建国記念日3・今宵はダンスを共に
人物情報
カシル→フラムベルグ伯爵家の嫡子、一度カサンドラに振られ、ヘルトににチェスで敗北した
リンジー→カシルの姉。フラムベルグ家には全員で3人の娘がいる。末っ子
「まあ、貴方がグランシア公爵令嬢‥お似合いですわねえ」
「ほっほ、両公爵家にとってはまさに喜ばしいことですな」
様々な世辞や嫉妬の入り混じった御託が耳に入るが、どれも右から左へ流れていくばかり。
(ヒューベルトは‥以前亡くなったとノエルが言っていた。なのに…どうして誰も驚いていないの?)
チラリと年配の貴族たちを見るものの、彼らは誰一人、取り乱している者はいない。
先ほど告げられた言葉を当然のように信じ、きっと今頃どう自分を売り出すのか、そればかりに集中しているのだろう。
その証拠に、ヒューベルトとヴィヴィアンの周りには人だかりができている。
(皇帝陛下は‥自分から言うくらいだもの、疑うはずがないわよね)
では、ノエルの調べたことは嘘だったのか?
きっと、それはない。では、これは一体どういうことなんだろう?
(…まるで魔法、みたい)
つい眉間にしわを寄せていると、突如クイ、と顎を持ち上げられた。
びっくりしてみると、ユリウスがにこやかにほほ笑んでいる。
「えっ あ」
「音楽が流れました。…行きましょう?」
「は、ハイ…」
あ、しまった。
ダンスの時間がいつの間にか始まっていた。
ホールの中心まで行くと、ユリウスは早速心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですか?…顔色があまり良くないようですが」
「いいえ、そんなことは…」
「‥‥彼女たちのことが気にかかりますか?」
ちら、と視線をずらすと、その先には楽しそうに踊るヴィヴィアンとヒューベルトの姿があった。
「‥‥私はヒューベルト殿下は既に亡くなっていると聞いていました」
ユリウスは私の言葉に同意し、頷いた。
「私もそう聞いていたはずですが…、恐ろしいことに、皆すんなりと彼の存在を容認しているようです」
「‥‥どういうことでしょう。‥もしかして、魔法‥?」
ヒューベルトもとい、ラヴィは魔法を使える筈。
でも、全員の記憶操作なんてそう簡単にできるものだろうか?
「‥嫌な予感がします。…あまり、一人で突撃しないように、カサンドラ」
う。しっかりと釘を刺されてしまった。
そんなに私ってば不用心で無鉄砲に見えるのかしら。
「‥そ、それにしても。ユリウスはダンスがお上手ですね」
これ以上は説教が始まりそうだったので、私は話題を変えた。
ユリウスのダンスはとてもリードが上手で、私程度のステップでも素晴らしく軽やかに見える。
「…二年の間に貴女を誘惑しなければなりませんから、手は抜けません」
「ゆ、誘惑って…も、もう」
二年と期限を付けたのは私だけど、わざわざ今ここでそれを言う?!
せっかく忘れていた気恥ずかしさみたいなものが再燃し、動揺のせいで足元がもたついてしまう。
しかし、そこはユリウスがきっちりと私を支えてくれている為、事なきを得る。
「ふふ、顔が赤いように見えますよ」
至近距離にユリウスの得意げな笑みが見せる。気恥ずかしさのせいかまともにユリウスの顔も見られずに、視線が宙をさ迷う。
すると、令嬢たちの視線を一身に集めつつも、壁の花に徹しているヘルトの姿が目に入った。
「は、花というよりは、佇まいがまるで大きな木みたいで…っ?!」
思わずそう呟くと、突然ユリウスが私の視線を遮った。
にこりと微笑むと私の身体を大げさに持ち上げた。慣れない大きな90度ターンも綺麗に決まり、周囲から感嘆のため息が漏れる。
‥のだけど、私の心臓は飛び出しそうだ。
「ゆ、ユリウス!…っ」
「私がいるのに、他の男性を見つめるなんて、…妬いてしまいます」
ふわりと地面に着地すると、ちょうどよいタイミングで曲調が変わった。
そのままダンスの輪の中から抜け出そうと思っていたのに、どこからか力強い手が私の身体を引っ張る。
「!」
「!?」
「一曲、よろしいですか?」
現われたのは‥なんとヒューベルトだった。
私は抵抗する間もなく右手をかすめとられ、がっちりとホールドされてしまう。力強いリードとステップで、ユリウスから綺麗に引きはがされてしまった。
多分、今の彼の瞳の色は金色だから、ヒューベルト…な筈。
「‥驚かせてしまったかな」
「お、驚くに決まっているでしょう!」
そう、色んな意味でね?!
私はつい引きつった笑みを浮かべてしまうのだが、当のヒューベルトは悪びれた様子もなく、楽しそうに笑った。
「一度でいいから、こうして君と踊ってみたかった。…とてもダンスが上手だね」
「殿下のリードがとてもお上手ですから」
そう言ってくるりと華やかなターンをきめられると、実は結構楽しいと思ってしまう自分が嫌だ。
でもこればかりは、本当、ステップから基本姿勢まで、大分教えてもらったノエルのお陰ね。
後でお礼を言わなくちゃ。
(それにしても…)
やや右後方からなにか射貫くような鋭い視線を感じるのは、もしかしなくても。
(ヴィヴィアン…)
私の予想が正しけれれば、彼女とは一度会っていると思うのだけど…久しぶりに見るその姿はどこか病的で、顔色も良くないようで、まるで別人に見える。
「‥ヒューベルト殿下。どうして貴方は、わざわざ公の場に出てこられたんですか?」
「君とこういう場で会いたかったから、かな」
「またそう言って‥だ、騙されませんよ!」
「これは本当なんだけど‥残念」
くうう‥っ。目の前にいるのはラヴィ‥ではないんだけど、やっぱり同じ顔をしているせいか、しょうがないな、とか思ってしまう自分の思考回路を呪った。
なんとなく、先日ラヴィと夜に会った時のことを思い出し、どうも落ち着かない。
(うう、しっかりしろ自分!)
