依頼
「うぅ‥」
自分のうめき声で目を覚ましたカサンドラは、うっすらと目を開いた。
ぼーっと天井を見ていると、そこに心配そうな表情のレアルドがこちらを覗き込んだ。見慣れない煌びやかな造りの顔に驚いたが、体がだるいせいか夢かもしれないと思った。
「大丈夫か?熱は‥うーん。まだ下がらないみたいだ」
カサンドラの額に、レアルドの冷たい手が乗せらると、思ったよりも冷たい感触にそっと目を閉じた。
(ひんやりしてる…)
すると、カサンドラの耳元で獣のうめき声が聞こえると、黒い手がしゅっとレアルドに向かって伸びた。
「ファ――!」
「!おっと…何もしないよ」
「…アードラ、やめなさいって」
言いながら、アードラのふにゃりとした身体を手で押さえつけた。
うにゃぁ、と不満そうな声を出すと、アードラはするりとカサンドラの首元に身を寄せた。
(あ、夢じゃないんだっけか)
「レアルド様‥どうしてここに」
「…様子を見に来たんだけど、ぐっすり寝ていたもので…」
寝ていたせいかなんとなく久しぶりに見るレアルドの表情は冴えない。
「すまない、カサンドラ」
「‥?何かしましたっけ」
さすがに王族の方の前で寝ているのもどうかな、と考えたカサンドラはのそのそと起き上がろうとする。しかしそれは力強い手で押し戻された。
「…‥」
「寝てていい。‥誰かが来たら戻ろうと思っていたから」
「そうですか…」
反論する必要もないので、大人しくベッドに再び身を任せたカサンドラは、レアルドの脇に積み重なっている書類を見た。
「‥なにかわかりましたか?」
「少しずつ、情報を整理している。‥昨日、もう一度君といった地下通路の出口を見てきたが、奥に行く扉はまるで魔法のように消えていた」
ああ、それは。
カサンドラは、朧気ながらもあの時感じた違和感を思い出す。
王宮の地下から通ってたどり着いた場所は、恐らく別の空間と空間がつながれていたのではないだろうか。しかし、それを説明する術を持たない。
(説明が難しい‥確証があるわけでもないし)
「私、早く治すので‥。そしたら、また一緒に行きましょう」
「…ああ、そうしたいのはそうなんだけど…」
レアルドはそう言うと、心配そうにカサンドラを見た。
「もしかして、私の心配してます?」
「…何もないとは言い切れないだろう」
「あの時は失態を重ねましたが‥もう少し動けます…」
とか何とか言いつつ、身体は思うように動かない。
「‥いや。君の気持はよくわかる。だから、護衛を依頼ししようと思っていたんだ」
「護衛?」
申し訳ないが、今のレアルドの立場では、力になれる人間などいるのだろうか、と心配に思った。
しかし、その心を見透かしたように、二ッと笑った。
「‥『ラヴィ』がつないでくれた縁だ」
「え?」
**
窓の外を見ると、ひらひらとまるで花びらが舞い落ちるように白い雪が降っている。
今日も今日とて、仕事に追われていたノエルが休憩もかねて窓をそっと開けた。すると、冷たい風が通り抜け、白く小さな綿のような塊が一緒に流れ込んでくる。
「お、雪だ。…寒いと思ったら」
吐き出した息は白く浮き上がると空気に融け、その様子をしばし眺めていた。
「失礼します、統領。お客さんがいらしているんですけど」
「客?…ヘンな奴だったら任せる」
「ヘン…といいますか、なんというか」
いつもならはきはきと答える大きな声が特徴の秘書のフラウは、その日に限って珍しく言葉を濁した。
「?珍しいな。どんなレア客だ‥」
「やあ、失礼するよ。」
黒いロングコートに、目深の帽子をかぶって現れたのは、つい先日帰還と共に即位が発表された第一皇太子の弟君、レアルド皇太子だった。
「!…これはこれは」
「‥ハハ、前回はとんだ失態を見せてしまったな。‥久しぶりだ、ノエル・シュヴァル殿。今日は君にお願いしたいことがあって来たんだ」
「なんだってこんなところに‥おい、フラウ。今からこの階には誰も近寄らせるな」
「えッ…いや、あの統領の決裁の仕事は…」
「そんなもの、お前でもできるだろ。オレの右腕何年やってるんだよ」
フラウはなおも何か言いたそうにしているが、やがて観念したようにうなだれながら部屋を出ていった。
その様子を苦笑しながら見送った。
「申し訳ありません、王宮で出されるような良い茶葉ではないですが‥今、紅茶を淹れます」
「あ、いいんだ。構わないで」
ノエルはちらりとレアルドを盗み見する。
以前従者と夜にやって来た時はもっと憔悴し、疲れ切った表情に思えた。
しかし今はすっきりしているようで、まるで別人のようだ。
ふと、先日ラヴィに言われた言葉を思い出す。
(先日の式典での一件を聞いてはいたけど、元気そうで良かった。…弟というのは、恐らくレアルドのことだろうが‥)
「‥すみません、今ラヴィはここには」
「ああ、知っている。…君が思っている以上に私は状況を飲み込んでいるつもりだ。‥もしかしたら、君も、いや私以上に今の事態を把握しているのでは?」
レアルドはそう言うと、ノエルは少し困ったように笑って見せた。
「‥‥なるほど。では、そのお寝顔とやらも、それを踏まえた上で‥というところでしょうか」
「ああ、最も君が適任だと思っているんだ。以前、少し小耳に挟んだ。‥‥君は、第一皇太子ヒューベルトの過去について調べたことがあるそうだね」
「!…どのような依頼でも承るのがうちの礼儀なもので」
(小耳に‥というより。オレのこと、調べたな?)
