閉ざされた部屋
レアルドとカサンドラは二人並んで、目の前に高くそびえる砂時計を見上げた。
「この砂時計…中の砂は一体どういうものなんでしょう」
サラサラと流れる砂時計の砂は、繊細な銀色の粉末で、周りの光をすべてそこに集めたようにきらきらと光を放っているようだった。
その中にはところどころにほんのりと赤い光も混じっているように見える。
「銀色の砂に、赤い砂…?鉱石を砕いた物…でもないですよね」
「いや…もしかしたら。多分これは…骨、かもしれない」
レアルドの言葉に驚き、カサンドラは伸ばそうとしていた手を慌てて引っ込めた。
「ほ、骨?!…一体何の?」
「古い文献で呼んだことがある。本当かどうかはわからないが。‥ここが本当に女神の墓であるなら、この砂時計の中にあるのは、亡くなった女神の骨を砕いた物かもしれない」
「‥砕いた、骨」
女神が実在していたのかもしれないという事実にも大いに驚いたカサンドラだったが、衝撃の事実に戦慄した。
同時に、足元からゾッとするほどの悪寒を感じた。
(女神象の白布といい……女神という存在が都合のいいように利用されているみたい)
古今東西、宗教というのは、どの世界でもある程度時代の大いなる流れの元に、政治的に利用されるのが常である。とはいえ、一度は神とも呼ばれた存在が、どうしてこうも歪められてしまうのだろうか。
「‥こういう事実を目の当たりにすると、自分達の傲慢さがよくわかる」
言葉を失っていると、どうやらとなりに並んだレアルドも同じような考えを持っているらしく、眉間深いしわが刻まれていた。
「…どうして、女神様の骨をわざわざ砕いて砂時計にしたんでしょう」
「この砂からわずかだが魔力を感じる。…何か理由があるのだろうけど」
それ以上は分からない、とレアルドは首を振った。
「砂時計のことはレアルド様も知らなかったとなると…王家の所有物ではないのですか?」
「少なくとも、この廃神殿の存在は私も本で読んだ程度だ。女神神殿に強力な力を持っていたのは、ルベリアム家ではなく、エイリウス家……フォスターチ公爵は容赦なくエイリウスの一族を残らず絶やしたとされている。引き継ぐものもなく、放置されていたのかもしれないが‥」
「…放置って。こんな大規模な神殿を放棄するなんて、あり得るものでしょうか」
何気なくカサンドラが発した言葉だったが、その言葉を受けて、レアルドの顔はどんどん曇っていく。
「…女神の墓。錬金術‥…」
「?」
ぶつぶつと何かを呟くレアルドを不思議そうに見ながら、カサンドラは尋ねた。
「何か気になることでもあるんですか?」
「‥‥もう少し、調べてみないか?付き合ってくれると助かるのだけど」
「はい?構いませんけど‥ついでに出口も一緒に探さないといけませんね」
「ああ。…奥の方に地下に降りる階段がある。行ってみよう」
いよいよRPGじみてきたな、などとカサンドラは年甲斐もなく少しワクワクしていた。
レアルドの後に続きながら、改めて砂時計を見た。
見れば、上から落ちる砂は残り僅かのように見える。
(アレが全部落ちるのって、どれくらいの時間が必要なんだろう?)
小さい時計であれば、分単位でわかるかもしれないが、これだけ大きいとどれほどの時間がかかるのか想像もできない。
ただ、レアルドの言うように、あの砂が本当に女神の骨だとして‥あの量は一体どういうことなのだろうか。
(…あれで一人分?本当に?)
そうじゃないとすれば‥その他に何が混ざっているのだろうか?
考えれば考える程、恐ろしい想像ができてしまうので、そこで考えるのをやめた。
地下に下がる階段の先にある扉を開くと、途端に強烈なかび臭い匂いが流れてきた。
「うっ…凄まじい匂いだな」
「鼻が曲がりそう…」
大抵、こういった大聖殿の地下となると、例えば偉人のミイラだったり、神殿に奉仕した司祭などが眠っている墓のようなものを想像していたが、どうやら様子が違うようだ。
「私…お墓のようなものを想像していたんですけど…、想像以上ですね」
そこは、カサンドラの予想を裏切るものだった。
燭台や地面がむき出しになっている様な場所ではなく、近代的な研究所のように見える。何かを研究している施設のようだ。
人ひとり横たわれるくらいの大きさの固い硬質で出来た板のようなものに、試験管やフラスコやビーカーのような実験器具も一通りそろっている。
当然ながら、人の姿はなく、机の上の書類のようなものや、壁に張られたメモ紙などは、そのまま残されていた。
僅かに読み取れるものを手に取って確認してみると、よくわからない記号のようなものの羅列ばかりで、さっぱりわからない。
(‥‥コレ記号?暗号??)
