女神の砂時計
首都アンリからやや外れた郊外にある、人も獣の気配もまるで消え失せた深い森の奥。
小さな川がサラサラと流れるその場所に、レアルド、カサンドラ、アードラ、ノエルの四人がやってきた。
「ここが例の入り口?」
木々が茂り、太い幹を取り外すと、小さな突起を見つける。
それをひねると、ぎぎぃ‥ときしむような音を鳴らして扉が開いた。
「‥先日、私が一人できた時には、この向こうは行き止まりだったんだ」
「そうなんですね‥」
地下道に入ると、奥の方から湿気を含んだ冷たい空気が流れている。
「足元、気を付けて」
「大丈夫。その為に皮のブーツで来たんだから」
先頭を行くノエルは、差し出した手に眼もくれず、ずんずん進んで行くカサンドラの後姿を見ながら、思わず苦笑した。
手持無沙汰になった手をぶらぶらとさせながら、あとを追う。
「こらこら、一人で勝手に進まないで」
「あ、そ、そうよね。ごめん」
レアルドの言う通りに道なりに進んで行くのだが、突き当りの壁に扉などは存在していない。
「…どうだろう、アードラ。何か魔法みたいなものがかけられているのか?」
アードラは、その壁の辺りを念入りに調べてみるが、異常は見受けられない。思わず頭をひねると、カサンドラがおもむろに手を伸ばした。
「こうやって見ると、本当にただの石の壁よ…ね?!」
すると、カサンドラが触れた個所から、石の壁はざらりとした砂に姿を変えた。
そして、融けた砂から古い扉が顔を覗かせる。
「なるほど。…これで開いたな」
そう言って、レアルドはドアノブをためらいなくひねった。
「ほんと、怯みませんね?!」
(こ、この王子様はせっかちというか、考えなしというか‥その自信はどこから?ルールとか、常識とか、ここまで無視する人だったなんて‥)
カサンドラはふと、ゲームで実際にプレイした時のことを思い出してみる。
どうも彼は、思っている人物とは違うようだ。
「所詮は設定が似てるってだけのことのようね‥」
「何の話?」
レアルドよりも、ノエルがカサンドラの独り言に反応してきた。
「何でもない。人間って、どこかしら他人をイメージだけで決めつけることってあると思わない?」
「ああ、それわかるな。…君が黙っていれば深窓の令嬢に見えるみたいに?」
「…けんかなら、買うわよ」
「オレには敵わないくせにー」
そんなやり取りを見ながら、レアルドはちらりと後ろを振り返る。
「‥あの二人は仲が良いな」
「悪友ってやつじゃないの?」となりにいたアードラは、ぞんざいに返答した。
「悪友…とは、悪い友達、という意味か?」
適当に答えたものに、真面目な応答があり、少し戸惑う。
(この皇太子さま‥友達はいないのか?)
「う、うーん。まあ、そんな感じかな?友達よりも親し気‥というか」もごもごと悪友という意味を解説するのだが、なんだか面白くない。
「そうか悪友か。ノエルもカサンドラもいい人だ。私もそうなりたい。…もちろん、君とも」
「悪友じゃなくて、普通に友達だって言うなら、もうそうなんじゃないの?少なくとも、ごしゅ‥カサンドラはそう言うと思うよ」
アードラがそう言うと、レアルドは一瞬驚いた表情に変わるが、すぐに笑顔になった。
「そうなら、嬉しいな」
「とはいえ、あの二人には正直少し妬けるけど」
「‥その気持ちは少しだけわかる」
聞えるか聞こえないかのような呟きに、アードラはちらりとレアルドの方を見る。
「ほら、もうそろそろ着きそうだよ」
「…はいはい。全く、調子が狂うなぁ‥」
天井の低い細く真っすぐに伸びた道を歩いていくと、やがて、研究所への入り口が見えてきた。
レアルドが持っていた鍵で扉を開けると、前回と変わらず、無機質な壁で囲われた研究所にたどり着いた。
「!!」
その部屋に入った途端、アードラの身体は全身から力が抜けていくような妙な感覚にとらわれ、その場にしゃがみこんでしまう。
「どうした!」
「…いや。何だ、ここ‥気持悪い。…僕以外は皆平気なわけ?」
後ろを振り返ると、どうやらカサンドラの表情も硬く、どこか青ざめて見える。
一切顔色の変わらないノエルとレアルドは思わず顔を見合わせてしまった。
「大丈夫か?」
「…大丈夫。前来たときは平気だったのに‥」
「とりあえず、外に出よう‥砂時計も確認しておきたい」
ノエルの言葉に全員が頷き、レアルドが砂時計の置いてある聖殿への扉を開く。
相変わらずだだっ広い何もない空間に、大きな砂時計だけが鎮座していた。
その場所に足を踏み入れた瞬間、カサンドラはさらに強烈な倦怠感に襲われてしまった。
「うっ…」
「!おい、しっかり‥」
「‥君はここで休んでいた方がいいかもしれない‥病み上がりだろう?」
「ごめん‥」
レアルドがそう言うと、カサンドラは素直に頷き、砂時計の淵に寄りかかる。
「これが噂の砂時計か?」
ノエルが砂時計を見上げると。レアルドも隣に並んだ。
