復活祭・7 後祭り
「僕が誘拐されたとなれば、みんな協力して仲良くなれると思ったんです」
あの事件の後、クレインはしょんぼりと企みの全容を家族全員にとくとくと説明した。
結果的にその企みは失敗に終わり、本当の事件になってしまったけれど、家族全員が仲良くなりたいという彼の小さな願いは、小さいながらも私たちに影響を与えたと思う。
復活祭の二日目は自身の家で過ごし、家族全員で女神アロンダイトに祈りを捧げるらしい。
少しだけぎこちない関係ではあるけれど、ちゃんと全員で晩餐をしたりして、いつもよりは家族で過ごす時間は増えたのかもしれない。
そして、三日目の朝。
「お嬢様!!うさぎさーーーん!!皆さまおはようございまーす!!」
アリーは今日も元気だ。
いつもの兄弟との早朝鍛錬(?)のあと、朝食をとっていると‥アリーがやってきた。
最近は鍛錬後の流れで、クレインとヘルトと三人でテーブルを囲んで朝食をとるようになった。
本日は、昨日までぐったりと動かなかったウサギの為に、白い皿にてんこ盛りの野菜も用意してあるのだが‥わき目もふらずラヴィは一心不乱にその野菜を食している。彼は、今どいう気持ちなのだろう‥。
「おはようアリー。どうしたの?随分とご機嫌ね」
「はい!今日を乗り切れば、明日お休みをいただいているので!」
復活祭というのは、基本的に国民の休日となっている。でも、アリーみたいな仕事の人たちは日にちをずらしてお休みを取るのが普通らしい。どの世界も同じなのね‥。
勿論、ヘルトのような街の治安を守る仕事の人たちはそうもいかないのだが。‥警察(?)って大変よね。
「じゃあ、俺はそろそろ行く」
ヘルトが立ち上がると同時に、カラン、と乾いた音が聞こえた気がした。
どうやら落ちたのはヘルトのカフリンクスのようだ。
「あ、落ちましたよ」
しゃがみこんでカフリンクスを拾うと、すっと手が伸びてきた。
(?!近‥)
ヘルトの息遣いが聞こえてきそうなくらい至近距離になると、彼は私にだけ聞こえるような声で囁いた。
「‥今日、1800に広場の時計台で待ってる」
「‥‥え あ」
「ありがとう、‥ドレス姿でしゃがみこむと、裾が汚れるだろう。気をつけろ、サンドラ」
「は、はい」
ヘルトは何事もなかったように立ち上がると、着ていたシャツにカフリンクスをつけながらそう言った。
「いいなあ。僕も早く兄さまみたいにかっこよくブラウスシャツを着こなしてみたいなー」
「もう少し大人になったらな」
ぱっと周りを見てみると、アリーはご機嫌で鼻歌を歌っているし、ラヴィは一心不乱に緑黄色野菜と戦っている。‥誰も気が付いてないようだ。
(…う、これは‥みんなには秘密ってこと?)
赤くなる頬を誤魔化すように、私はなぜか咳き込んだ。
**
「ねえ、カサンドラ。君は昼間どうするんだい?」
部屋に戻るなり、ラヴィが私に尋ねて来た。
「昼間…って、特に考えていないんだけど」
「侍女の人たちが噂していたよ。復活祭の三日目は、国民全員が身分も関係なく肩を並べて自由に飲んだり食べたりできる時間だって」
「夕方は出かけるけど‥確かに昼間は時間があるし‥」
ゲームの中では、選択肢を選ぶだけだから、特に細かい設定だのはまるで興味なかったのよね。そんなことを考えていると、ラヴィはものすごく目をキラキラと輝かせてこちらを見ている。
「…一緒に見て回ってみる?」
「行きたい!!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる姿はまさに動物のウサギそのものだ…。
「アリー、出かけようと思うのだけど」
「待ってました!!!お嬢様!!!」
呼ばれる前からスタンバイしていたのだろうか、アリーと侍女数名が色々なものを手にもって登場した。この感じは‥前回の一日目のパーティーの準備と同じ光景…。
「あ、あのね。そこまでっ!気合を入れなくていいから。普通より少しおしゃれな程度でいいから!!!」
「‥ちなみに、お嬢様、お戻りはいつですか?」
私はなぜか、アリーにじりじりと壁側に追い詰められていく。
「え‥今日は夜まで帰ってこないつもりだったんだけど」
「ですよね!?じゃあ、やはりどなたかとお約束を?!」
「…っ絶対に言わないわよ」
なおも満面の笑みで近づいてくるアリー。
ここで、さすがにヘルトと会うとは言えないので、私は断固として口を開かなかった。
貝のように口を閉ざした私に、さすがに観念したのか、アリーは不満そうに口を尖らせた。
「‥相手の方の好みがわからないと、おしゃれも無意味ですわ!」
「そ、そういうもの?‥じゃあ、とりあえず、動きやすくかつエレガントな感じでお願い」
「…ふうむ‥かしこまりました!!さ、皆やるわよ!!」
おーっ!と侍女全員が一致団結している。
…余計なことは言わない方が私の為になりそうだわ‥と、心底思い知ったのだった。
**
「うわああ…」
街に出ると、本当にまるで現世のお祭りのようだった。
あくまで洋風テイストではあるが、見慣れた食べ物の屋台や、くじ引きのようなものまである。昼間から酒を飲んでいる人もいたりして、穏やかな時間の流れに乗って楽しそうな喧騒が聞こえてくるのだが、それも心地よい。
「すごい…!こんな世界があるなんて」
ラヴィは私の頭の上に乗りながら、周りを見渡している。時折吹く優しい風に目を細めながら、気持ちよさそうだった。
「ねえ、ラヴィ、少しの間でも人型に戻れないの?」
「えっ?!」
「だって、その姿で食べることが出来る物なんて菜っ葉や野菜だけでしょ?」
今のこのウサギの姿が一体どういう体の構造になっているのかはわからないが、ウサギといえば草食動物のげっ歯類。食べられるものは限られているだろう。…肉をほおばるウサギ、など私も見たくはない。
「せっかくあの狭い空間から出られたんだもの。もう少し楽しまなきゃ勿体ないじゃない」
「う、うーん。でも」
「‥おねーさんおひとりですかあ?」
‥この世界では、一人の女性に男性が声をかけるということは、こんなに日常的にあるものなのだろうか。私は今日一日だけで、かれこれ五回も声をかけられている。
しかも今度は複数のなんだかガラの悪そうな連中だった。
「えーと、あの~…」
「カサンドラ・グランシア」
そろそろ力業で突破してやろうかな、と思った矢先、思わぬ人物が現れた。
「‥バルク・ベルヴォン」
「それ、母上の新作だろう。……うちの服はやはり誰か着ても似合うな」
こいつ‥素直にほめるとかできないわけ?
