SLAP02
梅雨明け宣言が出たので、海辺は結構な賑わいだった。
先週あたりから天気は良くて、気の早い連中が遊びに来ていたが、これからが本番ってことで、その前にちょっと片付けとかないといけないことがある。
砂浜にテーブルと椅子が並んで、浜辺が見渡せるカフェ、と言えば聞こえが良いが、まあ、海の家だな。
オレと相方はその中で、店からいちばん遠い、更衣室に近い席に座った。
この間拾ったばかりの相方は、なぜこんな席に、と言いたげにオレを見た。
店の姉ちゃんも暑さにうんざりしたような顔で、注文をとりに来た。
「いらっしゃいませ、あのー、中にも席がありますよ。」
「ありがとう、でも、今日はここが良いんだ」
「すいません、パラソルもまだ届いてなくて、暑いですよ?」
とさらに畳み掛けてきた、仕事熱心ないい娘だね、でも、今日はここが良いんだ。
姉ちゃんは呆れたような顔で
「ご注文は?」
と聞いた。
オレはビールを、相方はアイスコーヒーを頼んで、姉ちゃんは店の方へ消えた、オレンジ色のタンクトップがぽーんと膨らんでいて、ショートパンツから伸びる足もなかなかキレイ、ほんとに良い娘だなー。
ビールは良く冷えていたが、あまりの暑さにジョッキはたちまち汗をかき始めた。
「良いんですか、そんなものを飲んで」
…こいつはなかなかイラつくやつだ。
「なんでわざわざカンカン照りの下で飲むんですか」
ほんとにイラつく、なんで?もう忘れてるのか?
まあ、ここで喧嘩してもしょうがない、オレは気分を変えるために言った。
「とりあえず、乾杯するか」
「何にですか?」
「・・・賞金かな、まあなんでもいいや」
オレたちがジョッキとグラスを当てて、冷たいビールが口の中に入ったまさにその瞬間、水着姿でバッグを持った女が二人、周りを伺いながら更衣室に入って行った、しかしそっちは男子更衣室だ。
「行きましょう」
オレは飲み込みかけたビールを吐き出した。
「行くか、お前は裏に・・・」
奴はちょっとモジモジしながら水着に着替えているところだった。
・・・奴の心境は、そう、今年こそは海でモテ男になるんだ、そのためにダイエットに励んできたし、メガネをやめてコンタクトにしたんだ、あ、コンタクトまだ入れてない・・・てな感じだろうか?
腰にバスタオルを巻いて、下着を脱いだところで、奴はメガネを外してコンタクトレンズのケースを探し始めた、そこに、例の女たちが入ってきた。
奴は目を細めて女たちを凝視した、眼鏡を外したせいでよく見えなかったようだが、たしかに目の前にいるのは女だ。
「ききき君たちこここはだだだ男子更衣室・・・」
「あれえ、間違えちゃったあ」
「ほんとだーでもイイよねー」
「ごめんなさあい」
「ごめんねえ」
女たちはキャアキャア言いながらやつのバッグを掴んで、ついでに腰のバスタオルも引っ張った、それはあっけなく取れてしまったので、奴はあわてて股間を手で隠して座り込んでしまった。
「きゃあー」
「かあいー」
女たちはそのまま出て行った。
女たちは女子更衣室に駆け込むと、奴のバッグから荷物をポイポイ投げ捨て、いちばん底から財布を見つけ出した。
「わあ、こんなに入ってるう」
「あいつお金持ちなんだねえ」
さらにそこから現金を抜き出すと、自分たちのバッグに仕舞い込みまた放り投げた、はい、アウト。
「あれえ、まちがっちゃったあ」
オレはわざとらしく女の口調を真似て女子更衣室に突入した、幸いなことに女たち以外に誰もいない。
「きゃあ!あんた何よ!」
「痴漢!覗き魔!女の敵!」
それを言うなら、お前らは男の敵だろ。
「君たち、自分に賞金かけられてるって知らない?ちょっとした有名人だよ」
「えー!」
「えー!」
ハモるな、そんだけ派手に強盗まがいのことをやってりゃこの界隈じゃ有名になるさ。
「この辺でやめとけば、窃盗だけで済む、大人しくついて来て」
「・・・ヤダ」
「捕まったら死刑でしょ、ヤダ」
「いや、いくらなんでも死刑はない、運がよければ執行猶・・・」
気の強そうなハイレグビキニの方が自分のバッグから、22口径のデリンジャーを出して、オレに向けた、あーあ、そんなの出すなよ。
「どいて、死刑になりたくない、どかないと撃つよ」
「だから死刑にはならないっ」
言い終わらないうちにハイレグビキニはトリガーを引いた、甲高い暴力的な、しかし意外なほど軽い、風船が割れるような音がした。
オレは咄嗟に身をかわしたが、巻き散らかされた奴のパンツに足を取られ、仰向けに派手に転倒した。
