18 押して動かせ!
7月8日、午後11時。
ウィルは一番機を飛行甲板からゆっくり離床させた。
既に、積み上げられているロケットブースターは固定を全て外され、一部はゆっくりと艦から浮き上がりつつある。
作業員のパワーローダーは全て格納庫に退避済み。格納庫では、整備班がジークに取り付けられた物資搬送モジュールの取り外し作業を行っているはずだ。
「さぁて。始めますか」
飛行甲板からある程度距離をとったところで、180度ロールしてブースターを上に見る姿勢をとる。
後席のガービン中尉が手早くロボットアームを操作し、一機のブースターを捕まえた。
「かなり重い代物だからな。ゆっくり動いてくれ」
「了解です」
アナンタは先ほどと同じ位置、すなわち小惑星から300メートル程離れたところで遊弋している。この距離からブースターを発射することもできなくはないのだが、正規装備のロケット弾などと異なり照準装置があるわけでもない。的を外してしまっては、笑いごとでは済まない。
結局、浮遊する破片の隙間をぬって、確実に目標に命中させることができる距離まで近付かなければならないのだった。
ウィルは、メインスラスターを使わず、最小出力に絞ったサブスラスターと姿勢制御機だけを使い、ゆっくり慎重に機を操る。頭上に巨大なロケットブースターを捧げ持ったグリフィンがそろそろと動く様は、外から見れば中々にシュールな光景だろう。
ブースターをぶつけるポイントは、核の『北極』部分。失敗に終わったとはいえ、先に実施した加速とその後の爆発で、わずかながら『南』向きの力が加わっているため、継続してその方向に力をかけ続けることになった。
爆心地となった『北極』周辺には、岩盤などの破片があまり浮遊しておらず、作業する側としてはありがたい。
「しかし中尉、目視照準だけで本当に大丈夫ですか?」
コクピットからでは、ブースターの向きを正確に知る手段がない。左右の向きだけならモニターを見上げながら調整することができるだろうが、上下の向きは下から見てもわからない。
「正直やってみないとわからんね。一度離してから角度を確認してもいいが・・・。いや、それだとアポジの噴射でブースターが動いてしまうかもしれんな」
「持ったまま発射するわけにはいかんでしょう。ブースターの噴射をモロに食らってしまいますよ」
元々単価の安い個体燃料ロケットブースターだ。アナンタやグリフィンのスラスターのように、生成したプラズマを電磁的に整流して噴射するような機能は付いていない。そのような機能がない場合、真空中での噴射は真横近くまで広がる。
ということは、アームで掴んだ状態、または離してすぐに点火した場合、機体上面が噴射炎で炙られるということである。
出発前の計画では、アームを離した後はグリフィンが下に移動して距離をとり、点火することになっていた。ただ、それだと姿勢制御機の噴射がブースターに当たり、角度が変わってしまう恐れがあった。
結局、『時間もないし、行ってやってみよう』ということになり、詳細が決まらないままここまで来ている。
機は既に『北極』上空に達している。ウィルは慎重にグリフィンの姿勢を変え、発射位置に向けての最終調整に入った。
「アームを離した後、真後ろに下がったらどうですか?このブースターの位置なら、機首のアポジの噴射は当たらんでしょう」
「そうだな、それならブースターを真後ろから見て角度の確認もできるだろう。一度それで試してみるか」
発射ポイント直前でやっと方針が決定。予期せぬ事態だけに、良く言えば臨機応変、悪く言えば行き当たりばったりな局面が多いのはやむを得ないところか。
目標との距離は約100メートル。手動操縦だけで相対的な位置を固定するのはベテランパイロットでも難しい。ウィルは迷わずAIに頼った。
