復活祭・5 クレインの行方
時間は少しだけ遡る。
クレインとフェイリーは、二人で兄妹そろって、とある部屋にいた。
会場とは別に設けている場所で、妊婦の女性や、小さい子供を連れた夫人など…そこは幼年期の子供たちが集まる応接室だった。
「これおいしい!」
パクパクと目の前に並んだ菓子をほおばりながら、フェイリーは次から次へと運ばれてくる飲み物や料理をわくわくしながら見つめていた。
「そんなに珍しいかな?あまりがっつくと、母様に怒られるよ、フェイリー」
「んーん!お母様の料理もおいしいけど、こっちももっと美味しいんだもの」
別邸に居を構える公爵夫婦‥特に夫人であるフェイリーは、こじんまりとした普通の家庭を夢見ていた。小さな家に、小規模ながらも手入れの行き届いた薔薇の庭園。
大きな犬を飼い、料理はいつも手作りのものを子供たちに振る舞う‥そんなささやかな夢を侯爵は全てかなえて見せたのが、あの別邸である。
そんな環境で育ったフェイリーやクレインにとっては、いいのか悪いのかこういった王宮主催の豪華なパーティーなどは退屈でしょうがないのだ。
同じころ、本会場の方では、侯爵と夫人は他の貴族のおしゃべりや情報収集に夢中だった。
実際この応接室にはそう言った子供たちが数多くいて、しっかりと厳重な警備も配備されている。
クレインはどこか落ち着かない様子で窓を見ていた。
フェイリーは自分と同じ位の大きさのぬいぐるみを見つけると、ご機嫌で遊んでいた。
「ねえ、クレイ‥」
くるりと振り返った瞬間、窓から大きな黒い布の男が現れた。
「え…」
「!フェイリ…」
それは本当に一瞬の出来事で、フェイリーは何が起こったのかわからないうちに‥クレインの姿は消えてしまったのだ。
**
パーティー会場に着くなり、私は辺りを見渡し愕然とした。
(人多すぎ!!みんな似たり寄ったりの恰好し過ぎ!!!んもーーーー!!)
左を見てもドレスに黒服、右を見てもドレスに黒服。しまいには全員同じジャガイモに見えてしまった。
「あの!」
「なに?!」
声をかけられ、イライラして振り返ると、いつの間にかずらりと複数のジャガイモたちに囲まれていた。
「???」
「あの‥もしかして、グランシア家の令嬢ですか?」
「良ければあちらでお飲み物でも…」
わらわらとジャガイモたちは口々に何かいろいろ言ってきた。
「あの!‥今それどころじゃ‥」
いっそのことスキル発動してどついてやろうかと思ったのだが。
(くぅ‥!なんでも力で解決するのは良くないわ‥問題を起こしたらみんなに迷惑が!)
「カサンドラ令嬢、こちらにおいででしたか」
「?!」
また来たかと思ってギロっと声をかけてきた奴をにらみつけた。
しかし、その声の主は一瞬驚いたような表情をしたが、怯まなかった。よくよく見ると、相当な美人の橙色の髪の持ち主‥ユリウスだった。
「ええと…お邪魔、でしたでしょうか?」
「とんでもございません!!!さあ、あちらに行きましょう!!」
大げさにくるりと踵を返して、ユリウスの背中に回り込む。
「‥そ、そうですね」
群がっていたジャガイモたちは残念そうに、あれじゃかなわないなどとぶつぶつ言いながら退散していった。
「す、すみません。ユリウ‥えっとフォスターチ卿」
「ユリウスと呼んでください、カサンドラ。‥それより何かありましたか?どこかお困りの様子でしたので」
ユリウスがふわりと微笑む。
‥それだけでさっきまであったイライラが消えていくようだった。
(‥クレインのこと、話して大丈夫かしら?)
「実は…その、弟がいなくなってしまって‥どうやら誘拐の可能性もありそうで‥」
「‥もしかして、グランシア公爵夫妻をお探しでしたか?」
何故かユリウスは私を壁際に寄せて小声で聞いてきた。
その問いに私は頷く。
「え、ええ。でもこの人数の中では探せなくて…」
すると少しの間、ユリウスは口元に手を当てて何か考えこんでいた。
そして‥
「いいえ。この規模のパーティーです。警備も厳重なはずですし、入り込むことは出来てもここから出るには少し時間がかかるはずですから‥恐らくまだ近くにいるはず。警備にはヘルト殿もついているし、まずは彼と合流しましょう」
「で、でも」
「下手に騒ぎ立てれば、グランシア家の立場を糾弾するものも出てきます、‥今はまだ」
「‥‥」
考えてみれば、クレインは公爵家の直系の子供。もし、誘拐されたなんて周りに知られたら‥確かに誰に何を言われるのか分かったものではない。
「ありがとうございます‥ユリウス様、ご協力いただけますか?」
**
(ま、前が見えない!!)
