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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『流れ星の誕生』編
7/39

5 冷たい星々のなかで

 後ろを気にしながらも、ユウキ達はどうにか無事にアナンタにたどり着いた。


 ユウキ達を襲撃した戦闘機隊は、早々に追跡を諦め、煙幕を展開して行方をくらませてしまった。

 助かったというのが正直なところだが、行方がわからないのは不気味である。

 距離が近くなり、指向性のレーザー通信が使用できるようになって以降、アナンタとは緊密に情報交換しており、ユウキ達も大体の状況は把握していた。


 心配していた二番機は、敵の襲撃を受けることなく、アナンタからの帰還指令を受信して帰投しつつあるとのこと。

 左舷待機スポットに機を向け、着艦許可を得る。着艦許可が出た後は自動操縦である。

 突然、通信の呼び出し音。指向性双方向レーザー通信の接続許可。二番機からだ。


「繋ぎます」


とガービン中尉にことわってから、接続した。


「中尉、襲撃を受けたと聞きましたが、ご無事ですか?」


 いつも通りのウィリアム・ハースト少尉の声。生命の危機を乗り越えた後だからだろうか、妙にほっとする。


「大丈夫だ、少々タマを食らったが、グリフィンは思ったよりも頑丈らしい」

「了解です。帰ったら武勇伝を聞かせてください」


 そう言ってウィルは笑った後、今度はユウキに声をかけてきた。


「ユウキ、とりあえずおめでとう」

「?……何がだ?」

「お前は今回、アウディア宇宙軍で最初に実戦をくぐり抜けた軍人として名を残したわけだ」

「大袈裟な。対海賊戦を経験した軍人ならいっぱいいるだろうに」

「少なくとも、戦闘機同士の実戦をやったのはお前が初めてだよ、多分。いいよな~、歴史に名を残したんだぜ」

「代わってやりたかった気分だよ。ガービン中尉がいてくれなければ最初の一撃であの世行きだった」


 機が甲板に着艦。サブスラスターを畳みながら格納庫へ移動を開始する。


「こちらも間もなく帰還する。またあとでな」


 通信が切れた。

 自動着艦モードを使用しているため、格納庫内に入り、定位置に機体が停まるまでグリフィンが自動で動いてくれる。

 グリフィンが停止すると、装甲宇宙服姿の整備班員がコクピットハッチに近づいてきた。

 インカムを艦内モードに。格納庫内は真空のため、ガービン中尉がヘルメットを着用していることを確認してからハッチを開ける。


「どうだ? どこをやられた?」


 装甲宇宙服の中身は整備班長のスミス中尉だった。


「右サイドスラスターに機銃弾を喰らった。あと機体下面に至近弾だ」


 ガービン中尉が被害状況を説明するなか、ユウキもコクピットから漂いでて――戦闘中は重力発生装置は停止されているため、無重力状態である――スミス中尉とともに右サイドスラスターの損傷痕をチェックする。


「こっちは見たところ大丈夫だ、機能に異常は出てないか?」

「はい、グリフィンの自己診断ではグリーンです。サイドスラスターの反応も問題ありません」


 スミス中尉は、ユウキの答えに頷くと


「装甲板の状態は流体装甲を剥がして見らんとわからんが、この状況ではそんなことをしてる暇はあるまい。このまま行こう」

 と言いつつ、機体の下に潜り込もうとしたところで、何かを思い出したように振り向き、大声で怒鳴った。


「ハンク! 一番機に武装着けるぞ! シャルミナ! 二番機が降りたら推進剤の補給だ! 準備しとけ!」

 そしてそのまま機体の下へ潜り込んで行く。


 インカムで通話してるのだから怒鳴らなくてもいいのに……。とユウキは思うが、このおっかない親父さんに意見を言う度胸はない。


「こっちも一緒だな、見たとこは問題ない。このまま行こう」


 機体の下から這い出して来たスミス中尉は、続いてユウキ達に向かって尋ねた。


「さて、何を積む?」


 答えようとしたところで、インカムから運用士官のレントン曹長の声。


『二番機が着艦する。整備班は受け入れ態勢をとれ』


 スミス中尉は舌打ちすると再びインカムでがなる。

「聞いての通りだ、作業中断! 受け入れ準備!」


 3人しかいない整備班は大忙しだ。

 ロドマン軍曹と思われる装甲宇宙服が棒状のライトを持って命綱を引きながら甲板に向けて浮遊して行く。

 艦尾側を見ると、開きっぱなしになっている格納庫ハッチの向こうで二番機がゆっくり甲板に降りてくるのが見えた。


 その時突然、『敵襲!』の叫び声と耳障りな警報音がインカムから響く。


 一瞬後、床面が激震しユウキ達は宙に跳ね上げられた。ユウキはバランスを崩して回転しつつも、グリフィンのコクピットハッチの縁になんとか捕まる。視界の端では、着艦しようとしていた二番機が、下部アポジモーターを全開にして艦から離れるのが見えた。


