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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『流れ星の誕生』編
6/39

4 初陣

 外惑星帯というところは冷たくて寂しいところだと思っていたが……。


 ユウキはグリフィンのコクピットでひとりごちた。

 コクピット壁面はほぼ全周囲がモニター。感覚としてはシートに座って宇宙空間に浮いている感じだ。

 恒星アウディアの光が届かない分、遠くの星々の煌めきが一層映える。青く美しい氷の惑星レンもまだ小さくではあるが見えており、暖かさこそ感じないが、寂しいところではない。


 ピピッという電子音で我に帰る。


「ユウキ、2時から3時の方向、俯角18、距離475キロにレーダーコンタクト」


 後席からガービン中尉の声。


「赤外線、電波発信を確認中。小石だと思うが目視で確認してくれ」

「了解」


 現在、グリフィンに装備した偵察モジュールのレーダーをアクティブモードで使用しており、その探知距離に入った物体を一つ一つ確認している。

 ユウキは、モニター上にマーカーで示されたアンノウンを拡大表示。高感度・高解像度の光学カメラは500キロ近く離れた物体を鮮明に写し出す。

 そのアンノウンは一見して人工物では無いと認められる物体だった。


「目視確認。見たところ小石ですね」

「赤外線・電波観測でも特異事項無しだ。こいつも外れだな」


 溜め息が自然と漏れる。


「砂浜で制服のボタンを探すようなものですね」

「同感だが……」


 ガービン中尉の声には何か面白がるような様子がある。


「砂浜を実際に見たことがあるのかね?」


 そう、惑星シュライクへの移住が始まるまで、アウディア人は宇宙空間や衛星などに作られた人工環境の中で生活していた。そして、軍人はシュライクへ移住できない職種の筆頭だ。

 実際、海や砂浜を見たことが無い者は多いだろう。

 だがユウキは違った。


「ええ、士官学校の研修でシュライクに降りたんです。『自分達が守るべきものを見ておくのも大事だ』とかで。その時に砂浜も見ました」

「ほう! それは実に羨ましい研修だな。私達の頃にはなかったよ」

「凄かったですよ。重力の感じからして違うし、空も広くて海も綺麗で! 水平線なんて始めて見ました」

「そうか、それは是非味わってみたいな」

「中尉はまだ降りたことがないんですか?」


 シュライクへは軌道エレベーターで降りることが可能なので、その気になれば2泊3日ぐらいの予定で行ってこれる。


「ああ、なかなか機会がなくてね。まあ退役したらシュライクに移住するつもりだがね」


 そう言って軽く笑う。

 確かに、退役軍人にはシュライクの土地が格安で斡旋されており、その制度は今後もずっと継続される予定らしい。

 現在のアウディア人口1000万人足らずに対して、地球とほぼ同サイズのシュライクは広すぎるのだ。なにせ、その面積に70億人が住めることをかつての地球は証明している。