「指令、目標との相対速度・位置を固定」
「了解、相対速度・位置を固定します」
とりあえず、当初予定していた発射地点で機は停止した。
目標は十分大きく見えており、当たらないことはなさそうだが、できれば中央部分にきちんと当てたい。目標の端に当てると、爆発のエネルギーが回転運動に変わってしまうため効率が悪いばかりか、核をさらに分裂させる恐れもある。
「この距離では少し厳しいな。ウィル、もう少し近付いてくれ」
ガービン中尉も同じことを考えたようだ。
先ほどのプランで行くなら、ブースターを小惑星の近くに置いてグリフィンは後ろに下がれるため、至近距離で爆風を浴びる必要はない。少々近くまで行っても問題はないだろう。
既に先ほどから、時折小石が装甲を叩く音が聞こえているが、目標に近づくにつれその頻度が増していく。
距離50メートル。目標は既にモニター前面いっぱいを覆っている。
「十分だ。これなら外すこともないだろう」
ウィルは音声指令で機体位置を固定させた。
「オーケーです。いつでもどうぞ」
「了解だ。離すぞ」
微かな振動。アームがブースターを離れ、両翼上面に折り畳まれる。
「いいぞ、下がってくれ」
ウィルは慎重にスロットルレバーを操作し、機を真っ直ぐに後退させる。ブースターが動かないよう、姿勢制御機の噴射は一瞬、後は慣性で動くだけだ。
ブースターの真下を抜けた後、少し上昇し、真後ろから角度をチェック。問題なく目標中央を向いていることを確認した上で、推進軸線上から離れ、距離をとる。
「いくぞ、点火!」
ガービン中尉の声に合わせて、ブースターが長い火炎を噴き上げた。一瞬で50メートルの距離を駆け抜け、小惑星に激突。直後、大爆発を起こす。
破片がいくつか機体に当たったようだが、全く損傷なし。小惑星の核も割れていない。全て予定通りだ。
「やれやれ、これをあと5回か」
「細かい作業が多いんで神経使いますね。これなら戦闘機動する方が楽ですよ」
「実戦よりはましだろう。これは訓練じゃないからな。神経を使うのは仕方ないさ」
「まあそうなんですけど。それじゃ、次のを取りに行きます」
ウィルは、今までのストレスを晴らすように操縦桿とスロットルを大きく動かす。グリフィンは軽やかに機体を回転させ。アナンタに向けて加速した。
自由に機体を振り回せる戦闘訓練が恋しい。この分だと、ユウキもかなりストレスが溜まるだろう。
その頃、ユウキはまだ格納庫にいた。
ジークのコクピットに座り、整備班が物資搬送モジュールを外すのを待っている。
いつもは手際の良いアナンタ整備班だが、さすがに激務の影響が出たのか、動きに精細を欠いていた。
しかし、ユウキもエミリアも、彼らよりはるかに楽なシフトで任務に就いていた自覚があるだけに、文句を言えようはずもない。
「待たせたな、二人とも。ジーク出撃オーケーだ」
「了解、ありがとうございます」
スミス中尉の声に、心からの感謝の言葉が口から漏れた。
一旦サブスラスターを折り畳み、格納庫の右舷側にジークを寄せる。飛行甲板の左舷側にはまだロケットブースターが積まれているはずなので、それを避けて発進するためだ。
格納庫のハッチ開放。飛行甲板に出る。
固定を外され、バラけつつあるブースターを吹き飛ばさないよう注意しながら離床。
搬送モジュールが無いとやはり視界が広い。その上、余分な装備や人を積んでいないので機動にも制限がない。久々の開放感を感じながら、つい意味もなくロールしてみたりする。
「ちょっと!気持ちはわかるけどはしゃがないでよ」
「ごめんごめん。でもやっぱり開放感があるよな。反応も軽いし」
ジークは、ユウキの操作に対して機敏な反応を返してくれる。こちらに来てから繊細な操作ばかりだったので、自在に機を操るこの感覚は久しぶりだ。
