19 離脱
「規定の針路に達しました」
ピピッという電子音の後に続いたジークの声で、ユウキは我に返った。
一瞬眠りの淵に沈んでしまっていたようだ。
頭を振って眠気を払おうとするが、意識にもやがかかったような感じが消えない。
ともかく、この破片の針路変更は終了だ。ユウキはスロットルレバーを操作し、ジークを破片から離した。
既に作業開始から11時間。途中で一度補給を兼ねて食事休憩をとったが、それ以外はコクピットに座りっぱなしである。
最初の破片で基本的な手順を確認した後は、破片に接触した後の加速をAIによる自動操縦に任せ、目標の選定から接触までの作業のみを手動で行っていた。
肉体的な疲労があるわけではないし、常時忙しく機をコントロールする必要があるわけでもない。だが、だからこそ睡魔が強烈に意識を侵食してゆく。
ユウキは短く息を吐いて気合を入れなおすと、ジークを破片群に向けた。
既に小惑星の核だった球体の針路変更は完了している。
ロケットブースターを衝突させ、爆発させる方法は思いの他効果を発揮し、その作業だけでほぼ針路変更を達成することができた。後は念のため、アナンタのスラスターで軽く一吹きして作業完了。
その後は一番機もアームモジュールを外し、破片の移動作業に加わっているのだが、時間ぎりぎりとなった現在でもメインモニターに映る破片群は減ったようには見えない。
ダンプカー2台で小さな山一つ分の土砂や岩石を運んでいるようなものなので、当然といえば当然の結果なのだが、成果の見えない仕事というのは精神的にキツいものがある。
だがその作業もあとわずかで終了だ。残り時間を考えれば、移動させられる破片はあと1つか2つだけだろう。
「さて、もう一息だ。次はどれにかかる?」
「・・・」
後席からの返事がない。どうやら睡魔に負けてしまったようだ。
この作業中、エミリアは監視と注意喚起、そしてユウキの話相手以外にすることがなかったわけで、睡魔との闘いはユウキ以上に厳しいものがあったのだろう。
気持ちはわからなくもないが、今は任務中だ、このまま寝かしておくわけにもいかない。
「エミリア!エ~ミ~リ~ア!」
「・・・なっ、なに?どうしたの?」
「次のターゲット選定だ。どれにする?」
「あ・・・ごめん。え~と・・・残り時間でいけそうなサイズは・・・」
まだ頭が完全には働いていない様子だが、とりあえず相棒の再起動には成功したようだ。
「残りは1時間を切ったよ。大きいのなら一つで時間切れ、小さいのなら二ついけるかもしれないな」
「そうね・・・。後続のことを考えたら大きい破片を減らしておくほうがいいんでしょう?」
「まあそうなるかな・・・。お、これなんかどうだ?」
ユウキが目を付けたのは全長50メートル程度の岩塊だ。対象を注目し、ターゲットロック。
「いいんじゃない。手頃なサイズだと思うわ。でもちょっと難しい形じゃない?」
その岩塊は幅も厚みも同じくらいある歪な多面体だ。確かに、重心位置がわかりにくく、ジークを無理なく付けれる平面部分も少ない。一方で、少し力を加えただけで割れる恐れはなさそうだった。
「まあなんとかなるさ」
ユウキは、対象の岩塊を上に見ながら周りを一周して形を確認すると、目星をつけた部分にジークを接触させた。
装甲板が岩盤をこする音、というか振動が、ガリガリ・・・ズズズ・・・とコクピット内に響く。
「何度聞いても嫌な感じ。多分ジークの上面装甲板は傷だらけよ。帰ったらきちんと修理してもらわないとね」
「傷もそうだけど、汚れもひどいもんな。流体装甲も全部アウトじゃないか?」
岩塊にゆっくり、長時間接触していたため、小惑星の破片やチリが流体装甲に混ざり込み、ジークの上面はアウディア宇宙軍の正規塗色である紺色ではなく、灰色にも茶色にも見える微妙に汚い色合いになっていた。
