開かれた箱
建国記念式典。
ハルベルン帝国の誕生を祝う晴れの日に、国を離れていたハルベルンの第一皇太子が突如帰国した。
多くの者が彼の帰還を喜び、歓迎していたのだが、中にはそうでもない者達もまた当然のように存在していた。
その筆頭である第二皇太子レアルドは、異変を感じ、兄ヒューベルトと対峙したのち、舞踏会をあとにする。
そんな彼のあとをカサンドラが追いかけると、レアルドを狙う何者かの奇襲に巻き込まれてしまった。そのまま地下水路へと逃げ込み、行きついた先は、謎の廃神殿だった。
聖域じみた清浄なる空間の中を進んでくと、旧時代の白布をしていない女神象と、女神の骨を砕いた砂で出来たらしい巨大な砂時計を見つけた。その正体が分からぬまま、更に地下深くへ進んで行くと、何かを研究している謎の研究施設のようなものに迷い込んだのだった。
そして、そこで発見したのは、幼い子供たちの写真と共に何かの研究経過が記録されたファイルだったのだ。
その中の一枚、『K』と書かれたアルファベットの少女の書類は、カサンドラによく似ていた。
(‥これはいつの写真?!6歳とかそれ位のようだけど‥つまりは、『橋本 真梨香』になる前のこと?)
彼女の過去について、『真梨香』が知る情報などあまりにもわずかしかない。
ただ、こんな訳の分からない研究施設のような場所にいる理由はさっぱり見当たらなかった。
「‥これは本当に君か?カサンドラ」
「でも!私は‥このような写真を撮られたことなどありません!」
正確にいうと、『真梨香』が知らないだけかもと思ったが、それにしてはあまりにもおかしい。
その写真自体、写っている姿はカサンドラの子供の頃のようだが視線をこちらに見ておらず、隠し撮りのようにも見える。
(6歳と言えば‥お母様、アレクシス・グランシアが亡くなった頃だろうか?)
書類の内容をよく見てみるが、他の子供たちの写真とは違って、生まれた日付と特徴しか書いていない。しかし、もう一枚の『V』の少女は、それ以外にも事細かに色々な情報が書かれているようだった。
「一番新しい記録は今から5年前のものか」
「‥この『K』の少女の方は、記録自体は見当たりません。そちらの『V』とはやはり‥」
ちらりとみるレアルドの表情は厳しい。
(無理もないわ。‥ついこの間まで自分の想い人だった女性だもん)
私の視線を受けて、レアルドは複雑な表情をした。
「…君がどう思っているか分からないが、私にとって『彼女』はそこまで重要ではない」
「‥重要‥ですか??」
「むしろ、兄の存在も踏まえ‥すべての根源のように思う」
その言葉に、カサンドラはどきりとした。彼の意見は間違っていない。
(根源。‥確かにそうかも。ユイナにとっても、私にとっても‥もしかしたら)
「‥もうここから出よう」レアルドはそう言うと、使えそうな書類や、重要そうなことが書かれた書類を選別し、一つの束をまとめて、つかつかと歩き出した。
「探索はもういいんですか?」
「ああ。‥色々気にはなるが、ここは君にとってもあまり気分のいい場所ではないだろう。‥そこの遺体のポケットに鍵がはいっていた。多分、どこかに出口があるのだろう」
「……」
なんとなく一度振り向くと、その辺にあった白く大きな布を取り出し、ミイラにそっと被せた。
「…律儀な人だ」
「私が死んだとき、こんな状態でほっとかれるのはごめんですから」
「何故、彼は外に出なかったんだろうな?この場所から、逃げ出せばよかったのに」
手に持っていた手帳を見ながら、レアルドが呟いた。
「‥‥出たくても、出られなかったのかもしれません」
「え?」
「理由はきっとそれに書かれているんじゃないでしょうか。‥あ、あそこに扉があります。行ってみますか?」
この施設から出ると、逆隣りの方にもう一つ地下に続く階段を見つけた。
レアルドが先導してその先に進んで行くと、人ひとりやっと通れるほど細い道の先に、あまり大きくない扉に行き当たった。
「鍵があったな」
がちゃがちゃとドアノブをひねると、ドアの向こうは洞窟のようなものが続いていた。その先は見えないが、ひゅうひゅうと、どこか遠くで風の音が聞こえてくる。
ふたりは思わずごくりと唾をのむ。
「…大丈夫でしょうか、ここって」
「風が通っている。…行ってみよう。傍を離れないように」
「は はい!」
力強くつながれた手を少しだけ頼もしく思いながら、二人はその先を進んだ。
しばらく進んで行くと、突然前方から、ガコン!と何かの音が複数回聞こえてきた。
レアルドと二人、顔を見合わせてしまう。
三度、音が鳴り響くと、派手な轟音が洞窟内に轟く。
「!あれは‥」
「ヘルト兄さま!」
ひしゃげた扉から現れたのは、なんと、ヘルトだった。
「お二人とも怪我は?」
「カサンドラ様、レアルド殿下!」
「ど、どうしてここが」
カサンドラは驚いてユリウスとヘルトの二人を見てしまったが、その二人を押しのけて、リンジーがやってきた。
「カサンドラ様ぁ!!」
「リンジー?!」
ひし、と抱き着くと、わんわん泣いてしまった。
「もう!!あの状況でいなくなってしまうんですもの!気が気じゃなかったですわ!」
「あ‥ハハ。ごめんね、リンジ―‥あ、カシル様、レイヴン様も」
「しかしどうしてここが?」レアルドが尋ねると、ヘルトは心なしかほっとしたように答えた。
「‥王宮にある、古い地図です」
「地図?」
ユリウスはそう言うと、洋紙に書かれた茶色くくすんだ色の地図を見せた。
「あ。そうか、フォスターチ」
「そう言うことです‥とにかくここから離れましょう」
辺りを見渡すと、ここはどうやらどこかの森のような場所だった。
背後を振り返ると、そこにはハルベルン城の大きな外壁が見える。
(ここは‥城の外?)
