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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『流れ星の誕生』編
9/39

6 作戦前夜

 アナンタとアイギス、そしてアラクネの3隻のアイギス級は、惑星レンからやや離れた宙域で、半日遅れで出発した補給艦『ソレイユ』と合流していた。


 各艦とも、推進剤(液体水素)と弾薬の補給を受けることができたが、本格的な対艦戦闘は予想されていなかったため、魚雷の補給はなかった。

 一方で、非稼働機が出た時に備え、グリフィンの予備機が一機搭載されていたのは嬉しい誤算だった。


 グリフィンといえば、アナンタ搭載機二番機のパイロット、ウィリアム・ハースト少尉は、一番機の未帰還が判明すると、自分達が捜索に行くと艦長に直訴して当然断られ、その後は死んだ魚のような目をして塞ぎこんでいた。

 しかし、数時間前、合流ポイントに向かうアラクネから『アナンタクルー2名を回収。連れて帰る』との電文が届くと俄然元気を取り戻し、整備員達に半分煙たがられながらもグリフィンの修理と整備を手伝い、合流したアラクネに二人を迎えに行き、予備機の受け取り作業を行うなど、本来の彼らしい精力的な活動を再開していた。




 駆逐艦アイギス艦橋。


 構造はアナンタと全く同じだが、クルーが違うと雰囲気がかなり変わるものだ。各人が座るコンソールも、綺麗にしてはいるが使い込んでいるのだろう。良い感じにこなれている。


 今後の作戦方針に関する会議を行うため、アイギスを訪れたアナンタ艦長、ハーマン・カツィールは、艦橋内を見回してそう思った。


「動物園のゴリラが新しい檻を見て回ってるみたいだぞ」


 突然後ろからかかった声に振り向くと、アラクネ艦長、アルバート・ライト少佐が艦橋に入ってきたところだった。

 カツィールは身体ごとライトに向き直ると、おもむろに頭を下げた。


「うちのクルーを拾ったくれた件、改めて感謝する」

「よせよ、改まって。こちらは救難信号をキャッチして拾っただけだ。冷静にそこまで辿り着いた搭乗員を褒めてやれよ」


 ちなみに、カツィールとライトは士官学校の同期である。カツィールは操舵手から、ライトは戦闘機乗りから、それぞれ現在の役職に登ってきた。

 二人とも他の同期生より昇進が遅れているが、それぞれ、現場での仕事が楽しくて昇進試験をうけなかったからである。


「あの若いパイロットは良いな」

「シェリング少尉のことか?」

「ああ、撃墜されても目が死んでいない。悔しいと感じてさらに技量を磨こうとしてる。ありゃ伸びるぞ」

「そうか」


 自艦のクルーを褒められるのは嬉しいものだ。思わず頬が緩む。


「二人に話を聞いたが、生還できたのは後席の中尉の冷静な判断のおかげだな」

「確かに」

「アイギス級にはベテラン搭乗員を配置すべきだって前から進言してたんだ。任務の内容も判断すべき事項も通常の戦闘隊より遥かに多いんだ。なのに航空部め、新人パイロットばかりよこしやがる」


 ライトは苛立った様子を隠さずに吐き捨てるように言った。


「仕方があるまい。我々の任務に理解が得られれば状況は変わるさ」

「まあな。しかし、差し当たっては現有パイロットでこの事態を乗り切らなきゃならん。ちと厳しいぞ」

「それも仕方あるまい」


 


「揃ったようね。では始めましょうか」


 アイギス艦長のティン少佐がCICエリアまで寄ってきた。

 彼女はカツィールやライトより歳上で、士官学校の期生も古い。出産・育児休暇がなければ、艦隊司令クラスまで行っていたと言われる才媛だ。

 現階級への昇進も3人の中では一番早く、駆逐艦艦長としての経歴も長い。

 先任艦長として艦隊を指揮する彼女は、この非常事態においても冷静さを失うことなく自信に満ちた――ように見える――態度で振舞っており、その肚の座った指揮官っぷりはなかなか堂に入ったものであった。


 そう、現状は、まさに非常事態と呼ぶにふさわしいものだ。

 正規軍レベルの装備を持つ正体不明の勢力が星系内に侵入しているというだけでも十分非常事態であるのに、被撃墜後、漂流しつつ惑星レンの近傍を偵察してきたアナンタ搭載機から、恐るべき情報がもたらされたのだ。