下に落ちていく砂は以前見た時よりも随分と減って見える。
「随分と少なくなっているな‥?確かに、何かを測っているということなんだろうが‥」
さらさらと砂が流れる音が哀し気に聞えるのは、入れ物の中に閉じ込められた声なき者の声のせいかもしれない。そんな想像をしてカサンドラは思わず一瞬、目を背けてしまう。
「このままいけば‥全部落ちる‥の?」
「…なんか、これって良いものなのか?」アードラが砂時計を見あげながら呟いた。
「いい…もの?」
「…確かに。放っておいていいのか、という話だよな?」
何気ないノエルの言葉に、全員がしん、となる。
「…一体何の時間を測っているのか、分からないだろ?何かのリミットかもしれないし、逆に何かを測っているのかもしれないし」
「リミット‥て、なんの?」
「‥それは、もしかしたら、あっちで調べたらわかるかな?」
今だに少し具合の悪そうなアードラは、研究所を指さした。
「‥大丈夫?アードラ、無理しないで?」
「サンドラより平気だよ。…君こそ、ここで休んでて。て、わけでノエル。護衛よろしく」
「…まあ、魔法なんたらは、オレにはお手上げだな」そう言って文字通り両手をあげると、カサンドラの隣に立った。
「二人とも、何かあったら必ず呼んでくれ」と、レアルド。
「…二人きりだからって、妙な真似するなよ!」去り際にアードラが目くじらを立てると、ノエルは笑顔でかわした。
「具合の良くない女性に手を出すほど落ちぶれてないから」
「どうだか!」
そんな二人の様子を見て、カサンドラはつい笑ってしまった。
「なんだ、随分仲良くなったんじゃない。二人とも」
「それはオレの懐が深いからだろ」
「‥なんだか、ノエルにはお世話になりっぱなしだね。‥ラヴィもアードラも。私よりも二人のことわかってるみたい」
ラヴィにしても、アードラにしても、それぞれ大きなものを抱えている。
にもかかわららず、ノエルといると二人は楽しそうに見える。カサンドラにとってはそれが少し悔しくもあり、同時に嬉しくも感じているのだ。
「なあ、一度聞いてみたかったんだけど‥」
「なに?」
「マリカさんの世界ってどんなところ?」
思わぬノエルの質問に少し驚いた。
「‥どうしたの、突然」
「いや、ここと大分違うんだろ?どんなふうに違うのか、気になる」
うーん、とカサンドラは少し考える。
(違うって言っても…何もかも違うからなあ)
「そうね‥移動手段は、馬車とか使わないで、『自動車』っていう四つの車輪がはまった自動で動くものを使うの。空飛ぶ車もあるよ」
「へえ、それどんな技術?」
「ぎ…技術といわれても。あと、一瞬で世界とつながる小型の通信機もある」
「世界って‥へぇえーーー。いいな、それ!?」
「‥さあどうだろ?でも、この世界の感じなら、あと10年後とかには出てくるかもしれないね」
それから少し、ノエルには現代の世界について少し話をした。
自動販売機や、高層マンション、ファストフードや、学校について、など。
「聞けば聞くほど面白そうだ。そのスマホとかいうの、造ってみたい」
「造るの?!」
「こっちにも電話はあるし‥カメラもあるわけだし、そこまで高性能でなくても、似たようなものは出来そうな気がするな~」
「あはは、まさか!‥でも、今すぐは無理でもいつかできるかも…」
言いながら、ふと、ノエルの方を見ると、どこか嬉しそうに目を細めて笑っていた。
「な、なに?」
「いや、やっと笑ったなあと思って。‥ずっと苦しそうな顔してたから」
「‥苦しそう?まあ、具合も良くなかったし‥」
「そうじゃなくて。‥‥大丈夫か?無理、してるだろ」
いつもの軽い調子ではないノエルの様子に、思わずカサンドラは目をそらした。
「…私は平気よ」
「本当に?じゃ、こっちを見て」
「ノエルは‥!」
この廃神殿に来て、カサンドラは色々なことを知ってしまった。
女神という存在について、赤い石について、それに秘密裏に行われていた裏側の実験について。
本来、それは知らずに生きていても、何ら不都合のないものばかり。
ただ、一度知ってしまったら、知らなかった頃にはもう戻ることは出来ない。
(‥言葉に出したら、立っている力もなくなりそうだから、黙っていたのに)
再び、ノエルの顔を見つめると、カサンドラはため息をついた。
「…ノエルはホント、鋭くて困るわ」
「そりゃあ、君のこと‥いつも見ているから」
カサンドラはなんとなく、以前二人で出かけた時に泉に落ちた時のことを思い出す。
今のノエルは、あの時と同じように真剣な表情をしていた。
「…なんだかんだで、あなたが一番、私の取り巻く環境について知っているのかもね」
「オレからすれば、君ほどわかりやすくて‥君以上にほっとけない女性はいないよ」
「なに言って…」
言いかけて、カサンドラからまるで凍り付いたように表情が消えた。
「‥?!どうし」
「砂時計の砂が‥全部落ちる」




