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「登録完了しました。パーティー名『黒いメンフクロウ』、リーダー、クリス・イングブルム。ランクはGからのスタートです」
受付嬢のニコニコとした邪気のない笑顔に、何ともいえない苦い笑みを浮かべて返す。
あれから1か月。俺は夜の牙のメンバーと別れ、マルデ王国を離れプリン帝国へと来ていた。何しろ2国の間は遠い。ガンテの街から歩き続け、プリン帝国の首都プルリンに入ったのが一昨日。宿を決め、生活基盤を整え、ようやく本日ギルドへと来た、記念すべきパーティー登録だ。まあ独りぼっちだが。
ギルドの評価は、個人ではなくパーティーにもたらされる。いくら個人として突出した力を持っていても、チームとして弱いなら、そんなものは何の役にも立たないというギルドの理念によるものだ。もちろんその逆もしかり。個人でも、所定の成果をあげれば「一人でAランク」も夢ではない。
前のパーティーを実質戦力外で脱退しているので、元Aランク、いや正確にはBか。だった俺も、1からの再スタートとなる。
ギルドには俺以外の冒険者も何人かいたが、今年で25歳のGランク冒険者を笑うような連中はいない。いろいろな理由で「冒険者にならざるを得なかった」やつもいるし、俺のように、前のパーティーから戦力外とされたものもいる。人には事情ってものがあるし、万が一そいつが実力者であれば、いらぬ恨みを買うだけだからだ。
それに、俺の身に着けている胸当ては、「夜の牙」当時の、黒曜石をベースにした逸品である。まっさらの新人がおいそれと買えるものではない。だから、完全に駆け出しだとは思われなかったのだろう。
「夜の牙」時代に手に入れた装備品は、胸当て含め、全てあいつらに役立ててもらおうとしたのだが、ダニとスタールから「俺の気が済まないから、せめて装備品だけは持って行ってくれ」「中古品なんかいらないから持っていけ」と言われたのだ。
エカテリーナだけは「売らないんですか」と不思議そうな顔をしていた。あの子ドライだよなあ。
「Gランクね……。早速依頼を受けたいんだけど」
「承知しましたクリスさん。『黒いメンフクロウ』が受けられる依頼は、今のところこちらの中からですね」
革表紙のメニュー表を開くと、『G Rnak』の文字とともに、採取系の依頼がずらりと並んでいた。内容も、薬草の採取から魚の肝の納品、きれいな石ころ拾いやどぶ攫い、果ては四葉のクローバーを集めてほしいというものまでズラリ。四葉のクローバーは、納品数100ですってよ奥さん。自分で集めりゃいいのに。
しかし懐かしいな。ダニと二人で冒険者になった15年前、苦労して受けた依頼の思い出がよみがえる。あの頃も今も、あいつは懸命に上を目指している……。
また熱くなる目頭を、慌てて抑える。いまや俺とあいつは別の道を進んでいるのだ。切り替えていかなければ。
A級に昇格した夜の牙が、新しいメンバーを迎えたという記事が、昨日酒場に掲示されていた。若い女性だという。詳しくは明かされなかったが、全体攻撃のスキルをもっているとのこと。
王国にAランクの冒険者は、「夜の牙」含め4組しかいない。帝国は王国よりも多数のAランクパーティーを抱えているが、それでも10組だ。
Aの上にSというランクがあるが、これは王国、帝国共に1組ずつしかおらず、それ以外の国には存在しない。神話級の魔物が現れた時に出張ってくるような連中だ。人間をやめているという噂すらある。
ランクはSが最上、A、Bときて、C、D、E、F、Gが最も低いランクとなっている。もちろん報酬も最低ランクだ。G級の依頼で出る報酬では、その日の夜に素泊まりの宿へ泊まるのがギリギリ。E級くらいからようやく人並の生活が送れるようになる。
俺は元B級だったから、そこそこ貯えがある。あまり贅沢をしなければ、この帝都でも3年は暮らせるだろう。
メニューの中から、薬草の採取を選び、受注契約を行う。薬草50束の納品、報酬は銀貨50枚。