 レンの周回軌道上に、比較的小型のものとはいえ宇宙要塞が建設されていたのである。

 大きさは全長1キロ未満と推定されるが、画像の解析から、要塞内部に収まらない程に巨大な粒子加速機を備えていることが判明している。

 つまり、要塞主砲となる超長射程の粒子ビーム砲を使用できる可能性が高い。

 こちらにとっての救いは、要塞が明らかに未完成と認められることだ。外郭の取り付けが終わっていない箇所も多い。


 確認できた敵戦力は、駆逐艦『ハン』級2隻と、戦闘機『フェイロン』3機。他に大型の輸送船が1隻。

 対するこちらは、駆逐艦3隻に、グリフィン一機を失ったものの補充がなされたため戦闘機6機……。


「応援を呼ぶとして、到着にどれだけかかる?」

「応援の規模にもよるけど、出撃準備の時間も要るし……到着までに10日程度はかかるんじゃないかしら」

「今さらな話だが、あいつら何者なんだ?」

「正規軍なのは間違いないでしょうけど、国籍は不明ね。スーディ共和国製の装備だけど、あそこはかなり輸出もしてるから断定はできないわ」

「敵の目的は?」

「正直わからない。こんな田舎の、しかもあんな辺境に何があるっていうのか……」


 ティン艦長は額に手をあて考え込む素振りを見せた。


「少なくとも、スーディ共和国、またはスーディの兵器を購入している国となると、ニキアス同盟諸国とは折り合いが良くないはずね」


 『ニキアス同盟』とは、アウディアの母星系とでも言うべき星系国家アルビオンが周辺の星系国家に呼び掛けて締結した軍事同盟である。

 進攻・攻撃を受けた際の相互支援を核としており、提唱者であるアルビオンの他、アウディアなど五つの星系国家が加盟している。

 ちなみに、『ニキアス』は地名で、同盟が締結された場所のこと。

 ワープドライブが実用化された現在、宇宙には国境がないとはいえ、周囲をニキアス同盟諸国に囲まれ、背後に恒星の空白地帯を背負うアウディアには、進攻される心当たりなどまったくなかった。


「敵には違いない」


 カツィールの静かな声にティン艦長は頷いた。


「その通り、こちらを攻撃してきたのは明白だし、我が国の領域に不法に侵入したあげく、あんなものを建設している」


 ティン艦長は二人の顔を見回してきっぱり言った。


「攻撃し、排除する。ただ、どのタイミングで始めるかだけが問題ね」

「応援を待つか我々だけで仕掛けるか……」

「この状況で待ちは安全策ではないな。レン軌道上の要塞が機能しだしたら、応援艦隊があの粒子ビームに狙われる」


 要塞が装備する規模の粒子ビーム砲は、長大な粒子加速機を持ち、発射されるビームの速度は亜光速。直撃すれば、大抵の艦の装甲を貫通する。大型艦でも当たりどころが悪ければ一撃で致命的な損傷を受ける恐るべき兵器だ。 

 現在は完成していない可能性が高いが、10日後に完成していない保証はない。


「でも、今撃てない保証もないわね」

「確率の問題だな。急いだ方がましだろう」

「同感だ。それに、アナンタとアイギスが交戦した時、敵にもある程度損害を与えたろ? 敵さんも十分な補給や修理は受けられないんじゃないか?」


 カツィールの意見にライト艦長も同意した。


「私も基本的には同意ね。敵に時間を与えるべきではない」

「決まりだな」


 基本方針は決まった。次はどう攻めるかだ。


「とりあえず、私の案を聞いてくれるかしら」


 ティン艦長が語った案はこうだ。


 3隻密集して現宙域を出発。ある程度加速した時点でアナンタを分離。アイギス、アラクネの2隻は、レンの第1衛星の裏側まで進出。敵の迎撃部隊を牽制する。

 アナンタは2隻と分離後、敵の探知を避けるため、主機関を停止し慣性航行で惑星レンに接近。敵要塞から見て丁度レンの陰になる地点で減速。そのままレンの衛星軌道にのり、敵要塞に奇襲をかける。

 アナンタが敵要塞を破壊した後は、3隻で敵戦力を殲滅する。


「敵要塞の完成度がわからない以上、要塞の破壊が最優先よ。本来戦力を分けるのは愚策だけど、この場合は仕方ないと思う」


 カツィール、ライトとも、暫く黙考していたが、ライトが手を挙げて質問した。


「要塞奇襲をアナンタにさせる理由は?」

「アナンタは先の戦闘で相当の損傷を受けたように見えているはずよ。後方に下がらせてもおかしくないぐらいにね」


 戦場にいなくてもおかしくない訳だ。

 カツィールは未だ黙考していた。

 要塞の粒子ビームが稼働していないなら、3隻での正面からの力押しが最も確実な戦法だ。しかし、撃てないという保証はどこにもない。

 ティン艦長のプランでは、アナンタの行動に気付かれると各個撃破される可能性があるが……それならそれで対応のしようはある。一時退却してアイギス達に合流すれば良いだけだ。