「移住まで待たずに一度旅行に行くことをお勧めしますよ」

「そうだな、長期休暇がとれたら妻と行ってくるのも悪くないな」

「あれ? 子供さんは連れていかないのですか?」


 ガービン中尉には子供が二人おり、13歳の息子と10歳の娘だと聞いている。


「迷うところだな。1度見せてしまったらすぐに移住したいとか言い出しかねん」

「それを言ったら奥さんだって一緒ですよ」 

「ハハ……、確かにな」


 コクピット内に再び電子音が響き、二人は同じ手順で確認を行う。今度も外れ。


「やれやれ、他もうまくいっているんですかね?」

「異状があるとの連絡はないよ。それに、まだ始まったばかりだぞ」

「これをあと4日ですか……」

「早く見つければ早く終わるさ。さあ! 集中集中!」

「了解!」



 アイギス級3隻からなる捜索部隊は、外惑星帯まで移動する間に、探査機の航路や、消息を絶つ直前の状況などを分析した。

 その結果、探査機は、惑星レンの周回軌道に乗ることを企図した減速行程の最終段階にあったことを確認した。

 また、前段の発光現象については、惑星レンの近傍だけでなく、より外側のエリアでも観測されていたことを確認。

 そうした状況を踏まえ、ティン艦長は艦隊を3つに分け、分散して捜索することを決断した。


 アイギスは探査機の航路を大まかにトレースしつつ、捜索しながらレンに向かうこと。アナンタは惑星レン軌道上に直行し惑星表面および二つの衛星(共に小惑星より僅かに大きい程度)も含めて捜索。アラクネはレンから離れ、より外側の宙域を捜索することとなった。


 探査機にはステルス機能はないため、レーダーを積極的に活用することも決まった。

 もし万が一敵対勢力がいた場合、闇夜でサーチライトを点けて敵地に乗り込むような有り様となるが、レーダー未使用では探知距離が著しく狭まるし、駆逐艦を撃破し得る戦力が潜んでいる可能性は低いと認められたため、やむ無しとされた。


 以上の方針に基づき、アナンタはレンに対して40万キロのポイントで減速を終了し、以降はレンに対しておよそ秒速3キロで接近しつつ、捜索を開始していた。




 何度めかの小石の確認を終え、ユウキは溜め息をつくとコクピットでひとつ伸びをした。

 多機能ディスプレイ(MFD)に表示された航路情報を確認する。アナンタと2機のグリフィンは、アナンタを中心にして横並びの状態で捜索を行っており、ユウキ達一番機が担当するのはその左端だ。

 偵察モジュールを付け、レーダーの探知範囲が広いことから、アナンタとの距離は1500キロも離れている。


 自動操縦で定められたコースをトレースしているため、航路のずれはない。

 捜索開始から3時間余りが経過しており、すでに3万キロ以上を捜索したことになる。

 しかし、アナンタの捜索のメインは氷惑星であるレンの軌道に着いてからが本番だ。捜索はまだ前段もいいところであった。


 再びピピッという電子音。「またか」と探知方向をチェックしようとしたユウキに、後席から突然鋭い声が飛んだ


回避(ブレイク)! 全力! 上へ!」


 思考は全くついていかなかったが、とっさに体が反応した。

 左手の手首を捻ってスロットルレバーを力一杯起こす。ユウキの操作に反応して、機体下部の姿勢制御機(アポジモーター)が作動するとともに、両側のサブスラスターが素早く90度回転してノズルを下に向け、盛大にプラズマを吹き出す。

 機体は蹴りあげられるように上昇した。


 一瞬後にガンッという衝撃がコクピットに響いた。モニター上に自動でサブウィンドウが開く。

 被害情報? 偵察モジュールのレーダーアンテナを喪失?


「続けて来るぞ! 回避運動を続けろ!」

「了解ッ!」


 状況はさっぱりわからないが、回避運動を続けろという命令は理解できた。とにかく手足を動かす。


「右後方下から攻撃を受けている。偵察モジュールをパージ。FCS起動」


 ユウキが状況を理解できない内に、ガービン中尉の手によって機体が戦闘モードに切り替わって行く。

 ユウキはさしあたり攻撃が来る方向に機首を向けた。偵察モジュールを切り離したグリフィンは機敏に操作に応えてくれる。


「アナンタへ、こちら一番機! 正体不明機の攻撃を受けている! 繰り返す! 本機は攻撃を受けている!」


 後席ではガービン中尉がアナンタへの通信を試みている。

 その間もグリフィンの周囲に火線がはしる。おそらく対船艇用の大口径キャノン。当たればただでは済まない。


「ミサイルだ! 左上方! 4発!」


 次はミサイル!?


