道標
「これ‥全部落ち切ったら‥どうなるの?」
サラサラと落ちる砂は残りわずかだった。
私は思わず呆然と呟くが、その間にもどんどん上にある砂は減っていき、最後の1砂がくびれ部分を通り過ぎる。
「全部‥落ちた」
と、途端にぐらり、と地面が傾いた。
「!!!!!」
一瞬眩暈も知れないと思ったが、どうやら様子が違うようだ。
「これは‥地震?!」
ゴゴゴという地響きのような音が響き渡ると、更に激しい縦揺れが襲い来る。
どんどん増していく揺れにまともに立っていられず、砂時計を支える柱にしがみついた。
「何‥これ!」
「カサンドラ!!」
砂時計もガタガタと大きく揺れ、ガラスを支えている外枠の柱はぐらぐらと不安定に揺れる。
すると、びしっという音と共にガラスの表面に亀裂が走った。
「割れる…!」
割れる?この大きな、砂時計が?
私は一瞬、これが割れたらどうなるのだろう?という思いがよぎった。
この中に入っているのは、人骨。これが…割れてしまったら。
何か恐ろしいことが起こるような、妙な恐怖感にぞっとした。
しかし、地面は激しく揺れ、何かにつかまらないと立ってもいられない。やがて、バキバキという音が聞こえたかと思うと、表面が激しい音を立てて割れた。
「‥だめぇ!!」
つい、私が叫ぶと、キラキラと輝く砂が割れたガラスの中から、まるで煙のように巻き上がる。
やがてその砂は私に向かって、まるで生き物のように襲いかかってきた。
大量の砂が赤い欠片と大きなガラスの破片を巻き込み、まるでスローモーションのように私の頭上に降り注ぐ光景を見ながら、私は「ああ、死んだかも」、とぼんやりと思った。
「危ない!」
誰かが叫んだ。
黒くて大きな影が私に覆いかぶさるのを感じたが、耐えきれず、思わず瞳を閉じてしまった。
やがて永遠とも続くような激しい揺れが収まると、再びその空間に静寂が戻る。
「いった‥」
お腹の部分にひどく焼けつくような痛みを感じて恐る恐る目を開けてみる。
「おも‥一体何‥」
身体を動かそうとして見るが、何かが私にしがみついている様な感覚を覚えた。
それを避けようと手を伸ばすと、ぬるりとした液体に触れた。何気なく手を広げてみると、それはまるで血のように赤かった。
違う、これは。
「血…?だれ の」
起き上がろうとすると、腹部に強烈な痛みが走り、ついめき声がもれてしまう。
でも、その声は私だけのものではなかった。
見れば、鮮やかな紫色の髪が赤く濡れているのを視界にとらえた。
信じられない光景に、がくがくと手が震えてしまう。
「う そ。ノエル‥うっ」
慌てて肩を抱き起そうとするのだが、腹部の激痛が勝り、力が入らない。
「‥ッ、だい じょうぶ?」ずるり、とノエルが身体を起こそうとするのだが、うまく動かない。
無理もない、彼の方こそ、背中に大きな破片が刺さっているのだから。
「‥‥無事?」尚も頭を動かして、こちらを紫色の瞳が見つめてくる。それは本当にわたしを気遣っているのだということがわかるから、涙が零れてくる。
「う、うごかないでっ…」私はどうすることもできず、ノエルの首に腕を回した。
「だい、だいじょうぶじゃない、のは…ノエルの方じゃない‥!」
すると、突然目の前からガシャン、と、何かを踏みつけるような音が聞こえる。
ゆっくりと顔をあげると、そこにはなぜか、聖女ヴィヴィアンがいつの間にか目の前に立っていた。
黒い服を身に纏った彼女は私を見下ろしながら、にっこりと笑った。
「‥ああ、思ったよりもボロボロね」
「‥‥…」
「人間というのは、極限に達した時、時に悪魔になることもいとわない‥どんなに善良な人間も、『死』を間近に迫った時、走馬灯という形で、おびただしい程の後悔の念を突き付けられてしまう」
なんでこいつがここに、とかいろいろなことが頭を掠める。
でも、そんなことよりも。
「後悔‥?」
「後悔というのはきりがない。過ぎ去った時間を戻すことも、やりきれなかったことも、もう二度とできなくなるのよ?‥この恐怖に貴女は耐えられる?」
「‥‥何が、言いたいの」
「そこの彼」
ヴィヴィアンはそう言って、ノエルを指さした。
なんとか、ヴィヴィアンを睨みつけようと力を込めるが、どうやら私にも小さな破片が身体に突き刺さっているらしく、口の中にさび付いた血の味が広がっていくのがわかる。
「死は恐怖。死は永遠‥‥貴女をかばって、彼を襲うそれを止められるとしたら、どうする?」
「…どういうこと」
「私も、過去‥貴女と同じことがあった。…愛する人を失う哀しみ、それはとても耐え難いものよ」
彼女が言うのは、もしかしたら、ヒューベルトのことかもしれない。
ずっと前に見た紙芝居で、彼女は恋人であるヒューベルトを目の前で失くしていた。
「だから、あなたの気持がよくわかるの。…一人で生きていく未来への不安と絶望。止まない自責の念…何より、もう二度と彼に会えなくなるなんて‥とてもつらくて苦しい」
「‥あんたはそうだったんだね‥だから」
悪魔に従ってまで、彼を復活させようと思ったの?