 カツィールの腹は決まった。


「異論はない」

「異議なしだ」


ライトも作戦案に賛成。


「よし! ではこのプランでいくわ。出発は、そうね……4時間後にしましょう。それまでには補給も終わるでしょう」

「了解」

「それでは各艦の武運を!」


 アウディア宇宙軍の反撃は、静かに始まった。




 カツィールがアナンタに戻ると、艦はまだ補給作業の真っ最中であり、艦橋要員も半分ほどしかいなかった。

 アウディア宇宙軍は、深刻な人手不足の影響もあり、艦の建造にあたって徹底した省人力化を目指した。その結果、アイギス級の乗組員は、艦の運用に従事しない航空班や整備班員を含めても27名しかいない。

 そのため、補給などの人手がいる作業の際は、部や科関係なしに手伝わざるを得ないのだ。


 作戦説明のためのブリーフィングは後に行うこととして、カツィールがさしあたり副長に会議の結果を説明していると、珍しく航空班のガービン中尉が艦橋に現れた。


「艦長、ひとつご相談があるのですが……」

「場所を変えるか?」

「いえ、ここで結構です」


 生真面目な中尉は硬い表情を崩さずに話を切り出した。


「実は、航空班の搭乗割を確定しようと思います」


 そんなことか、という気がしないでもなかったが、ひとつ気になったことがあった。


「それは今決めるべきことなのか?」

「実は、ほぼ既に決めていたのですが、この出撃があって皆に知らせるのが遅れていました」


 ならば今知らせれば良い。カツィールは、中尉が何を言おうとしているのか今一つ理解できなかった。


「なるほど、シェリング少尉を君から離すのだね?」


 事情を察したらしいのは副長だった。


「シェリング・クラム組とハースト・ガービン組か。シェリング少尉は、撃墜されたから中尉とのコンビを解消されたと考える。他の班員は、撃墜されたシェリングを嫌ってガービン中尉が逃げたと考える……。そんなところかな」

「その通りです」


 と言いながらも、ガービン中尉の表情に迷いはない。

 ならば答えは決まっている。


「君がそうすべきだと考えるのならば、そうすれば良い。そもそも航空班のことは君に任せている」


 ガービン中尉は少し驚いた様子だ。恐らく、ある程度の説明を求められると思っていたのだろう。


「但し……」

「は?」

「班員の士気を下げないように説明はしておくように」

「了解しました!」


 ガービン中尉は敬礼すると去って行った。


「どう思う?」

 カツィールは言葉少なく副長に尋ねた。


「私もその組のほうが良いと思いますね。あの四人はガービン・シェリング両名がブレーキ、ハースト・クラム両名がアクセルです。アクセルとブレーキのバランスは大事ですよ」

「……君の人物評価はわかりやすいな」

「恐縮です」




 グリフィン予備機の受領と武装の取り付け、パイロットとの適合設定などを終え、アナンタ航空班員は、全員揃って艦内のブリーフィングルームにいた。


 そのブリーフィングルームで、ユウキは先程から何となく落ち着かない気分を味わっている。

 ウィルとエミリアが妙に優しい、というか変に気を遣ってくるのだ。

 まあ気持ちはわからなくもない。でも気味が悪いからやめてほしい。

 ここはズバッと言っておこう。


「ウィル、エミリア、変に気を遣うのはやめてくれ。撃墜されたのは俺のミスだ。お前らのせいじゃないから」

「そうは言うがな、ユウキ。俺達も『お前が下手くそだったんだ』とか開き直れるほど心が強くはないぞ」


 隣でエミリアもこくこくと頷く。


「まあ帰ってこれてなかったら、漂流しながら『ウィルのバカヤロー!』とか叫んでたかもしれないけどな」

「やっぱりそうじゃねえか!」


 先程戻ってきて二人のやり取りを笑って聞いていたガービン中尉だが、不意に真顔に戻ると皆に言った。


「全員ちょっと聞いてくれ」


 何事かと全員の視線が集まる。


「搭乗割のことだ。知っての通り、現体制になってから、前後席搭乗員の組み合わせを確定せずに様子を見ていた。だが今回の件も含めて決定することにした」

「今ですか?」


 ウィルが驚いた様子で尋ねる。声は挙げないがユウキも同じ気持ちだ。


「そうだ。次の出撃を無事に乗り切るためにも今変えておくべきだと思う」

「『変える』ってことは……」


 エミリアの声に応えて、ガービン中尉はきっぱり言った。


「そうだ。ウィル、私の前に乗れ。ユウキはエミリアと組め」


 先日の話である程度予想はしていたことだ。一番機の操縦手、すなわちチームリーダー機の操縦手を外されたという残念さは正直ある。だが、別にグリフィンから降ろされるわけではないし、些細な問題だ。