 格納庫内の照明が一瞬消え、非常灯に切り替わる。

 一息つく間もなく、今度は横向きに振り回された。

 ユウキはコクピットハッチにしがみつき、なんとか難を逃れたが、格納庫中程を浮遊していたロドマン軍曹が左舷側の壁に叩きつけられた。

 固定していなかった工具類も、左舷側の壁にぶつかった後、開いたままの格納庫から宇宙空間に放り出されて行く。


「格納庫内各員、無事か?」


 ガービン中尉の声に周囲を見渡すと、ユウキのすぐ下、コクピットハッチの支柱に捕まっている中尉を見つけた。


「シェリング、無事です」

「スミス、無事だ」

 グリフィンの脚部にいるのがスミス中尉だろう。


「ロドマン、無事です。装甲服も大丈夫」

 装甲宇宙服を装着していたので壁に激突しても怪我を負わなかったようだ。


「ヴァルマ、大丈夫で~す」

 壁際にあるハンドレールに捕まっている。


「二番機は離れた! ハッチを閉じろ!」

 スミス中尉の声だ。


「了解!」

「パイロット二人はコクピットで待機してろ! こんなに振り回されたら危なくてかなわん。シャルミナ、ブリッジと連絡とって状況を確認しろ!」

「了解!」


 格納庫の灯りはまだ非常灯のままである。アナンタが相当の損害を受けている可能性があった。

 戦闘機乗りとして、母艦の腹のなかで死ぬのだけは避けたいものだ……思いつつ、ユウキは素早くコクピットシートに身体を納めた。




 アナンタ艦橋は混乱の極みにあった。


「CIC! 敵影は確認できたか?」


 さすがに苛立ちを含むカツィール艦長の声に、ベルタン大尉が、冷静さを崩さずに答える。


「駆逐艦クラス1隻。おそらく『ハン』級。方位、ベクトルからして先程の艦とは別の艦です。慣性航行で接近してきたものと思われます」


 報告の間にもガツンと被弾の衝撃。


「艦首下面に被弾! 損害確認中!」

「主砲、艦首ビーム砲は敵を近づけるな! 魚雷も来るぞ、CIC、迎撃は任せる」

「了解」

「艦の損害確認はまだか?」


 ダメージコントロールを担当する2名のクルーは、必死で手と口を動かし、どうにか報告できるだけの情報をまとめることに成功した。


「左舷後方から奇襲を受けました。艦尾左舷側面に130ミリ砲弾を3発被弾。内1発が魚雷の信管に命中した模様です。左舷発射管内で魚雷2発が誘爆」


 アナンタは両舷に4発ずつ、計8発の魚雷を搭載できるが、今回の出撃では2発ずつ、計4発しか搭載していなかった。


「誘爆の衝撃で主機関全4基が緊急停止。現在も復旧していません」

「他の被弾箇所は全て装甲板貫通せず。ただ、魚雷誘爆の影響で14番CIWSが破損。機能を失いました」


 二人の交互の説明である程度状況は理解できた。

 被弾と同時に急旋回し、装甲の厚い艦首を敵艦に向けたため、被害は奇襲時に受けたものだけだ。

 問題は機関である。アナンタは主機関として艦体後部に4基の核融合炉を備えているが、それがすべて停止し、電力の供給ができないのだ。機関が復旧しないまま戦闘を継続していては、キャパシタに蓄えた電力が早々に尽きてしまう。 


