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今度は、後悔のないように。
「アリアン嬢!攻撃準備!」
「はいっ!」
「『組織暴力』!」
指を鳴らし、スキルを発動させる。アリアン嬢はスキルの効果を確かめるように、左手を軽く二、三度手を握って開き、構えていた長槍斧を高く掲げる。
「砕いて散らせ!『火樹銀華』!」
地面から伸びてきた樹木の枝が、うなりをあげてコカトリスに襲い掛かる。枝とはいっても、その太さは人間の腰ほどもあるものだ。バキバキと、嫌な音を立ててコカトリスのあばらにひびが入る。
5羽のコカトリスに襲い掛かった枝は、そのまま彼らを地面に縫いつける。クリティカルだったのだろう。
手早くそのうちの一羽に近づき、『素手喧嘩』を放つ。腹にめり込んだ拳を、信じられないような表情で見つめたのち、コカトリスの目から光が消えた。
あの後、アリアン嬢に、いかに自分が怪しくないかを説明するのに一苦労だった。
宿屋に併設された食堂。使い込まれた、ちょっと堅めの木の椅子に腰掛け、テーブルをはさんで向かい合っている。
今回は隠し事はなし、と決意し、俺のスキル『組織暴力』の効果を説明する。それと、彼女自身気づいていないであろう、眠れるスキルについても。
俺のスキルで、彼女自身の力が何倍にもなる。2人なら強敵を倒しうる、と熱っぽく話し続ける。
最初はいぶかしんでいた彼女も、俺のスキル『鑑定屋』の効果を説明すると、少し態度が柔らかくなった。
「でも、それって、クリスさんしか見えないものなんですよね」
「まあ、そうだね」
「それじゃあ、本当にその……『火樹銀華』でしたっけ?を、私が使えるようになるかはわからないんですよね?」
「うーん、今まで外したことがないからなあ。間違いないとは思うけど」
「ではですね、こうしましょう」
いたずらっぽく笑うと、少女は頬杖をついて俺を見上げた。
「パーティーに入れさせてください。私にそのスキルが発動するまでは、お試し期間っていうのはどうです?」
二人のほうがクエストもはかどりますし、と微笑みながら言う。
「大歓迎だよ。ありがとう」
「いえいえ。私もちょうど探してたとこですし。声をかけてくれて嬉しかったですよ」
そのあと、もごもごと何か言っていたが聞き取ることはできなかった。俺は曖昧なまま頷く。
こうして、「黒いメンフクロウ」に二人目のメンバーが入ることになった。お試しではあるが。
翌日、俺のあだ名が「援助交際のクリス」になっていると宿の店主から聞いて、俺は枕を濡らした。
あれからもう3か月か。
アリアン嬢はめきめき実力をつけ、そして、レベル9になったときに『火樹銀華』が発現した。
そのときの彼女の喜びようと言ったら。俺も思わず、帝都でもちょっとお高めのレストランでお祝いをしてしまったくらいだ。
さすが「援助交際の(以下略)」などとギルドでからかわれたりもしたのだが、気にならんわ。まるで姪っ子ができたかのようだ。姪っ子可愛いよ姪っ子。
そういえば、12~3歳だと思っていた彼女の年齢は、実際は15歳だった。「12歳だと思ってた」と伝えると、頬を膨らませて怒っていた。そういうとこだぞ。
『火樹銀華』が発現した後、約束通り別のパーティーに移ってもいいし、自分でパーティーを立ち上げてもいいんじゃないか、と話したが、「まだ3つ目のスキルが発動してないですし」と、俺と一緒に行動していた。
パーティーのランクはFから変わっていないが、依頼で失敗したことはない。そろそろ、昇格試験の話が来るだろう。
彼女の現在のスキルは、こんな感じだ。
アリアン・ブラック【木属性】 レベル:11
攻撃:45(長槍斧+9)
防御:20(軽装鎧+7)
速度:18
精度:20
抵抗:19
運:32
【スキル1】刀山剣木
敵一体に攻撃を行い、対象の攻撃力を少しの間下げる。
【スキル2】火樹銀華
敵全体に攻撃を行い、少しの間敵の運を下げる。この攻撃でクリティカルが出た場合は、対象の次の行動を阻害する。このスキル使用時、クリティカルの確率が50%アップする。
【スキル3】大樹将軍(パッシブ)(グレーアウト)
自分のクリティカル率が50%アップし、クリティカル攻撃時のダメージが50%アップする。
攻撃や防御の値の隣についているカッコは、装備品によるものだ。長槍斧も軽装鎧も、俺が持っている装備品の中にはなかったため、店売りのものを使っている。もっと良いものを使ってもらいたいが、今のランクで受注できる依頼での討伐対象では、あまりいいものは作れない。