 ユウキがあっさり自分を納得させたのと対照的に、ウィルは一見してわかるぐらいに動揺して声を挙げた。


「待ってください中尉。今回ユウキが撃墜されたのは……」


 ガービン中尉が手を振ってその先を遮る。


「待て待て。これは前から考えていた搭乗割だ。今回の件も大いに加味しているが、多分君が思っているような理由ではない」

「というと?」

「性格と判断力の問題だ。ウィル、エミリア、君らは前に出ようとする傾向が強すぎる。今回の件もその性格が危機を招いたと言える」

「「………」」


「対して、ユウキは慎重だ。無難な判断に流れる傾向はあるが、概ね堅実と言っていい」


 慎重と臆病は紙一重な気がしないでもないが、堅実と評価してくれたのは光栄だ。


「今回の作戦で、ウィルとエミリアを組ませておくことの危険さが改めて認識できた。ウィルは当面私が面倒を見る」

「了解しました」


 やや元気のないウィルの返事。


「ユウキ。私は君が一番機の操縦士としてふさわしくないなどという理由でこうしたわけではない。むしろ、頼れる僚機が欲しいと考えてのことだ。それを忘れるな」

「了解です」

「それからエミリア。知っての通り、ユウキは射撃がからっきしだ。しっかりフォローしてやれ」

「了解しました」

「話は以上だ。間もなく全体ブリーフィングが始まるな。そろそろ行こうか」

「「「了解!」」」




 全体ブリーフィングは艦橋で行われる。

 アイギス級では、艦橋以外で配置に着く要員は、航空班、整備班を除くと機関科員の2名と厨房担当の1名だけなので、艦橋で行うのが最も無駄が少ないのだ。


 ユウキ達が艦橋に着いた時、ちょうど機関科員の2名とはち合わせた。


「元気出たみたいじゃない、エミリア」


 声をかけてきたのは機関科員のクレア・ノクトン少尉だ。

 機関長のグレビッチ中尉はガービン中尉と談笑している。


「まあね、皆生きて帰ってきてくれて助かったわ」


 若干照れたような顔で答えるエミリア。

 艦橋に入りながら、クレアはユウキにも声をかけてくる。


「あの状況で帰ってくるなんて凄いわね。エミリアなんて、私のせいで二人が……とか言って落ち込みまくっちゃってさ。部屋が暗くなって大変だったわ」

「ちょっと! クレア!」

「いや、ガービン中尉のおかげだよ」


 答えながら、ユウキは二人が同室であったことを思い出した。

 乗組員の少ないアナンタは、居住環境が比較的良く。士官、下士官とも二人で一室が与えられている。ちなみに、艦長と副長は個室だ。

 ユウキは当然のようにウィルと同室である。


「そっちも大変だったろ? 主機関全部止まったって聞いたぞ」


 ユウキの言葉に、クレアはしかめっ面で答える。


「そうよ! 大変だったわ。っていうかあれ設計ミスなんじゃないかしら。炉心の制震が足りないのよ」

「まあ装甲板ごしとはいえ隣で魚雷2発が爆発したんだろ? そりゃ仕方ないんでないの?」


 ウィルの意見にユウキも頷く。

「あの爆発で核融合炉の機能に異常がないだけ大したもんだろ」


 クレアはまだ不満顔だったが、副長ベルタン大尉が立ち上がったのを見て口を閉じた。


「全員揃ったようだな。ではこれから今作戦の説明を始める」


 艦橋天井のモニターに付近の宙域図が表示される。


「アラクネとガービン中尉の偵察によって敵の戦力が判明した……」


 ベルタン大尉が宙域図を使いながら手際よく先の艦長会議の内容を伝達する。


「……以上だ。わが艦の目的は敵要塞を確実に沈黙させることが第一。第二にアイギス、アラクネと協同して敵戦力をを殲滅することとなる。何か質問は?」


 ベルタン大尉は一同を見渡し、質問者を待つ。

 まず、操舵長のペレイラ中尉の手が挙がった。


「本艦が要塞主砲に狙われる可能性が低いのはわかりました。その上で、基地周辺に駆逐艦が張り付いていた場合の対応は?」

「敵駆逐艦が動かない場合、こちらの奇襲成功の可能性は激減する。本艦は一度後退し、アイギスら二艦と合流して仕切り直しとなるな」


