20 アステロイド・バスター
7月9日、午後7時30分。
アウディア宇宙軍、首都直轄艦隊主力により構成された小惑星破壊部隊は、すでに目標地点に到達。午後8時の作戦開始に向け最終準備を行っていた。
「フューリアス、艦載機を展開中。全機発進完了まであと15分」
「ハウンド、ジャッカル、リカオンの各艦から魚雷発射準備完了との報告あり」
「アイギス、アラクネも艦載機の展開を開始しました」
「輸送艦搭載の攻撃機は全機配置完了」
旗艦である重巡航艦ウォリアーには、準備状況に関する報告が順次入っている。現在のところはトラブルもなく全て順調である。
目標となる小惑星の状況は、先発のアナンタから詳細に報告されており、その情報に基づいて、すでに破壊作戦の細部調整が行われていた。
ウォリアーのCICに陣取るスペンサー少将以下艦隊首脳陣の顔に危機感は見られない。
何せ、アナンタが小惑星の質量の半分以上を占めるであろう金属質の核の排除に成功しており、残っているのは比較的脆い岩石質の地殻部分だけなのだ。
さらに、小惑星の破片群が衛生アカシアの軌道に達するまでたっぷり5日以上の時間がある。その間は相対速度を合わせて攻撃し続けることができるわけで、それだけの時間があれば、万が一にも破片の破壊をしくじることはあり得ない。
「アナンタの退避は完了しているな?」
「はい。すでに安全圏まで退避完了。ルーデン基地に向け航行中です」
スペンサー少将の問いに幕僚の一人がよどみなく答える。
「しかし、アナンタは今回も貧乏クジですな。相変わらず綺麗に任務を完了できない」
「いや、状況不明、装備不十分の状態では良くやった方だろう。それに、前のレン事変の時も別に不手際があったわけではないさ」
「クルーを責めているわけではないですよ。運が悪いと言っているだけです」
幕僚達の会話を聞き流していたスペンサー少将が口を挟む。
「あれは危機管理局の作戦だ。アナンタは支援しただけだよ。支援の成果としては上々だな」
結果として、危機管理局が用意した作業員達は小惑星の針路を変えるというミッションに失敗した。そこからの対応と成果はアナンタのクルーが成し遂げたものだ。
アナンタは厳しい状況の元で高い成果を挙げたと言えるだろう。
「フューリアス、艦載機の展開を完了。回頭を開始します」
魚雷発射後、各艦は小惑星との相対速度を合わせるために一斉に減速噴射を行う予定だが、航空母艦は巡航艦や駆逐艦などと比べると格段に機動性が低い。特に艦首スラスターの出力は弱く、他艦と同様に減速を行うためには180度回頭してメインスラスターを使用せざるを得ないのだった。
なお、同様に機動性が劣る輸送艦と補給艦は既に回頭を完了している。
「全艦、作戦準備完了!いつでもいけます」
「よし、一つ訓示でもするとしよう。全艦および全機に通信回線開いてくれ」
スペンサー少将が席を立つ。
「音声通信つながりました、どうぞ」
少将は一つ頷くと、インカムを装着した。マイクの位置を調整して喋り始める。
「兵士諸君。知っての通り、本任務は国家と国民を守るための極めて重要な任務だ。失敗は許されない」
少将はここで少し間を置き、今度は少し軽い調子で続けた。
「とはいっても、やることは動かない目標に対する射撃訓練と変わらん。時間もたっぷりある。これを機に射撃技能を磨くもよし、溜まったストレスを目標にぶつけるもよし、各自気楽に任務に取り組んでくれ。なお、破片はできる限り小さくすることが望ましい。細かい破片は戦闘機・攻撃機隊の諸君に対応してもらうが、ゴルフボールサイズになるまで砕くつもりで徹底的に破壊せよ。我々が手を抜けば民間人に被害が出ることを忘れるな。それでは、間もなく作戦開始時刻だ。諸君の奮闘に期待する。以上!」
通信カット。スペンサー少将の仕事はほぼこれで終了である。後は各級指揮官の指揮を眺めているだけだ。余程のことが無い限り、作戦途中で口を挟む必要はない。
「間もなく作戦開始時刻。カウントダウン開始します」
別段緊張を要する任務ではないのだが、それでも司令部要員の顔にわずかな緊張が走る。
「10、9、8、7・・・」
初撃は核弾頭魚雷3発による攻撃だ。アウディア宇宙軍設立以降、実験と訓練以外で核弾頭魚雷を使用するのはこれが初めてである。訓練を兼ねて、発射を担当するのは実戦経験のないハウンド級フリゲート3隻。
「3、2、1、作戦開始!」
3隻のフリゲートが同時に魚雷を発射した。発射管を飛び出した魚雷は、光の尾を引きながら重々しく加速してゆく。
「ハウンド、ジャッカル、リカオンから魚雷発射を確認。艦隊は減速に入ります」
小惑星破片群との相対速度を緩めるための減速噴射。各艦のスラスターが一斉に光り輝くプラズマを吐き出す。
目標までの距離はまだ600km近く。ここで相対速度を時速200kmまで下げ、次のビーム攻撃に備えるのだ。
「魚雷。着弾します。5、4、3、弾着・・・今!」
