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美しい人の条件

**


「…」

「バルク様?どうされたんですか?元気がないようだけど」


ここはマダム・ベルヴォンの仕立て屋の店の中。

どこか上の空だったバルクの表情はヴィヴィアンを見るなりぱっと輝く。いそいそと店の奥からレースがふんだんに使われた青いドレスを持ってきた。


「ちょうどよかった。今、君の為のドレスができた所だよ!…これで間違いなく、復活祭の主役の座は君だよ、ヴィー」

「まあ、嬉しいありがとう、バルク様!すごおい、こんなドレス初めて見る!‥もしかして、私の為にわざわざ?」

「ああ、もちろんだよ!この時代を担うデザイナ―の俺が作ったんだ、君に似合う為に生まれたドレスさ」

「ありがとう、バルク様…」

「バルク、そろそろ準備なさい。他のお客様もいらっしゃいますの。お嬢さん、ここは私のお店よ。少し静かにしてくださらないかしら?」


マダム・ベルヴォンが現れると、ピシっと周りの空気が締まる。


「あ、す、すみません」

「それと…いくらうちのバカ息子が好意で作ったとはいえ、お客様の前で見せびらかすようにドレスを広げるものじゃないわ…あなたのサロンじゃないのよ?」

「ごめん、かあさ」


ついぽろっと出た言葉を聞き、マダムはぎろりとバルクをにらみつける。


「も・う・し・わ・け、ありません、マダム!!!でしょ?!」

「は、はぃい!!申し訳ありません!!マダム!!」

「…店にいる以上、私は上司、あなたは部下!!しかもぺーぺーの下っ端!!偉そうな態度は控えなさい!!」

「は、はい…」


結局、ヴィヴィアンとバルクは他の従業員たちの手によって店内の隅に追いやられてしまった。


「ご、ごめん。ヴィー…。今日はこれから、グランシア家に行くことになっているんだ」

「グランシアって…もしかして、カサンドラの…?」

「うん。グランシア家から直接商会に問い合わせがあったみたいでさ。何でも長女の巨体の洋服を何点か見繕いたいって。これだから成金の貴族共は…いて」

「言葉を慎みなさい」


マダム・ベルヴォンのブランドは、基本的に個人的なオーダーメイドは余程の財力がなければ請け負わない。しかし、マダムが自ら出向くとなると、それは相当格式の高い家だという証明になる。


「あの、マダム自ら、お出向きに?」

「ええ。そうよ。あらなあに、お嬢さんの知り合いの方なのかしら?」

「あんな奴。チっ…ブタ令嬢、あれは女じゃないね」


バルクは、苦々しく顔をゆがめる。


「まあ、随分ないいようだこと。ならあなたは今回来なくていいわよ、どんな方だろうが私には大切なお客様よ。一人ひとりの個性を美しく着飾るのはわたくしの仕事、‥バルク、あなたはそちらのお嬢さんの専属デザイナーにでもなったらいかが?」


そう言って、着々と準備を進める母の姿を見ながら、バルクは自身が妙に子供じみたことを言っているような気がして、少し気まずく感じた。


「…いいや、俺だって一人前のデザイナーになる。…えり好みしている場合じゃないってことくらいわかっているよ」

「えり好み…ねえ。まあ思った以上に勉強になると思うけれど…なんたってお金に糸目はつけないと仰せだから」


にやりと母の眼が光る。バルクはため息をつきながら、その後に続いた。

「そういうわけだから、ごめん、ヴィー…埋め合わせは今度」

「ううん。‥いいわよ、気にしてない」


すっとヴィヴィアンの瞳から光が消えるが、一瞬のうちにいつもの笑顔に戻った。


「行ってらっしゃい、バルク様」

「あ、ああ‥」


(グランシア?ヘルトの家でもあるけど…もしかして)


