アロンダイト
「‥これが鍵か」
静まり返ったハルベルン王宮の最奥部。
ヒューベルトはひとり、黄金の鍵を持ってその場所に向かって歩いていた。
謁見の間よりもさらに奥に行くと、持ち手のない扉が存在している。
それが宝物庫で、ここには特殊な魔法が仕掛けられていた。
たとえ王家の者であっても今代の王位についた者しか入ることが赦されておらず、ヒューベルトは勿論、レアルドでさえその鍵を手にしたところで、玉座に就かない限り中を窺うこともかなわない。
国の頂点になった者しか持つことが赦されないものはいくつかあるが、この宝物庫の鍵というのは特に厳重に受け継がれてきている。
皇帝が勇退を宣言したその瞬間から次代の継承は始まるが、正式な手順を踏まないと入手さえできないこの鍵が、ようやくヒューベルトの元に渡ったのである。
(…すべてはこの為に)
音もたてずに開かれた扉の先で、ヒューベルトの目に入ったのは、エントランスにかけられた一枚の絵画だった。
「我が最愛の妻に捧ぐ…すべての母、全ての恵みの象徴‥」
それは、ヒューベルトと同じ白金の髪と黄金の瞳を持ち、優しく微笑む姿の女性。初代のハルベルン国王が最も愛したという最愛の女性、【アロンダイト】の在りし日の肖像画だった。
その絵画を始まりに、まるで物語のように絵画が複数連なっていた。
遠い昔、ハルベルンの大地は荒れ果て、続く災厄の嵐に人々の心も体も疲弊しきっていたという。
誰かを妬み、少しでも自分より優れている物を見ると、互いに羨み奪い合い‥人々は毎日何かを失うことに慣れてしまい、ついには何も守らなくなってしまった。
凄惨な光景を目にしたある一人の心優しき青年は、天に向かって昼夜問わず、祈り続けた。
「多くは望みません。どうか我々に少しでもいい、安らぎと希望をください」
天の扉の奥に住まう大いなる存在はその青年の祈りを聞いた。
人間達を憐れに思い、乾ききった大地に天の娘を遣わすと、みるみるうちに大地に雨をもたらした。
彼女の名前は『アロンダイト』。
正義の天秤を持って人々の心の善悪を測り、人々の中にある悪しき心を鋭い剣で浄化していったという。
やがて、悪しき心は影を潜め、人間達に正しき心が戻った頃‥女神は神の任を終えると、祈りを捧げた青年の元にいき、彼もまた彼女を妻に迎えた。その尊き血は代々受け継がれていく。
アロンダイトが一人の人間として死を迎えた時、その遺体は天に還る為に炎に巻かれ、煙となって空に帰っていった。
絵画の物語は、初代国王と6人の子供たちが大きな円を描き、その中心に白い薔薇の花束と小さな銀色の砂時計が置かれている絵画で終わっている。
しかし、この物語には続きがある。
絵画の回廊を抜けるとヒューベルトは、最も奥にある部屋の銀色の扉の前に立った。
ハルベルンの印が刻まれた鍵を掲げると、扉は音もたてずに開け放たれる。
その奥にあるのは、強力な魔法で幾重にも封をされている銀色の箱だった。
(いよいよだね、ヒューベルト)
「ああ…本当に、やっとかもしれないね」
銀色の箱に写る自分の姿を見ていると、頭の奥の方に聞きなれた乾いた声が聞こえてくる。
その姿を見て、ヒューベルトは哀し気に眼を閉じた。
「…君には本当に申し訳ないことをしたと思っている」
(いや、こうなるのは決まっていたことだから。…僕の力が必要なんだろう。これを破れるほどの強い魔力を持っているのは…あいつ以外には僕しかいないんだから)
ヒューベルトは手をかざすと、淡い光の波が現れ慎重に印を一つずつ外していく。
何度目かの錠がほどかれていくと、徐々に封印は解かれていった。
全ての封印を解かれると、静かに閉ざされた箱の蓋が開かれた。
中に眠っているのは、銀色の唐草模様のが刻まれた手のひらと同じ位の大きさの銀色の砂時計だった。
「これが‥アロンダイトの砂時計…?」
それに触れようと手を伸ばすが、強烈な光に拒まれて触ることすらかなわなかった。
「?!」
よく見ると、砂時計は静かに時を刻んでいる。落ちゆく砂は残り僅かで、もう幾分も持たないだろう。
「‥砂時計が動いている?!これを動かせる人間がいるなんて‥、このままじゃ」
**
「あーーー!もーやってらんない!!」
書類の束がびっしりと机の上に置かれた廃神殿の地下研究所では、アードラの叫び声がこだました。
「静かに。…それにしても、全く。見るに堪えない文書ばかりだな…!」
二人で手当り次第に机の隅々から棚の奥までひっくり返した結果、取り立てて実益となるようなものは見つからなかった。
ただ、鬼畜の実験で量産された者たちの数の多さや、その誕生から消滅に至るまでが記されたものばかりが目立ち、この研究所がいかに地獄に等しい場所であったかを証明するには事足りないだろう。
「最後はコレ、だな。」
そう言ってアードラがぞんざいに床に投げ出したのは、赤い装丁の薄い本だった。
「これは?」