「機関長、様子はどうだ?」


 機関室で復旧作業にあたっている機関長のアレクサンドル・グレビッチ中尉をインカムで呼び出した。


「……そうだ! 1号の復旧操作は私がやる。2号の最終チェックを進めてくれ! ……すみません艦長。お待たせしました」


 機関科もてんてこ舞いのようだ。


「復旧状況はどうだ?」

「主機関1号機は現在再始動中、それに伴い一時的にキャパシタ電力が減少します……1号機再始動を確認!」


 サブモニターに映る機関長は顔もあげずに説明する。


「各機関とも、振動が激しかったので安全装置か働き緊急停止しただけです。現在のところ機器に問題ありません。順次復旧予定」

「わかった。復旧を急いでくれ」


 機関はなんとかなりそうだ。

 だが余裕ができたわけではない。なんとか敵艦を排除したいところだが……。


「艦長、魚雷を使いますか?」

 考えを見透かしたように、副長が声をかけてくる。


「残弾2だ。できれば温存したい」

「主砲命中! あっ! 2発命中です」


 拡大表示されている敵艦を見る限り、1発は弾かれたようだが、もう1発は艦首にあるミサイル発射口にでも飛び込んだのだろう。艦首で小規模ながら爆発が確認できた。


「やむを得ませんね、このまま主砲と艦首ビームで押し込みましょう」

「うむ」

「艦長! 格納庫からですが、一番機の武装を対艦、対戦闘機いずれにするか? とのことです」

「ふむ……」


 正直言って、搭載戦闘機のことを忘れていた。

 カツィールは駆逐艦艦長としてそれなりの経験を持っているが、戦闘機を搭載した駆逐艦の指揮などもちろん初めてである。


「二番機はどうした」

「着艦直前に攻撃を受けましたので、一旦離脱。周辺宙域で待機してます」

「装備は?」

「捜索時の装備のままです。固定武装以外は30ミリリニアキャノンのみ」


 グリフィンは、対艦装備の場合魚雷2発を搭載できるが、今回は持ってきていない。対艦装備を選択しても、搭載できるのは対船艇用プラズマビーム程度だ。明らかにパンチ力に欠ける。

 そもそも魚雷があったとして、2発のみ撃ち込んでも迎撃されるだけだ。確実に当てるなら、多数機での同時攻撃を行うか、母艦である駆逐艦のミサイルや魚雷と同時攻撃を行い、相手の迎撃能力を飽和させなければならない。


 通常の駆逐艦が相手なら10発程度も撃ち込めば数発は当たるというのがセオリーであり、アイギス級を設計したアウディア宇宙軍技術部が思い描いた作戦は、グリフィン2機4発の魚雷と、母艦からのミサイル・魚雷を同時着弾させ、敵艦を撃沈するというものだった。