補給のため一時帰艦した際、この有様を見たスミス中尉はしばらく絶句した後に言った。
「泥だらけの戦闘機なんざ初めて見たぜ。まったく、アナンタにいると退屈だけはしねえな」
後々の整備や点検の手間を考えれば笑っていられる話ではないが、確かに、基地航空隊勤務ではあり得ない事態ではある。
文字通りの『汚れ仕事』。アイギス級搭載戦闘機の新たな伝説・・・というか笑い話のネタがまた一つ増えるわけだ。
今後、アイギス級乗り組みを希望する戦闘機乗りが一段と減ることは間違いなさそうである。
そうこうしている間に、重心位置や推進方向の微調整も完了し、ジークはオートマチックでの加速を開始した。
ここから針路変更完了まで、二人はすることがない。
黙っていたらまた睡魔との闘いが始まってしまう。効果的な眠気覚ましと言えば、やはり会話である。
「エミリア、眠気覚ましに何か面白い話はないか?」
「はぁ?それ話の振り方としては最低よ。いきなり面白い話なんてできません」
「いや、話してないとなんか眠くなりそうでさ。そうだな~、じゃあ何を質問してみようかな・・・」
「なんでユウキが質問する流れになってるのよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
ダメだ。頭がぼんやりして会話にも集中できない。次の言葉を考えるのも億劫だ。
「ちょっとユウキ。黙ってたら眠くなるでしょ。何か面白い話してよ」
「・・・さっきのセリフをそのまま返すよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
どうやらエミリアも同じ状態らしい。
無理もない。11時間コクピットにいるだけならまだしも、小惑星に到着してからの30時間余りで、とれた睡眠は2時間程度の細切れ睡眠が3回だけだ。
しかも、常時何かの作業をやっているならともかく、何もせずに待つ時間が結構多い。
眠るなという方が無理であった。
仕方がない。こうなれば眠ってしまった時の保険をかけておくしかない。
「ジーク、次の針路変更完了報告は最大音量でやってくれ。あと、二人の内どちらかが反応するまで繰り返すこと」
「了解しました。最大音量で、かつ二人のどちらかが反応するまで報告を繰り返します」
「異常や警報、連絡事項がある場合も同じで頼む」
「了解しました」
ジークとの会話の間も、エミリアは沈黙している。既に眠りの淵に沈んだのか、単に口を挟む必要がないと思っているのかはわからない。
いずれにしても、必要があればジークが起こしてくれるだろう・・・。
7月9日、午前10時。
「時間だな」
カツィール艦長の呟きに、ベルタン大尉とスカリー班長が顔を上げた。
「結構残っちまったな」
「ですが、残っているのは脆い岩石質のものばかりです。破壊は十分可能でしょう」
小惑星の状況は、映像込みで都度後続の艦隊に送信しているため、既に現状を踏まえた破壊作戦が立案されていることだろう。
ちなみに、アウディア標準時間で言う『1日』は24時間45分のため、昨日の午前3時の作業開始から起算すると、本日の午前10時15分でちょうど32時間となる。
後続艦隊の破壊作戦は、現時点では午後8時から開始される予定であるため、まだ時間の猶予は多少あるのだが、これ以上グリフィンによる作業を続けても効果は薄いだろう。
実はアナンタも、小惑星の核の針路変更を完了した後、スラスターで破片を吹き飛ばして移動させようとしてみたのだが、高温・高速のプラズマに耐えられなかった岩塊はすぐに崩壊してしまった。
中途半端に破片を散らばらせると後続艦隊の手間が増えそうだったので、以降は作業を搭載機に任せ、アナンタはずっと静観していただけである。
「それでは、搭載機に帰還命令を出します」
ベルタン大尉の言葉に、カツィールは無言で頷いた。