「ページを開いてみたけど、ハルベルンの紋章が刻まれているだけで、中は白紙だった」
「白紙?」
「いかにも、怪しいだろう?……少なからず魔力も感じるから、なにかに封印がされてるかもって」
レアルドがそれを手に取り、中身を確認してみる。
パラパラとページをめくっても、まるで何も書かれてはいなかった。
「これは…本当に書かれていないのか、それとも…痛っ」
「大丈夫?血が出てる」
「ああ、紙で指先を切ったみたいだ」
そう言うと、指先から膨らんだ赤い水滴はぽたりと紙の上に落ちた。と、とたんに何も書かれていなかった白紙のページに赤い文字が浮かび上がる。
「おお!さすが王子様!これで読めるかな?!」
「血の封印だなんて…悪い予感しかしないが」
言いながら二人で中身を検分する。
レアルドはパラパラとページをめくっていき、その内容に言葉を失った。
「……?大丈夫か?」
「これは、多分、日記だ」
「日記?」
そう言って無言で本をアードラに手渡すと、苦しげに目を伏せてから、目の前にある椅子を思い切り蹴飛ばした。
「10月27日、素晴らしい検体が手に入った。長年の研究がついに実を結ぶことになろうとは…って、どうして研究者達っていうのは、こう、勿体ぶって律儀に文章にまとめたがるかね」
アードラがため息混じりに言うと、レアルドはうなだれながら、一言呟いた。
「10月…兄のヒューベルトが亡くなったのはおそらくそのあたりの日付のことだ」
「何だって?」
「その日のことは実際あまり覚えていないんだ。…本当に、なにかに邪魔されているような、記憶自体が曖昧で不確かだが…秋の頃だったのは朧気にある。だから、もしかしたら、その検体というのは」
「…続きを見てみよう」
———10月28日
原因は馬での落下による事故死、ということらしい。
身体の状態は極めて美しく、外見からは傷痕などまるで見当たらない。
ただ、心臓の部分は傷があるので、それはまるまるあの最後の貴重な石で補うことにする。本当に、そうすれば、我が家紋が復活するのも夢ではないかもしれない。———
「ちょっと、レアルド、この先読んで、本当に平気?‥君は読まない方が」
「…いいや。兄との約束だ。目の前のものだけを見て信じろと言われている‥!」
「…わかった。じゃあ、覚悟してね。ページをめくるよ」
———10月29日
今日、例の錬金術師がやってきた。
憎き仇であり、我が一族を滅ぼした張本人のくせに。だが、奴の助力がなければこの計画は成功しない。しかし、構わない。どうせ私も長くはない。ならば、全ての可能性をこの石とこの身体にかけてしまうとしよう。いずれ、私も女神の懐に抱かれ、仲間と共にあの時計の中で眠ることになる。
「…最後の方、日付が飛んでるな」
———3月7日
実験は成功した。
彼はしかるべき時に然るべき存在となって復活し、仕事をやり遂げることだろう。
この結果を、我が息子、フィサーリに捧げる————
「……どちらにせよ、兄は無理やり逆法で復活させられた、ということになるだろうな‥」
「それにしてもフィサーリって誰だ?この人、息子がいたのか??」
アードラが首を傾げながらそう言うと、レアルドは少しの間何かをじっと考え込んだ。
「整理してみよう。この日記に、一応四人、登場する人物がいる」
「これを書いた人間と、錬金術師、それに赤い石と美しい検体と言う奴だね」
「ああ。赤い石の正体は‥推して知るべしと考えると‥つまりはこのフィサーリという人間のものだろう」
レアルドの言葉にアードラも頷いた。
「それで、察するに錬金術師はあのファルケン・ビショップ。となると、筆者は鬼畜のグラセル・エイリアス、‥この日記が言う家紋というのはエイリアスだね。じゃあ‥もしかして、エイリアス王家の生き残りとかそう言うことか‥?」
「‥こいつの言う計画って、いったい」
その時、ぐらり、と地面が揺れた。
「地震か?!」
**
同じころ、砂時計の間では、カサンドラとノエルが時を忘れ、落ちていく砂粒をじっと見つめる。
「このままいけば‥全部落ちる‥のか?」
全てが落ちた時どうなるのだろうか。
そうして、どれくらい時が過ぎたのだろうか。
最後の1砂が落ち切った。
「全部‥落ちた」
と、突如ゴゴゴという地響きのような音が響き渡る。
一瞬眩暈も知れないと思ったが、どうやら様子が違うようだ。
「これは‥地震?!」
立っていられず、砂時計を支える柱にしがみつく。
更に揺れが増していくと、砂時計もガタガタと大きく揺れ、中心を支える柱が支えきれずガラスに亀裂が走った。
「割れる…!」
割れる?
一瞬、割れたらどうなるのか考え、ぞっとした。
この中に入っているのは、人骨。
(これが…割れてしまったら…!)
誤字ご指摘&感想、ありがとうございました!
この長い話も2021年度内に終わる予定なので、少しでも面白いと思っていただけるよう精進します。