 しかし、戦場で理想的な作戦が実行できることなどまず無い。

 それに、敵艦もさることながら、一番機を襲撃した3機の戦闘機の所在が不明である。


「一番機は対戦闘機装備。指示があるまで待機させろ」

「了解」


 突然、操舵手のペレイラ中尉が声をあげた。


「敵艦、前面に煙幕展開! また逃げるつもりだな、あいつら!」


 モニターを見ると、敵艦とその周辺に黒い点が現れ、ゆっくり広がりつつある。


「主砲は牽制射撃を続けろ。艦首ビームは射撃中止!」


 逃げてくれるなら好都合だ。こちらは機関修復まで動けない。強引に力押しされればジリ貧になるところだった。

 しかし、敵戦力は未知数だ、これで終わるとは思えない。

 カツィールは短く息を吐くと、艦橋を飛び交う乗組員(クルー)の声に、改めて意識を集中した。



 ユウキ達は、武装搭載作業が始まると、格納庫を追い出された。

 スミス中尉曰く、「こいつは俺達の仕事だ。どうせ続いて出るんだろ!パイロット達は今のうちに休んどけー!」とのこと。

 とはいえ、つい先程初陣を乗りきり、続いて出撃しなければならないパイロットが落ち着いて休憩できるはずがない。

 搭乗員待機室(兼ブリーフィングルーム)にて、ユウキは椅子に座ることもせず、檻の中の熊のように歩き回っていた。


「落ち着かないかね」


 席を離れていたガービン中尉が待機室に戻ってきた。手に箱を二つ持っている。


「はい、まったく」

 即答するユウキ。


「さっきの戦闘のことを考えてました。もっと上手くできたことがあったなと……」

「そんなに大きなミスはあったかな?」

「最初の時でも、中尉が回避を指示してくれなければ1発で死んでました」

「うちのグリフィンは二人乗りなんだ、後席の支援もあっての実力だよ」


 言いながら、中尉は持っていた箱の内の1つを差し出す。


「なんです?」

 受け取りながら訊ねる。


「アカシ料理長からの差し入れだよ。戦闘配食というやつだ」

 言いながら中尉は椅子に座り、箱の蓋を開ける。

 綺麗に並べられたサンドイッチが目に入った。


「正直食欲がありませんが……」

「食べておくべきだね。うん、このサンドイッチはうまいな」


 中尉はもぐもぐとサンドイッチを食べている。

 ユウキも椅子に着くと箱を開けた。ハムやレタス、卵が挟まれたオーソドックスなサンドイッチ。一口かじる。普通にうまい。


「ユウキ、君はもう少し自分に自信を持つべきだな」

 サンドイッチを食べながら中尉が言った。


「訓練時から見ているが君の判断は堅実で安心感があるよ。確かに、鍛えるべき点も多いかもしれんが……射撃技量とかね」


 訓練時の成績でも思い出したのか、フッと笑う。


「いずれにしても、後席には仲間が乗っているのを忘れないことだ。複座機は二人で一人前なのだからな」


 出撃前にナーバスになっている自分を気にして声をかけてくれているのだろう。というか、自分はそんなに不安そうに見えたのか?

 こんな調子ではいけない、現に一年後輩にあたるエミリア・クラム少尉も立派に――かどうかはわからないが――任務を果たしているのだから。


 エミリアで思い出したが、アナンタ航空班は、ガービン中尉の意向により、まだ搭乗割りを確定していない。

 通常、複座機の前席・後席のコンビは固定であり、本人達が希望した場合は定期異動でも一緒に動くのだが、『適性と相性を見極める』として、毎回前後席の組み合わせを変えているのだ。