**


「ようこそいらっしゃいました。マダム・ベルヴォン。お嬢様がお待ちです」

「ありがとう、失礼いたしますわ。ああ、こちらは私の助手のバルクでございます。どうぞごひいきになさってね」


バルクが恭しく礼をすると、たちまち侍女たちの間からほう、とため息が漏れる。


「今日は後学のためにお伺いさせていただきまし…」

「あら、私、あなたまで呼んだ覚えはなくてよ?」


ざわついていた侍女たちが一斉に下を向いて礼をする。

階段の踊り場から降りてきた女性は、冷たくこちらを見下ろしている。一瞬バルクは焦ったが、表情は崩さずに対応する。


「お言葉ですが、本日はマダム・ベルヴォンの助手として来させていただきましたので…」

「そうおっしゃられても…、簡単に人を見かけだけで判断して、女性に手をあげるような人間に作っていただくドレスなんて‥考えただけでゾッとしますわ」


目の前の女性がそういうと、マダム・ベルヴォンは顔をしかめてバルクをにらみつけた。

バルクは顔をあげた瞬間、思わず固まってしまった。


「…っ?!」

「まあ、どうなさったの?まるで亡霊を見たような表情ですこと、バルク様。」


朝焼けの光に似ている薄赤の髪を揺らしながら、こちらへ向かって歩いてくるこの女性は、まさか。


「…なっ ま、まさか‥!ブタれいじょ‥」

「は?…何ですって?」


すうっとカサンドラの表情が消える。

バルクが言い終えるより先に、マダム・シヴォンはバルクをにらみつけ、ヒールのかかとで思い切り踏んだ。


「…!!!」


声にならない叫び声をあげて、気を付けの姿勢をすると、すすっとマダムが前に出る。


「申し訳ございません、私の教育がなっておりませんでしたわね。‥‥貴方は下がりなさい、バルク」

「は。はい…」


すごすごと後ろに下がるバルクをちらりと見やると、カサンドラはにっこりと微笑んだ。


「本日はマダムに免じて、無礼な失言も見逃して差し上げますわ。…それより、庭園の散歩でもいかが?せっかくいらしたんですもの。仕事にならないとはいえ、退屈でしょう?」


容赦のない言葉に、バルクは青筋を立てながらへらへらと愛想笑いを浮かべた。


「お‥お心遣い、いたみいります」


**


(なんだか拍子抜けね。もっと色々グダグダ言ってくるかと思ったわ)


マダムの測定を受けながら、私は少しだけ心の中で舌打ちをしてしまう。…意外と仕返しするって難しいものなのねえ…。


すると、そんな私の様子を察してか、マダムはころころと笑いだした。


「ふふ、…お嬢様の対応、うちの愚息にはいい薬ですわ」

「?」

「バルクは昔から天才天才ともてはやされて育ったもので…まだ半人前のくせに、仕事を選んでいる節がございます。…誰かが着るドレスというものは、デザイナーは選べません。ドレスがお客様を選ぶものですのに」


そう言いながらも、テキパキと寸法を測り、手帳サイズとデザインを記入していく。

そしてあっという間にさらさらとドレスのデザインをかき上げていくのだが、それがなんとも見てて気持ちがよい。


(やっぱり、仕事のできる人ってかっこいい‥!)


あまりに不躾に見過ぎてしまっただろうか、マダムとばっちり目が合ってしまう、


「ふふ、珍しいですか?」

「あ‥い いえ。その、働く女性って素敵だなあと思って」

「まあ。‥この国はいまだ、手に職を持つ女性は敬遠されているのに、カサンドラお嬢様は新しい考え方をお持ちの方ですのね」

「‥私は、能力のある人間はそれに見合った待遇を受けるべきと思います。」


何種類かのレースに様々の色の布を当てていく。


「…お嬢様は御容姿の通り心根が美しくらっしゃるのね。…こんな色ではどうかしら?」

「お。お任せします。…出来れば普段使いのものも合わせて何点か購入させてください」


すると、マダムはどこか悪戯っぽく微笑んだ。


「‥もしよろしければ、何点か私にプレゼントさせていただけませんか?」

「え?!い、いいえちゃんとこちらでお支払いしま…」


マダムが持ってきた衣装の中に、完成品もいくつか見本として飾られているのだが、どのドレスも露出は控えめで、ビーズの細工やレースの刺繍がとても美しいドレスばかりだった。


