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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『泥だらけの流れ星』編
37/39

21 帰路

 時間は少し遡る。

 アナンタ副長、ルイス・ベルタン大尉は、CICの自分の席で、夕食後のコーヒーを飲んでいた。

 時刻は午後6時30分。1時間半後には後続艦隊による小惑星破壊作戦が実行される予定である。

 小惑星破壊作戦に従事している戦力や、作戦手順についてはアナンタにも知らされている。自分達が見た破片の状況も考え合わせると、破壊に失敗することはまずあり得ないと思われた。

 それに、どの道アナンタの出番はもう終わっている。作戦終了までは念のため小惑星を監視できる宙域に留まる予定だが、実質的な任務は何もない。破壊作戦終了後は、クルーを適宜休養させつつ、ゆっくり母港に戻るだけである。

 艦は自動操艦で航行中のため、艦橋要員も艦長以下半分以上が休憩に入っていた。

 「副長、コーヒーのおかわりはいかがですか?」

 「ありがとう、もらおう」

 声をかけてくれたオペレーターのアルスター曹長に空になったカップを差し出す。オペレーターも現在は機器の監視以外にすることがない。それに、異常があればAIが教えてくれるため、張り付いて監視しておく必要自体がほとんどなかった。

 端的に言えば暇なのだろう。曹長はポットからコーヒーを注ぎながら話しかけてくる。

 「もうすぐ破壊作戦開始ですね。うまくいくでしょうか?」

 「心配かい?」

 「それはそうです。ルーデン基地に妻子を残してますからね。成功してくれないと家族が大ピンチです」

 下士官として採用され、その最上位まで登り詰めたアルスター曹長は32歳。二児の父である。

 「それは私も同じだな。だがまあ心配はいらないだろう。あの陣容で失敗する恐れはまずないさ」

 ベルタンも妻と3人の娘がルーデン基地に住んでいるので、曹長の不安は非常に良く理解できる。自身も、99%大丈夫とは思いつつ、『もしかして』とか『万が一』という考えが時折頭をよぎってしまうのだ。

 「それに、うちも航空班と整備班が頑張ってくれたからね。後続艦隊の負担はかなり軽くなったと思うよ」

 「航空班はフラフラになってたようですね。シェリング少尉とクラム少尉は帰還した後コクピットで寝ていたとか・・・」

 アルスター総長は顔に苦笑を浮かべながら自分の席に戻った。といっても、オペレーター席は副長席のすぐ横である。

 「そうなのか?まあ確かに後半はかなり航空班に無理をさせたからね。というか彼ら、作戦中はほとんど眠っていないんじゃないかな?」

 「たぶんそうです。睡眠時間が十分とれた我々とは負担がまったく違いますね。ちょっと申し訳ないぐらいですよ」

 「それこそ仕方がないさ。だからと言って代われるわけじゃないんだから。代わりに帰路ではゆっくり休んでもらうよ」

 小惑星破片の移動作業の後、航空班と整備班には一切任務を付与していない。機体の整備も基地に帰還後に行う旨伝達しているため、両班の班長からは、帰還途中は班員に休憩を取らせるとの報告を受けている。

 既に作業終了から8時間余り。航空班も整備班も、まとまった睡眠をとり終え、そろそろ腹を空かして起き出してくるころだろう。

 「そうですね。代わりに作戦中に十分休んだ我々が当直に就くわけですからね。一応バランスがとれてるってことでいいんでしょう」

 「まあ当直中に大した仕事があるわけじゃなさそうだが・・・」

 しかし、小惑星破壊作戦の状況をリアルタイムで見れるのはありがたい。成功を確認できれば、家族に及ぶかもしれない危険について不安を感じることもなく帰路につけるだろう。

 現在位置からでも、艦隊の動きは十分観測できる。当直時間は後5時間余りあるが、作戦が開始されれば、退屈とは無縁の時間を過ごせそうであった。



 同時刻。

 エミリアは、眠い目をこすりつつ、夕食のために食堂に来ていた。

 作戦終了後、コクピットでそのまま寝てしまったのだが、3時間程で目を覚まし、一度自室に帰ってシャワーを浴びて寝直した。昼食も食べていなかったので腹が減って先程目を覚まし、最低限の身支度だけ整えて食堂に来たというわけである。