 いつまでこの変則運用を続けるのかと班員の間でも話題になっていたので、これを機に聞いてみることにした。


「そういえば中尉、搭乗割りの案は固まりましたか?」

「まあ大体固まったかな」


 と言いつつ中尉はニヤリとして切り返してきた。


「ユウキ、君もやはり年頃の女性とコンビを組みたいだろう? 信頼関係がそのうち愛に変わって……とか、憧れないかね?」

「いえ、できれば中尉と組みたいです」


 ユウキは即時、キッパリ、返事をした。

 別にエミリアを嫌っている訳ではないが、後席搭乗員としての安心感というか安定感というものがまるで違うのだ。それに、ガービン中尉ならば同性なので気を遣わなくて済む。

 エミリアと組んで24時間を越える長時間ミッションを行った際など、トイレのことで半端なく気まずい思いを味わった。

 さらに言えば、コクピットの中に色恋沙汰を持ち込むなどごめんである。


「エミリアとは相性が悪いかね?」

「いえ、別にそんなことはありません。中尉の方がいいというだけです」


 ユウキの素直な意見にガービン中尉は苦笑しつつ言った


「君の意見は良くわかったよ。そりゃエミリアと比べたら私の方が技量も判断力も上だという自負はあるがね」

「キャリアが違いすぎますからね」

「だがエミリアも育てる必要がある。もちろん君らもな。そのためにはどう乗せるかだが……」

「……」


 ユウキの期待に満ちた視線に気づいた中尉は、笑いながら食べきったサンドイッチの箱に蓋をした。


「まあ近々発表するつもりだったんだが、この作戦が入ったからね。作戦が終わってからのお楽しみだ」




 ところ変わってアナンタ艦橋。


 停止していた主機関は、現在2号基の再起動が完了し、3号基の再起動手順に入っている。

 もともと、4基の機関で相互に電力や熱エネルギーを補完できるシステムとなっているため、アナンタは50%の出力での加速が可能なまでに回復していた。


 前方には敵艦が展開した煙幕があり、その先の様子を観察することができない。

 そのためアナンタは、艦首スラスターを使用して減速し、煙幕の手前約40キロの宙域で停止し、被害の修復と確認を行っているところだ。


 敵艦の位置・状況は不明。

 煙幕のせいもあるが、電波封鎖を行い、赤外線輻射を抑えた状態――推進機(スラスター)を使用しない状態――の軍艦は、素のままでも探知が難しい。

 敵情がわからない上、艦がこのような状態では攻めるに攻められない。さりとて、このまま待ってれば、いつ煙幕の向こうから敵が現れるかわからない。

 アイギスと早めに合流するため一度後退すべきか……。表情には出さないが、カツィールは迷っていた。

 そんな折、


「不明瞭な音声通信を受信! 二番機からです」


 突然、通信士が声をあげた。


「何と言っている?」

「よく聞き取れませんが……戦闘機、交戦中などと聞こえます」

「二番機はどこだ?」

「現在位置不明。位置履歴を確認……20分前に正面煙幕に突入しています!」

「煙幕の向こう側か……」

「この状況では無謀な行動ですね。本艦で支援に向かうのはまだ危険かと思われますが……」


 確かに、50%の出力で敵陣に飛び込むのは無謀であろう。

 カツィールはインカムでガービン中尉を呼び出した。


「こちらガービン」

「中尉、一番機は動けるか?」

「いつでも行けます」

「二番機が煙幕の向こうで敵戦闘機と交戦中らしい。応援行けるか」


 ガービン中尉は一瞬息を飲む雰囲気を見せたが、すぐにキッパリ答えた。


「了解! 一番機は直ちに発進。二番機の救援に向かいます!」

「頼む。こちらはまだしばらく動けない」

「了解です。あのヒヨッコどもをすぐに捕まえて戻って来ます!」


 通信を切る。

 それを待っていたように、通信士から報告が入った。


「二番機からデータ通信が入りました。敵機の画像も入っています。手元のコンソールに転送します」


 艦長席の多機能ディスプレイに映像が表示される。


「先に一番機を襲撃したのと同じ『フェイロン』タイプですね。武装は……大型リニアキャノンに……これはロケット弾かな? 魚雷こそありませんが対艦装備ですね」


 ベルタン大尉が画像を分析する。


「恐らく3機。これは……一番機を襲撃したのと同じ機体ではないですか?装備も変わっていない」

「拠点に戻らずこちらに張り付いている可能性がありますね」


 オペレーターのラミレス少尉も同意する。


「これは……敵の駆逐艦も同じようにこちらをマークしていると考えた方が良さそうですね」


 カツィールも同感である。一度後退してアイギスと合流する。そのためには搭載機を回収しなければならない。

 ガービン中尉に指示を出そうとして思いとどまる。彼は『あのヒヨッコどもを捕まえて戻って来る』と言ったのだ。任せておけば良いだろう。




「一番機! 左舷カタパルトで発進だ。移動開始!」

「了解!」


 音声入力で左舷カタパルトに接続を指示。翼を畳んだグリフィンは自力で後退し始めた。

 旧世紀の航空機と異なり、脚部のホイール部にモーターを内蔵しているため、グリフィンは甲板上で前でも後ろでも、はたまた真横にでも自走できる。


「訓練不足が祟ったな。戦闘機と駆逐艦の連携訓練が出来ていればこうはならなかっただろうが……」


 ガービン中尉が呻くように言った。

 ガービン中尉の言うことは、ユウキにも理解できる。

 もし母艦が航空母艦であればウィル達の行動は正しい。もともと鈍足な母艦が損傷を受けたとなれば、できる限り広範囲な索敵を行い、母艦に危険を及ぼす存在がいないかをまず確かめる必要がある。そして、そうした存在を見つけた場合には積極的に牽制・攻撃を行い、支援機が発進できるまで時間稼ぎを行うべきなのだ。


 しかし、こちらの母艦は快速の駆逐艦である。航空母艦と比べると潜在的な攻撃力ははるかに劣り、出せる支援機も一機しかない。鈍足で敵からの逃走が困難な航空母艦と異なり、大抵の敵を振り切って離脱する加速力を有している。

 二番機は交戦が終了した時点で帰還していれば、アナンタの行動の選択肢はもっと広がったはずだ。


 考えている間にも機は動き、甲板上に出た。折り畳んでいたサブスラスターを展開する。

 今回は対戦闘機戦装備である。サブスラスターの支柱でもある武器搭載翼の下面には口径30ミリの可動式リニアキャノン。翼上面には短距離ミサイルを6発装備している。

 カタパルトセット。甲板の左端が稼働し、グリフィンは左舷45度方向を向いて止まった。


「一番機、射出準備よし!」

「了解! ご武運を!」


 一瞬後、カタパルトが作動しグリフィンを艦の左舷前方に弾き出す。数瞬後、ユウキは機を僅かに回転させ、メインスラスターの後流がアナンタに当たらない位置であることを確認。スロットルレバーを一杯まで押し込んだ。

 グリフィンの力強い加速を感じつつ、前方の黒い壁――にしか見えない煙幕――を目指す。


 二番機からの交戦報告を受信してから10分は経っている。3対1の状況では、10分も敵の攻撃を凌ぐのは至難の業だ。

 もはや一刻の猶予もないと見るべきだろう。


「敵機との相対速度を合わせる必要はない。全開加速で煙幕を突っ切るぞ」


 ガービン中尉も同じ考えのようだ。

 20秒余りの全力加速で、速度は秒速1キロを越える。ユウキ達はそのまま加速しながら煙幕に突入した。

 視界が一瞬暗転するが、すぐに元の星々の世界に戻った。

 二番機を探す。……いた!


