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「俺たちが冒険者になってから、もう15年か」
スタールやエカテリーナと離れ、ゆっくりと闘技場の端を歩き、ダニがいう。
「ここまで長かったような、短かったような……。振り返ってみればあっという間だったよな。登ろうとしているときは、あんなに長く感じたのに」
「はは、老人みたいなこと言うなよ。まだまだこれからだろ。A級に上がったとはいっても、ぺーぺーもいいところだ。この先にはまだS級が待ってる。道は遠いぞ」
おどけながら言った言葉は、ダニの小さな笑いの前に、まるでさざ波のようにかき消えてしまった。「昔はこうではなかった。俺がこんなにむなしく空回ることなんてありえない」と思った自分を考えて笑ってしまう。これじゃまるで、老人なのは俺の方じゃないか。
俺とパーティーメンバーの間に、いつからか横たわった大きな河。それが今、ついに、幼馴染であるダニの前まで来てしまった。そんな気がする。
「昇格審査、なかなか手ごわい相手だったな。A級にはあんな相手がゴロゴロしてると思うと、ちょっと怖いぜ」
「おいおいダニ。何を弱気なことを言ってるんだよ。俺たちならやれるって。小さいころに決めたじゃねえか。二人でS級になって、英雄になるんだって」
「……」
俺の軽口に応えることなく、ダニが見せた、笑っているような、泣いているようなそんな表情。それを見て、俺は悟る。なぜダニが、こうして俺と歩いているのか。
スタールとエカテリーナを置いて、二人だけで歩く必要があったのか。
ため息をつきながら、ゆっくりと笑いかけた。
「わかってるよダニ。お前のやさしさに甘える形になっちゃってごめんな」
「クリス……」
「突出したステータスがあるわけでもなく、単体攻撃スキルしか持たないようなメンバーは、この先の戦いにはついていけない。そういうことだろ?」
「そんな……ことは……」
「俺には、ここが潮時だ。このパーティーから抜けさせてくれ」
ダニは眉根を一度寄せた後、何かをこらえるように唇をかみしめた。
「ごめんよクリス……」
「何でお前が謝るんだよ。今までありがとう。俺、お前と冒険できて良かった。最高の十五年だったぜ」
もしかすると、俺のスキルを明かせば、まだこのパーティーにいられるのかもしれない。でもそれは、いままでのダニの想いを裏切ることになる。自分の力が、自分以外の要因で強化されていたと知ったら、プライドはずたずただろう。
どうしてこうなっちゃったんだろうなあ。最初に『組織暴力』を使って魔物を倒した時、ダニの笑顔があまりに眩しくて何も言い出せなかったせいかな……。
いや、それも言い訳だ。他人のせいにしているだけだ。
正直にいうと、俺は怖かったのだ。バフとデバフを与えるだけのスキルなんて、いらないと言われることを。微妙な支援スキルではなく、全体攻撃スキルがあるメンバーのほうがいいと言われることを。
だから、目の前の現実から逃げて、行けるところまで行こうとしていただけだ。
そして今、その「行けるところまで」の終端が見えただけなのだ。
これから俺は、一生「あのとき、スキルを明かしていれば、今も共に冒険できていたかもしれない」という後悔を抱えて生きていくのだろう。
これは、罰だ。自分自身の弱さへの。
ダニとの思い出が、走馬灯のように俺の脳内を駆け巡った。
二人で旅立ち、初めて魔物と遭遇したこと。パーティー名「夜の牙」を決めるのに、一晩かけて喧々諤々の喧嘩をしたこと。下積みクエストをこなして、二人で笑ったこと。スタールやエカテリーナと出会い、誰一人欠けることなくここまで来れたこと。
俺の目の周りが、少し熱くなってきたのを感じる。小さいころとは違うんだし、泣いているところを見られるのは格好悪い。顔をそむける。
「俺だってそうだよ。クリスがいなかったら、ここまで来れてないと思う。言っておくけど、こんなことで俺たちの友情は変わらないからな」
後追いのダニの声が、俺の涙腺を刺激する。上を向きながら、俺も答えた。
「ありがとよ。Aランクはもっと強敵ばかりのはずだ。俺がいなくなって戦力は上がるだろうが、油断せずに挑めよ。絶対新しいメンバー入れてからクエストを受注しろよ。なんなら新しいメンバーとの連携も確かめてからのほうがいいぞ」
「わかってるよ……。わかってる……だけどさ」
ダニの声が震えたのにぎょっとして、思わず振り返ってしまった。ダニが泣いている。きれいなブルーの目から、水晶のような涙がこぼれていた。
「やっぱり寂しいぜ……。お前と昇り詰めるのが俺の夢だったんだ……」
「そんな……そんなこと言うなよ」
俺も思わず声が詰まる。眉間に力を入れて、涙がこぼれないようにしたが、目が潤んでしまっているのは見破られているかもしれない。
「お前たちとはここまでしか来れなかったけどさ、俺の人生が終わったわけじゃないし。二人で、別々のパーティー組んで、お互いSランクに上がってさ。そんで、クランを立ち上げようぜ。Sランクパーティー同士の……同士のクランって、なか、なかったはず……」
いいながら、涙がこぼれてしまった。鼻の奥が痛い。
もしかすると、ダニに俺のスキルを明かしていれば共に到達できたかもしれないSランク。俺のつまらない見栄が、その未来をつぶしてしまった。
後悔と寂しさが、津波のように押し寄せてくる。
ダニが泣きながら笑う。
「そいつはいいね!お……俺たちは先に駆け上がるから……だから、待ってる。クランは、お前と組むまでお預けだ」
そんな可能性はほぼないとわかっているにもかかわらず、そういってくれるダニの優しさが嬉しい。
「おう。俺もなるべく早くパーティーを組んでSランクに上がるから、覚悟しとけよ。まあでも、もしかしたら待ちきれなくなるかもしれないから、その時はクランでもなんでも組んでくれていいからな」
「待つっていってんだから、さっさと上がって来いよ」
「おう。じゃあ待ってろ」
俺たちは強く肩を抱き合った。鎧がぶつかり、軽い金属音を立てる。
いつか再会を。そう願って、25歳の二人は別れを決めた。
本日もう一話投稿させていただきます。
別口でこんなんも書いてます。
愛する妹のためにお兄ちゃん踏み躙っちゃうよ人倫
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こっちは、とりあえず切りのいいところまで書き終わってます。