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「Eランクへの昇格審査について説明させていただきます」
コカトリス討伐から戻ってきた翌日。
俺とアリアン嬢は、ギルドの受付にて昇格審査の話を持ちかけられた。
受付嬢は、Gランクの頃から変わらず、コリンさんという人が対応してくれている。たまに違う人が受付する場合もあるが、コリンさんが休みだから代わりに、と教えてくれた。
「Eランクへの昇格審査では、これまでのFランク相当ではなく、Eランク相当の依頼を完遂していただきます」
「そうなんですね」
アリアン嬢が、目をキラキラさせながら聞いている。俺もこんな感じだったんだろうか。若者の輝きが眩しいぜ……。
「Eランクでは、Fランクと異なり、いわゆるリーダータイプの魔物を討伐することになります。また、採取、収集などのクエストはEランクのリストには出てこなくなります。これは下のランクのパーティーが仕事を請け負うために必要なことだとご理解ください」
「はい!」
「リーダーとされる魔物は、通常種でも、周囲の魔物より強力になっていることが多いです。パーティーの壊滅率が上がるのもこのランクからです。装備等に不安があれば、必ず準備をしてください」
コリンさんに言われて、アリアン嬢が慌ててカバンの中を確認する。かわいい。
「それでは、審査の対象について説明させていただきます。今回の討伐対象は『大抱熊』。『抱熊』の中でもひときわ大きく、狂暴な個体がそう呼ばれます。今回は、帝国の南、ケリットの郊外で街道に出没した大抱熊を討伐していただきます」
抱熊が一緒にいた場合は、そちらの討伐もお願いいたします、と付け加えた。
大抱熊か。爪と牙が武器防具のいい素材になる。その昔、ダニとスタールと三人で何度も討伐に向かったことを思い出した。一時期は大抱熊が近くにいなくなってしまい、旅をしながら向かったこともあったっけ。
ちらりと、隣に立つアリアン嬢を見ると、緊張した面持ちで受付嬢の話を聞いていた。
いい傾向だと思う。Fランクでは敵なしという状態になっていたため、天狗になっていやしないかと心配だったのだ。
「ーー説明は以上です。何かご質問はありますでしょうか」
「俺は特にないです。アリアン嬢、何かあるか?」
「私も、大丈夫です!」
受付嬢が頷く。
「それでは、『黒いメンフクロウ』に、武運のあらんことを――」
「おい!ちょっと待てよぉ!」
受付嬢が依頼文書にギルドの印章をつこうとしたその時、後ろから突然大声が降ってくる。驚いたアリアン嬢が、大きくびくんと跳ねた。
振り返ると、男ばかり3人のパーティーだろうか。真ん中の男は顔だちこそ悪くないが、一目見てあまり性格は良くなさそう、というのが伝わってくる。不思議なもんだ。話したこともないのになんとなくわかるんだから。
ほかの二人も、性格は良くなさそうだった。こいつらは真ん中のやつと違い、顔だちもよくないのでもはや救いようがない。
「神様は残酷だな」
「ですね」
「ああん?何言ってんだコラ!」
左の男がすごんでくるのを受け流す。このくらいで委縮していては冒険者など務まらない。血の気の多い連中の集まりだし、こんなこと日常茶飯事だ。
「アリアン。探したよ」
真ん中の男が笑顔を浮かべ、両手を開いて近寄ってくる。
「知り合い?」
「ほら、こないだ話した『戦斧』ですよ」
「あー、君を勧誘した」
「そうですそうです!」
「無視しないでもらっていいかな?」
手を広げた格好のまま、男がつぶやく。
「何の用ですか?」
「こないだも言ったと思うけどさ」男が髪の毛をかきあげ、斜め45度の角度からアリアン嬢を見つめる。「俺たち、『戦斧』に入ってくれないかな?」
「お断りします」
アリアン嬢が半眼できっぱりと告げる。
「私、今は『黒いメンフクロウ』のメンバーですし。あなたのパーティーに興味もありませんし」
「でも、俺たちはEランクだよ?今よりもお金だって稼げる……」
「そのEランクの昇格審査を受けに行くんです今から。邪魔しないでもらえますか?」
アリアン嬢は取り付く島もない。
手を広げた格好のまま、余裕の表情を見せている男だが、その額に脂汗がにじんでいるのを俺は見逃さなかった。
「……どうしても、『戦斧』に入る気はない、ってことか」
「最初にあったときから今まで、一切ぶれずにそう言ってるんですけど。むしろ不思議です。なぜまだ私を誘うのか」
いつものアリアン嬢からは想像もつかない、別人のように冷たい視線。それを受けて男が一瞬たじろぎ、それから平静を装って言った。
「よし。それならばこうしよう。俺たちは『黒いメンフクロウ』に決闘を申し込む!」
ギルドにいたギャラリーが、おお、とざわめいた。
アリアン嬢がこちらを振り返る。
「クリスさん。パーティーデュエルって、確か」
「パーティー間のもめ事を解決するための、まあ言ってみればギルド公認の喧嘩だな。例えばレイドの素材分配や、依頼の受注なんかでゴタついた時に使うんだ」
「俺たちはアリアンの移籍を申し込む!彼女がこのギルドに来た時、メンバー募集の掲示板を見ていたというじゃないか!つまり、本当は俺たちのパーティーに来るはずだったんだ!それを横から声掛けして、いたいけな少女を騙しやがって……許さん!」
「お前らのパーティー?」
「これだ!」
男が取り出したのは、「世界に出ましょう!こちら単体デバフスキル持ちと単体防御スキル持ち!」の紙だった。めまいがする。
というか、今三人ってことは、そこから一人増えたんだ。やったじゃん。
「アリアンの活躍を見れば、彼女が世界に出たがっていたことは明白!さあ、痛い目を見ないうちに彼女を『戦斧』に引き渡せ!」
アリアン嬢を見ると、すごい勢いで首を横に振っている。
俺は一歩前に出ると、男の目をまっすぐ見ながら言った。
「では、俺たちはお前らの解散を要求する。他人のパーティーメンバーを引き抜こうってんだ。それ位賭けてもらわないとな」
こういう手合いは、中途半端に遺恨を残す方が面倒くさい。徹底的につぶしてやる。
俺の要求に、男がにやりと笑った。負けるはずがない、という笑みだった。
「いいだろう。それでは、決闘だ!」
盛り上がるギルドのロビー。パーティー同士の喧嘩は、スキルの打ち合いや駆け引きがあり、見ごたえがあるのだ。彼らにとっては、ちょっとした娯楽というところだろう。
ため息をつきながら決闘場へと向かおうとすると、袖を引かれる。アリアン嬢が、心配そうにこちらを見上げていた。
「私たち、勝てますかね?」