「‥これは数式だな。女神と共に伝わったという古い文字だ」
「読めるんですか?!」
「残念ながら専門外だ。…ただ、魔法を使うときに見る陣の文字と似ているように思える」
(そう言えば、この人は魔法が使えるんだっけ)
「あれ?でも魔法は錬金術と同一されて神殿から排斥されたのでは?でもレアルド様が使えますよね??」
「‥そうだな。私達王族というのは、昔から幾分かの魔力を持って生まれてくる、その力の大きさは個人差もあるようだが‥、幼少の頃から魔力を制御するために魔法を勉強することになる」
「そうなんですか?!」
「もっとも、魔法を公で使う場所などないからな。知らないのも当然だろう。‥それより、これは何だと思う?」
そう言ってレアルドが手に持って見せてくれたのは、光を失った手のひらサイズの赤い宝石だった。その石は、以前ユイナが閉じ込められていた石と似ているように見えるが、あの時ほど光輝いてはいないようだ。
しかし、その石はカサンドラにとってはなんだかおぞましく、触れるのをためらうほどの不快感を感じてしまう。
「‥その石、なんだか気持が悪いです」
「確かに‥あまり良い感じはなしないが。実はそこに大量にあるんだ」
「大量に…って」
そう言ってレアルドが指さしたのは、半開きになっている奥へと続く扉だった。その床には微かに赤い石のようなものが大量に転がっているのを確認できた。
どうやら、更に奥にある部屋は、こういった赤い石が大量に保管されている倉庫らしい。
レアルドはためらいもなくそこに向かって歩き出す。
(よ、よく平気ねこの人?!)
男らしいというか逞しいというか。慌てて後を追うと、レアルドは入り口のドアを開いたところで固まっていた。
「…君はこっちに来るな」
「え?な なに??」
「かび臭い匂いの元はここにある。…人間の死体…だと思う」
「しっ?!え。カビってつまり」
「正確に言うと、ミイラ‥と言った方がいいかもしれない」
「‥…それは なんというか 」
とか何とか言いつつも、カサンドラは恐怖よりも好奇心の方が勝り、せっかく忠告してくれたレアルドには申し訳ないとは思いつつも、彼の背後からそうっと室内を覗いた。
その奥には、大量に赤い石が詰め込まれた袋が並んでおかれた棚の他に、複数の机のようなものが並んでいる。
その最奥の机に、突っ伏した状態の布のぼろきれのような塊が見えた。
ずっと締め切っていた地下室の部屋だからだろうか、全体的にかび臭く、風の通りもないため干からびてしまったようだ。
ミイラ化した遺体の主は、紋章が刻まれた白衣のようなものを身に纏っている。
「…この紋章…エイリウスか?」
「エイリウス?」
「アルファベットの『A』が上下に二つ重なったように見えるだろう」
「本当だ‥」
そう言ってミイラの白衣をまじまじと仰視していると、レアルドはまるで不思議なものを見るような目でカサンドラを見つめた。
「…なんでしょうか?」
「よく平気だな。…面白い令嬢だ」
「面白い…どこか??」
「そういうところだ」
言いながら、レアルドはミイラが着ていたボロボロの白衣のポケットをまさぐる。
「‥レアルド様も十分面白い人だと思いますよ。…よく平気で触れますね?」
「グローブ越しだし、気にするほどでもないだろう」
(いや、普通は気にすると思うよ?!)
「…見つけた」
「何を?」
「手帳、とあとは鍵」
「‥‥‥」
先程までRPGだったのに、急にミステリーものに変わった。
こうなれば。探偵がレアルドで、助手Aということになるのか。そう思いながらも、カサンドラは負けじと机の上を調べ始めた。
「魔力の結晶化と、流出、抑圧についての研究結果…」
ミイラの周辺で散らばる紙の書類の中でも、バインダーのようなものに大事そうに挟まっている書類の束をパラパラとめくると、そこには年齢が様々な人たちの名簿だった。
「名簿?」
「何を見つけた?」
すぐ隣にレアルドの気配を感じ、一瞬身を固くしてしまったものの、名簿に視線を落とした。
名簿には一枚の写真と、アルファベットの頭文字、年齢、性別、それと共に何かの経過が日付と共に書かれ、赤いペンで×印がかかれていたり、〇印が書かれていた。
それぞれの写真の人物たちが一体誰なのか、どういう経緯でファイリングされているのだろうか。
「10歳、15歳、17歳…4歳まで。子供が多いみたいだけど、何の名簿?」
その一枚、年齢が6歳と記されたひとりの女の子の写真が目に入る。
その少女を見た途端、私は危うくもっていた名簿を落としそうになる。
「……これは」
思わずレアルドの顔を見てしまう。…思った通り青ざめている。
その写真の少女は、茶色い髪の毛で、『V』女性と記されており、赤い丸印がつけられている。
そして赤い瞳を持つ、幼さの残るこの少女の顔立ちは、ある人物に酷似している。
「…ヴィヴィアンに似ている‥日付は、10年前?‥今で16歳」
「ほ、ほかにも見てみましょう?!」
更にパラパラとめくるのだが、そのノートに乗っている写真を見た途端、カサンドラは激しく後悔した。
あるページで大きく丸印が記された写真の人間は、薄赤色の髪をしていて、瞳は空色。
「‥‥嘘でしょ」
その姿は、まぎれもなくカサンドラ・グランシア、本人の姿だった。