「本当に‥何を企んでるの?」
「‥‥そうだね」
「!」
ぐっと腰を引き寄せられると、私とヒューベルトは身体が密着してまるで抱きあうような格好になる。
そうして、耳元でただ一言、囁いた。
「全て、終わらせる」
「終わらせる…って」
それだけ言って、私の肩をトン、と叩くと、ヒューベルトは微笑みながら手を離した。
「楽しかったよ‥。またね」
「あ!」
私は勢い余ってそのまま後方に立ちふさがる大きな壁のようなものにぶつかってしまう。謝罪をしようと後ろを振り向こうとしたはずが、なぜかそのままくるりと軽やかなターンが決まる。
そこには、どこか怖い顔をしたヘルトが立っていた。
「へ、ヘルト」
「どうか私とも、一曲」
わざとらしく手の甲にキスをしてくるので、カッと頬に熱が集まる。
(うきゃぁああっ!もう何なのよもーー!このイケメンどもはぁああーーーー!)
もういい加減にしてほしい。こういうシチュエーションは本で読むからいいのであって、いざ、自分がそういう目にあうと、色んな意味で死にそうになる。
美しさは罪って言うのけど、この人たちにぴったりの言葉だわ!
「い、いいんですかっ?!高嶺の壁の花が私なんかの為に出てきちゃって!」
「これが終わったら、すぐに戻るさ」
さも当然のように言い放つヘルトだったが、周りの女性から強烈な熱視線がちらちら送られている。
それらをぐるりと見渡すと、どこか楽しそうに笑った。
「いい眺めだな」
「私は視線が痛いし、心臓ももちませんっ…ご自分の価値を少しは省みてください…」
「お前もな、サンドラ」
そうして、曲が終わると、ヘルトは宣言通り私の手を引いて、さっさとそこから抜け出した。
名残惜し気な令嬢たちが恨みを込めて私の方を見てくる。…もう嫌だ、こっち見ないで。
なんだろう、何かしらこの疲労感っ‥!ど、動悸が激しくてむしろ苦しいくらいだわ…。
すると、そんな私の目の前にすっとノンアルコールのシャンパンが差し出された。
「素敵でした!!カサンドラ様!!」
「‥…」
先程のネガティヴな女性達の視線とはまるで正反対に、キラキラした目でこちらを見ているのは。
「リンジー…今はあなたの姿が天使に見える‥‥」
「え?なに何??グランシア小公爵様も、お久しぶりです」
「…ああ、フラムベルグの」
リンジーとは前回の一件から、何度か手紙のやりとりをしてからというもの、すっかりと意気投合した。今ではこの世界でユイナ以外に出来た唯一の女性の友達なのである。
愛のこもった解説書付きのおすすめ恋愛小説をプレゼントされたり、彼女は‥なんというか、同じ匂いを感じるというか。
「全く、良いところを見事にかっさらわれてしまいましたね」
似たようなタイミングでユリウスもこちらに戻ってくると、リンジーの目はさらに輝きを増した。
「嬉しいです!今日も推しの皆さんに会えて幸せですわ!」
「‥‥おし‥とは??」
ヘルトとユリウスがお互い顔を見合わせながら頭をひねる。すると、向こうからレイヴンとカシルがそろってやって来た。
「‥リンジー、そういう話は家の中だけにしてよ」
リンジーが言う推しの意味をレイヴンとカシルは知っているらしく、困ったように笑った。
「ご無沙汰しております。‥ヘルト殿、ユリウス殿、カサンドラ様。先日はご迷惑をおかけしたにも関らず、中々ご挨拶に伺えず、申し訳ありません」
「いいえ。お気になさらず。」
和やかに談笑をしていると、突然入り口の方がざわついた。
「レ、レアルド・トロイア・ルベリアム殿下、ご来場!!」
戸惑いのアナウンスと共に、ファンファーレが流れる。
レアルドは涼しい顔で入城すると、ぐるりと周りを見渡した。
(レアルド‥!)
以前私が最後に彼を見たのは、街の中での一件の時以来だった。
あの頃から比べると、今の彼は見違えるようにシャンとしている。‥これが本体の彼の姿なのだろう。
(…正気に戻ってる?‥ということは、あの人のフラグって、壊れたの??)
レアルドは、チラリとヴィヴィアンの方を見るが、すぐに視線を戻した。
そのまま皇帝陛下の前を素通りして、真っすぐヒューベルトの方へと歩いていく。
皇帝陛下に挨拶さえ一切しないレアルドの振る舞いに、年配の中堅貴族たちから不遜な態度に異を唱える声が上がるが、レアルドは意に介さない。
「レアルド…遅れてきたうえに、この父に挨拶をしないとは何事か!!」
「‥その必要がないからです」
たまらず皇帝陛下が低く鋭い声で凄むが、その視線をレアルドは真正面から受け止め、そのままくるりと踵を返し、背を向けた。
「なっ…なっ…何を!!」
わなわなと震える陛下を無視して、レアルドとヒューベルトの前に立ち、互いに見つめ合う。
しん、と会場全体が水を打ったように静まり返り、周囲は二人の動向を見守っていた。