「デコイを使います!」

「よし、タイミングは指示する!」


 砲弾が立て続けに飛来する中、ミサイルに対する回避機動に集中する余裕はない。ユウキは早々に(デコイ)の使用を決断した。

 回避機動に専念。偵察モジュールを切り離したグリフィンの武装は機首に装備された小口径のプラズマビームガンだけだ。至近距離で当てればそれなりの効果を見込めるが、有効射程が短くこの状況では当てにならない。

 機体に衝撃、被害情報モニターが出現するが見る余裕がない。


「右からも一機! 被弾したが被害はない!」


 ガービン中尉の声だ。こんな時に複座機はありがたい。

 敵は少なくとも3機はいる。戦闘機クラスのようだ。


「デコイ用意……今だ!」


 一息入れる暇もなく、ガービン中尉の声でデコイ射出操作。

 グリフィンの機体の数ヶ所から、デコイが射出される。一瞬後、周囲に閃光の華が開いた。

 複数の誘導方式を併用するミサイルが増加したことに伴い装備された複合デコイディスペンサーだ。レーダー誘導に対するチャフ、赤外線誘導に対するフレア、画像認識誘導に対する閃光弾を同時に散布する現代戦闘機の標準装備である。


 閃光の中でも回避機動を続ける。デコイの効果で、4発のミサイルの内3発は目標を見失ったが、残る1発が食いついて来た。

 ユウキは操縦桿を右手前に引き付けつつ、スロットルレバーを僅かに立てて前方に押し込んだ。機体はバレルロールのような機動に入る。


 空間戦闘用のミサイルは、空力による進路変更ができないため、追尾能力は大気圏内用ミサイルに劣る。しかし、それでもそう簡単に振り切れるものではない。

 敵ミサイルは、直撃こそしなかったが、グリフィンの腹の下10メートル付近まで近づき、近接信管を作動させて炸裂した。

 機体が跳ね上がる。思わす被害情報モニターに目を走らせるが、特段被害は出ていない。


 頑丈だなコイツ! ユウキは、グリフィンの見かけによらないタフさに感嘆した。


「敵機は戦闘機3。この装備では対応できん。アナンタまで撤退するぞ!」

「了解」


 ユウキはアナンタの方向――おあつらえむきに敵機もいない――に機首を向けると、スロットルを全力加速の位置まで押し込む。回避機動により忙しく回転していたサブスラスターがノズルを真後ろに向け、胴体後部のメインスラスターと共に盛大にプラズマを吹き出した。


 今のグリフィンは追加装備を何も装備していないクリーンな状態である。最大の加速力を発揮できる。

 5Gに達する加速が体をシートに沈ませる。

 その間も機体周辺に火線がはしるが、直撃はない。

 敵機との距離は開きつつあった。


「油断せずに回避機動を続けろ」

「了解! やつら一体何者です!?」

「わからんが、装備はずいぶん充実している。海賊などではあり得んな」

「二番機は大丈夫でしょうか?」


 その質問を口に出してすぐ、ユウキは後悔した。ガービン中尉にもわかるはずがない。不安を煽るだけの質問だ。

 だが、冷静さを失わない後席搭乗員は、静かな口調のままさらに悪い情報を告げた。


「アナンタとの連絡が途絶している。おそらくジャミングだ。こいつらは多分正規軍レベルだぞ」


 ガービン中尉の言葉を裏付けるように、進行方向に複数の火線と火球が見えた。

 アナンタも攻撃を受けている……。

 今、ユウキにできることはスロットルを必要以上の力で押し込むだけだった。




 数分前。アナンタ艦橋。


 駆逐艦アナンタは、搭載機2機を発進させた後、計画通り秒速3キロでレンに接近しつつ、捜索を行っていた。

 レーダー、赤外線センサーによる捜索と並行して、搭載している高感度・高精細カメラを活用して惑星レン地表の観測も行っている。


 主操舵手のリンダ・ペレイラ中尉は、ぼんやりとモニターに映る星々を眺めていた。

 艦は自動操縦で航行中のため、有り体に言って彼女は暇であった。


 艦橋は、玉子を長径で二つに割り、それを伏せたような形をしているが、最前部のみ殻が下方まで続いている。操舵席は艦橋の一番前、床が飛び込み台のように突き出したところにあり、ペレイラ中尉が席に着けば、前方上下左右180度で視界を遮るものは、操舵席のコンソールと操舵輪、それに隣に座る副操縦士のルーカス少尉だけである。

