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復活祭・2 ヴィヴィアンとヘルト


「え?!お前‥いつもは後祭りは率先して仕事優先にするくせに‥今年は一体どういう風のふきまわしだ?!」

「‥後祭りの都合を聞いてきたのは団長でしょうに」


ここは、王国騎士団詰め所。ヘルトの申し出に、思わず持っていた愛妻弁当を落としそうになるくらい団長のギーザスは驚愕した。


「だって、お前‥後祭りだぞ?!これが驚かずにいられるか!」

「‥別にいいでしょう、たまには」


ハルベルンに数ある騎士団の中でも、ヘルトが所属する「第3師団」は、治安維持を目的とした任務が多く、国民が羽目を外すイベント時期が最も忙しい。


中でも、復活祭の三日間の期間は民衆が浮かれて騒ぐのが公式に赦されている無礼講の期間でもあり、本当に多忙である。特に三日目の最終日の夜は、大切な人同士と星を見ることでより互いの絆が深まるといわれている。日本で言うクリスマスのような位置づけである。


そんな日に恋人や家族で過ごす為に誰だって休みたい。だからこの時期になると団長は事前面談をしたのち、日頃の評価と働きぶりをはかりにかけ、シフトを調整しているのだ。


「お前‥オレは嬉しい!嬉しいぞ!!一時は本当にゲイかと疑っていたからな…!!!」

「…失礼な」


ヘルト・グランシアは、実力と容姿を兼ね備えた騎士の見本のような男で、男女問わず人気がある。しかしあまりにも浮いた話がないため、まことしやかにゲイ説が流れていた。


「‥俺はいたって正常です。一日くらい俺が離れても平気でしょ‥」

「‥で?誰と行くんだ―…?」


普段は頼れるギーザス団長も、この時ばかりは「こりゃあ面白いネタを見つけた」とばかりに、にやにやと笑顔で近づき、こっそり尋ねて来た。


「‥妹です」

憮然と答えるヘルトに、さも面白くなさそうにギーザスはため息をついて距離をとる。

「なあんだ、グランシアのお嬢ちゃんか。家族で探索でもするのかい?」

「‥フェイリーのことを言っているのですか?なら違います。…とりあえず、了承を得たということで、俺は仕事に戻ります」


ぶらぶらと手を振りながらヘルトを見送ったギーザスは、そういえばと首を傾げた。


「グランシアには、もう一人‥妹がいたな。もしかして、そっちか?」


詰め所を出た所で、ヘルトが大きく伸びをすると、目の前に抜けるような青い空が広がっており、つい目を細めた。

(この青は…)

ふっと思い浮かべた人物をかき消すように、ヘルトはため息をつく。


「‥‥いや、仕事に戻るとしよう」

持ち場に戻ろうと歩いてくと、逆側から宝石のような赤い瞳の神官服の女性とすれ違った。

「‥こんにちは。ヘルト様」

にっこりと微笑む茶色の髪の女性には見覚えがある。


確か、例のあの日…皇太子殿下と共にカサンドラをさらし者にしていた連中のうち一人だったと記憶している。


「‥貴方はカサンドラの友人、でしたか。」

「はい、ヴィヴィアンと申しますわ。‥どうぞお見知りおきを。それより、最近サンドラとお会いする機会も減ってしまいましたが、彼女は元気ですか?‥あんなことがあったばかりだから、心配で」


(あんなこと?このヴィヴィアンという女性はあの公開裁判のことを言っているつもりか?だとしたら、なぜ一度も見舞いはおろか、手紙の一つもよこさない‥?)


現在グランシア家の本館に住んでいるのは、ヘルトとカサンドラ。執事が毎回手紙の有無を教えてくれるが、カサンドラの宛名の手紙など見たこともない。


「‥本当に互いが友人であるのなら、私を通して聴くより、サンドラに直接聞いた方がよろしいのでは?…それとも、何か後ろめたいことでもあるんですか?」

「!‥そ、そのようなことは」

「ヴィー!」


怒気を含んだ声と共に、向こう側から炎のように赤い髪を揺らしながらレアルド王子が現れた。


「…皇太子殿下…?」

「貴様、私のヴィヴィアンと何を話していた?!所属と名前を名乗るがいい!」

「れ、レアルド様!」

「‥王国騎士団第三師団副団長、ヘルト・グランシアでございます」

「グランシア…?あの豚みたいな令嬢の家の者か?!」


まるで馬鹿にするようにレアルドは薄ら笑った。

一瞬,カッとなりかけたものの、ヘルトは凌いだ。


「‥お言葉ですが、ハルベルンの皇太子殿下といえど、我がグランシアの家の者に対しての無礼なお言葉、見過ごすわけにはまいりません」

「豚を豚といって何が悪いというのだ?あの令嬢はヴィヴィアンを辱め、陥れようとした張本人だぞ!」

「れ、レアルド様、それは誤解ですっ!‥それよりもこんなところで」


ギリッ。と歯を食いしばると、ヘルトは立ち上がった。ヘルトとレアルドでは身長差もあり、ヘルトからは皇太子を見下ろす状態になってしまう。

不快そうに顔をしかめると、レアルドは苛ただし気に告げた。


「‥おい。この私に向かって頭を垂れないとは、どういうつもりだ。ヘルト・グランシア」

「今の言葉、お取り消しを」

「…何度でも言ってやろう。貴様の妹は、無知蒙昧なまるで脂肪の塊だ。…公爵家の名が泣くな」

「…何だと…?!」


一触即発。まさに殴りかかろうとしたヘルトだったが、そこに凛とした声が響く。


「そこまで!!」

「!」

「?!

