赤い瞳が見つめる先
「‥恐らく、人間の魔力と生命力を人工的に結晶化させたものだと思う」
アードラの言葉に、二人とも言葉を失ってしまった。
(まさか‥あれ、全部?)
あのかび臭い地下研究所の奥の部屋に、麻の袋にまるでモノのように詰め込まれた赤い石を思い出す。その一つひとつが、かつて生きていた人間だと。
それを想像した瞬間、おぞましさに身震いした。
「‥し、信じられない‥、だって、本当に膨大な量だったのよ?!あんな量、どこから」
「あの、棚に数えきれないものすべて‥いったいどれほどの人間が」
レアルドもまた、その言葉の続きを口に出すことは出来なかった。
「‥‥いや。あり得ない話ではないよ」
ノエルはそう言うと、ぎゅっと自分の手を握りしめた。
「‥…えっ」
「ハルベルンは豊かな国だ。…けれども、どうしても貧富の差というものは存在しているんだ。…年間にどれくらいの子供が生まれ、どのくらいの人間が行方不明になっているか‥君は知っているか?」
この世界に来てからというもの、カサンドラはありとあらゆる新聞や歴史書等を読んだ。
カサンドラ自身は一応貴族という身分にある以上、生活に不安はないが、実は全員がそうではない。
(どんな世界だろうが、貧しい人間とそうじゃない人間は必ずいる。むしろ、そうじゃない人間の方が圧倒的に多いわ、きっと)
ノエルはこの国で指折りのギルドの頭領。
尚のこと、この国で起きている裏側の格差というものをよく知っているのだろう。
「‥だからって‥でも!」
「赤い石といえば?…君ならわかるよね。カサンドラ」
アードラの言葉に、カサンドラはびくりと反応した。
(…ユイナ)
ユイナは、当初赤い石のような姿になっていた。
あの時もまた、ファルケンの研究所から持ち出したものだったことを思い出し、ぞっとした。
「…ええ」
「ファルケンは【賢者の石】について言及していた。‥多分、その正体がそれなんだと思う」
「赤い石は全て‥つまりは元人間、ということか?」レアルドがそう言うと、アードラは頷いた。
「そうなるんじゃないかな」
「そして、人造生命体の材料が‥人骨と、その赤い石だという」
「…そうだね」
なるほど、とレアルドは口の中で呟くと、瞳を閉じた。
「‥あの研究所には、材料が全部そろっているな」
全員がテーブルに並べられた赤い瞳の子供たちの写真を見る。
「じゃあ…もしかして、私も」その中の一枚、自分の写真を見て、カサンドラが呟いた。
「それは多分違うよ」
「え?」
妙に確信じみたノエルの言葉に、カサンドラが首を傾げた。
「これはオレ達の憶測だけど」
「推測?」
「この子供たち、×以外にも〇になっている子供たちがいるだろう、…この【V】と書かれた少女も含めて」
ぱらぱらと紙をめくって見せる。
バツ印の子供たちはともかく、〇印の子供たちはその続きがどれも見当たらない。詳細は不明のままだ。
「…え、ええ。確かにそうね」
「で、思い出してみたんだけど‥〇がつけられた子供たちの中に思い当たりそうな人間が複数いるんだ」
ノエルの言葉に、カサンドラもレアルドもぎょっとした。
「え?!」
「それはつまり、生きているということか?」
「そう。性別も色々だけど‥こいつ、この【F】の子供。…オレの秘書に似てる」
「‥…は?」
「確か、あいつは孤児だったな」
「‥…」
「そこで思い出したのは、君の母親…アレクシア・グランシアについてだけど」
「…お母様?」
といっても、実際の所、カサンドラはアレクシアについて何も知らない。
彼女に似ていると良く言われているもの、グランシア邸には彼女の写真はおろか、絵画など実像を知る手掛かりとなる物は皆無といっていい程だ。
「サンドラは、母君の出自を聞いているかい?」
(出自‥といわれても)
実は、過去に何度か邸内を捜索したり、グランシア公爵に聞いてみたりもした。
しかし、母に関連する情報のすべては誰も教えてくれず、皆貝のように口を閉ざしていた為、もしかしたら戒厳令が敷かれているのかもしれないとも考えたのだ。
「…あまりに私が小さいときに亡くなったし‥」
「‥…実は、アレクシア夫人の名前は、これに載っていた」
そう言って、ノエルは再び【王室名鑑】を取り出した。
「え?!お母様って‥王族だったの?!」
「正確に言うと、ルベリアムではなく、エイリアス王家の方に名前が書いてあったんだ」
「エイリアス?!」
例の分厚い本のあるページにたどり着くと、確かに【アレクシア・エイリアス】の名前がある。
その頁のエイリアスの家紋部分は黒く塗りつぶされているが、その線を辿っていく。
「父親は…グラセル・エイリアス…って、この手帳の…」
「そう」
「ファルケンに滅ぼされたというエイリアス家の出自となると、誰もが喋りたがらないのもわかるわ‥」
「‥ノエル、もしかして君が言いたいのは」レアルドの言葉にノエルは頷いた。