「お嬢様はもっともっと美しくなれる筈でございます。お嬢様がより美しく見えるドレスを、私もご一緒に探させていただけますか?」

「え?」

「まずは…!」


そういうと、マダムは私が着ていたコルセットのバックロープをこれでもかというくらい思い切りしめた。


「い”っ?!!」

「あらあら。ほら、侍女の皆さまもこちらにいらして」

「は?はいっ!!」


慌ててアリーを始め、本館に努めるメイドたちが一斉にマダムの元へ駆け寄る。背後に複数の人の気配を感じて、なんとなく寒気が起こる。

え?ちょっと‥私の背中はどうなってるの?!


「このお嬢様は急に体型が変わったということだけど、これじゃダメ。均等に筋肉が引き締まってないから、姿勢が悪くなりがちよ。少しきつめに紐を縛って…、せっかく大きいお胸があるんだもの、前かがみなんて勿体ないわ!」

「ひゃうっ?!」


今度は後ろからぎゅっと胸をもまれて引き上げられた。く、くすぐったいやらなにやら?!

すると、周りからおお、とかまあ、とか奇妙な歓声が沸き起こる。


「さ、さすがですわマダム!!」

「私達も勉強になります…!」

「さあ、どんどん行くわよ!」


**


(なんだって‥アレがカサンドラだと?!)


中庭に美しく咲き誇る薔薇を呆然と見ながら、バルクはため息をついた。


正直、予想外だった。まさに青天の霹靂のようで、これは夢かと思うほど。以前見た、どこかうつむき加減でこちらを見上げるように肩をすぼめていた人物とはまるで別人のようだった。


冷たく見下ろすあの姿が目に焼き付いて離れない。振り払おうとするたびに鮮やかによみがえってくる。


(くそっ‥あんな女にこの俺様が?!俺にはヴィーがいるのに‥)

「‥あら、まだこちらにいらしたの?」

「!」


声がした方にぱっと顔を向けると、凛と立つ一人の女性‥全身紫色のドレス姿のカサンドラが立っていた。薄赤色の髪は銀の髪飾りでひとくくりにしており、首から肩にかけての曲線が際立っている。


「カサンドラ・グランシア…」


目が離せなくなってしまいそうな自分にはっとなり、バルクは首を左右に振る。

すると、満足げな笑みを浮かべたマダム・ベルヴォンもあとから姿を現した。


「…はあ、全くあなたはまだまだね」

「‥母上」

「美しい女性には美しい衣を。綺麗な女性には、素敵なパートナーを‥それが本当の美、というもの。覚えておきなさい」


周りを見ると、いつの間にか庭園は朱色に染められている。‥時間はすでに夕の刻だ。


「‥っ元はただのブタ令嬢じゃないか‥」

「‥はあ?」


心にもないことを、と自分で思った。だが、口から滑り出た言葉はなかなか止まらない。


「‥たまたま運よく体型が劇的に変わったからって、偉そうに‥!お前が過去、どんな姿をしていたのか、みんな知っているぞ!!動物以下の人間のくせにいつまでその自信が持つか…」

「スキルぅ…怪力ぃ!!!」


バルクが言い終えるより前に、謎の呪文と共にドコォっと小気味の良い音‥どころか、なんとも痛そうな衝撃音が辺りに響き渡った。


「ぐはっ…!」

「‥あんたのその言葉の刃は、どれだけ人を傷つけているかわからないの?!一度でも言われる方の気持を考えたことがある?!」



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