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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『泥だらけの流れ星』編
38/39

22 泥だらけの流れ星

 7月10日、午前9時。

 アナンタは母港ルーデン基地に無事帰港した。

 作業員達を降ろし、任務終了、各自帰宅といきたいところであったが、そうはいかない。

 数が少ないアウディア宇宙軍艦艇は、ドック入りなどの特殊な場合を除き、有事即応体制をとっておくことが求められる。装備や物資を消耗したまま休暇に入ることは許されないのであった。

 とはいえ、今回アナンタ自体は、特に損傷したり大きく損耗するようなことがなかったため、推進剤や食料など消耗品の補給を受けるだけである。

 問題なのは2機のグリフィンだ。

 2機とも、流体装甲にチリや岩盤の破片が混ざり込み、機体色が変わってしまうほど汚れている。さらに、上面装甲は岩盤との接触により損傷している恐れがあった。

 もともとアナンタの整備班は、補給と通常整備、簡単な修理程度への対応しか想定されていないため、ここまで来ると専門の整備部門を頼る他ない。

 ルーデン基地は、司令部機能と艦隊の駐留・補給機能に重点を置いた拠点であり、戦闘機・攻撃機の基地としての機能は持っていない。

 しかし、アイギス級と同じく、艦内での本格的な整備・修理を行えない空母フューリアスの母港でもあるため、専門の艦載機整備部隊が常駐しており、アナンタ隊も修理やオーバーホールの際は都度お世話になっている。

 今回も当然のごとく整備と修理を依頼したわけだが・・・。


 「流体装甲を剥がしてから持ってきてくれだと?向こうでまとめてやってくれんのかい」

 整備部隊の要望を聞いたスミス中尉が、顎を撫でながら不満を口にした。

 「何でも、フューリアスの艦載機も何機か整備に回ってくるらしくて、手が空いてないって話っす。流体装甲に破片やチリが混入してるって話も言ったんすけど・・・」

 整備部隊と直接連絡を取っていたのはロドマン軍曹だ。アウディア宇宙軍最精鋭と目されるフューリアス艦載機と比べられれば、アイギス級の搭載機はどうしても後回しにされてしまう。ロドマン軍曹が頑張ったところでどうにかなる問題ではなかった。

 「仕方ねえ。うちでできることはやってから渡すのが道理だって言われりゃ反論できねえしな」

 「でも~、どうします~。あの流体装甲の状態じゃ絶対フィルターが詰まっちゃいますよ~」

 「外部タンクを用意してフィルターなしでそっちに回収すればいい。どの道あれじゃ再利用は無理だ」

 「了解っす。じゃあとりあえず俺はタンクを確保してきます」

 「じゃあ私は機体の方の準備をしておきますね~」

 整備班の面々は一斉に動き出した。

 「おいシャルミナ!先にジークを甲板に出してくれ。こっちで一番機を真ん中に寄せる」

 「了解です~」

 2機を格納庫に並べたままでは作業スペースが狭い。スミス中尉とシャルミナが、それぞれ整備員権限でグリフィンを遠隔操作し、一番機から作業にとりかかる態勢を整えた。

 「一番機の翼を開くぞ!」

 一番機が折り畳んでいたサブスラスターを展開。シャルミナが、機体内に4か所ある流体装甲タンクのメンテナンスハッチを順次開けていく。

 その頃には、ロドマン軍曹も大量のポリタンクを台車に乗せて戻ってきた。

 「全部いっぺんには無理だからな。一か所ずついくぞ」

 スミス中尉の指揮の下、一番機の流体装甲を順次回収したのだが・・・。

 「なんか、あんまり綺麗にならないっすね」

 ロドマン軍曹の言うとおり、流体装甲を剥がしても機体上面が茶色っぽく汚れたままだ。

 「これ、毛にもかなり砂が付いてますよ~」

 機体表面を撫でていたシャルミナが言う。

 スミス中尉も機体上面に触れてみると、確かにいつもの毛皮めいた柔らかい感触の中に、ジャリジャリとした嫌な感触が混ざっている。

 流体装甲を保持するための羽毛状の繊維に、チリや破片が付着したまま残ってしまったようだ。しかも、回収のために流体装甲を移動させたため、機体上面だけでなく翼や機体下面まで汚れの粒子が広がってしまっている。