見ると、頬にばんそうこうのようなものがまだ張ってある。…やっぱり、少しやりすぎたかな。
なんとなく気まずい気分になってきたが、‥とりあえずこの声をかけてきた連中を追っ払いたい。
「ちょっと付き合ってよ、バルク」
「‥いつも通り殴り飛ばせばいいだろう」
「あなたがちょっと付き合ってくれるだけで彼らは病院に行かなくて済むの。人助けと思ってよ」
私が睨みながらそういうと、バルクはさっと右手で頬をかばう仕草を見せる。
「‥まあ、仕方ないな。茶でも飲むか」
「…‥?」
まさかお茶に誘われるとは。好感度パラメーターが上昇したのだろうか?‥私がやったことといえば殴って吹き飛ばして説教した位なのだが。
屋台にあったフルーツジュースのようなものを私に手渡すと、バルクは近くのベンチに腰かけた。
「座らないのか?お嬢様」
「‥‥座るけど、何を企んでるわけ?」
殴られた相手にジュースをおごってくれて、しかも椅子に座るよう勧めるなんて、どういうつもり?周りを警戒しつつ、やや距離を作って隣にすわった。
「‥なあ、ちょっと‥聞いてみたいんだが」
「なに?」
しばしの沈黙の後、意を決したようにバルクは口を開いた。
「女って…男性に対してコロコロ態度と人格を変えられるものなのか?!」
「‥‥はぁ?」
こいつは何を言っているんだろう。
いや、言っている意味は分かる、わかるんだけど…それを私に聞くってどういうこと??
冗談かと思ったのだが、バルクはいたって真剣な表情だ。
(‥よ、よっぽど困っているのね?…まあ大体の理由は想像できるけど。)
考えてみれば、大いなる意志ってどれくらい彼らに影響しているんだろう?恐らく彼が言う「女」というのは、ヴィヴィアンのことだろう。
知らないって突っぱねてやりたい気持ちが勝るが、私に聞いてくるあたり、何かしら関係しているのかもしれない。
ここはひとつフラグっぽいものを壊してみるとしようか。
「例えばどんな?」
「‥俺の前じゃ、素直なのに…いないところですげえ怖い顔をしている、みたいな。」
「バルクが何かしたんじゃなくて?」
「お、俺は何もしていない…と思う。…最初は気のせいかと思ったんだけど」
「気のせい…」
どれくらいの変貌ぶりか想像するしかないのだが‥、それはきっと騙されているんだよ、バルク。
なんて口には出せないけど、十中八九そうだろうなあ。なんか憐れに思えて来たわ‥。
「じょ、女性って、普段からどこかしら演技するものじゃない?」
「演技‥そう、かもしれないけど。‥なんだろう。深みにハマればハマるほど…周りが見えなくなるっていうか。どんどん独占欲みたいなものが強くなって‥全部どうでもよくなるんだ」
恋っていうのは恐ろしいものだ。
今のはとんでもない発言だろうに、それがおかしいとすら気が付かないのも‥これもシステムの影響ってこと?なんていうか、痛い。痛すぎる。
「な、何なの、ノロケなの?だったら…」
「そうじゃなくて、‥なんだか、その。俺って、彼女にとって何なのだろうって‥」
ああ‥もう、私は一体何を聞かされているんだろう…。そんなこと知るかぁ!と、叫びたくなるのを我慢して、私は彼の問に答えるよう努めた。
「そんなもの、損得勘定、利益があるか不利益があるか…その程度じゃない?」
「な!そ、それは」
「あなたがいれば、パーティーでも素晴らしいドレスを作ってくれる。‥この間のドレス、とっても素敵だったわ。‥十分彼女の利益になっているじゃない」
「…!」
ちょっと可哀そうだけど‥、あの子はこのゲームの正ヒロイン。
あなた方はヴィヴィアンにとって、どれだけ完璧に自分を愛してくれるのかどうかを知る為のゲームの攻略対象にしか過ぎないのよ。
「あなたは随分と他人に対して期待をしているのね…その内大事なものを失うわよ」