 ベルタン大尉は淀みなく答えた。

 次に手を挙げたのは、オペレーターのラミレス少尉だ。


「要塞から見てレンを挟んだポイントで減速噴射ということですが、敵が惑星裏側に観測衛星を配置していた場合、艦の所在と意図がばれると思いますが?」


 ベルタン大尉はこの質問にも淀みなく答えた。


「減速噴射から攻撃開始までは30分程度の時間しかない。敵艦隊の誘引がうまくいっていれば、30分で対応することは不可能だ。また、要塞主砲も、これほど大角度の発射方向変更には相当の時間を要することは間違いない。つまり、万が一探知されても大きな影響はないということだ」


 ベルタン大尉は、さらに一同を見渡し、他の質問を待つ。

 ガービン中尉が挙手した。


「戦闘機隊の任務は?」


 質問は簡潔明瞭だった。確かに、この作戦計画ではアナンタの戦闘機隊に出番はない。


「グリフィン搭載用の魚雷がないため、対要塞攻撃、対艦戦闘とも、戦闘機隊の出番はない。但し、敵は少なくとも3機の戦闘機を保有しており、その動向は予想がつかない。そのため、戦闘機隊は対戦闘機戦装備を搭載して待機。状況を見て投入予定だ」

「了解しました」

「よし、他に質問は?」


 誰も手を挙げない。

 ベルタン大尉は頷くと、「では艦長、お願いします」と言って後ろに下がった。

 カツィールはのそっと艦長席から立ち上がると、短く言った。


「よし、かかろう」

「……では、解散!」


 どんな時でも口数の少ないカツィール艦長であった。




 作戦開始時間となった。アイギス級3隻は船体が擦れるぐらいの密集隊形を組んで、加速開始を待っている。

 補給艦ソレイユはこの場に残留。以後は艦隊の通信支援として、通信衛星の役割を果たす予定だ。

 アナンタ一番機が入手したデータにより、レン軌道上の敵基地の公転周期が分かっており、間もなく基地はレンの陰に入る。


「敵基地、レンの陰に入ります。5、4、3、2、1、0、-1、-2……」

「では、予定通り行きましょうか。……作戦開始!」


 ティン艦長の号令により、3艦は一斉にメインスラスターに点火した。

 推進剤が核融合炉の熱により超高温のプラズマに変換され、さらに電磁的に加速されて、途方もない速度でノズルから飛び出してゆく。

 3隻は密集隊形を維持したまま加速を続ける。観測している敵に艦の数をさとられないためだ。

 このまま暫くの間加速を続け、敵基地がレンの陰から現れる前に煙幕を展開し、分散する。


「煙幕弾発射します」


 アイギス、アラクネからも次々と煙幕弾が発射される。

 艦の周囲を短時間で覆うものではなく、目的のポイントで炸裂、長時間煙幕を展開するタイプである。

 艦隊前方の広い範囲に煙幕が展開され、惑星レンもその衛星も見えなくなった。

 アイギス、アラクネはこのまま煙幕弾をばら蒔きつつ第一衛星の陰に向かう。


 アナンタはここから別行動だ。

 進行方向に対して艦を真横に向け、メインスラスターを使って大きく進路を変更する。煙幕の壁は艦とほぼ同じ速度で前進しているため、前方に向けての加速を止めた今は近寄って来ない。

 進路変更完了。艦を再び進行方向に向け、慣性航行に入る。


「マスカー用意」


 『マスカー』は煙幕の一種で、弱い磁場により艦周辺に煙幕の粒子を滞留させるものだ。但し、煙幕を留めておく力は非常に弱いため、慣性航行中でないと使えない。また、近くで見ると黒い煙の塊に見えるため、惑星を背にしている時などはかえって目立ってしまうという、なかなかに使いどころの難しい装備である。


 アナンタの船体の数ヵ所から煙幕粒子が放出され、磁場により艦周囲を漂う。当然アナンタも外が見えなくなるため、観測用マストを伸長し、煙幕の外に出した。

 主機関の核融合炉も一基を残して停止させ、熱の放出を減らす。後はこのまま慣性航行。予定通り行けば逆噴射ポイントまで20時間というところであった。

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