以前、ラヴィ本人に依頼された仕事は、結果的には中途経過のまま終わってしまった。
例の【死因】については、あまりにも多くの情報がある反面、異常な程確かな情報が少なかった。
事件の情報はありふれているのに、その関係者はほとんど既に亡くなっていたり、消息が不明になっており、確固たるものは何一つ出てこない。
完全に手詰まり状態となってしまったのだ。
「ああ、そう警戒しないでいいよ。‥本当に、ただの興味本位で尋ねただけだから」
「…あまりにも憶測や誤情報が飛び交っており、王宮にとっては不都合な真実が隠れているのだろうと考えておりましたが‥。」
「やはり、そうだろうな。‥私でもよくわからないのさ、兄の死因は」
ノエルはじっとレアルドを見つめる。
「殿下は‥ヒューベルト殿下は既に亡くなっている者、と認識されているんですね」
「多くの人間は、違うようだけど」
「———…正直、皇太子殿下のご帰還には驚かされました」
テーブルに置かれた紅茶を見ながら、レアルドはふっと息を吐いた。
「良かった」
「え?」
「カサンドラの言う通り、君は信頼できる人間のようだ」
「‥カサンドラ?」
「君にある依頼をしたいんだ。…今は報酬が用意できないけれど、全てが終わったら、できるだけ君の願いを聞き入れるように努力する」
(すべてが終わったら‥なんて、また難しいことを。噂通り、真面目なお方だ)
そのき真面目さは、ノエルの友人であるヘルトにもどこか共通しているようだ。
融通が利かないとはこういう人間のことを言うのだろう。
どうも…こういう人間は嫌いじゃないな、と思わず口が綻んでしまう。
「分かりました。‥ちなみにどのような内容で?」
「先日、城の地下道を抜けた先で、不思議な廃神殿に迷い込んだ。‥そこにもう一度行きたい」
「城の地下道というと…もしかして、過去‥脱出路にも使われていたというあの水路ですか?」
例の地下水路には、一度ノエルも訪れたことがある。
(そういや、あの錬金術師と遭遇したのもあのあたりだったな。‥何か関係でもあるのか?)
「それは構いませんが‥失礼ですが、城内に入れるのですか?‥今の状態では」
「ああ、君の言う通り。出口もあるから、そこから行ければ問題はないはずだ」
「でも、もし行けなかったら?」
「‥それも踏まえた上で、君が適任だと思うんだ。‥私は王宮で一度襲われているし、歓迎されていないようだから」
また、難しいことを、とノエルは少し考え込んでしまう。
「それと‥その場所にカサンドラも同行してもらおうと思っているんだ」
「!!いいでしょう。わかりました」
「…え?」
少し考え込んでいた様子だったのが、カサンドラの名前が出た途端、まるで打たれた鐘のように二つ返事が返され、レアルドは驚いてしまった。
「…難しいことを言っているのは自覚しているつもりなのだが。いいのか?」
「ええ、…チャンスはモノにする性分なもので」
チャンス、と口の中で呟くと、レアルドはつい吹き出してしまった。
「…っはは。面白いね、君たちは!」
「‥君たち、ですか」
想像もしなかった珍しい反応に、ノエルはなんとなく気恥ずかしいような複雑な気分のまま、視線が宙をさ迷う。
「いや、実はカサンドラに、もし君が依頼を承諾しないようなら‥と、ある秘訣を教わったんだ」
「秘訣ですか…そ、それは」
少しだけ前のめりになったノエルは、慌てて引いた。
その様子を見ながらレアルドはくつくつと一通り笑い終えてから、にや、と口角をあげて見せた。
「ふふ、切り札は見せないのが駆け引き、というものだろう?」
「駆け引きですか‥全く。それで、ご出発はいつでしょう?」
「…今、カサンドラは少し体調不良なんだ。本当は今日も一緒に来てもらいたかったが」
「どうせ、彼女のことです。無茶したんでしょう」
少し苦笑気味に言うノエルに、レアルドは静かに首を振る。
「…巻き込んでしまったのは、私だ」
「‥‥」
どこか苦しそうに呟く様子に、ノエルはそれ以上聞かなかった。
「曲がっていない、正しいことをやっている人間は―ーー」
「え?」
「必ず、報われるはずです。…迷わずに、お進みください」
「ありがとう、…ノエル」




