建国記念日4・二人の皇子
シーンと静まり返る会場の中、この場において最も地位の高い人物であるはずの、皇帝バロル・ルベリアムの喚き声だけが響き渡る。
そんなことをお構いなしに、周囲は二人の王子の動向を見守っている。
レアルドは自分でも驚くほど冷静に周囲の様子を窺うと、つい先日までこびへつらっていた貴族達が皆、こちらに背を向けているのが見えた。
どうやらその対象をヒューベルトに変えたらしい。
(どちらに就く方が自分達にとって利益となるのか、値踏みしているわけだ)
好奇と嘲笑の入り混じったような視線が集中する最中、口を開いたのは、ヴィヴィアンだった。
「どうしたんですか?怖い顔…お疲れではありませんか?」
(前の自分なら、彼女に声をかけられただけでも心が躍り、ときめいていたことだろう…なのに、今は)
気づかわし気に伸ばされた手が触れた瞬間、レアルドの中に言いようのない不快感のようなものが沸き上がってくる。目の前に立つこの女性を見ても何も感じず、ただただ嫌悪感だけが残った。
そのままその手を振り払うと、瞬間、周りがざわついた。
「‥無礼な。貴方はいつから王族と同等に肩を並べる存在になられたのか?」
「な、何を」
ぴしゃりとそう言い放つと、なおも何か言いたげに口を開こうとしたヴィヴィアンを制して、ヒューベルトの方に向き直る。
「貴方に用はない。‥ヴィヴィアン・ブラウナー」
「‥‥!」
ヴィヴィアンに対してこれだけ冷たくしても、ヒューベルトはやはりただ優雅にほほ笑んでいて、何を言うわけでもなくこちらをじっと見つめていた。‥まるで、何かを待っているのかのように。
「‥私は私の心の赴くままに行動し、自分が正しいと思う道を歩いていくつもりです。ですから、貴方もどうか後悔のない道を歩いてください」
レアルドの答えに、ヒューベルトの目は微かに笑った。
「…それでいい」
「ッヒューベルト!これじゃ」
「皆さま!」
レアルドはそのままヴィヴィアンの言葉を被せるように、くるりと大衆に向き直った。全ての視線を自分に向けさせると、大げさな身振り手ぶりで恭しく礼をする。
同時に、その場にいた全員も一斉に頭を下げた。
「どうぞ顔をお上げ下さい。今宵は建国を祝う素晴らしき夜…招かれざる客である私はこのまま去ると致しましょう。…皆様、良い夜を」
レアルドが毅然とその場から背を向けると、突然の出来事に周囲が落ち着かずに騒然となった。
「音楽!!」
バロル陛下の怒声と共に、慌てたように音楽が再び流れ出すと、会場内の雰囲気は徐々に落ち着きを取り戻して行く。
「なんだか‥信じられない」
呆然とレイヴンが呟くと、カシルも同様に頷いた。
「‥ふたりは恋人同士じゃなかったの?」
「‥そう、思っていたんだが」
「‥…」
ふたりが顔を見合わせていると、突然カサンドラがレアルドの後を追った。
「!!カサンドラ様」
ユリウスが慌てて追いかけようとするが、通り過ぎる人々に邪魔をされ、見失ってしまった。
「‥‥無茶はしないでくださいね」
心配そうに言うユリウスを見ながら、ヘルトもまた、深いため息をついた。
「…父上の所に行ってくる」
「‥‥私も行きます。二人は恐らくサルーンにいることでしょう」
ふたりが肩を並べて去っていく姿を、見送りながらリンジーもまた、ため息をつく。
「なんだか‥落ち着かない夜ね。何かにダマされている様な‥そんな感じ」
「ああ、…早く、おわるといいな」
庭園を抜ける廊下で、レアルドは考え込みながら歩いていた。
(やはり、父も母も‥何か魔法のようなもので惑わされているのだろうか)
会場の様子からして、ほとんどの者が兄の帰還を疑うことなく受け入れているようだった。
以前まで夜会やら何やらで、自分を囲んでいた取り巻きたちも手のひらを返したように冷たい視線を向けていた。
ただの一人も、ヒューベルトの姿に異を唱える者がいないのが、逆に恐ろしく感じてしまう。
(連中はどうせ、興味があるのは自分たちの利益となるか不利益となるか…それだけだろうから、分からないでもないが)
このかみ合わなさにも似た違和感は何だろう?そんなことを考えていると、突然後ろから声をかけられた。
「レアルド殿下‥わ?!」
その場に聞こえる筈のない声が聞こえ、驚いて振り替えると、そこにはカサンドラ・グランシアがちょうど転んだところだった。
「!!!」
「いたい…」
慌てて駆け寄ると、走って追いかけてきたのだろうか、息を切らしている様子だった。
思いがけない人物の登場に、言葉を失っていると、カサンドラはふらりとその場にしゃがみこんでしまった。
「だ、大丈夫か?」
「す、す、すみません…慣れないヒールで全力疾走したもので‥」
「!!」
カサンドラはそう言ってひらりとドレスの裾を捲し上げると、白い足首があらわになる。右足のかかとが少し赤く腫れているように見えるが、つい仰視してしまい慌てて視線を外した。