 「どうします?これじゃ新しい流体装甲入れてもすぐフィルター詰まりそうっすよ」

 スミス中尉は、腕組みしたまましばらく沈黙していたが、諦めたように頭を振ると、短く言った。

 「・・・仕方ねえ。洗うか・・・」



 「まったく、アナンタに来てから退屈しねえな。やったことない仕事ばかり回ってくるぜ」

 床についたデッキブラシに体を預けながら、ウィルがぼやいた。

 「新鮮でいいじゃないか。ほら、ウィル!手が止まってるぞ!」

 ユウキは、コクピットハッチの上に立ち、デッキブラシでジークを磨いている。

 「でもこれ、床用の洗剤で洗って本当に大丈夫なのかしら?」

 液体洗剤のボトルを持ち、ユウキの前に遠慮がちに洗剤を撒きながらエミリアが誰にともなく訊ねる。

 「大丈夫ですよ~。艦の水循環システムにも負荷をかけない中性洗剤ですからね~」

 「いや、そうじゃなくて。グリフィンの『毛皮』の方が大丈夫かって話よ」

 「それも問題ないっすよ。整備マニュアルでも汚れたら中性洗剤で洗えって書いてるっすからね」

 「そんな家具みたいな感じでいいんだ・・・」

 そもそも航宙戦闘機を水洗いするということ自体に若干の違和感を覚えないでもない。

 「う~し!左翼オーケーだ。水を頼む!」

 「了解っす!」

 ウィルの声に応え、ロドマン軍曹がジークの武器搭載翼にジャバジャバと水をかけ始めた。

 宇宙船にとって真水は貴重だと思われがちだが、現代の宇宙船の多くは船内で水を浄化、循環させられるシステムを備えている。アナンタでは、一応飲料用水のみ専用のタンクを備えているが、洗濯、シャワー、トイレなど、それ以外で使う水は全て水浄化システムを通して循環されているものであり、実質的な使用制限はないに等しい。

 その恩恵もあり、アナンタの格納庫は、大量の水の使用を想定して排水溝などを備えた造りとなっていた。

 もっとも、ユウキは今まで、その構造は格納庫の床を掃除するためのものだと思っており、まさかグリフィンを水洗いする日が来ようとは思ってもいなかったのだが・・・。

 ちなみに、使用している洗剤が床用の物なら、ユウキとウィルが持っているデッキブラシも床清掃用のものである。

 「皆しっかり手を動かせよ。まだ一番機の洗浄も残っているんだからな」

 声をあげたのは作業監督役のガービン中尉だ。

 整備班の面々は、一番機とジークを入れ換え、格納庫内でジークの流体装甲を回収し終えた後、機体を洗浄することにした。しかし、3人で作業するのはさすがに厳しいと判断し、航空班にも応援を頼んだのであった。

 もちろん、ガービン中尉以下航空班の面々は快く応援要請に応じた。当初、デッキブラシを手に持ち、機体を磨こうと張り切っていたガービン中尉であったが、上官にそんなことはさせられないと考えた部下達に道具を奪い取られ、監督役に甘んじている。

 「大体落とせりゃいいんだからな。フィルターが詰まらん程度になってりゃ使ってる内に徐々に綺麗になっていくだろ」

 スミス中尉も同じ理由で監督役だ。せっかちなスミス中尉は、先ほどから手を出したくてウズウズしている様子が丸わかりである。

 「よし、大体オーケーかな。後は水で流しながらブラッシングしよう」

 「了解よ。ロドマン軍曹!こっちにもホースをお願い」

 機体上面は既に泡だらけだ。砂や埃が相当混ざり込んでいるため、泡自体が茶色く汚れていた。

 エミリアが水を流し、ユウキがその水流に合わせてデッキブラシで『毛皮』をブラッシングするようにこすってゆくと、やっとグリフィン本来の色である紺色が見えてきた。

 「いい感じで汚れが落ちてるな・・・うぉっ!」

 「あ、ゴメン、っと・・・」

 ホースの水流がもろにブーツに当たり、咄嗟に避けようとしたユウキが機体の上でバランスを崩した。エミリアがその腕を素早く抱え、支える。

 「すまん、ありがとう」

 「いえ、こっちこそゴメン」

 至近距離で一瞬目が合う。しかしエミリアは、すぐに視線を逸らすとそそくさと体を離した。

 昨日の件を意識しているのだろうか?