目標周辺が閃光に包まれる。といっても、メインモニター上では光量が自動調整されているため、眩しさを感じることはない。
「3発とも炸裂を確認。熱核反応の電磁波により索敵能力低下」
「さて、どれだけ残っているかな」
「あれならほとんど消し飛んだんじゃないか?」
幕僚達から楽観的な声が上がる。彼らも作戦開始後はさほどすることがないため、ほぼ野次馬状態だ。
「各艦減速を完了。慣性航行に移行します」
次は重巡航艦ウォリアーと駆逐艦、フリゲート艦によるビーム攻撃である。ビーム砲の数はウォリアーが連装3基6門、アイギス級2隻とハウンド級3隻はそれぞれ1門ずつで合計11門だ。
「索敵機能回復します・・・攻撃目標確認!かなりの数が残っています」
しかし、個々の破片はそれなりに小さくなったようだ。100mを超えるような大きなものは数える程しか残っていない。
「よ~し。主砲、でかいのを重点的に狙え。撃ち方~始め!」
ウォリアー艦長の指揮により、プラズマビーム砲塔から一斉にまばゆい光の柱が飛び出した。わずかに遅れて、駆逐艦、フリゲート艦も砲撃を開始する。
目標は等速直線運動を行う岩塊。火器管制装置にとっては止まっている目標と同じである。外す恐れはほとんどないため、各砲塔個別照準による連続射撃だ。
高エネルギーのプラズマの奔流は、薄い岩盤など苦も無く貫通し、切断した。厚みのある塊も、立て続けの着弾によりひび割れ、崩壊してゆく。
特に、100m超えの大きな破片には砲火が集中し、瞬く間に細切れにされていく。しかし、面倒なのはこれからだ。増える一方の破片をさらに砕いていかなければならない。
となると、次は戦闘機・攻撃機隊の出番である。複座の攻撃機を主体とする艦載機群は、艦隊と同じタイミングでの減速を行わず、味方艦隊の砲火を避けて天頂方向の外縁から小惑星に更に接近しつつあった。
攻撃機が搭載する対船艇用プラズマビーム砲の有効射程距離は30km前後。固定武装のビームガンに至ってはせいぜい1.5kmというところである。
近付かないと効果がない代わりに、圧倒的に数が多い。作戦に参加した戦闘機・攻撃機は合計55機。その内、プラズマビーム砲を搭載している機は50機に達する。ビーム砲は各機の両翼に1基ずつ搭載されるため、その数実に100基。
艦載機群は、小惑星破片群に十分接近すると、それぞれ減速噴射を行い、相対速度を完全に合わせ、外縁部から一斉に射撃を開始した。
やはり数の力は圧倒的である。残っていた数十メートルサイズの破片も次々と切断・粉砕され、細かくなったところを艦艇の大型ビームがまとめて消し飛ばしていく。
艦載機隊が射撃を開始して1時間も経つと、めぼしいサイズの破片はもうほとんど残らない状態となっていた。
「ちょっと大袈裟に戦力を集めすぎたか?」
「それは結果論ですよ、あの鉄の塊である核が残っていたらこうも簡単にはいかなかったでしょう」
「まあそうなんだがな。しかし、こうまで早いとさすがに・・・」
幕僚達からは、あまりにも順調に破片の処理が進むので、やや拍子抜けしたという雰囲気が漂っている。
「司令、破片群は既にかなり細かくなっております。予定通りであれば、艦載機隊による仕上げにかかるところですが・・・。いかがでしょう?もう一発核魚雷を打ち込めば大半をガスかチリに変えてしまえると思いますが」
「ふむ・・・」
スペンサー少将は即答を避け、黙考に入った。
悪い考えではないだろう。最悪を想定して準備してきたので、核弾頭魚雷の残数は十分にある。また、シュライクまではまだ十分距離があり、核を使用しても悪影響はほとんどない。艦載機隊でしらみつぶしにするよりはかなり効率が良さそうである。
「よし、作戦を一部変更だ。一旦距離を取り、再度核弾頭魚雷を使用する。艦載機を一旦収容し、破片群から距離をとれ。核弾頭使用後、艦載機には再度哨戒と残った破片の処理に当たらせる」
少将の決断は早かった。もはや作戦の失敗はあり得ない。ならば、少しでも効率良く作業を遂行するのみだ。
「了解しました!」
「各艦および各機に伝達急げ。作戦変更だ」
幕僚達が再び慌ただしく動き出した。スペンサー少将はそれを見つつ、従卒役の下士官に「コーヒーを淹れてくれんか」と頼んだ。
決断するのは司令官の仕事。それを実現するのは各級幹部と現場の兵士の仕事だ。決断し、指揮を終えた以上、少将がする仕事はもうない。後はコーヒーでも飲みつつ見守るだけであった。
3時間後、核弾頭魚雷の炸裂により、破片群の大半はガスとチリに分解された。ごくわずかに残った小さな破片も、一旦帰艦し、一息入れた艦載機隊により適切に『処理』されることとなる。
こうして、アウディア星系始まって以来の『国家の危機』は、一人の犠牲者を出すこともなく終結した。旧世紀であれば人類が滅亡してもおかしくなかった事態も、宇宙軍というものが存在する現代ではこの程度のものであった。




