「橋本さーん、これ運ぶの手伝ってくれない?」
「は、はい!」
「あ、ごめーん、こっちもー。はっしー、備品庫の掃除もお願いできるかな?」
ここは日本のとある都会にある洋館をモチーフにしたホテル。
私は宴会サービスのウェイターのアルバイト。身長も顔も普通、大学の専攻は法学部で占いが趣味の、夢は裁判官か検事のごくごく普通の勤労学生である。長所は体力がやたらあること。欠点があるとすれば…それは。人が好過ぎるところである。
「いやーいっつも動いてくれるし、頼んだら何でもやってくれるし、いい子だよね、橋本さん!じゃ、お疲れさまー」
「‥あはは、お疲れ様」
基本的に真面目な為、頼まれたことは成果以上に成し遂げてみせる。文句も言わない、それが災いしていつしか面倒事は全部私に回ってくるようになった。
(まあ、サービス残業じゃないし、きっちり残業代出るからいいけど。‥にしても備品庫かあ、やだなああそこ)
このホテルは古い洋館を改造したもので、人の眼に入る内装はそれはそれはとても美しいのだが…、人の目に触れない裏側はとても古く、使われていない部屋に至っては不気味だ。
よほどの用がなければまず、誰も近づかない。その為、備品庫の掃除はいつも私の仕事だった。
「橋本さんお疲れー。これ、余ったお菓子だけど、良かったら食べる?」
「あ、料理長ありがとうございます!」
そう言ってシェフがよこしてくれたのは、普段では絶対お目にかかれないようなチョコレートとクッキーだった。
(ラッキー、仕事終ったら食べよ)
制服のポケットにそっと詰め込み、備品庫へと向かった。
ここまでは、ごくありきたりで普通の日常だった。この後は家に帰ってご飯を作って、好きなネット小説を見て、ゲームして‥で、明日も大学に行って勉強して…その繰り返し。
そのはずだった。
「あの、すみません」
「はい?」
突然後ろから声をかけられ、振り返った瞬間、なにやらひどい眩暈と頭痛に襲われた。
「…え」
「‥ … ‥?!」
ポン、と肩をたたかれ、誰かに何かを言われたような気がしたが、その後は気を失ってしまった。
そして、現在。
メインに叫んでいたあのイケメンを筆頭に右から数えて女の子を含め6人くらい?だろうか。どいつもこいつも海外モデルか?というくらいの長身美男美女。
よくよく見れば、自分と同様、周りの美しい人たちもそれぞれ漫画やらアニメで見たことあるようなドレスコードをまとっている。
(う‥美しい人もこれだけ並ぶと全部おんなじに見える…)
「レアルド様っ…サンドラだって悪気があったわけではないはず!こんなことはおやめください!」
イケメンに囲まれた中心にいる、茶色の髪の女の子が縋るようにレアルド様とやらに抱き着く。一瞬何故か周りの空気がピシりと冷え切ったように見える。
(なにあの子、…天使か?!)
どうやら絶対絶命の危機を救ってくれるかも‥と期待したのもつかの間。
「ヴィヴィアン‥‥この女はあんなにまで君を苦しめたというのに…、君は本当に美しい心の持ち主だ」
「レアルド様、あの子は、ただ私が羨ましかっただけです‥だから、どうか温情を‥!」
さもしおらしく、肩を震わせながら大きな赤い瞳をウルウルさせているのだが…。どうも様子がおかしい。よく見れば、何かをかみ殺したように口元がぴくぴく震えている。
「っって!!笑いをこらえてる顔じゃないの?!!」いてもたってもいられず、突っ込んでしまったが、そこは隣にいた緑の髪のイケメンに食いつかれてしまった。
「‥ヴィーに謝れ!!お前みたいな人間以下の生物、こうして気にかけててもらえるだけでも光栄と思えよ…!」
兵士に掴まれた私の目の前につかつかと歩いてくると、思い切り手をあげた。
(な、なんでそこまでされなきゃいけないの?!)
思わずぎゅっと目を閉じると、飛んでくるはずの平手打ちは来なかった。代わりに、低く冷たいながらも落ち着いた声が聞こえた。
「バルク。こんな姿でも一応性別が女性の人間に手をあげるのは騎士として最低だ。…そこまでする必要もないだろう。」
「…離せレイヴン。…っち、こんなでも女、ねえ」
今度は「氷の貴公子」とか、何かそういう名前がありそうな冷たい彫刻みたいな男性が現れ、寸でのところで止めてくれたらしい。
それにしても、人間以下だの一応女、だの…全体的にこの連中は失礼だな?!
残りの大人しそうな黄色の髪と、我関せずで群衆と話している紫色の髪はこのやりとりに参加するようなつもりはないらしい。
(…って。待って、レアルドとかいう赤髪から始まって黄色の髪、緑髪、藍色髪、紫髪‥とヴィヴィアンって名前の女の子…これってもしかして)
「あ、貴方が、レアルド王子…で、そっちがヴィヴィアン…そっちは、バルクに、レイヴン?」
一人ひとりの顔を見ながら思いつく名前を出していく。
「‥?どうした、気でも触れたか」
「う‥嘘、嘘でしょ?!」
そう、今日(?)帰宅後やろうとしていた乙女ゲーム…「ヘヴンズ・ゲート」の登場人物そのままじゃないの…?!
もしそうだとしたら、正直まずいかもしれない。
あのゲームを買ったはいいけれど、昨日発売されたばかりだから内容を全く覚えていない‥唯一、勢いだけで一番好みだった赤のレアルドのノーマルEDを見たわけなのだが。
こちらを殺しそうな勢いでにらみつけている赤髪がレアルド王子だろうか。
(ど、どういう情況よ、これ‥と、とりあえず落ち着いて…!…そ、そういえばこのカサンドラって‥ゲームには登場していないような)
確か自分がプレイしたとき、カサンドラの登場するシーンはおろか、名前すら見た記憶がない。
すると次の瞬間、けたたましいガシャーン!というガラスのようなものが割れた音が脳内に響き渡った。
「っ?!」
そして今度はピコーンという電子音とともに、目の前にまるでゲーム機の画面のようなものが現れたのだ。そして、
『大いなる意志の封印が解除されました。世界滅亡まであと1000日』
という謎のメッセージが表示された。
「せ、世界滅亡って‥どーいうこと?!そういえば、封印が解けたって‥?」
ザッ…ザザッ…
すると、ゲームウィンドウが突然砂嵐で歪みだし、今度はメッセージウィンドウのようなものがぱっと表示される。
『ようこそ、私の世界へ。あなたはこの造られた世界の外からやってきた来訪者。あなたにはこの世界の全てを壊す権利と可能性を与えよう!』
『フラグで縛られた彼らとその仲間を開放して、然るべき滅亡の未来を起こさない為に決められたルートから外れた新しいルートを導き出すのです!』
ただでさえ、わけのわからない状況なのに、更に意味不明な状況が襲い掛かってきた。
しかも、世界の滅亡までカウントダウンが始まってしまうとは。
神さま、私が何をしたっていうんですか‥マジで。
よろしくお願いします。よくある話でよくある設定ですが、それだけで終わらせないよう頑張りますので。呼んでくださったら幸いです。