「この写真の子供たちは…形はどうあれ、この廃神殿で生まれて旅立った。ある者はオレの秘書のように人に紛れたり、ある者はグランシア公爵夫人として生きたんじゃないか?…ヴィヴィアン・ブラウナーもきっと」
「‥…」
しん、と静まり返る部屋に、突如バタン!という音が響き渡る。‥ノエルが持っていた本を閉じたようだ。
全員がハッとなりノエルを見つめる。
「…と、言うのは。全部あくまでオレの推測、だ」
「…ノエル」
「だからまあ、とりあえずは‥みんなで地下水路の方へ行ってみないか?」
**
リンジー・フラムベルグは、熱で休んでいるというカサンドラに会いに行こうと、弟カシルと共にグランシア邸へと向かっていた。
行きつけの書店で厳選して選んだロマンス小説を袋一杯に詰め込んで、意気揚々と書店を出る。
それなりに厚みのある本を何冊も抱えながら、荷物持ちと化したカシルはため息をつく。
「…本当にこんなに買ってくの?」
「あら、当然じゃない!これでも私のコレクションのほんの一部よ!ここはやっぱりおススメして楽しさを共有しなきゃ!」
「リンジーの趣味と合致するとは限らないんじゃないの?こんなに必要??」
「‥ちょっと。文句言うなら置いていくわよ?ただでさえあんたはカサンドラ様に一度フラれてるんだから、少しは頑張りなさいよね」
リンジーの言葉がぐさりとカシルの心をえぐっていく。
時に諦めも必要なのは世の常ではあるもの、踏ん切りがつかずこうしてもがいているのだった。
「う、うるさいな!…ていうか、一冊でいいじゃないか」
「あら。寝ているばかりじゃ飽きちゃうわよ、きっと。今回は恋愛から不倫もの、泥沼恋愛各種取り揃えているんだから、きっと退屈しないはずだわ!」
そう言って、リンジーはウキウキと歩いていた。その後をとぼとぼと追いながら、カシルはなんとなく空を仰いだ。
今日は天気も良く、寒さのせいか空は澄んでいる。
(カサンドラ様の瞳と同じような色の空に見えるけど、あの人の瞳はもっと夏の空みたいな色だったな)
そんなことを考えながらカシルが歩いていると、ふと、何かおかしな空気に気が付いた。
いつもならもっと活気のある表通りのはずが、平日のせいか少し人が少ないように思える。どうやらリンジーも同様に思ったらしく、ぐるりと見渡して不思議そうに首を傾げた。
「…今日はなんだか人が少ないわね。あ、そうか。女神神殿の門が閉じているからかな?」
首都アンリの中心部…様々な店が並ぶこの一角にも、荘厳な女神神殿がある。
そこは観光名物にもなっており、目の前にある広場には澄んだ水を称えた噴水もあり、土、日平日問わず人が溢れている、
しかし、今日に限って閑散としていて、静かだった。
「‥なんか、ちょっと変じゃない?」
リンジーが眉をひそめた瞬間、その静寂を破るかのように突如ガシャン!とガラスが割れるような甲高い音が聞こえた。
音の方を振りむくと、何もない空間に雷のような亀裂が走り、そこから黒い靄の様なものがドロドロと溢れ出ている。
「‥え?えっ?えええっ?!」
「リンジー!!」
呆然としていると、黒いドロドロは突如刃のように鋭くなり、リンジー目掛けて向かってきた。
カシルがリンジ―を抱えて横に大きく飛んだお陰で傷つけずに済んだものの、影の刃は今までリンジーがいた場所で、蠢いている、
「な、なにこれえーー?!!!」
「逃げるよ!リンジー!!」
ふたりはそう言って、手を取り合いながら走り出した。
走りながら、周りを見てみるが、誰一人として慌てている様子がない。
「‥なにこれ?みんな。見えてないの‥?!」
「これ…前カサンドラ様が」
カシルはそう言うと、追ってくる黒い影に向かって持っていた本を投げた。
「ああ!お寝ぼけプリンセスの恋物語!!!」
リンジーの叫び声もむなしく、投げ出された本は黒い影に見事に当たると、黒い影はバッと霧のように散っていった。
「!やっぱり…」
「ちょっとカシル!!」
「アレに襲われて死んじゃうよりましだろ!!ほら!走って!」
「違う違う!前みて前!」
見ると、眼前に蛇のようにうねうねと動いている影がこちらをジーっとみているようだ。
正確に言うと、目というものは見当たらないが、とにかく視線を感じるのだ。
「後ろ後ろ―――!」
「ああも―!リンジー黙って!今対策を考えるから!」
すると、前方から襲い掛かってきた黒い影は、突然眼前に躍り出た人物によって霧散した。
「またこれと遭遇することになるとはな…!」
そう言って颯爽と現れたのは、青いマントをひるがえした長身の騎士だった。藍色の瞳が二人を静かに見下ろしている。
「ヘルト卿?!」
「けがは?」
「「な、ないです!」」二人の声が見事にそろい、ぶるんぶるんと左右に首を振る。
「よし、なら早く立ち上がれ!…逃げるぞ!」
ヘルトの導きによって、二人は駆け出した。
「もう‥!こーゆー時に‥レイヴンは何をしてるのかしら!乙女のピンチなのに!」
リンジーは神殿の方を振り向こうして、視界の隅にあの黒いうねうねが見えたので、前方を直視し直した。