そう言おうと思ったのに、意識がもうろうとしてくる。
「私と取引しましょう?」
「‥とり、ひき?」
「そう。この女神の砂で、もう一度あなたと彼を造ってあげる。だから、あなたのその身体を私に頂戴?」
「私の‥からだ」
遠のいていた意識が急激に戻りだす。
この身体は私のものじゃない、カサンドラ・グランシアのものだ。
「はい、そうですかって簡単に…渡せるわけはないじゃない‥!」
私が力を振り絞ってそう言うと、ヴィヴィアンは面白くなさそうにため息をついた。
「…ねえ、貴方、今の状況分かってる?…貴女も彼ももうじき死ぬの。それってつまり、あなたは何も成し遂げることもできずに消えるってこと。‥なら、私と取引したほうがいいじゃない」
「…お前はなんなんだ?神さまか?…えっらそうに!こいつは‥何も成し遂げてないわけじゃないだろ‥!」
「ノエル‥!」少し軽い口調で放たれた言葉に、私は安堵する。
「ごめん‥マリカ、けが‥したろ?」
「私は、いいの!それより、うごかないで…」
「?!うぁ‥ッ」
ヴィヴィアンはそのままノエルの身体を靴で踏みつけた。
「ノエル!!!」
「ほーら、痛いでしょ?‥いいの。マリカさん」
「やめなさいよ!!‥放して!!」
私は力を振り絞ってヴィヴィアンの細い足首を掴む。
「ふふ、わかったでしょ?‥もう時間がないの、早く決めなさい!私と取引すれば、彼も死なずに貴方だって苦しまずに済むわ!!…みぃんな、幸せになれるじゃない?」
まるで悪魔のように嗤うヴィヴィアンを睨みつけながら、私は過去に見た、哀し気な紺色の瞳の少女の顔を思い出す。
「今のあなたはっ‥私が、見たあの子とは全然違う‥まるで別人。」
「‥あなたに、何がわかるって言うの…っ!」
「‥ヴィヴィアン…!あなたもそうやって、悪魔に取引を持ち掛けられたのね?!」
「!!」
「そうやって、取引して…どうなった?あなたはその時の悪魔と同じことを私にしているのよ?!」
私の言葉が、彼女に思い当たるところがあったのだろう。ふらり、と後ろに一歩下がる。
「私が‥同じ‥?」
「そうよ!!あなたはもう女神の声なんて聴いていない!聞いているのは、滅亡に導く悪魔の声だけよ!!」
「そんな‥私は っ?!」
すると、ヴィヴィアンは突然前のめりになって両手で顔を覆った。
「‥あなた」
彼女が必死に顔を隠そうとしている理由がわかった。彼女の顔の一部がどろりと融けていくの見えたのだ。
「あ‥あ‥いや!まだ駄目‥だめよ!ここで終わるなんて‥絶対にダメ!…早く、その身体をよこしてぇえええ!」
「?!」
ヴィヴィアンは金切声をあげながら、私に向かって手を伸ばしてきた。すると、先ほどまでぐったりとしていたノエルが私をかばった。
「させ‥るか、よ」
「ノエル‥!もう動かないで!」
迫りくる手を見ながら、私は多分、生まれて初めて心から祈った。
ああ、どうか。
もう女神さまで神さまでも何でもいい。
今、心から祈る。どうか、奇跡があるっているのなら。
その時、どこからかカランコロンという聞き覚えのある鐘の音を聞いた気がした。
「え…?!」
そして、頭に鳴り響く、あの声。
『おめでとう、橋本真梨香。‥あなたは全てのフラグを壊すことに成功しました』
「フラグ‥って」
途端に、私の周りを真っ白い光の輪が取り囲んでくる。
「サンドラ!!!」
多分、最後に私に向かって叫んだ声は、アードラだと思う。
でも、確かめることなく私の意識は光と一緒に融けていった。
***
「橋本さんお疲れー」
「…え?!」
耳元がざわざわしている。
私はどこかぼーっとしたまま、何度か目を瞬いた。
「これ、余ったお菓子だけど、良かったら食べる?」
「…料理長」
「?どうかしたの?」
そう言って渡されたのは、某高級店のチョコレートとクッキ―だった。
「あ、ありがとうございます」
なんとなくそのお菓子をまじまじと見つめた。
私は今、どうしたんだろう?デジャヴュというのか、これと同じようなできことを以前にも体験したような気がする。
「あ、備品庫…だっけ」
お菓子を制服のポケットにそっと詰め込み、備品庫へと向かった。
多分、これは私が過ごしてきているごくありふれた日常だった。
「この後は家に帰ってご飯を作って、好きなネット小説を見て、ゲームして‥で、明日も大学に行って勉強して…」
それから?どうするんだっけ?
「なんだか‥すごく大事なことを忘れている様な」
「あの、すみません」
「はい?」
突然後ろから声をかけられ、振り返った瞬間、なにやらひどい眩暈と頭痛に襲われた。
「…え」
「‥君は、マリカ?」
ぐらぐらする頭を必死に保ちながら、私に声をかけてきた人物を見る。
目が覚めるようなイケメンで、紫に近い茶色の髪の青年。
「‥…だれ、だっけ」
その問に答えず、彼は私に抱き着いた。




