復活祭・1 ウサギ、仲間になる。
「はあ‥やれやれ。なんともひどい目にあった…」
目の前にちょこん。と座っているウサギは、うんざり呟いた。
なんとなく、ぐりぐりと頭を撫でてみる。…思った通りふわふわだ。
「ふふ、かーわいい!それで、どうしたの?一体。‥人型のあなたはどこ行っちゃったのよ」
「今はまだ…魔力が回復しないと、戻るに戻れない…あそこから君を出すのに相当力を使ってしまったから」
やっぱり、あの状況は全くのイレギュラーの状況…ラヴィですら予測できなかった出来事なんだろう。
あのままあそこにいたままだったら…そう考えるとゾッとした。
「あれって‥どうしてああなったの?バグとか、ウィルスとか、そういうやつ?」
「いや…多分、あれは僕と同じ種類の力‥つまりはシステム側からの力の干渉だと思う」
「システムの力の干渉…ねえ、気になっていたんだけど、もしかして正ヒロインの影響を強く受けてる‥つまりヴィヴィアンと好感度の高い連中って、私のことを激しく嫌うような影響も受けたりするの?」
以前のバルクや赤髪王子のように、公衆の面前で人のことを激しく罵ったりなんて、まともな人間がするものだろうか。
「‥わからない、けど。十分あり得ると思う。強制的な影響‥のような、ヒロイン以外から受けた外部の影響を無理やり元に戻そうとする働き…みたいなものだと思う。」
「なんか、それ…呪いみたいで怖いね」
「それと…もうシステムウィンドウはひらかない方がいいかもしれない」
「え?そうなの?」
「システム側の力の干渉‥あれの持ち主は、恐らくバックアップ専用システム、マッドハッターによるものだと思う」
バックアップ…つまりはセーブデータを管理するシステムのこと?
ラヴィもだけど‥彼らの存在っていったい何なんだろう‥?システム擬人化のようなものだろうか。
「それがどうして…」
「‥わからないからこそ、用心したほうがいい。‥もうこの世界は、完璧なシステムの世界と形を変えてしまっているから…」
(完璧なシステム‥。なんか‥考えれば考えれる程壮大な話しになってきたわ‥)
もしそういう力の働きがあるようなら、あの行き過ぎた公開裁判も納得できる。そういえば、ノエルもあの場にいたのよね。‥何があったか、わかるかな?
「それにしても…僕は眠い‥。詳しい話はまた今度でもいいかい?」
そう言うと、ウサギはこてん、と横になってしまった。
ああ。スマホがあればこの様子を記念に撮っておくのに…!
「ちょっと待って。ラヴィ!寝床にこれなんてどお?」
「‥籠??‥なんだか本当に愛玩動物みたいだなあ…」
昼間、このウサギを見るなりアリーが準備してくれたのが、籐の籠にふかふかのクッションを敷き詰めたラヴィ専用の寝床である。大きさはラヴィの三倍ほど。ゆったりとした造りである。
「なんだか嬉しいなー。いつかペットとか飼ってみたかったんだー!ラヴィもこれでさみしくないでしょ?」
すると、ラヴィの長い片耳がピコンと立った。
「‥さみしい?僕が?」
「うん。だってあんなところでずうっと一人でいるなんて、嫌じゃない。私だって、ほんの一瞬だったけど、あの狭い謎空間にずっと一人でいるなんて頭がおかしくなりそうだもん」
「‥そんなこと、考えたことがなかった」
「そう?ウサギってさみしくて死んじゃうとかいうけど…まあ、ラヴィは本物のウサギじゃないものね‥ふわあ。私も眠たくなってきた。難しいことは明日にしよう」
もう駄目だ。最近じゃすっかり朝早く起きるのが日常になってしまったので、夜遅くまで起きていられない‥私は速攻で眠ってしまったのだ。
・・・
「…さみしくない、か」
ラヴィは、籠から顔を出してそっとカサンドラの方を見つめていた。
今まで何もなかったあの場所に、カサンドラが来てくれて嬉しかった。それからというもの、ずっとあの場所で一人でいると、なんだか妙にそわそわしたような、落ち着かない気持ちになるようになった。
(あれがさみしい、というやつなのか?)
