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復活祭・4 対峙

「うわあ…」

馬車から下り第一声は間抜けな歓声だった。

(すごい…ゲームの王宮のビジュアルそのものだ…)

「‥大丈夫か?サンドラ」


何故かヘルトが心配そうにこちらを見ていた。

大丈夫ってなにが?と危うく聞きそうになってしまったが、考えてみれば、私が最後にこの王宮にいたのは、例の公開裁判の日。それを心配しているのだろう。


「‥ヘルト兄さまは、他人を心配しすぎです。その内胃に穴が開いてしまいますよ」

「そんなつもりはないが‥。まあ、でも…あまり無理はするなよ、サンドラ」

「ありがとうございます」

「‥もう少し」

「?」

「いや、何でもない。‥行くぞ」


何だろう?最近ヘルトは‥なんていうか歯に何かが詰まったような物言い?をすることが多い気がする。(ヘルトこそ、もう少し私のこと信用してくれてもいいのにな)

などと思ったりもしたが、次の瞬間、自分自身に持っていた()()が瓦解する。


豪奢な白い扉が開かれると、私の目の前に今までの人生で経験したことないような世界が広がっていた。キラキラと輝くシャンデリアに、きらびやかな衣装の女性と黒い燕尾服の男性たちが、まるで宙を舞う蝶のようにひらひらしている。

そして、その場にいた人たちの視線がざわめきと共に一斉にこちらに集中してくる。思わず後ろに後ずさりしてしまう。


(‥‥ッみんな見てる)


エスコートをしてくれているヘルトの腕に少しだけ力が入ってしまう。


(…あまり力が入りすぎるとスキルが発動して腕を骨折させかねないので気を付けないと)

などと訳のわからない心配をしていると、その空気を察してかヘルトがこちらを見て軽く笑った。


「‥気にするな。周りの人間は全て喋るジャガイモか人参位に思っておけばいい」

「しゃべるジャガイモって‥そんなのがいたら逆に目が離せませんよ」


思わず吹き出しそうになり、顔をあげてみた。


「まあ‥ヘルト・グランシア様だわ‥」

「素敵…」

「隣の女性は誰かしら?」


(ああ‥なるほど…)どうやら女性の視線のほとんどはヘルトに集中しているらしい。‥このスペックなら無理もないかもしれない。

すると、その女性たちの視線が一斉に動き、ある一点に集中する。


「ユリウス・フォスターチ卿、ご到着!」

「え 嘘」

「?」


つい口から驚きの声が出てしまったのだが。

そこにいたのは、ヴィヴィアンの攻略対象のうちの一人‥ユリウス・フォスターチだった。

しかも、にこにことこちらに向かって真っすぐやって来るではないか。ヘルトが礼をしたので、私もそれに倣う。


「ヘルト・グランシア。貴殿もこちらにいたのですね」

「いえ、すぐ持ち場に戻ります」

「そう、おっしゃらず。‥おや、あなたは」


(ん?!私のこと?!)


「は 初めまして。カサンドラ・グランシアと申します」

「貴方が彼の妹君でしたか。どうぞ、顔をお上げ下さい」


私はそうっと顔をあげると、改めてユリウスの顔を見る。

にっこりと微笑む姿はまるでそこにだけ光に照らされているようだ。

(うわあ…睫毛が長い‥!顔に影が落ちるくらいってどれだけよ?!)


「これはまた、お美しい姫君です」

「い。いいえ!ユリウス様の方がよほどお美しいです…!」

「はは、ありがとうございます」


などと、口に出してから、反省した。案の定、ユリウスは困ったような微妙な表情をしていた。

(男の人が言われて喜ぶセリフでは決してない…!!私のバカ…)

「ああ、そろそろ行かなくては、それでは失礼しますね、お二人とも」


…顔から火が出そうだわ。

隣でヘルトが笑いをこらえているのが見える。…失言だった。

笑いたければ笑えばいいわ‥。

すると、向こうから群がる女性を引き連れて、ノエルが現れた。


「やあ、ヘルトにカサンドラ」

「‥ノエル」


ヘルトの眉間にぎゅっと皺が集まる。…そういう顔になる気持ちはよく分かる。

いち、にい、さん‥全部で四人かしら?…の、女性に囲まれているノエルは、まるでフェロモンで誘惑する食虫植物のようだ。


「ああ、すまないね、綺麗なお嬢さんに可愛いお嬢さん。それに美しいお嬢さん。俺はこの朴念仁に話があるんだ」

「え~ノエル様、行っちゃうの?」


確かにきれいなお姉さんに、可愛いお姉さん、美しいお姉さんと‥両手どころか四方に花、といった風情だけど‥こいつ、もしかして女の子たちの名前と顔を覚えていないんじゃ。


「相変わらずだな。…後は頼んだ。カサンドラ、こいつの近くに居たら、とりあえずやり過ごせるから、安心するといい」

「あ‥そ、そうでした。お仕事に行かれるんですね」

「‥ああ、行ってくる。‥それと、皇太子殿下には気をつけろ。なるべく関わるな」

「?は、はい」

(皇太子って…レアルドのことね。でも、なんでまた??)