 ジークのブラッシングを再開しながら、ユウキは昨日の夕食時の出来事を思い返していた。

 『エミリアが気になる』というユウキの言葉に、エミリアは予想外の動揺を見せた。

 もちろんあの言葉はユウキの本音である。元々、エミリアの性格を好ましく思っていたところに、最近では、エミリアの身体や仕草を見て強く女性を意識してしまっている。素直に言ってしまえば、ユウキの中でエミリアが恋愛対象になりつつあるということである。

 そして、ユウキは異性との交際経験がないだけで、決して朴念仁ではない・・・つもりだ。エミリアの様子から、『脈あり』と認識できる程度の能力は持っていた。

 それにしても、あの気の強いエミリアがうろたえ、動揺する様はとても可愛かった。とにかく可愛かった。あれが世に言う『ツンデレ』の破壊力であろうか?

 「何ニヤニヤしてるのよ。気持ち悪いわね」

 「なんでもないよ」

 顔を引き締め、ブラッシングに集中する。今は『ツン』モードらしい。油断していると容赦のない言葉の矢が飛んで来そうだ。

 機体上面の洗浄を終え、次は胴体左側面の洗浄にかかる。

 両翼とサブスラスターはウィルとシャルミナが受け持ってくれているので、残るユウキ達の担当範囲は胴体両側面と胴体下面だ。下面は汚れが少ないので、ざっと流すだけでも良さそうな感じである。

 機首から始め、機体後部に向けて装甲板を泡だらけにしていく。

 「もう!流れ星エンブレムまで泥だらけじゃない。シャルミナ!これ洗剤で洗ってもエンブレム消えないわよね?」

 「大丈夫ですよ~。国籍マークと同じ種類の塗料使ってますからね~。その程度じゃ消えませんよ~」

 ユウキ自身はいっそ消してしまいたいと思っているのだが、後席の相棒は、思いの外このエンブレムが気に入っているようである。

 まあ、泥だらけになった流れ星というのも、スマートさとか格好よさに無縁の自分にはお似合いかもしれない。

 この部分だけ洗わずにおいて、『泥だらけの流れ星』と名乗るのも・・・

 「何してるの?ユウキ。ちゃんと流れ星のとこも洗ってよ」

 ・・・許されないようだ。

 「いや、汚れた流れ星も味があっていいかなと思ったんだけどね」

 「何言ってるのよ。ちゃんと綺麗にしてあげないとジークが可哀想でしょう」

 それもそうか、とユウキは諦め、流れ星エンブレムを泡だらけにすると、さらに機体後部に向けてデッキブラシを進めた。

 機体最後部まで泡だらけにして、次は水を流しながらブラッシング。左側面も元の紺色を取り戻した。コクピット脇の流れ星エンブレムも元通りである。

 「うん、やっぱりこうじゃないとね」

 綺麗になったジークを見て、エミリアは上機嫌だ。

 ユウキは、元通り綺麗になった流れ星エンブレムを撫でる。

 よくよく考えてみれば、機体にパーソナルマークを描けるのはアイギス級に配属されている間だけだ。多くのパイロットで機体を使い回す基地航空隊に戻れば、自分が乗る機体にこのエンブレムが付くことはない。

 貴重なパーソナルマークだと考えれば、アナンタにいる間ぐらいは流れ星エンブレムを大事にしても良いのかもしれない。

 ユウキは流れ星をポンと叩くと「しばらくよろしく」と呟き、残る右側面の洗浄に向かった。


 その後も機体の洗浄は続き、結局、作業を終えて整備部隊に機体を引き渡せたのは午後になってからであった。機体を受領した整備部隊担当者は、しっとり濡れた2機のグリフィンを見て首をかしげたという・・・。

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