ちょっといい宿の宿泊費が、一日で大体金貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚に引き換えてもらえる。駆け出し冒険者が泊まる素泊まりの宿が大体一泊で銀貨35枚といったところだ。
貨幣としては、金貨、銀貨、そして銅貨があるが、銅貨はかさばる上にあまり価値がないので、持ち歩くことはほとんどない。
出口に向かって歩いていく途中、メンバー募集の掲示板があったので、なんとなく覗いてみる。メンバー募集文の下半分が、イカの足のように細かく切られてチケット状になっており、これを受付に提出すると、引き合わせを行ってくれるようになっている。どれどれ……。
「全体攻撃スキル、回復スキル、タンクスキル持ち募集!当方単体アタッカー」
「若くて可愛い女の子募集!当方45歳Eランク」
「楽しんでやれるパーティー目指してます!全体攻撃スキル2つ以上持ってる人募集」
「世界に出ましょう!こちら単体デバフスキル持ちと単体防御スキル持ち!」
……マジかこいつら。
どこから突っ込んだらいいのかわからないくらい、どいつもこいつも地雷臭のする募集ばかり。一番上のやつは、要約すると「俺のためのバックアップメンバー募集!」だ。単体攻撃スキルしかないくせに、図々しいったらありゃしない。これはもはや地雷ではない。見えてるんだから。今そこにある爆弾だ。
2番目も犯罪の臭いしかしない。まずスキル構成が不明なうえ、女の子限定の募集。冒険者ともなれば、街の外の野営など普通にある。大丈夫なんだろうか。
3番目も、「楽しんでやれる」の意味をどうとったらよいのか。全体攻撃スキル自体貴重なものなのに、それを二つ。探せばいないことはないだろうが、砂浜で落とした宝石を探すより難しい気がする。
最後のもすごいぞ。単体デバフの効果がわからないから一概には言えないが、おそらくD級あたりの、複数を相手にするクエストで詰む可能性が高い。単体防御も悪くはないんだろうが、俺スタールを知っているからなあ。あいつは全体防御スキル持ちだし、「世界に出ましょう」というにはちょっとスキル構成が物足りないだろうな。
俺は軽くため息をつくと、薬草集めに街の外へと出かけることにした。
夕方近くになって、ギルドに帰ってきた俺は、一直線に受付へと向かった。
「おかえりなさい!……って、どうしたんですかその量⁉」
「いや、なんか群生してたからつい……これって、複数回の依頼をこなしたことになるんですか?」
「同じ依頼が複数あれば、複数回の依頼とみなされるんですが、残念ながら今回は……」
受付嬢が申し訳なさそうにいう。
「あーいえ、こちらの都合なんで気にしないでください。じゃあ残りは僕の方でポーションか何かにしてしまいます」
薬草を調合すると、低級治療薬であるポーションが作成できる。液体状になっているので、薬草よりも効果的に傷口に働き、体力を回復してくれる。
調合関係のスキル持ちであれば、もっと効果の高い「ハイ・ポーション」なども作成できるらしい。出会ったことがないのでわからないが。
「もしもこちらでポーションを作られるようであれば、ギルドの作業場をお貸しできますので、申しつけてください」
そう言って、にっこりと笑いかけてくれた。帝国でも、ギルドの作業場は貸してもらえると聞いてほっとした。ポーション作りには専用の道具が必要なうえ、薬草をつぶしたときの臭いがすごい。宿でやった日には、翌日には追い出されてしまうだろう。
エカテリーナが入る前は、こうして薬草を取ってきてはポーション作成に精を出していた。自分たちで使うほか、路上で売ってもいい値段になる。
ーーしばらくは、こういった生活が続きそうだな。
握った薬草の束を、薬研でつぶす。むせかえるような青いにおいが、あたりに広がった。
お読みいただきありがとうございます。
別口でこんなんも書いてます。
愛する妹のためにお兄ちゃん踏み躙っちゃうよ人倫
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こっちは、とりあえず切りのいいところまで書き終わってます。