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いつからだろう。こんなに距離を感じるようになったのは。
剣戟の音が響く中、拳をふるいながら俺は思った。吟遊詩人が歌う懐かしの曲みたいだな。
地下8階、ガンテの街に出現したダンジョンの最深部。そこの主で、身体は人間、頭部が馬の怪物「メズ」と俺たちは戦っていた。Aランク昇格を審査するクエストだけあり、これまで戦ってきたどのモンスターよりも手ごわい。
体長は4メートルといったところか。人間の胴体ほどもある太い腕から繰り出される棍棒の一撃は、盾役のスタールをしてギリギリ受け止められるか否かといったレベルだ。俺や他のメンバーが食らえば、ただでは済まないだろう。
メズのスキルは棍棒での攻撃の他、眷属を呼び出す「全員集合」がある。地下8階はフロア全体が闘技場のようになっており、メズがスキルを使用すると、観客席からメズの眷属が3体乱入してくる。どこから出てきているのやら。
俺は今、メズの眷属と戦っていた。眷属自体は体長2メートル程。メズほど強力な攻撃を放つわけではない。通常攻撃のほか、対象一人に狙いを定めて、50%の確率でミスをするが、その代わり25%の確率でクリティカルを与える「振りかぶり」というスキルを持っている。
大上段からの棍棒の一撃を、俺はわずかに身をひねって躱す。どうやら彼のスキルは、「ミス」の目を出したようだ。そのまま、こちらからの攻撃に移る。
「スキル」は、この世界の神が分け与えた力と言われている。レベルや年齢に伴って、最大3つ発現するが、大抵の人間は二つどまり。そしてその中身は選ぶことができない。開けてびっくりなんとやらである。極端な話、鍛冶屋の息子にパンを美味しく焼くスキルが発現してしまうことがあるのだ。
スキルの内容は、自分自身で意識することで発動する「アクティブ」なものと、意識せずとも常に発動し続ける「パッシブ」がある。神の意思なのか、「アクティブ」だけが3つ揃うことはあっても、「パッシブ」が2つ以上あることはない。少なくとも、俺が見てきた中にはいなかったし、歴史上の文献にも存在していなかった。
スキルが発現すると、その名称および使い方、効果などが頭の中に流れ込んでくる。これは本当に奇妙な感覚だが、そうとしか説明できない。頭の中に急に説明書が開かれた感じ。その通りに動くと、スキルが発動するのだ。
棍棒を地面にたたきつけたために隙だらけとなったメズの眷属の脇腹に、俺のアクティブスキル「素手喧嘩」を炸裂させる。オーラに包まれた拳が、敵の無防備な脇腹に深く突き刺さった。「敵1体を攻撃し、50%の確率で相手の行動速度を減少させる」というのがその効果。眷属がうずくまり、行動速度の減少が始まる。
「クリス!そこから離れろ!」
このパーティーのリーダー、ダニ・アンヘル・ヘアの声が響く。俺は首だけで頷くと、未だうずくまったままのメズ眷属から距離をとる。
「天よ!地よ!光の神と聖霊よ!ご照覧あれ!『聖光重爆撃』!」
ダニがスキルを発動させたのだ。メズとその眷属たちの目の前でまばゆい光が膨れ上がり、彼らを包み込む。光が収まった時には、眷属たちはその姿を消していた。
これがダニの力。「聖光重爆撃」は、敵全体に光属性のダメージを与え、同時にパーティーメンバーに防御アップを与える。身体に力がみなぎってくるのが分かった。
通常他人のスキルは、ダニのように、スキル発動の条件にその名を出す場合が多いため、名前だけはわかることが多い。
が、その詳細な効果までわかることは基本的にはない。なぜなら、スキルの内容を把握すれば、対策を立てることが容易になるからだ。光属性は弱点も得意にする属性も闇だが、例えば火には水が得意属性となるため、戦いを有利に運べる。そのため、パーティーメンバーであってもスキルの内容を教えあうことはない。