「…え」


庭園に現れたのは、まるで太陽の光を集めたようなオレンジ色の髪に、神官服をまとったユリウス・フォスターチだった。


「…ユリウス司祭!」

「レアルド様、ヴィヴィアン様…それに、ヘルト・グランシア。ごきげんよう」


このハルベルンにおいて、王族に次いで同等か、それ以上の権力を持つ機関が存在する。それが、女神アロンダイトに仕える神殿の聖職者たちである。

特に神殿の頂点に立つ大司教や司祭は、政治や国の荒事に一切をかかわりを持たない代わりに神事の一切を取り仕切る。女神の神官となる王族とはまた違う役割を持っているのだ。


また、その中でも神殿の外部と内部に絶大な力を誇るフォスターチ家は、王族ですらその力に対抗できぬほど強大だった。


無言で跪いたヘルトを見ながら、ユリウスは微笑んだ。

「レアルド様、先ほどからお三方の様子を拝見させていただいておりましたが‥今回は、明らかに殿下の方が分が悪いようにお見受けします。」

「‥!なんだと‥」

「もうおやめください!レアルド様!!私も聞いてて心が痛みますわ‥!」

「ヴィヴィアン」


二人のやり取りを横目で見ながら、ヘルトは顔をしかめた。


「…誰かを驕慢な態度で見下す権利など、誰も持ち合わせてはいない‥ヘルト、あなたは間違っておりません。…ここは引くべきでは?レアルド様」

「‥フン。行こう、ヴィー」

「‥は、はい」

「‥‥」


走り去る二人を見ながら、ユリウスは息を吐いた。


「顔をあげてください、ヘルト・グランシア」

「…ユリウス猊下…」

「それにしても、貴公がここまで怒るとは、その妹君は幸せ者ですね。…貴方の噂は王国騎士団と関りが薄い神殿にも聞き及んでいますよ。…慧眼の騎士、と」

「勿体なきお言葉、ありがとうございます」

「さあ、もう責務に戻りなさい」

「はっ」


誰もいなくなった庭園で、ヴィヴィアンが走り去った方をじっと見つめていた。

少し震える肩を抱くと、その場によろよろと崩れ落ちた。


「…ッああ‥」


(‥彼女が、女神の再来といわれる巫女…?あれが?)


「し、司祭様、大丈夫ですか?」

「ええ…私は‥大丈夫。それにしても…レアルド様は昔から、あのように公私を混同される方だったでしょうか…?」

「え?あ、さ‥さあ。でもあの聖女様とは恋人同士っていう噂もありますし」

「‥それは、なんと恐ろしい」


ユリウスは見てしまった。去り際にヴィヴィアンが見せたその、表情。

(彼女は女神などではない‥、まるで…)


**


「お嬢様!!ついに時が来ましたわ!!」

「…え?何?アリー」


午後を過ぎたあたりのこと。

ノックと共に現れたのは、アリーと本館に勤務する侍女全員の姿だった。

みんなそれぞれ、手にドレスだったりアクセサリだったり…ありとあらゆる装飾品を手に持っている。


「なに…そのキラキラした物体の数々‥」

私がおずおずと尋ねると、アリーは満面の笑みで答えた。


「旦那様が…旦那様が!今回の前夜祭にはぜひお嬢様もご参加されたし、と仰せです!!!」


前夜祭?‥ああ、復活祭の前の日のことよね?

本番は明日だから‥今日の夜のことだと思うのだけど‥、何か私が参加するような行事があっただろうか?

訳も分からず目をぱちくりさせていると、ガシッとアリーが私の手を掴む。


「チャンスですわ‥!お嬢様の美しさを世の男共にアピールして全員を跪かせるチャンスでございますわ!!!」


何物騒なこと言ってるよこの子?!

なんだかここ最近‥マダム・ベルヴォンの一件から言動がおかしくなっているような?!


「ちょ、ちょっと落ち着いて。今日って何かあったっけ?別に何かのパーティに呼ばれているわけでもあるまいし‥」

「お嬢様?!!…ああ、なんということでしょう‥!!最近はすっかりパーティ系もご無沙汰でございましたし、今日みたいな重大な日を忘れてしまうなんて…!!」

「そうですよ!お嬢様‥今日は、皇太子殿下もご参加される前夜祭のパーティーじゃありませんか!!」

「‥…はぁ?」


パーティー…本当に?

あの、飲んだり食べたり談笑(?)したりして、マウントとり合ったり足を引っ張りあったりするロマンス小説ではお決まりのあのイベント?!!


「ちょ、待ちなさいよ!私は別に招待もされてないし…」

「何をおっしゃいます。爵位を持たれるハルベルンの貴族は、招待されなくても、参加する権利がございますのよ?!」


驚愕の真実である。なんでヘルトもクレインも朝のうちに教えておいてくれないのよ?!


「いや!いやいやいや!!!お父様もお母様もそんなこと御許しにならな…」

「私が許可しているのだ、カサンドラ」


すると、いつの間にやってきたのか、私の部屋の前にお父様…公爵が立っていた。


「‥その、こうし…えっと、お父様‥タリア様はなんと?」

「この家の主は私だ。‥決めるのは私だろう、今日はこのドレスを着ていきなさい」


そう言って侍女に持たせていた箱のふたを開けると、まるで朝焼けの光みたいな淡い色のドレスを見せてくれた。


(?随分と綺麗なドレスだけど‥いつの間にこんなもの)


「…アレクシアが着ていたものだが、…今のお前なら似合うだろう。」

「アレクシア‥お母様の?」




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