「戦闘中の機影を確認! 10時方向仰角30度。距離およそ20キロ」

「よし、進路変更。このままのスピードで戦域を突っ切れ!」

「了解! 行きます!」


 ユウキは進路変更しつつ、二番機を探す。敵味方識別システムが機影を見分け、青色の枠が付いたのですぐにわかった。

 損傷しているらしい。二番機の左サイドスラスターが僅かに上を向いた角度で止まっている。

 敵機は、対艦装備を温存し、固定武装のみで攻撃を行っているようだ。

 確認できたのはそこまでだった。この相対速度ではゆっくり観察する暇などない。


「ユウキ! 多勢に無勢だ、格闘戦では勝ち目がない! 加速を緩めるな! ミサイルをばら蒔きながら戦闘宙域の真ん中を突っ切るぞ!」

「了解!」


 ミサイル管制はガービン中尉の仕事だ。ユウキは進路の調整と回避操作を担当する。

 3機の敵の内一機がこちらに機首を向けた。回避機動開始!。


「ミサイル! 発射開始!」


 まず3発のミサイルが発射された。全弾同時に発射しないのは、デコイなどの妨害対策と回避タイミングをわかりにくくするためだ。

 3発のミサイルが、それぞれ3機の敵機に向かう。これで敵はミサイルに対する回避機動をとらざるを得なくなり、二番機から目が離れるはずだ。

 攻撃開始と同時に、二番機に通信を送る。戦闘中、かつ至近距離の通信である。音声通信で十分だ。


「二番機、支援する! 離脱してアナンタに戻れ!」


 回答が来ることは期待していなかったが、エミリアの声で応答があった。


「助かります! こちらは離脱します」


 3発のミサイルが敵に届く直前、残りの3発のミサイルが発射される。

 先発のミサイルは、それぞれ敵機の近くで近接信管を作動させ炸裂した。が、航宙戦闘機は角度によってはリニアキャノンの弾すら跳ね返す装甲を持った兵器だ。至近弾ではさして効果は望めない。


 次発のミサイルは成形炸薬弾頭。直撃でないと効果はないが、当たれば大ダメージ必至だ。

 至近弾を受けて一瞬パイロットの反応が遅れることを狙っての一手。しかし、敵はデコイを使用しつつミサイルを回避した。

 ユウキも、自機の進路に最も近い敵機を目標に定め、リニアキャノンで攻撃するが、案の定当たらない。

 ユウキ達は3機の戦闘機のほぼ中間を、ミサイルと弾をばら蒔きながら突っ切った形である。


「よし、反転! 再度敵機の間を突っ切ってアナンタに帰投するぞ」

「了解! こちらは回避機動に専念します。リニアキャノンは頼みます」


 反転して突入となれば、先程の奇襲のようには行かない。敵機3機からの攻撃を覚悟しなければならないだろう。

 ユウキは機を反転させる。二番機の姿は既にない。煙幕の向こうまで待避できたようだ。

 ユウキが少し緩めていたスロットルを再び一杯まで押し込もうとした瞬間、凄まじい衝撃がコクピットを襲った。

 何かを考える暇などあるはずもない。何が起こったのかもわからないまま、ユウキの意識は暗転した……。




 一番機を発艦させた後も、アナンタのブリッジクルー達は、煙幕の向こうの様子を知ろうと苦戦していた。


 煙幕は拡散し続けているため密度が薄くなり、時々煙幕の向こうの火線や推進機から吹き出すプラズマの光が見えるようになってきている。

 通信もかなり明瞭に聞こえるようになっており、一番機から二番機への指示もしっかり傍受できた。


 しばらくして、煙幕を突っ切って二番機が姿を見せた。明らかに損傷している。

 その二番機から通信。直接目視できる距離になったため、レーザー通信が使用できる。


「アナンタへ、こちら二番機。敵戦闘機との戦闘により損傷。緊急着艦許可願います」

「了解! 右舷から着艦どうぞ!」

「よし、収用作業急げ。そろそろ仕掛けてくるぞ、警戒怠るな!」


 二番機の収用を完了するまでは動けない。機関は3号機が復旧し、最後の4号基の再始動中だ。

 グリフィン一番機が心配だ。場合によってはアナンタを前進させて支援する必要がある。


「敵影確認! 駆逐艦らしき影! 2時の方向、仰角ほぼゼロ、距離約200」


 声を上げたのは右舷主砲を担当する砲術士のハイデッカー軍曹だ。

 サブモニターに拡大映像。確かに薄れかけた煙幕ごしに駆逐艦らしき横影が見える。さらに、高解像度カメラは、その駆逐艦がアナンタから見て12時方向――一番機がいるはずの方向――に向けて砲撃しているのが見えた。