俺がダニやスタール、もう一人のパーティーメンバーであるエカテリーナ、そして初見となるメズとその眷属のスキルを知っているのは、これが俺のパッシブスキル「鑑定屋」の効果だからだ。俺には、他人のスキルがいくつあり、その効果は何か、そしてリキャストにどの程度の時間を要するかまでが全てわかる。
俺のスキルは三つある。素手喧嘩、鑑定屋、そして。
「『組織暴力』」
メンバーに聞こえないように、小さな声でスキル名をつぶやく。俺のスキル「組織暴力」は、味方全体の攻撃力をあげ、同時に敵全体の防御力を下げるというものだ。必然、
「おおぁぁぁぁぁっ!『汝、謀殺を犯すなかれ』!」
ダニの振りかぶった剣は、メズの肩口を深々とえぐる。俺の組織暴力の効果で、通常の倍以上のダメージがメズに入ったはずだ。メズがたまらず膝をつく。
スタールが、大盾を構えながら、モーニングスターによる追撃を放った。ダニ程ではないが、着実にメズにダメージを蓄積していく。
眷属を全て倒され、自らを傷つけられ、メズが怒りの色を浮かべる。立ち上がり、丸太のような腕を振り回す。スキル「力ずくの一撃」での攻撃だ。
パーティー全員に、棍棒が降りかかる。よけきれず、その一撃をもらってしまった。内臓が口から出そうなほどの衝撃。息をすることもできず蹲る。
「クリスさん!……ッ!『女神の息吹』!」
エカテリーナが、悩んだ末に女神の息吹を使う。同時に俺の体から痛みが引いていく。
彼女が持つスキルは2つ。全体のHPを35%回復する「天使の息吹」、単体を100%回復する「女神の息吹」の二つだ。メズの全体攻撃により、俺だけでなく皆ダメージを受けているはずだが、俺のダメージは天使の息吹では回復しないレベルだと思われたのだろう。まあ確かに効いた。
「エカテリーナ!なんで『女神の息吹』なんだよ!ああくそっ!」
スタールが悪態をつきながら、盾を構えなおす。メズの追撃を、スキル「金城湯池」で受け止める。敵の攻撃によるダメージを75%カットし、50%の確率でカウンターを放つ強力なスキルだが、今回はカウンターとはならなかったようだ。スタールが舌打ちをする。
ダニが飛び出し、メズへ切りかかる。相当の深手を与えているはずだが、メズはまだ倒れない。苦しそうにあえぎながらも、スキル「全員集合」を発動させる。闘技場の2回観客席から、3体の眷属が飛び出してきた。
「くっそ!鬱陶しいなおい!ダニ!全員まとめてぶっ飛ばせねえのか!」
「残念ながらまだ無理だね!まずは眷属から片づけようか!」
「あー!めんどうくせえ!」
「スタール!まあそういうなよ。張り切っていこうぜ!」
飛び出しながらそういってみたが、スタールは苦虫をかみつぶしたような表情をしている。気持ちはわかるけどね。俺は皆のスキルを知っているが、皆は俺のスキルを知らない。その上、俺は「鑑定屋」も「組織暴力」も、皆に秘密にしていた。はたから見たら、単体攻撃用の微妙なスキルしかない中途半端なメンバーなのだ。
眷属にはまだ防御ダウンがかかっていない。俺の一撃は、メズ眷属を葬るには至らなかったようだ。そのままダニが追撃を行い、メズの眷属が地面に倒れ伏す。
体制を立て直したメズの一撃を、スタールが踏ん張って受け止める。エカテリーナは眷属の一匹を相手にしていた。俺は皆に知られないように、再度「組織暴力」を発動させる。
「『聖光重爆撃』!」
ダニが高く掲げた剣に率いられるように、メズたちの目の前で白い光が弾け、そして、戦いが終わった。
メズの死体から、素材となりそうなものを剥いでいく。少々グロテスクだが、これをやらないことにはギルドに討伐が認められないので仕方がない。丁寧に、メズの耳を削ぎ落した。