でも、今はそれがなくなった。手を伸ばせすぐそこに君がいるから。
今は落ち着いているし、なんだか暖かい気持ちになる。
「じゃあ、さみしくなくなったのは‥本当なのかも」
そんなことを考えているうちに、すっかり眠りの底に落ちていった。
・・・
「…ま、毎日、こんな、激しい運動‥してるんですか?!」
「大丈夫?無理しない方が」
「‥男子たるものすぐに弱音を吐いてどうする。根性出せ、根性」
クレインはぜえぜえと肩で息をしながら、その場に立ち尽くした。
ヘルトは持っていた稽古用の木の剣をくるりと返すと、クレインの膝裏にあてる。するとへなへなとその場に崩れ落ちてしまった。
「姉さまにはこんなことしないくせに―――!」
「頑張って、クレイン!」
すっかり朝の時間を共有するようになった私とヘルトだったが、最近はクレインも参加するようになっていた。
「お前が鍛えてほしいと願い出たんだろうが。」
「えこひいきですよお、ヘルト兄さま!」
「弱音一言に尽き、素振り10回追加」
「えええーー…」
クレインはまだ基礎体力が足りないとかで、そこまで本格的な訓練ではない。
しかしうちのトレーナーは甘くはないので、弟はすっかりしごきにしごかれていた。ヘルトのあまりの熱血指導ぶりに、つい「先生!」とか呼んでみたくなってしまう。
(現実世界だったらスポーツインストラクターとか、体育教師とかに向いてそう‥)
「そういえば、今日は復活祭だが、サンドラはどうするんだ?」
「ふっかつさい…ああ!」
そう言えばそんなイベントもあったわね‥すっかり忘れてしまっていた。
復活祭は年に一度の節目の行事で、ハルベルン帝国にとっては一大イベントだと、アリーが言っていた気がする。
「あ―‥て、適当に回ろうかと」
「あ!じゃあ姉さま、僕と一緒に夜店回りましょうよ!!美味しいものも、面白いものもたっくさんあるんですよ!!」
「クレイン、お前は父上と母上とフェイリーとで視察に行くんだろ?」
「え~…ねえさまも一緒の方が絶対楽しいのに…」
「ありがと、クレイン。私のことは気にせず楽しんできて!」
クレインなりに気を遣っているのかもしれない。やっぱり、カサンドラとご両親は、あまりいい関係ではないみたいだ。
とはいえ、カサンドラにも私にも友達なんていないのよね…まさにボッチである。
いいけど別に。あ、でもそう言えばウサギがいたわね。
「むう‥ヘルト兄はどうするの?」
「俺は、警備の仕事があるから…」
「じゃあおみやげかってきますね!!よーっし素振り終りましたあ!!」
クレインはそういうと、軽やかな足取りて帰路に就こうとしている。‥元気あるじゃない。
私もその後を追った。
「ヘルト兄さま、行きましょう」
「あ、ああ。少し汗が引いてから追いかける。」
「?そうですか?じゃあ先に行きますね」
汗をぬぐいながら、二人の姿をヘルトは見送っていた。
「あいつは一人か。…俺も仕事が、あるにはあるんだが……」
ヘルトの見つめる先に誰がいるのか…今はまだ、誰も気が付いていない。
このハルベルン帝国は、元は女神アロンダイトが、不作にあえぐ民の祈りを聞いてこの地に降臨し、何もない不毛の大地に豊穣の恵みと知恵を授けたことからが始まりとされる。
その知恵を授かったのが、現在も続くハルベルン王家の一族で、その血は現在もなお続いているらしい。ハルベルンの王族はいわば「女神に仕える神官」の位となる。
復活祭は女神が降臨した日に合わせて三日間行われる。