「し、淑女ともあろうものが‥そうやすやすとドレスを捲し上げるな!」
「…え?あ…は、はあ‥いたた」
「あ、すまない」
レアルドは一度短く息を吐くと、よろけたカサンドラの手を取り、庭園にある椅子の方に向かって歩き出す。
「あ、あのう」
「怪我をしているだろう?…応急処置しかできないが」
カサンドラを座らせると、懐からハンカチを取り出し、近くの噴水で少し湿らせる。
そのまま患部に当てると、びくり、とカサンドラが足を引っ込めた。
「つ、冷たい」
「我慢しろ。‥グランシア令嬢」
「…は、はい」
(不思議なものだ。…先ほどヴィヴィアンに触れられたときは不快感しかなかったのに)
「‥どうして、追いかけてきた?」
「…つい、気になって」
テキパキとハンカチを足首に巻き付けると、レアルドもまた、カサンドラの隣に座った。
「…今日は扇子を持っていないのか」
「あ、あれはれっきとした正当防衛です。‥先に剣を抜かれたのは殿下の方でしょう」
以前、首都でヴィヴィアンと遭遇した時、不可抗力とはいえ、レアルドはカサンドラに向けて剣を抜いた時のことを思い出す。
「正気ではなかったとはいえあの時はすまなかった。つい、カッとなってしまって。…正直、あそこまで面と向かって言われたのは、人生で初めての経験だったよ。」
「い、いいえ。私としても、尊き身分の方に対してあまりにも慇懃無礼な態度をとっていた自覚がありますので…」
「まあ、確かに。言い逃げにされた上に‥君のお陰で民衆からの評判はがた落ちだった。…中々手痛い傷をもらったよ。」
わざとらしくレアルドがしゅんとして見せると、カサンドラは冷や汗をかきながら引きつった笑いを浮かべた。
「あ、はは‥」
「だが、私が君にしてきたことを考えると、あの程度では足りない位だろう」
「‥‥!」
彼女に対して、レアルドはあまりにもひどい対応をしていた。
ロクに調べもせずに、甘言を信じ、ヴィヴィアンの言葉をうのみにしてカサンドラを陥れた。
罪なき人間を一人、一歩間違えれば処刑を命じていたかもしれないと思うと、ゾッとする。
レアルドはカサンドラを真っすぐに見つめると、頭を下げた。
「…君に礼と、謝罪と‥両方延べなければならない」
ぎょっとしてカサンドラは慌てて自分も頭を下げる。
「よ、よしてください。礼も謝罪も必要ありません!!‥っていうか、礼って??」
ふっと頭をあげると、レアルドは困ったように笑った。
「なんといえばいいのか…一時代を気づいた帝国の皇太子ともなると、何をしても咎める者もいなければ、どんな行いもすべてを肯定されてしまうんだ」
「‥‥それは仕方がありません。だって皇帝陛下の次に身分の高い方でいらっしゃいますから」
事実、心からレアルドをおもい、悪い行いを叱りつけたものはことごとく王宮を追放された。
時には帝位を狙う連中の道具の餌食となり、時にはあらぬ罪を着せられて投獄を命じられ、二度と光の差す場所に出ることさえ許されなくなった者もいる。
「彼女を想うあまり、正気を失い壊れかけた私の行動を停めるものは誰一人としていなかった。だが、君のお陰で目を覚ますことが出来た。‥ありがとう」
「…そんな」
「!伏せろ」
「え」
レアルドがそう叫ぶと、一本の矢がひゅっと虚空を駆ける。
続けざま2本、3本と矢が放たれ、レアルドはカサンドラをかばいながら物陰に逃げ込んだ。すると、今度は虚ろな目をした騎士達がどこからか現れ、二人に剣を向けた。
「その鎧は…陛下の親衛隊…?!」
黄金の鷲の紋章がギラギラと輝く。豪華な銀の白刃が月光に照らされ、レアルドとカサンドラ目掛けて容赦なく振り下ろされた。
「きゃああ!?」
「おい、お前たち…くっ」
基本的に、王宮の夜会ともなると武器は護身兵以外帯刀が許されない。無論、皇太子であるレアルドも同様で、隠し持てるのは護身用の短剣のみ。
訓練を受けた銀の剣をふるう騎士達に立ち向かう術はなく、避ける以外に何もできない。
「失礼!」
「ぃえ?!」
妙な声を出すカサンドラの身体を横に抱きかかえ、そのまま走り出す。
最初は面食らった様子だったが、やがて正気に戻ると体制を変えて後ろを振り返った。
「追ってくるのは3人です!一番近いのはひとり真正面。、残り二人は二時の方向と6時の方向です!」
「分かった!」
言われた方向にナイフを放つと、ぎゃあ、という悲鳴が聞こえた。
(残りは二人‥)
このまま会場に戻るかともチラリと考えたが、舞踏会が行われている太陽の広間には同じような親衛達がずらりと待機している。
どうしようかと逡巡していると、カサンドラがこちらに向き直った。
「そのまま真っすぐ行けば、古い地下水路があるはずです!あそこなら‥」
「‥今は君を信じるとしよう」
背丈ほどもある木を払い除けながら、レアルドは真っすぐ走りだした。
まさか100超えるとは思いもよりませんでした。読んでくださり、誠にありがとうございます。