「もう・・・。目的地はすぐそこよ。調子に乗って破片にぶつからないでね」
エミリアの言う通り、小惑星の破片群まではわずか300メートルしかない。ろくに加速をする暇もない。
「さて、じゃあお仕事開始だな。どれからいこうか」
破片は大小取り混ぜてほとんど無数にある。まさによりどりみどりだ。
「とりあえず、小さめの破片で試してみましょう」
「そうだな、あれなんてちょうどいいんじゃないか?」
ユウキはグリフィンより少し大きめの破片に注目し、ターゲットとしてロックした。これでエミリアにもユウキがどの破片を選んだかが識別できる。
「いいわね。手頃なサイズだと思うわ」
「よし、じゃあやるぞ」
目標の破片を上に見ながら、ゆっくりと接近する。
惑星シュライクや周辺施設の被害を防ぐという目的からすれば、押し出す方向はどちらでもいいのだが、破片群が固まっていた方が後々対処しやすいため、今回は核に合わせて『南』向き、つまりアウディア星系の天底方向に押すことになっている。
「残り20メートル・・・15メートル・・・少し早いわよ」
「わかってる。調整する」
リニアキャノンの直撃にも耐える装甲を持つグリフィンだ。少々のスピードでぶつかっても大丈夫なような気はするが、過信は禁物である。
コクピットのメインモニター上面はもう岩盤しか見えない。
「3メートル・・・2メートル・・・1メートル・・・」
エミリアのカウントダウンを聞きながら、ユウキは最後に姿勢制御機を吹かし、さらに接近速度を落とす。
グリフィンが破片に触れる。コツンという感触の後に、装甲板が岩盤をこする音がコクピットに響いた。
破片に接触した後は、姿勢制御機を使って破片との接触を維持する。
「大丈夫そうだな。じゃ、押すぞ」
接触前に下を向けておいたサブスラスターの出力を上げる。
とりあえず、出力30%まで。装甲板と岩盤が擦れる音が大きくなる。
「大丈夫。応力警報は出てないわ。これくらいならいけそうね」
「でもこれ、重心位置を押せてないな。回転するぞ」
真上に押しているのだが、徐々に機首が下がってきている。
「アポジで修正して。駄目ならもう少し前に動くしかないわ」
「アポジでは修正しきれない、前に寄せるぞ」
サブスラスターを一旦止め、機体を少し前に寄せる。ガリガリと岩盤を削る耳障りな音がコクピットに響いた。
「ちょっと加減してよ。ジークが傷だらけになっちゃうわ」
「流体装甲があるから大丈夫だろ」
「こんな風にくっついてたら役に立たないわよ」
エミリアの言う通り、流体装甲は高速で衝突する物に対しては個体として振る舞うが、ゆっくり接触すればゲル状のままだ。
先程からの擦過音は、装甲板自体が岩盤と擦れている音だろう。
少し位置をずらしたのでかなり押しやすくなった。
「ちょっと出力を上げてみるぞ」
ユウキはスロットルレバーを微妙に動かし、サブスラスターの出力を上げる。
「33%・・・35%・・・38%・・・まだいけるか・・・」
装甲板が岩盤をこする音に加えて、機体の構造がミシミシと悲鳴を上げる音が聞こえる。不意に、コクピット内に警報が響いた。応力警報。機体構造にかかる負荷が限界に近付いていることを示す警報だ。
ユウキはすぐに出力を絞った。
「40%がレッドゾーンだな。安全マージンをとってやっぱり30%ぐらいがちょうどいいかな・・・」
「そうね、ここで無理しても仕方ないわよ。元々『できる限りでいい』って話だもの」
「これ、どのくらい押せばいいんだ?」
「このサイズなら20分も押せば十分でしょ」
「こりゃ装甲も削れるけど神経も削られるな・・・」
「まだ始まったばかりでしょ。先は長いわよ」
作業時間はあと11時間あまり。機体と神経が保つかどうか不安になるユウキであった。