エカテリーナとスタールは足側、ダニは他にドロップしたものがないかを探索していた。スタール達の話し声が聞こえてくる。
「あーあ。全体攻撃使いがいりゃなあ。今日だって、もっと楽に戦えたはずなのによ」
「そうかもしれないですけど。でもいないんだし、しょうがないじゃないですか」
「だからさ、今いるやつの中から一人、入れ替えたらいいんじゃねえかって話」
わざわざ聞こえるように言わなくてもいいんじゃないかな。俺だって人並に傷つくんだぜ。
これが、俺が最近感じている、何とも言えない距離感だ。このパーティーの中で、俺だけがスキルを一つしか見せておらず、しかもそれが単体攻撃用。上を目指すために誰かを切れと言われたら、俺なら迷わず俺を選ぶ。
俺は、幼馴染であるダニを英雄にしたいと考えている。ダニはいいやつだ。小さいころ、俺に最初のスキル「素手喧嘩」が発現した際、ダニ自身には何のスキルもなかったが、自分のことのように喜んでくれた。
その後、あいつに「汝、謀殺を犯すなかれ」と「聖光重爆撃」が発現したときは嬉しかったね。あいつこそ、次世代の英雄だと確信できる。俺はそいつを手助けするんだと。
「組織暴力」と「鑑定屋」が発現した後も、ダニに伝えなかったのは、あいつ自身の力で魔物に勝ったという自信をつけてほしかったからだ。
その後、スタールが加わり3人、エカテリーナが加わり4人となった俺たちのパーティ「夜の牙」は、順調にBクラスまで進出。今こうやって、Aクラスへの昇格を狙う位置にまで来ている。
ちなみにギルドの規定で、パーティーメンバーは4人までと決まっている。それ以上の人数でチームを組みたい場合は、志を同じくするメンバーでクランを組むことができる。クランは、ギルド規定の特定危険生物に対するレイドクエストなどの場合、優先的に全員で出撃できる。
「入れ替えるって誰を?」
「誰ってお前……決まってるだろ。ダニはこのパーティのリーダーだ。単体攻撃も全体攻撃も強い。で、エカテリーナは貴重な回復スキルもち。俺はまあ、絶対必要かと言われると微妙だが、防御系のスキルがある。となると、あと一人しか残らねえんじゃねえか?」
「えー……いいんじゃないですか今のままで」
エカテリーナ。なんて優しい。俺を必要だと思ってくれるのかい?
聞こえていないふりをしながら、体内に魔石がないかを調べていく。
「だって入れ替えるのめんどくさいですし」
涙で前が見えねえ。
「俺はSランクになりたくてこのパーティーに入ったんだ。それなのに、あいつがいたら上にいけねえことが見えちまってる。全体攻撃スキル持ちと組んだ方がいいんだ。あいつだって、この先の戦いで命を落とすよりはその方がいいと思う」
なんなのお前。ツンデレなの?
「本人が限界だと思ってないならいいんじゃないですか?私たちで対応できてるんだからいいじゃないですか」
「いつかさ、俺のスキルで守り切れない時が来るかもしれない。お前の回復スキルで間に合わない時が来るかもしれない。あいつの死にざまを見たいか?戦闘じゃクソの役にもたたないやつでも、これまでの思い出ってもんがあるだろ。俺はあいつの死にざまを見たくねえんだよ」
「はあ。そんなもんですかね」
エカテリーナちゃんめっちゃドライじゃね?スタールはもはや涙ぐむ勢いだけど。
聞き耳を立てているのがバレないように、魔石を探し続ける。おっ、この輝きは魔石っぽいぞ。
「ようクリス。ちょっといいか?」
そんな俺に、背後から声をかけたのは、ダニだった。
どうぞよろしくお願いいたします。
別口でこんなんも書いてます。
愛する妹のためにお兄ちゃん踏み躙っちゃうよ人倫
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とりあえず切りのいいところまで書き終わってます。