 睡眠時間は十分なはずなのだが、半分はコクピットで座ったまま寝た時間であり、自室への移動のために眠りを中断したこともあって、爽やかとは程遠い目覚めである。

 他のクルーは既に食事を終えたようで、食堂には誰もいない。

 食事を受け取るためにカウンターに行こうとしたところで、後ろから声をかけられた。

 「おはよう、エミリア・・・」

 振り向くと、これまた眠そうな顔をしたユウキである。

 「おはよう。少しは眠れた?・・・っていうか、寝ぐせぐらい直してきなさいよ」

 ユウキの髪の毛は、頭頂部近くの一房が跳ね上がっている。一応顔は洗ってヒゲも剃っているようだが、寝ぐせのせいで寝起きのだらしなさがとても強調されていた。

 ブラシがあれば直してやるのに、と思ったエミリアだが、一瞬後に思い直した。なぜ自分が男の寝ぐせを直してやらなければならないのか。いくら相棒とはいえ、そこまで面倒を見る必要はない。というか、どうして自分は『直してやろう』などと考えたのか。

 「あれ?行かないのか?まだ食べてないんだろ?」

 「食べるわよ!」

 思わず返事がキツくなったエミリアを不思議そうに見ながら、ユウキが先にカウンターに近づいた。エミリアも後に続く。

 食事を受け取り、ユウキと一緒にテーブルに着く。

 いつものように、ユウキが両手を合わせて「いただきます」と言うのを聞いてから、食事を始めた。

 今日の夕食のメニューは、鶏肉の揚げ物とサラダ、卵とベーコンの炒め物にミソ・スープ、それにライスだ。エミリア自身は料理の名前を認識していないが、アカシ料理長の今晩のメニューはいわゆる『唐揚げ定食』である。

 「そういえば、ウィルは?」

 「先に起きてた。もう夕食も済ませたってさ。あいつは俺達みたいにコクピットで寝てたわけじゃないからね。ぐっすり眠れたって言ってたよ」

 今更ながら、コクピットでそのまま寝込んでいたことに恥ずかしさを感じる。冷静に考えれば、こんなことは通常ならあり得ない、前代未聞の出来事ではないかと思えた。

 「もう・・・誰か起こしてくれれば良かったのに。赤っ恥だわ」

 「気を遣ってくれたんだろ。しかし、俺あの時きちんと駐機操作できてたのかな。整備班に迷惑かけたんでなければいいけど」

 「大きな迷惑かけてたら問答無用で叩き起こされるわよ。そこは大丈夫でしょ」

 と言いつつも、エミリアも着艦前後の記憶があいまいだ。もしかしたら、着艦前には眠ってしまっていたのかもしれない。もしそうなら、後席搭乗員として恥ずべき行動である。

 着艦時の自分達がどんな様子であったのかシャルミナあたりに聞いてみたいが、作戦終了後は整備班も休憩に入っており、顔を合わせていない。航空班・整備班のたまり場である搭乗員待機室が作業員達に占拠されていて使えないため、皆休憩中は自室に引っ込んでいるのだろう。

 「ところで、クレアは当直中か?」

 何気ないユウキの質問に、箸を持った手が思わずピクリと動いた。

 先日から、ユウキとクレアが妙に親し気にしている様子を時々見かける。クレアに話しかけられたユウキがだらしなく鼻の下を伸ばしているところも。

 当直中ならどうするつもりなのだろう。もしかして、機関室まで行って二人で仲良く話でもするつもりだとか・・・?まさか当直中に不埒な行いをしようなどと考えて・・・?

