悪魔と鬼畜
妙な緊張感の元、朝食をとり終わったカサンドラとレアルドは、応接室へと足を運んだ。
中に入ると、リラックスした様子の二人が、テーブル一杯に広がる地図やメモ紙、手帳などを見ながらなにやら話し合っているようだった。
「…その地図は?」
「ユリウス卿が用意してくれた。…自分が行けないのを残念がっていたよ」
「そうですか…」
この間の夜以来、ユリウスには会っていない。
カサンドラは少し眉間にしわを寄せ、やがてぶんぶんと頭をふるった。
(今は目の前のことに集中!‥その後のことはそれから考えよう)
「あ、きたきた。ひとまず今わかっていることを、助手のアードラ君、頼んだ!」
「はいはい。…まず、ふたりが言ったという廃神殿についてだけど、残念ながら、どんなに遡った古い地図の中にはどこも記載がないんだ」
「え?…そんな馬鹿な」レアルドが言うと、ノエルは頷いた。
「これを見て」
アードラの前の前にある古びた地図はいつのものだろうか。
描かれているのは紙ではなく高級羊皮紙が使われていた。
「この地図は特殊なインクが使われていて、80年たっても劣化していない。…これは現存する一番古い地図で、ほらここ…まだ王宮からの脱出経路としての記載が残っているだろ?」
「本当だ‥じゃあ、あそこは」
アードラが指さした場所は、紛れもなくあの地下水路のことだろう。
その通路の先は場外に通じており、大きさ的にも距離的にも、あの廃神殿が収まりきるような長さはないのは明らかだった。
「…確証はないけれど、恐らく魔法でつながれた別の空間なんだろう。実際の場所がどこにあるのかは、正直わからない。」
その言葉を聞いて、レアルドは頭を抱えてしまう。
「‥もう二度と、あそこには行けないのか‥?」
(‥…やっぱり。あの時感じた違和感みたいなものは、間違いじゃなかったんだ)
「でも、レアルド様はあの場所についてご存じでしたよね?どこで調べたんですか?」
「あの場所についての本を読んだのは大分前のことだ。確か、王宮の古書が保管されている図書室で見たと思うが…すまない。記憶が少し曖昧だ」
「王宮‥に入るのは、今は難しいな。ただでさえ、戴冠式でピリピリしてそうだし、今は外部の人間の訪問を一切禁じている」
ノエルの言葉に、レアルドは少し驚いた。
「外部の人間を一切って‥」
基本的に王宮では王とそれに連なる者達がそれぞれ政務にあたっている。
しかし現在は政務官や官職についている者さえはいることが赦されず、中で実際何が起こっているのか、誰も知らないという。
(…ヒューベルトに頼むって‥訳にはいかないものね)
「とりあえず、もう一度その地図に載っている地下水路の出口に行ってみないか?」
ノエルの提案に、カサンドラとレアルドは頷く。
ふたりを見てわかった、と短く言うと、今度はテーブルに一冊の分厚い本を置いた。
「ちなみに、廃神殿で見たという砂時計についてだけど。‥それについてはこの本に書かれていた」
そう言ってノエルが見せてくれたのは、旧い装丁の本で、【王室名鑑表】と書かれている。
その冒頭のページに、ハルベルン王国時代の初代国王夫妻についての記述を見せてくれた。
「初代国王夫妻‥この初代皇后【A】のアルファベットの人物こそが、女神アロンダイトの人間の姿の名前だと言われているらしい。…だろ?レアルド殿下」
「‥ああ、間違いないが。…君はこんな本をよく持っているな?!…絶版物だろうに」
「昔のつてで、ちょっとね。‥まあそれはともかくとして、見てほしいのはこの後」
ぱらぱらとページをめくると、美しい繊細な挿絵に指をさす。
その挿絵は、初代国王と6人の子供たちが大きな円を描き、その中心に白い薔薇の花束と小さな砂時計が置かれている絵だった。
「女神の時よ、永遠に‥って書いてあるだろう」
「う、うん」
「遠い昔、ハルベルンは何もない不毛の大地だった。伝承通りなら‥古くからの民の習慣で、土葬よりも火葬が主流だった。木造で造られた大きな火の祭壇に三日三晩遺体をくべ、完全に骨になったものをすりつぶして身に着けて持ち歩いたという」
「‥…」
カサンドラはおもわずレアルドの顔を見てしまう。
「でも、砂時計の大きさはこんなものじゃなかった」
「そう、恐らく最初はそうだったに違いない。けれど。この習慣が代々続いていたとしたら…人は死ぬ。その都度骨を足していったら…どうなる?」
ハルベルン王国の歴史は長い。
この火葬の習慣は今なお続いており、未だ王族は火葬を是非としている。
だとしたら、あの砂時計の中身は全て王族と言うことになるのだが。
カサンドラはどうも釈然としなかった。
(‥にしても、あの量は)
カサンドラが考えこんでいると、今まで黙っていたレアルドが口を開いた。
「‥ここまでの話は私も君たちから聞いていた。‥他は?」