位置的に考えても、先ほどまでいたあの不思議な廃神殿は、王宮と同じ場所にあるように見えた。
(まさか‥あそこも、ラヴィの部屋とか、アードラの部屋みたいに、今ここにある空間とは切り離された場所にあるの…?)
もし、そうであれば‥あの中に入るのも出るのも、常人には容易なことではないのかもしれない。そんなことを考えながら、帰路についた。
**
その日の夜、グランシア公爵邸では、急な来客により使用人総出でバタバタとしていた。
「いい?我ら使用人たちの腕の見せ所よ!」
「室内チェック!窓良し、シーツよし!鍵よし!廊下のチェックも忘れずに!」
「ユイナ!ランプの油は大丈夫?」
「はい!ライターもありました!!」
式典が終わると同時に、公爵一家とは遅れてヘルト達が戻ってきたのは夜半近く。
なんと、来客を連れてきたらしい。それも複数人。
離れの寮で休んでいた大半のメイドたちはたたき起こされ、あわただしくもその対応に追われていた。
その一人がレアルドと聞き、ユイナは内心焦っていた。
(いや、焦る必要ないけど!でも!!)
そう、今の姿をレアルドは知らない。
とは言え、つい先日まで毎日のように贈り物をし、ユイナヴィヴィアンに愛を説いていた人物。それを正直、煩わしくも思ってしまっていた事実もあり、ユイナとしては罪悪感の様なものも相まって、出来るだけ関りたくない人物の一人なのだ。
ユイナはちらりと、カサンドラ達が連れてきた煌びやかな面々を見る。
(ヘルトにユリウス‥それに、あのレアルド)
カサンドラの隣に立つレアルドと、ふと目が合う。
ぎょっとして慌てて下を向こうとするが、彼はにっこりと微笑んだ。
(あっぶなーーーあぶなっ‥ってあ。顔違うんだっけ)
色んな意味で動悸が激しくなるユイナだったが、ひとまず深呼吸をしてから、カサンドラを見て、ユイナは少し驚いた。
大抵のことではへこたれないカサンドラだったが、今は体力的にも、精神的にも疲労を隠せていない。
彼女の異変は、ヘルトもユリウスも気が付いているらしく、気遣うように傍に立っている。
「…すまん。皆、休んでいただろうに」
「とんでもありません、ヘルト様。…ご主人様には」
「父上には俺から明日話す。…まさか怒りはしないだろう」
あの後、様々な状況を踏まえて、レアルドがあのまま王宮に戻るのは難しいということになった。ならば、とヘルトの発案でグランシア邸に滞在するのはどうだろうか、という話になった。
ヘルトは横目で、レアルドが手に持っている書類の束のようなものを見た。
(…あの書類のことも気になる)
その束を見ながら、レアルドは終始険しい表情をしているのが気になった。
「カサンドラ、お前はもう休め」ヘルトが言うと、カサンドラはぱっと驚いたように顔をあげた。
「え?でも」
「…私からもお願いする。君は少し休んだ方がいい」
「そこまでおっしゃるのなら」
本当は気になることが多すぎて、おちおち休めないというのがカサンドラの本音でもあるが、実際に疲労は感じているので、二人の申し出にありがたく同意した。
「分かりました。じゃあ」
「カサンドラ様」
部屋に戻ろうとしたカサンドラを、ユリウスが心配そうにじっと見つめた。
「少し、よろしいでしょうか。‥お時間は取らせませんから」
「‥ユリウス?」
去っていく二人の姿をヘルトとレアルド、ユイナはそれぞれの表情で見送った。