「すまねえな、艦長さん。結局俺らはほとんど役に立たなかった」
「やむを得まい。状況が悪すぎた」
「そうですね。環境も装備も十分でない状態ではこれが限界でしょう」
通信士への指示を終えた副長が話に加わる。
「せめて出力調整のできるロケットがありゃあもうちょっと何とかなったんだがな。・・・いや、今更こんなことを言っても意味ねえか」
スカリー班長の言葉には隠し切れない悔しさが滲んでいる。アステロイドの運搬・採掘のプロとして、この結果には到底納得がいかないのだろう。
「・・・応答せよ。ジーク、応答してください!。シェリング少尉!聞こえますか?」
「どうした?」
通信士が繰り返しジークを呼ぶ声に、トラブルの気配を感じてカツィールが声を上げた。
「いえ、ジークからの応答が・・・あ、今応答ありました。・・・はい・・・了解、では終了後直ちに帰艦してください」
トラブルという程でもなかったようだ。
「両機に対する連絡完了です。一番機は直ちに帰艦します。ジークは今押している岩塊が間もなく目標針路に達するため、針路変更完了後に帰艦するとのことです」
「うむ」
実は搭乗員が二人とも居眠りをしていて通信に気づかなかっただけなのだが、カツィールを始め艦橋要員は誰一人としてそんな事態を疑っていなかった。
「よし、両機を収容した後離脱するぞ。各員は準備にかかれ」
「了解!」
作戦時間中を通じてさほど仕事がなく、十分な休養をとれている艦橋要員はまだまだ元気であった。
「ジーク収容完了だ。ハッチ閉じるぞ!」
「了解!」
一番機は既に固定を完了しており、疲れ果てた様子のガービン中尉とウィルは、先ほどフラフラと搭乗員待機室に入って行ったところだ。
一方、後段の作業に入ってからまとまった休憩時間をとれた整備班は多少元気を取り戻している。
ジークのハッチが開く。が、いつもならすぐに降りてくるエミリアが動かない。
しかし、既に一番機の固定を終えたロドマン軍曹がフォローに来てくれているので、シャルミナはさして気にも留めずにジークの固定作業を手際良く進めた。
それにしてもずいぶん汚れたものだ。シャルミナは改めてジークの様子を見て思う。
彼女が丹精込めて書き上げた流れ星マークも、チリや埃に埋もれてうっすらとしか見えない。
泥だらけのわんぱく娘の帰宅を見た母親の心境とはこういうものだろうか。汚れを落とす苦労を考えると、ため息がが抑えられないシャルミナであった。
「格納庫の与圧を始めるぞ!」
いつものスミス中尉のだみ声が通信機から響く。
「了解~。ジークの固定も完了しました~」
それにしても、コクピットから二人が降りてこない。
「シェリング少尉~、クラム少尉~、そろそろ降りてきませんか~」
通信で呼びかけてみるが返事がない。さすがにおかしい。
シャルミナは、コクピットに近づくと中を覗き込んでみた。
二人はシートに着いたままぐったりしている。しかし、二人とも宇宙服の生命維持装置のインジケーターには異常は一切表示されていない。
装甲宇宙服のゴツい指でユウキのヘルメットを突っついてみる。ユウキはもぞもぞと動いて姿勢を変えたが、立ち上がる様子はない。寝ているだけのようだ。
「どうした?シャルミナ」
「二人ともコクピットで寝てるみたいなんですよ~。どうします~」
通信機からスミス中尉が苦笑するような息づかいが聞こえてきた。
「いい。寝かしといてやんな。寝ぼけてジークを動かされんようにシステムロックだけかけとけよ」
「了解です~」
任務はこれで終了。あとはゆっくり帰るだけなのだ。グリフィンの整備も洗浄も、もはや格納庫内でできるレベルではない。
「おやすみなさ~い」
シャルミナは整備員権限の遠隔操作でコクピットハッチを閉じると、装甲宇宙服を脱ぐべく駐機場所に向かった。
帰りは整備班もゆっくり眠れるだろう・・・。