「二番機収用次第艦首を駆逐艦に向けろ」

「了解!」


 二番機はまだ10キロ余り先。相対速度を合わせるために尾部をこちらに向けて減速中である。収用完了まであと数分はかかりそうだ。


「少なくともあと1隻は敵がいる。見張りを厳にしろ」

「了解」


 ジリジリした時間が過ぎるなか、機関室から朗報が入った。


「お待たせしました、こちら機関室。4号基の復旧完了。主機関全基、正常運転いけます」

「ご苦労。了解だ」

「二番機着艦します!」

「よし」


 カツィールはしばし黙考する。

 ベルタン大尉が声をかけてきた。


「どうします? 戦闘機戦に介入して一番機をさらいますか? それとも敵駆逐艦を牽制しつつ一番機の帰還を待ちますか?」

「ふーむ……」


 カツィールは暫く考えた後答える。


「二番機収用時点で戦闘機戦が続いているなら、戦闘機戦に介入だ」


 続いていないならば……。一番機は失ったと考えるしかないだろう。

 そして、大体において悪い予想は現実になる。


「正面! 敵戦闘機3、煙幕を突破! 接近します」

「二番機着艦完了!」

「対戦闘機戦用意! 二番機の収用、固定を急げ!」


 3機の敵機は散開しつつ襲撃態勢を取る。


「『ダート』用意! 一機につき2発、時間差!」

「レディ!」

「撃て!」


 ミサイル管制はCICの管轄だ。ベルタン大尉の指揮により、艦上面のVLSから近距離用の小型ミサイルが飛び出す。

 ミサイルは圧縮空気で発射筒から放り出された後、目標に向けて加速していく。

 敵機は早々にデコイを使用。冷たい外惑星帯に明るい閃光の華がいくつも咲いた。

 主砲も対戦闘機用の散弾を装填し、対空射撃中だ。


 敵機は三方に別れたまま、攻撃せずにアナンタの後方に回り込む動きを見せている。しかし、敵の駆逐艦が艦首をこちらに向けたため、アナンタは艦首を駆逐艦に向けたまま回頭できない。

 両舷のCIWSが弾幕を張るなか、敵戦闘機隊は艦の後方で反転すると、攻撃態勢に入った。CIWSのリニアキャノンも数発命中しているが、効果がない。

 と、突然敵戦闘機隊の鼻先を太いビームの帯がかすめた。


「アイギスです! アイギスが来てくれました!」

 オペレーターが叫ぶ。


 右後方からアイギスが推進炎を煌めかせながら戦域に突入してきた。

 突然、アイギスは加速を止め、艦首を下げると前転するようにグルリと180度回頭し、艦尾から盛大にプラズマを吹き出して減速を開始。同時に、艦上面のVLSから立て続けにミサイルを発射する。


 内一発が敵機の直近で炸裂、機体を大きく撥ね飛ばした。

 さらに、アイギスは減速噴射を行いつつ2機のグリフィンを射出。

 形勢は一気に逆転した。

 敵戦闘機隊は惑星レンの方向に向かって一斉に退却していく。

 敵駆逐艦もこちらに艦尾を向け、惑星レンに向かっているように見える。


「アイギスから音声・画像通信!」

「繋げ」

「了解、艦長席に接続!」


 艦長席コンソールの多機能ディスプレイにティン艦長の顔が映る。


「救援、感謝します」

「かなり引っ掻き回されたようね」

「面目ない」

「状況の整理は後。とりあえず、こちらの手が必要なことはあるかしら?」

「敵戦闘機隊と交戦していた搭載機一機が音信不通だ。捜索に力を貸して欲しい」

「撃墜された可能性は?」

「……」


 無言の返答。ティン艦長は察した様子でため息をひとつつくと、きっぱりと決断した。


「……わかったわ。うちの搭載機に捜索させる。最終確認地点の座標とベクトルを教えて」

「感謝します」

「でも、この宙域に長居はできない。速やかに捜索して後退するわ。アラクネとも合流して態勢を立て直しましょう」

「了解」




 ユウキはボンヤリと目を開けた。見慣れたコクピットの多機能ディスプレイだが、これまで見たことがないぐらい真っ赤な表示で埋め尽くされている。

 表示を上から読んでみる。主機関破損復旧不能……。……主機関破損!