いうだけ言って、ヘルトは片手を上げるとまるで風のように去っていた。


本当に、私のエスコートの為だけに来てくれたのかもしれない、と思うと感謝してもしきれない。

心細く見送っていると、ノエルが視界に割り込んできた。


「大丈夫。俺がいるから安心しなよ、カサンドラ。…俺もサンドラって呼んでいい?」

「構いませんわ、ノエル様」

「せっかくだから、堅苦しい敬語はやめて、ね?サンドラ」


ノエルは手慣れた様子で片目をウィンクする‥こういう仕草ができる人間ていうのは、限られているのだな、と改めて実感した。


「‥わかったわ、ノエル」

「いや―‥しかし、美しいな、サンドラ。…確かにこれじゃあ、ヘルトも心配だな」


改めてまじまじと私の姿を見て、ノエルは賞讃を述べている。その言葉に私は心から同意した。

…カサンドラのビジュアルは下手すれば正ヒロインよりも綺麗かもしれないと、私も思う。

でも。


「心配、はねえ。‥無理もないと思うわ‥私はほとんど引きこもりだったし…。礼儀作法やらなにやら‥私が一番心配しているもの…」


そう‥一応名門貴族の令嬢なんだから、それ位はこなさないといけないのだろうが。こればかりは経験と場数があまりにも足りないのは自覚している。


「…そういう意味じゃないんだが。本当に面白いな、君は」


言いながら、ノエルは目力を込めてこちらをじっと見つめてきた。


「‥私の心の声は読めないのよね?」

「うん、読めない。でも、綺麗で美しい女性はずっと見つめていたくなるものだろう?」


そう言いながら、さり気なく飲み物を用意してくれたり‥とてもスマートな気遣いに感心してしまう。こういうのを、「ホスピタリティマインド」というのかしら?と、いうよりはむしろ。


「…ねえ、このサービス‥もしかして、有料‥なの?」

「‥‥何の話だ?」


つい、ホストっぽいので‥謎に警戒してしまった‥。すると、周囲があわただしくざわつき始めた。


「‥皇太子殿下と聖女様のご到着だな」

「‥皇太子殿下」


と、言うことは。ヴィヴィアンとレアルドのことだろう。

眩いスパンコールに、幾重にも重なった青レースのフリルドレスをまとった正ヒロインの姿は、まるで絵本の中から出てきたお姫様みたいだ。


「ヴィヴィアン‥ドレスが綺麗」

私がポツリと呟くと、隣でノエルがせせら笑った。

「中身はどうだか。はっきり言って、サンドラ…君の方がよほど美しい」

「‥随分と辛口だけど、何かあったの?」

「あの女の腹の中は真っ黒さ」


満足げな表情で登場したヴィヴィアンだったが、こちらの方を見るなり、さっと顔色を変えた。

すると、そのままつかつかとこちらに向かって真っすぐ歩いてきた。

隣のレアルドも、最初は怪訝そうな顔をしていたのだが、何故かどんどん表情が険しくなってきた。


「カサンドラ・グランシア‥!」

「お久しぶり、サンドラ!‥まあ随分とお痩せになって…まるで別人なんだもの!びっくりしちゃった!」


にっこりと微笑むヴィヴィアンの赤い瞳は異様にぎらついており、挑戦的にこちらを見ている。


(うわ…厭味かよ。‥にしても、ヒロインてこんな感じの悪い女だっけ?)


本来のゲームのヒロイン・ヴィヴィアンは、プレイヤーキャラクターということもあって、確固たる性格の個性が欠如している。

所が、このヴィヴィアンはどういうことだろう?彼女から敵意は勿論、嫉妬じみたようなドロドロした感情が見え隠れしている。


(…初めて見たときから思っていたけど‥まるで、生きている人間みたい)


いや、厳密に言うとここに居る人間は皆この世界で生きている。ゲームだけど、それだけでは終わらない、全くの異世界と思った方がいいかもしれない。

そう考えると、少し寒気がしてくる。


そして私はもう一つ‥とある可能性について考えてしまった。


(もしかして‥私の目の前にいるヴィヴィアンて…まさか)


「‥あなた、もしかして」


すると、ふわりとヴィヴィアンが私に抱き着いてきた。


「体に気を付けてね、サンドラ。…異物(バグ)って、いずれ修正されていくものでしょう?」


最後の方は多分、私にしか聞こえていないと思う。

すっと身体を離すと、にっこりと彼女は笑った。


「また今度、ゆっくりお話ししましょう!カサンドラ・グランシア。…あなたに女神の祝福を」

「祝福のお言葉、ありがとうございます、聖女様」


彼女はくるりと踵を返し、殺しそうな顔でこちらをにらみつけるレアルドの元へ戻っていった。


(やっぱりあの人‥)

ふう、とため息をつくと、隣に立っていたノエルはなぜかこちらをじっと見つめてきた。

「うん、俺は君でよかった。」

「‥?何の話?」

「こっちの話」


ノエルはどこか含みのある言い方をしてはぐらかしていた。

そう言えば、このノエルも‥あの時ヴィヴィアン達と一緒にいたはず。何があったかわかるかな?

どう聞き出そうかと考えていると、会場の扉の入り口付近にぽつんと心細そうに立つ女の子が見えた。


「?!‥あの女の子‥フェイリー!」


慌てて駆け寄ると、フェイリーは私の顔を見るなり、目にためていた涙がぶわっと流れ出た。

「お、お姉さまぁ…」

ひし、と私にしがみつくので、その身体をそのまま抱き上げて会場を後にした。

「どうしたの、いったい‥お父様とお母様は?」

「…っひっ…く。おしごと…してるから…でも、くッ…クレインがいなくなって…」

私とノエルは思わず顔を見合わせた。

「…なあ、泣き虫お嬢さん。君はクレインとどこにいたんだい?」

「‥あ、あっちのへや」

「‥ごめん、ノエル。フェイリーをお願いしていい?わたし、お父様とお母様に知らせてくる!」


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