クレインは、突然目の前が真っ暗になった。
気が付いた次の瞬間には、布のようなものにくるまれて、どこかへ運ばれてしまったらしい。
しかもご丁寧に口元には布とロープが塞がり、うまくしゃべることすらできない。
(う、打ち合わせと違うじゃないか~コランってば‥)
クレインの作戦はこうだった。
「僕が、誘拐されちゃったらみんな困るでしょう?だから、あえて姿をくらますんだ」
「でも、それではフェイリー様がお一人になってしまいます」
目の前に若き騎士コランが正座をしてクレインの話を聞いてくれている、今は作戦会議の真っ最中なのだ。
「だから、あえてフェイリーの目の前で僕が攫われれば、フェイリーだってすぐに人を呼びに行くでしょ?」
「‥で、その坊ちゃまをさらう悪い男が…」
「そうだよ!コラン‥君さ!」
笑顔でなんてことを言い出すんだこのぼちゃまは。と、心の中で異を唱えてみたが、コランがそれを口に出すことは出来るはずがなかった。
「‥‥はあ、わかりましたけど‥ちゃんと私のことを見捨てないでくださいね?!」
「もちろんさ!」
「むーむー!!」
クレインがじたばたと暴れると、布の外側から知らない男たちの声が複数聞こえた。
「ちっ‥うるせえガキだな。だから嫌いなんだよ子供ってのは」
「まあまあ、とっととブツを渡して報酬をもらいましょうや」
(え?!う、嘘だろ?…コランの声。じゃない!!)
ようやくクレインは自分が本当に攫われてしまったということに気が付いたのだった。
・・・
「ほーら。…泣かないで」
「…うん、もう、だいじょうぶ‥」
今だぐすぐすと鼻をすするフェイリーだったが、しっかりとノエルの肩にしがみついていた手をそっと緩めた。
「…あなたは、かさんどらねえさまのお友達?」
「ああ、そうだよ。ちなみにヘルトとは親友で、クレインは俺の弟子」
「おししょーさま?」
持っていたハンカチでフェイリーの涙をふくと、ノエルは笑って答えた。
「それいいなあ。‥お嬢さんも俺に弟子入りする?」
「‥おじょうさんじゃないよ、フェイリーだもん!」
馬鹿にされたと思ったのか、フェイリーはむっと頬を膨らませて反論した。
「おや、これは失礼、フェイリーお嬢様」
「…クレイン、だいじょうぶかなあ」
「大丈夫だろう、きっと。ヘルトなんて血相変えて探すだろうし、必ず無事だよ」
「ノエル!フェイリ―!」
そんな話をしていると、向こうからカサンドラがヘルトと‥もう一人、見知らぬ男性を連れてやってきた。
「‥サンドラ、誰そいつ?」ノエルが仏頂面で尋ねると、カサンドラは慌てて答えた。
「あ‥ユリウス様です。‥その、協力してくれて‥ヘルトがいる場所も教えてくれたわ」
「初めまして、‥取り合えずお話はあとで。‥フォスターチ家は代々このハルベルンの城の設計に関る仕事を任されています、…大まかの地図を用意させました」
そう言って手近なテーブルを引き寄せると‥ハルベルン城の地図を開いて見せた。
「‥こんなものをすぐ用意できるなんて、フォスターチ家ってすごいのな‥」
「フォスターチ家は王家と並んでも引けを取らない名家だ。ノエルも、言葉遣いに気をつけろよ」
「へいへい」
「フェイリーがいたのはこの応接室よね‥どういう状況だったか、覚えている?」
カサンドラが尋ねると、フェイリーは力強く頷いた。
「‥うん!クレインはここに居て…この窓からぶわーっておっきな黒いマントがきたの!」
「と、なると…この裏庭か。この辺は各部屋から窓の外が見えるが、潜む場所は結構ありそうだ」
ノエルが持っていたペンで円を描く、いまだしっかりとノエルに抱き着いてるフェイリーはうんうんと何度も頷いた。
「‥ならば、今日は警備も多く、下手に動くとすぐに発見される可能性があります。基本的に城内は外との出入り口の数は少なく、数か所しかありません。隠れて潜むのにはうってつけですが、逃げ出すとなると、相当骨が折れるでしょうね」
「この辺の警備の連中に確認を取りましょう。‥後はどこを探すかですが‥」
カサンドラは三人の話を聞きながら、そういえば、とあることを思い出した。
(そういえば‥ヘヴンス・ゲートのゲームのレアルドシナリオに城内に暗殺者が紛れ込んで云々てイベントがあったような…あの時犯人が逃走経路に使ったのは…)
「…あ 下水道‥みたいな、地下水路みたいなもの‥もしかしてあったりする?」
カサンドラの発言に全員が一斉に沈黙する。
「水路‥ああ‥そういえば」
「そうか!裏庭には昔使っていた噴水広場の水路があります!その入り口がわかれば…!」
ユリウスが指さしたのは、目の前の庭園の北側。
すると、ヘルトが何かに気が付いた様子で、窓に向かって突如歩き出す。
バタン!と窓を開くと、黒いマントを被った男が立っていた。
「貴様!何者だ!!」
男は、ヘルトが叫ぶと突然走り出した。
しかし、長いローブに足がもつれて転んでしまった。
「…なんだ?随分間抜けな奴だな??」
「アレが犯人‥?」
カサンドラとノエルが顔を見合わせているうちに、ヘルトはその男の組み倒した。
「わーーー!!!待って待って!!待ってください!!!ヘルト様!!」
「…?!お前…」
バッとフードを外すと‥そこから現れたのは明るいオレンジ色の髪の若者。
「コラン?何をしているんだお前?!」
「いてて‥‥!すみません、クレイン坊ちゃまはどこに」
「「「「こっちが聞きたい!!」」」」
その場にいる全員の突っ込みがシンクロした。