天から帰る女神を迎える「前夜祭」のあと、「本儀礼式」、復活した女神さまを見送る「後祭り」の三回に分けて行われ、それぞれ感謝と祈りをささげるための儀式を国を挙げて行うのが習わしなのだそうだ。
女神の声を聴けるヒロインヴィヴィアンにとっては超重要イベントでもある。
今の私は関係ないから、どうでもいいけど…他の登場人物シリーズには会えるチャンスかもしれない。
(うーん…好感度高めの連中には気を付けないと。バルクは…なんか、どうでもいいかな…)
昨日のラヴィの話からすれば、ヴィヴィアンの攻略対象者から私は嫌われる運命にあるようなので、赤髪王子、青髪騎士辺りには本当に注意しないと。
ラヴィはまだ眠っているので、私は攻略本に集中する。すると‥
コンコン。
珍しくカサンドラの自室のドアがノックされた。
「すまない。サンドラ少しいいか?」
「?ヘルト兄さま」
扉を開けると、復活祭仕様の盛装姿のヘルトが立っていた。
(おお、かっこいい…!)
王国騎士団儀礼用の盛装は、基調の白色一色。帯刀が赦されている隊員にはハルベルンの国旗のモチーフ天秤のバックルや、金糸のモールなど装飾品がかなり増えている。
前世(?)で軍服マニアだった私にとってははっきり言って眼福である。思わず拍手したくなってしまう。
が、そんな私の様子とは裏腹に、ヘルトはなにやら落ち着かない様子だった。
「?あの…もうそろそろ時間では?」
「あ‥ああ。お前、後祭りはどうするんだったか?」
後祭りとは、復活祭の儀礼式のある最後の夜の祭りのこと。まあ、日本でもある縁日みたいなもの、らしい。
「えーと、一人と一羽で回ろうかと」
「そ、そうか‥なら… …」
「??あの、いったい…」
ヘルトは止まってしまった。え?まさかここでまたフリーズで起こった?!
「す、すまん。‥どうせなら、俺につきあってくれないか?実は、その日夜時間が余ってしまって」
「え?‥はあ。いいですよ」
「!そうか‥」
ああ、どうやらフリーズではなかったらしい。
しかし、さっきは仕事といっていたような気もするのだけど?しかし、私はハッとなる。
(‥そういえば今気が付いたけど、私がカサンドラになってから、邸の敷地内しか行動してないじゃない!今一人で街に出た日には、迷子になるのが目に見えているのでは?!)
そこまで読んでいたとしたらさすがだわ!ヘルト!!
「あ‥でも、ほかに一緒に行くいないんですか?すごくモテそうなのに…」
「‥‥それはお前もだろう。いいんだ、俺がお前と行きたいんだから」
「そ、そうですか‥。わかりました」
「それじゃあ、また。時間は追って伝えるから、空けといてくれ」
「……」
あれ?なんだろう。
さらっとお誘いを受けたわけだけど‥。これって‥もしかして初デートになるのでは?!なんて。思ったりもしたのだけど。
「元は攻略対象だもん…たまたま時間が空いてただけよねー」
「本当にそう思う?」すると、いつの間にかやってきたウサギが頭にちょこんと乗ってきた。
「?!独り言に応えないでよラヴィ。おはよう」
「…カサンドラ、もう一回聞くけど、本気でそう思っているの?」
「うん。だって強制システムの影響でしょ?必然的に夜空いちゃたーみたいなやつじゃないの?」
あっけらかんと答えた私に、このウサギはなんだか難しそうな顔をしていた。
(うーーん。システムの影響なんてとっくに外れてると思うのだけど。もしかしなくても‥君の為に時間を作ったんじゃあ‥)
もやもやするので、それ以上ラヴィは何も言わなかった。