 「何だ?どうした?目つきが怖いぞ。何かあったか?」

 いけない。思考が顔から溢れていたようだ。エミリアは、ミソ・スープの椀で口元を隠しつつ、心を落ち着けた。お椀を置いてニコッと笑顔を作る。

 「クレアは当直中よ。で、ユウキはそれを聞いてどうするつもりなのかしら?」

 「いや、ちょっと待ってくれ!どうもしない。世間話程度に聞いただけだ!」

 何故かユウキが慌てている。いや、怯えているのか?いずれにしても、これは怪しい。

 笑顔を崩さずに追及を続ける。

 「この前から何だかクレアのことをいやらしい目で見てるような気がしてたのよね・・・。うちのルームメイトを毒牙にかけようっていうつもりなら見逃せないわね~・・・」

 「待て!誤解だ!そんなこと考えてないし、そもそも毒牙を持ってるのはクレアの方だろ!」

 「あら、自分は被害者だと言うのね。じゃあ下心は全くないのかしら?」

 「いや、そりゃこの前の寝酒の時みたいなこと言われたらちょっとドキッとはするよ。俺だって健全な男なんだから」

 「ユウキは可愛い女性にちょっと脈がありそうなことを言われただけで鼻の下を伸ばすのね?」

 「可愛いってタマか?あれは。鼻の下も伸ばしてないよ。普通に応対してるだろ?」

 「でも気にはなるんだ?」

 「ならないことは無いかも・・・。でもそれを言ったら俺はエミリアの方が気になるよ」

 突然の不意打ちに、頭がついてこれなかった。箸で唐揚げを挟んだまま、動きも表情もフリーズしてしまう。

 二人の間に流れる気まずい沈黙。

 「あの、今なんて・・・?」

 私の方が気になると言ったか?それは女性として?話の流れからすればそうとしか考えられないが・・・。いや、でも、まさか・・・。

 ユウキは、視線をそらしたまま皿を持ってライスをかき込んでいる。質問に答える気はなさそうだ。

 まだ脳が完全に再起動していないエミリアも何も言えない。

 二人はぎこちなく沈黙したまま、黙々と食事を続けた。気の効いた冗談の一つでも言えればと思うのだが、恋愛経験のないエミリアにはそんな余裕があるはずもない。

 そうこうしている内に、ユウキが先に食事を終えた。

 「さて、基地帰還は明日の朝らしいね。特に任務はないし、それまでどうする?」

 お茶が入っていたカップを右手でもてあそびながらユウキが訊ねてきた。

 どうする?どうするって・・・これはまさか何かのお誘い?確かにユウキのことは嫌いではない・・・というかむしろ好ましい人物だとは思っているが・・・何と言うか、まだ心の準備が・・・。

 挙動不審なエミリアに、ユウキが怪訝そうな目を向けてくる。

 「あぅ・・・あの・・・えっと・・・」

 何か喋らないといけないと思うのだが、意味のある言葉が出てこない。

 「まあ搭乗員待機室も使えないしな。自室で寝直すしかないか・・・」

 「そ、そそ、そうね・・・。私もそうするわ」

 どうやらお誘いではなく、本当にただの世間話的な振りだったようだ。エミリアはお茶を一口飲んで少し心を落ち着けると、ライスの最後の一口をミソ・スープで胃に流し込んだ。

 ユウキの不意打ちで一時冷静さを失ってしまったが、当のユウキは完全に平常運転だ。よくよく考えてみたら、ユウキはクレアより自分が『気になる』と言っただけである。恋愛感情を持っているようなことは一切言っていないではないか。自分は何を浮かれていたのだろう。

 「ごちそうさま。待たせてごめんね。戻りましょうか」

 今度はきちんと言葉が出てきた。

 二人一緒に席を立ち、食器を片付ける。

 「明日の到着時間は何時だったっけ?」

 「まだ未定って言ってたじゃない。ユウキは何時に起きるの?」

 「寝坊なんてしたら次は何言われるかわからないからな。6時頃には起きておくよ」

 「そう、じゃ朝御飯の時にここで合流でいいかしら?」

 「そうしよう」

 もう大丈夫だ、普通に会話できる。

 さっきの自分はユウキの言葉を曲解して一時動転しただけ。本当にそれだけだ。

 だが、自分はどんな顔をしていたのだろう。いくらユウキが鈍くても、何か勘づかれたのではないだろうか。

 ユウキと別れ、自室に戻ったエミリアは、先の醜態を思い返してしばらくベッドの上を転がり回るのであった。

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