 つまり、艦橋で最も見晴らしが良い。

 目視で捜索できる距離と範囲などたかが知れているが、彼女は気休め程度の気持ちで前方を監視していた。


 艦橋の大モニターに映るのは、満天の星々。そして正面に見える鮮やかな青い星レン。

 宇宙船のモニターシステムは、相対的に近づいてくるものを大きく表示する機能がついているため、その青い星はやや大きく見える。

 左隣に座る副操縦士のルーカス少尉の首がコクっと落ちたのに気づき、少尉の右わき腹にパンチを入れる。


「気が抜けてる。しっかり見張りしなさい」


 ルーカス少尉は痛みに悶絶しつつもコクコクと頷いた。


「しかし中尉、今回はレーダーや赤外線センサーが有効なんですから、目視での見張りなんてあんまり意味ないですよ」


 確かにそうではある。相手がステルス機能を持った戦闘艦艇でもない限り、レーダーの探知距離に入った瞬間探知できる。アナンタのレーダー探知距離は、広域走査モードでおよそ900キロほどもあるので、レーダーに先んじて対象を目視で発見できる可能性はほとんどない。


「物を探そうとしても見えるはずないだろ。星を見るんだよ。士官学校で習わなかったか?」

「習いましたけど……。星の瞬きを見るんですよね?」

「そうだよ。瞬いたなと思ったら拡大してチェックする」

「了解~」


 あまり気合が入ったようには見えなかったが、とりあえずルーカス少尉は見張りに戻った

 ペレイラ中尉も、見張りに戻ったが、ふと視界の端、右下方の方で星が瞬いたような気がした。改めて見てみるが、見える範囲の星々はかわらず光を放っている。

 ルーカス少尉に指導したとおり、その宙域を拡大表示してみる。


指令(コマンド)、拡大表示」


 音声で操舵支援システムに指示を出す。

 サブウィンドウが出現し、ペレイラ中尉が注視しているポイントが拡大表示される。……やはり何も見えない。


「どうした、操舵長」

 気のせいだと忘れようとした時、艦長から声がかかった。


「いえ、一瞬星が瞬いたように見えただけです。気のせいだと思います」

「どのエリアだ? 一度レーダーを絞って調べてみよう」

 今度は副長から。


「気のせいだと思うんですがね」


 ペレイラ中尉は苦笑しつつ方位を告げた。


「了解、レーダービーム絞り混んでスキャンします……終了。特異な反応ありません」


 やはり気のせいだったかと、ペレイラ中尉が再びそのエリアに視線を向ける。……と、今度は明らかに光った!


「発光現象確認! 2時の方向、俯角55度!」


 同時に中央情報センター(CIC)からも緊迫した声があがる。


「高熱源体確認! 先の発光の方位! ミサイルと思われます!」


 艦長の反応は早かった。間髪入れずに怒鳴る。


「全艦戦闘配備! 舳先を向けろ! 迎撃!」


 ペレイラ中尉は操舵輪を押し込みつつ、右のフットペダルを踏み込む。操舵手による割り込み操作(オーバーライド)を受け自動操縦システムが停止。艦が回頭を始めたところでガツンという衝撃。

 ……被弾したか?