女の手でデリンジャーの重いトリガーをガク引きしたところで、弾はまともに当たるわけが無い、案の定、天井の隅に小さな穴を開けた…穴?実弾か?エラダマじゃない?やべえ・・・。
オレは後頭部の鈍い痛みを感じながら、天井の穴を見ていた、そのとき、すぐ横の扉が開き、身体にバスタオルを巻いた別な女が出てきた。
オレがぶっ倒れていたすぐ横はシャワー室だった。
シャワーの音で銃声に気づかなかったのか、女はそのままオレの頭を跨ぐように足を出した、ちょうどバスタオルを下から覗き込むような形になった瞬間、オレたちは目が合った。
信じがたいタイミングで、鼻血が噴出した、これは断じて言うが後頭部を打ったせいだ。
女の叫び声は超音波のようにオレの鼓膜を刺激した、さっきの22LRの発射音より強烈だった。
反射的にオレは立ち上がり、周りを見回した、例の二人組みは外に走り出していた。
「今のは、何も見ていない、いや見えなかった!」
オレは叫び続ける女にそう言って奴らを追いかけた。
女たちはモトクロスバイクにタンデムして海岸線の道路を逃げていた、女の子二人、水着でバイク、かっこいい、絵になるねえ、とちょっと思ったが、今はそれどころじゃない。
…バイクに徒歩では追いつけるわけが無い、オレは堤防で休んでいるライダーに声をかけた。
「緊急事態だ!君のバイクを貸してくれ!」
砂まみれ汗まみれ、おまけに鼻血まで吹いている大男からの大声に驚いたのか、彼はバイクの鍵を差し出した。
GSX-Rか、ありがたい、速いバイクだ、いくら先行しているとは言っても、タンデムのモトクロスに追いつくには充分だ。
いつの間にかやってきた相方がオロオロしていた。
「お前なにやってたんだよ!」
「いや被害者の保護を」
…フリチンの奴を相方がなだめている様子が頭に浮かんで、イライラはピークに達した。
「お前も追っかけろ!」
相方はどこかに行ってしまった、何考えてるんだこいつは。
あっという間に女たちの姿が見えてきた。
「いい加減にしろよ、逃げまわってると余計罪が重なるぞ!」
「きゃあ、追っかけてきた」
「しつこい!しつこい男は嫌われるのよ!」
嫌われて結構だ、運転しているハイレグビキニが、後に乗っている背中が大きく開いているワンピ(こちらもハイレグではある)に拳銃を渡した。
「これであいつを撃って、死刑になりたくないでしょ?」
「だーから、死刑にはならないって!」
「死刑じゃないってゆってるよ?」
「ウソに決まってるでしょ!早く撃って!」
ワンピの方が身体を捻り、こちらを向いて目をつぶりながら撃とうとしたが、トリガーの重さに面食らったのか顔の前に銃を持って来て妙な表情になった。
再びこちらに向けて撃とうとしたが、トリガーを引き切れず、何度かやっているうちに手を滑らせ落としてしまった。
デリンジャーはバウンドしながら俺の横を飛んで行き、後ろを走っていた車のフェンダーを掠めて見えなくなった。
「…ねえ、ちょっと」
「何、早く撃って!」
「…その、テッポーなんだけど」
「どうしたの?早く撃ちなって」
「…落としちゃった」
「何やってるのよ!」
そのままでは逃げ切れないと思ったのか、ビキニは堤防の切れ目から砂浜に逃げ込んだ。
さすがにスポーツバイクで砂浜には入れない、そのうちに堤防の影で女たちは見えなくなった。
オレはとっさにスロープ状になっている堤防をバイクで駆け上がった、はは、これはいい、よく見える。
「逃げられんよ!」
オレは声をかけながら堤防を進んだ、しばらくすると切れ目のスロープを下り、また上った。
「おーい、見えてるよ!」
下り、上がり。
「オレは、ここだ!」
また下り、上がり。
「いい加減に!」
またまた下り、上がり。
「こっちに来いや!」
上ったり下がったりしながら声をかけていたが、それも長く続かないことは判っていた、砂浜はもうすぐ終わり、岩場になる、走りながらターンするにはもう波打ち際まで広くはない、女たちは堤防の切れ目から道路に出てくるしかないのだ。
女たちもそれに気がついたようで、道路の方を見た、そこで、顔を見合わせて、何かほくそ笑んだような気がした。
オレは彼女たちの視線の先を追った。
道路はカーブしていた、そこに見えたのはスロープ状ではなく垂直に切れた堤防だった・・・ヤバイ、降りられない。
女たちはオレがそこで止まると思ったのか、加速して道路に出ようとしていた。
もう飛び降りるしかねえ!オレも加速した!