それにしても、攻撃の値の伸びがよい。生まれついてのアタッカーなのだろう。何に影響するのかは不明だが、運も強い。『大樹将軍』に目覚めれば、俺だけでなく、どこのパーティーも欲しがる存在となるはずだ。
「こっちは片付きましたよ!」
アリアン嬢の声に現実に引き戻され、慌てて近くにいたコカトリスにとどめを刺す。
全滅したコカトリスを見渡し、アリアン嬢がこちらに駆け寄ってきた。
「さっきのは私のスキル発動が完璧でしたね。褒めてもいいんですよ?なんなら崇めてもらっても」
「うわーありがたいなー」
「驚くほどの棒読みですね」
言いながら、手早くコカトリスを捌きにかかる。最初のころはモンスターの解体の度に悲鳴を上げていたアリアン嬢も、今では平然と素材を剥いでいる。染まるって怖いよね。もうあの頃のピュアな少女はいない……。
「何をブツブツ言ってるんですか。そっちの、早く解体してくださいよ」
「了解。あ、コカトリスの討伐証明部位は」
「トサカでしょ。わかってますよ。肉は持ち切れるだけ持って、とりあえず干し肉にします」
「頼もしいね。師匠の教え方が良かったんだろうね」
「元々の筋がいいからです」
「いいんだよ? 俺に華を持たせてくれても」
今回のクエストは、コカトリス12羽の討伐だった。帝都から歩いて二日のところにある村で、家畜が襲われており、このままでは村を捨てざるを得ないところまで追い込まれていた。
コカトリスは鳥型の魔物だが、その大きさは牛ほどもある。群れで来られたら、ただの村人ではひとたまりもないだろう。
爪、嘴、羽毛、肉と、手早く分けて袋に入れていく。今夜は野宿になるだろう。肉を燻製にしておかなければならない。持ち帰る前に腐ってしまう。
「見てくださいよ! コカトリスって、群れを作ったり連携攻撃してきたりするじゃないですか! だから頭いいのかと思ってたら、ホラ! 脳みそこれしかないんです!」
実に楽しそうに、小石ほどの脳みそを持ってアリアン嬢が近寄ってくる。
なんていい笑顔だ。
「猟奇的にすぎるぞ」
「そうですかね? でもこれで納得いきました。『鶏は3歩歩いたら恩を忘れる』ってことわざ、あれ多分モノを覚えておくための機能が脳みそにないんですよ。こんなに小さいんですから」
「脳みそを持って笑うんじゃないよ。悪趣味だからやめなさい」
「師匠のセンスを受け継いじゃったんでしょうね」
言い返せずにいると、彼女は白い歯を見せて笑い、解体に手を戻した。
「そういえば、こないだギルドで勧誘されたんですよ私!」
「マジか。そりゃすごい」
勧誘は、言ってみれば自身の能力を他者が認めた証に他ならない。彼女の活躍が噂で広まったのだろう。Fランクパーティー所属なのに全体攻撃スキル持ちは、本当に珍しい。どこかで戦闘を見られたのだろうか。
「Eランクの、『戦斧』ってパーティーでした!リーダーの方が『是非ともウチで』って!もうしつこくて困っちゃいますよ!」
「いや、そりゃ欲しいに決まってるよな。アリアン嬢、最近めっちゃ成長してるし」
「え……?」
「考えたらそりゃそうだよな。こうして、Fランクの依頼はあっさりクリアできる程の能力。しかもレベルから考えて、まだまだ伸びしろがある。確かに逸材だよな」
「あの……」
「いなくなられると困るな……とはいっても、もともとお試しで来てもらってるだけだしな……。これはまいったな……」
「あの別に……行くとは一言も……」
「アリアン嬢!お試しで俺といてくれてるのはわかるが、今いなくなられるのは困る!なんとか残ってくれないか!」
「あ……はい……」
そういうと、彼女は後ろを向いて解体に戻った。力を入れてさばいているのか、耳まで真っ赤にしている。
いやあ良かった。できればお試しではなくずっといてほしい。連携もうまくつながるようになってきたし、意外といいチームに育ってるんじゃないだろうか。
「夜の牙」のときは、幼馴染の阿吽の呼吸みたいなものがあったが、今はない。
その代わり、何か目に見えない絆のようなものを、丁寧に育てられている感じがした。
お読みいただきありがとうございます。
別口でこんなんも書いてます。
愛する妹のためにお兄ちゃん踏み躙っちゃうよ人倫
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