「ミサイルによる迎撃は間に合わん! 近接防御火器(CIWS)起動!」

「ミサイル発射ポイントに所属不明船を発見!」

「機関科員、整備班員は機密服を着用しろ!」

「観測用マスト収容中、あと5秒」


 艦橋内では複数の報告や指示が飛び交っており、伝わっているのかどうか定かではなかったが、ペレイラ中尉も構わず大声で報告する。


「現在回頭中、アンノウンに正対します」

「ミサイル接近! 数は12! 魚雷クラスも混ざっています!」

「CIWS! 迎撃! 40ミリは魚雷を狙え!」


 防空を指揮するベルタン大尉の声は落ち着いている。

 アナンタの装甲なら、小型のミサイル程度で致命的な損傷は受けない。恐ろしいのは『魚雷』と呼称される大型対艦ミサイルだ。

 一般的に、熱核反応弾頭の近接信管型と、通常弾頭の装甲貫徹型に別れる。

 どちらも、大型艦艇にすら大ダメージを与え得る強力な兵器であり、駆逐艦にとっては一発轟沈もあり得る恐るべき存在であった。

 ちなみに、熱核反応弾頭の装甲貫徹型はまだ各国とも開発に成功していない。繊細な核融合反応制御機器が、装甲貫通時の衝撃に耐えられないからである。


 アナンタのCIWSは、口径40ミリのリニアキャノンが4基、同じく20ミリのリニアキャノンが10基、それに直近での最終迎撃を行う散弾発射筒(ヘッジホッグ)が多数と、同クラスの他国艦船と比べて充実した数と能力を有している。


 接近するミサイル群は次々と撃墜され、2発混ざっていた魚雷も、それぞれ弾頭の探知装置(シーカー)部にリニアキャノンの弾が直撃して目標を見失い、あさっての方向に飛んで行く。

 最終的に、ヘッジホッグの弾幕をくぐり抜けたミサイル一発のみが艦首右舷に直撃した。


「損傷は?」


 カツィール艦長の低い声。答える声は対照的にうわずっている。


「現在確認中……出ました! 現在までにミサイル一発と130ミリクラスのリニアキャノン3発を被弾! いずれも装甲貫通なし。光学センサーが一つやられましたが、大きな損傷はありません」


 誰かがピュゥッと口笛を吹いた。流体装甲を装備し、耐弾性能に優れるとは聞いていたが、予想以上のタフさである。


「アンノウンの情報は?」


 カツィール艦長の低い声は、ブリッジクルーを落ち着かせる効果があるようだった。今度は冷静な報告が返ってくる。


「艦形照合。スーディ共和国製の駆逐艦『ハン』級と思われます。派生型が多いので断定は出来ませんが、基本タイプでは130ミリリニアキャノン連装2基4門、魚雷4~8発、他にミサイル多数装備」

「回避運動をつづけろ。国籍はわかるか?」

「現時点国籍マークは確認できず。ハン級は輸出先が多いので国籍は断定できません」

「通信士、各艦および搭載機に送信『我所属不明艦から攻撃を受く。対象は駆逐艦一隻』以上だ」

「了解!」


 再びガツンという衝撃。


「右舷バルジに被弾!装甲貫通なし」


 正体は不明ながら、明らかな害意を持って攻撃してきている以上、軍人として当然の対応をとるまでだ。

 カツィール艦長の低いが力強い声が艦橋に響く。


「反撃する。艦首ビーム、主砲用意」


 主砲――3基の130ミリリニアキャノン――の砲手席は艦橋の前寄り、操舵席と艦長席の中間くらいにあり、1基につき一人の砲手が専属で就く。

 艦首同軸プラズマビームの射手は主操舵手だ。

 各人から「準備よし」の回答。


「撃ち方始め」


 3基の主砲が一斉に高速徹甲弾を吐き出した。

 ペレイラ中尉も回避運動を行いつつ艦首を敵に向け、ビームの第一射を放った。……が、大きく的を外す。

 ペレイラ中尉は小さく舌打ちした。これまでの訓練でわかってはいたが、全く使えない武器である。


 この出力のプラズマビームは、本来は重巡航艦以上のクラスが装備する兵装だ。

 当然駆逐艦には大きすぎるため、砲塔形式では装備できず、砲身(加速機)を艦体に埋め込み、無理矢理装備しているのである。

 当然砲身は可動せず、艦首が向いている方向にビームが撃てるだけ。


 これもアウディア宇宙軍の事情、すなわち、少ない艦船で様々な任務に対応しなければならないという事情故に装備されたものだが、そもそも戦闘機動中に駆逐艦が相手艦に対して精密に艦首を向けるなど不可能である。