 ユウキは急速に覚醒した。『機関が停止した機からは速やかに脱出すること! 機体の形が残っていれば、必ず敵は止めをさしにくるぞ!』・・・搭乗員養成課程で教官から叩き込まれたことだ。脱出しなければ!

 そうだ!ガービン中尉は?


「中尉! ご無事ですか! 中尉!」


 返ってきたのは、場違いなぐらい落ち着いた声だった。


「お早うユウキ。やっと目が覚めたかね」

「中尉! 機体が……脱出を!」

「落ち着きたまえ。ひとつ深呼吸でもしてみるといい」


 おかしい。この状況にしては中尉が落ち着き過ぎている。もしかして負傷したことを隠すためにわざと落ち着いたふりを……。

 ユウキは、座席ベルトを急いで外すと、シートの座面に立って後席の様子を確かめた。

 ガービン中尉はシートをややリクライニングさせ、脚を組んで座っている。


「中尉! どこかお怪我を!?」

「いや、なんともないが」

「本当ですか!? 立ち上がったらシートにべったり血が着いているとかないですか?」

「映画かドラマの見すぎじゃないかね?」


 どうやら本当に大丈夫らしい。


「少し落ち着いたようだから状況を話して良いかな?」


 そう断ってからガービン中尉が説明してくれたのは概ね次のような内容であった。

 敵戦闘機の中を突っ切り、反転・加速しようとした瞬間、砲撃を受けた。恐らく駆逐艦の主砲のものと思われるその砲弾は、一発で左側サブスラスターを武器搭載翼ごともぎ取り、核融合炉を内蔵する後部胴体の装甲を貫通し、炸裂。後部胴体は大破し、融合炉も吹き飛んだ。

 幸いにして、コクピットの生命維持装置は無事なので、キャパシタに貯めた電気がある内は生存できる。


 機を捨てなかったのは、あの後敵機が早々にアナンタの方に飛び去り、とどめをさしにくる気配がなかったことと、外見上機体の破損が大きく、生きているようには見えないだろうという理由であった。


「状況はある程度わかりましたが……」


 コンソールの表示を見直す。


「救難信号を出していないのですね」

「おいおい、ここで救難信号を出しても拾ってくれる人がいるとは思えんね。救難の代わりにビームか弾を貰えそうだ」

「それは……そうですが、このままでは自分達は救助されずにミイラになってしまいますよ」


 ここは外惑星帯。船が通りかかることはまずない。


「そうだね。それに関してはこれを見てくれ」


 中尉が何かコンソールを操作すると、前席のコンソールに航路図のようなものが表れた。


「図の破線が本機の予定コースだね」


 破線は惑星レンを掠めるようにフライバイしてベクトルを変えた後、星系の『外』方面から来た実線と交わっている。


「この実線はなんです?」

「再出撃の前にデータを貰ったものだ。アラクネの予定航路だよ。星系外縁方面から戻ってきてるところだ」


 なるほど、アラクネの航路近くで救難信号を発信すれば、味方に拾って貰える。しかし……


「レンでのフライバイですが、進路の微調整が必要です。どのようにして調整するのですか?」

「右のサブスラスターが生きている。高温で噴射したら一発でばれるから、低加速の電磁推進だけしか使わないけどね」

「なるほど」

「実は、君が寝ている内に航路計算も、プログラムも済んでいるんだよ」 

「……スミマセン」

「あと、ユウキ、パッシブセンサーで使えるものを確認しておいてくれ。この航路ならレンの裏側が見えそうだからな」


 航宙戦闘機はもともと優れたステルス性を持っている。さらに機関が破損して熱もほとんど出ない。その上、この損傷なら万が一見つかってもただの残骸として見逃してくれる可能性が高い。

 つまり、現在の一番機はなかなか隠密性の高い偵察機になり得るということだ。


「さて、準備が終わったら退屈しのぎに君の身の上話でも聞かせてもらおうかな。何せ時間はたっぷりあるからね」


 計算では、アラクネ航路に交差するのは26時間後だ。


「大して面白い話にはなりませんよ」

「別に笑えなくても構わんさ。君の性格や行動を知るのに役に立ちそうだからね……」

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