女たちはオレの方を見ていない、ヤバイ、衝突する!ヤバイ!!
女たちのモトクロッサーが砂浜から道路へジャンプしながら飛び出した瞬間、オレは堤防から飛び降りた、スタントショーのように2台のバイクは空中でクロスした。
オレはモトクロッサーのエンジンの熱を耳元に感じ、咄嗟に頭を傾けた、リアタイヤが髪をを掠めた、直後にGSX-Rの前後輪サスペンションが底付きして嫌な音を立てた。
衝撃で手足がジンジンしたが、何とか転ばずに済んだようだ。
「へへへ」
「あはは」
「ひゃひゃひゃ」
オレと女たちは変な笑いを抑えられなかった。
「やるじゃん」
「あんたもね」
そこにようやく進路を塞ぐように停まっている車が見えた。
「あいつ、やっと来たか」
車を回したのは相方だと思ったが、違った。
黒い服を着た知らない女が運転席に居た。
女たちのモトクロッサーは流石に停まるしかなかった。
黒服の女は無表情にオレたちを見ていた、そこにようやく相方がスクーターでやってきた、遅え。
「はーい、とまってくださーい」
相方はのんびりとご丁寧な感じで女たちに声をかけた、もう停まってるだろ、何だこいつ。
「協力ありがとうございます、助かりました」
オレが声をかけると、黒服の女は僅かに微笑んだような気がした、どこかで見たような気もするが、誰だ?
オレは「お困りごとはおまかせ!」とデカデカと書いた営業案内カードを手渡しながら聞いた。
「なんかご縁があったのかな?君は・・・?」
答えはなかった、車はそのままどこかに行ってしまった。
なんだあれ?報奨金の分け前目当てじゃないのか?
「君たちは結構な額の賞金がかかっているんだぜ」
「えー有名人じゃん」
「かっこいい」
「・・・よしなさい」
彼女たちは未成年だった、相方が知った風に言い出した。
「でも拳銃を持ち出したのは良くなかったね、これで窃盗が強盗になっちゃったよ」
彼女たちは俯いた、遊びのつもりだったようだが、強盗はちょっと質が悪い、それくらいはわかるようだ。
俯いたまま、演技で後悔の涙まで流せるような悪党にはまだ幼い。
これまでのやりとりで、彼女らはアホだが、人をだますようなクチではないことがなんとなく判っていた、バイクの追っかけっこでも感じたが、ただ刺激を求めていたんだろう。
…しょうがねえな、泣く女の子なんて、性に合わねえ。
「えー、拳銃なんて見てねえなー」
相方が馬鹿を見るような目でオレを睨んだ、彼女たちはキョトンとしていたが、おれが知らばっくれてやると言っているのに気がついたのか、うれしそうに跳ねだした。
ぴょんぴょんぶるんぶるんと揺れるバストを見ていたら、オレの判断は間違っていないという気がしてきた。
「更衣室の天井に穴が開いたのはどうするんです?」
「あれは前から穴が開いていたんだよ、雨漏りしてたんだ」
ぴょんぴょんぶるんぶるんしながらうなづく彼女たち、あーやっぱオレ間違ってねえわ。
「悪いことをやっちゃったのはしょうがない、ちゃんと反省して償えばまだ大丈夫」
彼女たちはおとなしく頷いた。
「まだ若いんだし、バイク上手いんだから、レーサーでも目指してみたら?」
ちょっと涙目で頷いたのは、なかなか可愛かった。
「大丈夫、死刑にはなんねーから」
ようやく笑った顔は、うん、間違いなく可愛い。
口裏を合わせたはいいが、拳銃を見つけなければならない。
炎天下相方と二人で道路を捜し歩く羽目になった。
「さっきの車の女、知り合いか?」
「いいえ、そちらで手配したのかと思ってました」
二時後、防波堤横の側溝からハイスタンダードデリンジャーが発見された、子供がおもちゃだと思って引っ張り出していたのでちょっと焦った。
「それ!危ないからおじさんに貸して!」
「…ヤダ、ボクが見つけたんだよ」
…熱中症で死ぬかと思った。
それから報奨金の査定で、カフェのタンクトップの姉ちゃんがオレがビールを頼んだと証言したので、飲酒運転と飲酒による無謀行為ではなかったかと疑われ、減額となってしまった。
おまけにGSX-Rのライダーがリアサスがイカれたと言ってきたので、修理代を払った。
・・・結局、赤字かよ!