 ペレイラ中尉も訓練で全く目標に命中させることができなかったため、先輩格にあたるアラクネの操舵手にコツを訊いたことがある。


 彼は、ライト艦長から聞いたというコツを教えてくれた。すなわち『相手に砲口をくっつけて撃てば当たるんじゃないか』……。

 つまりは砲撃戦では役に立たないということらしい。

 『まあ威嚇の効果はあるだろうね』とはアラクネ操舵手の弁である。


「艦長、ミサイルと魚雷の使用許可を」


 ベルタン大尉が許可を求める。駆逐艦にとって主兵装は魚雷である。仕留めるつもりなら使用は必須だ。


「少し待て、状況も敵の意図もわからん」


 カツィール艦長は短く答えた。艦長も仕留めてしまって良いものか判断がつかないのだろう。

 と、モニター上に拡大表示された敵艦の一部に火花が散った。


「主砲が命中、部品か装備の剥離を確認。効果あった模様!」


 続いて、ビームの火線が敵艦を掠める。


「敵艦、後進をかけます!」


 艦首に逆噴射の推進炎が煌めいているのがペレイラ中尉からも見えた。

 奇妙な行動だ。あれでは艦首スラスターから吹き出すプラズマで、前方の索敵能力が激減する。


「敵艦、煙幕を展開しつつあり」


 敵艦周辺の宙域に、数ヵ所真っ黒な点が現れ、それが徐々に広がり始めた。真空用の煙幕弾である。煙――実際には黒色の細かな粒子――が広がる速度が遅いかわりに、拡散しきるまで相当な時間がかかる。地味だが効果的な索敵妨害手段だ。


 つまり、敵は逃げるつもりなのだ。


「加速停止。艦首ビーム、主砲は敵艦が見えなくなるまで攻撃継続」


 おや、艦長は追わないつもりだ。


「追撃はなされませんか?」

 ブリッジクルーの意見を汲み取った副長が確認してくれる。


「状況が掴めん。今追うのは危険だ」


 敵艦は完全に黒い幕の向こうに消えた。煙幕粒子にはレーダー電波や赤外線電波の透過を妨げる効果があるため、幕の向こうの状況はまったくわからない。


「撃ち方やめ!」


 艦長の命令を受け、艦首ビームと主砲が射撃を停止する。


「警戒を怠るな。また仕掛けてくるぞ」

「了解!」

「艦長、搭載機に帰還命令を出しましたが、一番機との通信状況が不良です」


 通信士のマシタ軍曹からの報告だ。


「雑音がひどいです。これはおそらくジャミングと思われます」

 通信班長のグレンジャー少尉が補足する。


「一番機の宙域に複数の赤外線反応あり。あ! 映像記録で複合デコイの使用を確認。あちらも襲撃を受けた可能性が高いです」


 オペレーターからの報告にカツィールは眉をひそめた。


「それで、一番機は確認できるか?」

「こちらに向けて全力で加速しているらしい機が一機あります。おそらくこれが一番機だと思われます」

「わかった。通信士、アイギスとアラクネへの連絡はついたか?」

「大丈夫です。両艦から受信した旨回答来てます」

「よし、両艦への連絡『本宙域に敵勢力あり。至急合流し、態勢を整える必要ありと認む』だ」

「了解!」

「あとは敵艦の情報解析を急げ」

「了解しました!」


 クルー達は、それぞれのコンソールを忙しく操作し始めた。

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