「…ああ」そう言って、アードラは少し顔を顰めた。
「…あまり、いい話じゃなさそうだ」
「‥…【人造物とその作成について】」
「!」
カサンドラの背筋を冷たい汗が流れた。
その名前は、以前フォスターチ家の植物園でアードラが調べて見つけた研究と同じ名前だった。
「これを見て」
アードラは廃神殿から二人が回収した手帳とファルケンの手記を並べた。
「…それって」
「これは、ユリウスが貸してくれた、フォスターチ家で管理していた研究文書だ。筆者はファルケン・ビショップ・フォスターチ。そして、もう一つの‥君たちが持ってきた手帳の方は、どうやらクラゼル・エイリアスという人物のものらしい」
「クラゼル・エイリアス…?それには、何が書いてあったの?」
エイリウス家は、過去滅びた王家の一つだという。
神殿とも深いかかわりのあった一族だったと、カサンドラは以前読んだ王国史に書いてあった。
「前半部分はある研究に関することについて書かれていたんだが…手記の中身とファルケンの研究文書には、共通している項目が多々あるんだ」
「それがもしかして‥」
「ああ、例の人造生命体の研究だ。‥なんというか、研究日誌というよりも、研究課程について書かれていたわけだが」
しん、と部屋全体が静まり返る。
淡々とそう語るアードラをカサンドラは見ていられず、目をそらしてしまった。その視線を追いかけると、アードラはにっと笑って見せた。
(アードラ‥どんな気持ちで)
「後半部分は、もうまともじゃなかったんだろう。訳の分からない後悔、詫び、遺書じみた内容だったな。重要なのは前半部分だ」
「前半部分…?」
「…それについては、これをよく見て、何か気が付かない?」」
アードラはそう言うと、テーブルに子供たちの資料を一つ一つ並べて見せる。数枚似たような年頃の子供たちの写真を並べてみると、ある共通点が浮かび上がった。ごくまれに違う瞳の色の人物もいることはいるのだが、ほとんどの子供たちの瞳の色が赤い色をしている。
「みんな、赤い瞳だろう」
「‥た、確かにそうだけど」
「赤い瞳は、恐らく…人造生命体である証明だよ」
カサンドラとレアルドは息をのんだ。
「…それは、どういうことだ。その生命体の研究とやらは、成功していたということか…?!」
レアルドの言葉に、アードラは肩をすくめながら答えた。
「残念ながら。まあ、ファルケンの文書を目にしたエイリアスの研究者が、それを踏まえて実験したところ、成功したんだろう。‥そんなことが書かれていた」
「‥悪魔と鬼畜が、手を組んだということか…!」
「‥‥このバツ印は?」
カサンドラが指さしたのは。ある少女の成長過程が記された記述だった。
あその少女の記述は、最初の日付から最後の日付まで約9年ほどの書かれた後、最後の9年目に赤いバツ印が付けられている。
「恐らく、亡くなったんだろう。‥手帳にも、全てが成功するわけじゃないと書いてある」
「亡くなった…って」
カサンドラは思わず両手で口を覆う。
隣に座っていたノエルが、ぽん、と優しくカサンドラの肩を叩いた。
「…ほんと、許せないよな。こんな連中」
改めて番号が刻まれた子供たちの写真を見つめた。
「…このバツ印をつけられた供たちは皆、どうなったんだろう‥」
「その亡くなった子供たちは恐らく…」
ノエルが苦し気にそう呟くのを見て、カサンドラは思わず目を伏せた。
そして、ふと女神の砂時計を思い出す。
「…女神の砂時計」
「え?」
「レアルド様も見たでしょ?‥あの砂時計」
「あ、ああ」
「私、本当にあれが女神の骨を細かくしたものだというなら、どうしてこんなにたくさんあるんだろうって思っていました…もしかして、それって」
カサンドラが見た砂時計は大きさも尋常じゃなかった。
巨大なあの空間でゆっくりと流れる砂は、人間一人で補えるものではない。
その言葉の続きを言うことは出来ず、カサンドラの瞳から涙が零れた。
(みんな…全員)
「‥‥大丈夫か?」
「う、うん。平気。…ごめん、あまり聞きたくないんだけど…もしかして、子供たちの中に私の写真があったのって」
カサンドラの瞳は赤ではなくて、空色だ。
その言葉に、アードラとノエルは複雑そうな表情を作り、互いに顔を見合わせた。
「‥僕が知っている限り、人造人間を作成するのに必要なのは人間の骨と手順と‥必要な材料だという」
「必要な材料…?」
材料、という無機質な言葉に、カサンドラは寒気がする。
「まず確認。その場所に赤い石がなかった?」
「‥あったわ。それも大量に」
「ああ、…この書類【魔力の結晶化と、流出、抑圧についての研究結果】について。恐らくその必要な材料というのが‥これに書かれている赤い結晶なんじゃないかな」
「赤い結晶?」
「‥恐らく、人間の魔力と生命力を人工的に結晶化させたものだと思う」
アードラの言葉に、二人は絶句した。




