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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『泥だらけの流れ星』編
32/39

16 予期せぬ結果

 7月8日、午後7時。

 予定より1時間遅れでロケットブースター支持台は完成した。

 作業員達は一旦全員艦に引き上げ、補給と休憩を挟んでブースター取り付け作業を行う予定だ。航空班・整備班もそれに合わせて食事と休憩をとっている。

 小惑星到着から既に16時間。交替で休憩をとっているとはいえ、疲労は徐々に蓄積している。だが、作業予定時間からすれば、まだやっと折り返し点にたどり着いたに過ぎない。

 「思った以上にハードっすね。この任務」

 ロドマン軍曹は、夕食のチキンステーキをフォークで突っついている。口に運ぶ気配がないのは、疲れで食欲がないためだろう。

 整備班も交替で休憩をとってはいたが、ロドマン軍曹は4時間ぶっ続けの船外活動を2回行っている。与圧されたコクピットで弁当を食べながら作業していた航空班とは疲労の度合いが全く違う。

 隣に座るシャルミナも、スープカップに入ったポタージュを啜りながら、パンだけを食べていた。

 「なに、ブースターでの加速がうまくいきゃ時間いっぱいまで作業する必要はないんだ。もうひと頑張りだよ。ほれ、食わないと体力がつかんぞ」

 同じ作業をしていたはずなのに、スミス中尉は旺盛な食欲を発揮している。余裕を示すために無理して食べているのかと思ったが、見たところ本当に旨そうに食べているようだ。これもベテランの風格だろうか。

 ちなみに、アナンタに限らず駆逐艦の食堂は士官・下士官共用である。こんな小規模な所帯で士官用・下士官用を分けるのは非効率なので当然といえば当然だが、艦長から下士官まで同じ部屋で食事をするこのアットホームさは、小型艦ならではだ。

 「なんか申し訳ないわね」

 隣のテーブルで食事をしている整備班を横目で見つつ、エミリアが言った。

 「確かにな。でも代わってあげれるものでもないしね」

 ユウキとエミリアは、既に二人とも食事を完食し、二人でコーヒーを飲んでいるところだ。

 二人は直前の2時間任務に就いていたのだが、こちらはコクピットに座ってレバーを操作していただけである。ユウキに至っては、安全監視と言いつつ、実質は座って喋っていただけだ。

 二人はともに人並みに空気を読める。疲れ果てた整備班員の前で『座りっぱなしで腰が痛い』などと言うような愚は犯さなかった。

 「あ、ガービン中尉。お疲れ様です。少し休めましたか?」

 ちょうど、休憩時間中であったガービン中尉とウィルが食堂に現れた。

 「おかげさまでね。皆で食事しているということは、作業は一段落したのかな?」

 「はい、ブースター支持台は完成したらしいです。20時からブースターの取り付け作業を開始予定です」

 「そうか、とりあえずこちらも先に腹ごしらえをしてしまおう」

 ガービン中尉はウィルをと共にカウンターで手早く食事を受け取ると、ユウキの隣に座った。

 「20時開始なら、今度は私達の番だな。いけるか?ウィル」

 「もちろんです。って言っても、俺ほとんど見てるだけですけどね」

 ウィルはエミリアの隣に座り、早速食事を始めている。

 「中尉、こちらは1時間余分に休憩を貰ってるんで、次も俺とエミリアで行きますよ?」

 本来今の時間はユウキ達が作業をやっているはずの時間だ。エミリアもコーヒーカップを両手に持って、こくこくと頷いている。

 「構わんよ。今更一時間休憩が伸びても寝直すわけにもいかんからね」

 「俺はほとんど負担ないし」

 ガービン中尉とウィルはともに食事しながら答えた。

 食堂で同じように食事ををしている作業員達も、顔には一様に疲労の色が見える。

 間違いなく航空班が最も楽なシフトで仕事をしているわけで、ガービン中尉は班長として、休憩を伸ばしてゆっくり休む気分にはなれないのだろう。

 「まだ先は長いし、何が起こるかはわからないからね。君らは少しでも休んでおきたまえ」

 「・・・わかりました。ではお言葉に甘えます」

 ユウキは飲み終わったコーヒーカップをトレーに乗せると、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟く。

 エミリアも残っていたコーヒーを喉に流し込むと、トレーを持って立ち上がった。

 「で、ユウキはどうするの?」

 「次は23時からだよな。シャワーでも浴びて軽くひと眠りするよ」

 「じゃ、特に異常がなければ10分前にエアロックのところで集合ね」

 「了解、それじゃ後で」

 特に異常がなければ、か・・・。

 予定通りいけば、ユウキ達が寝ている間に第一回目のブースター噴射が行われるはずだ。ユウキ達が叩き起こされるような異常が生じるとすればその時だろう。そこで生じる異常とは、相当に致命的なものになる可能性が高い。

 叩き起こされないことを切に願いつつ、自室に戻るユウキであった。



 「一番機、スタンバイオーケーだ。いつでも言ってくれ」

 「お、今回は中尉さんが担当かい。助かるぜ」

 作業員からの応答には、多分に安堵の色が混じっている。

 「今から3時間は私だが・・・。もう一組の方は何かまずいことをやらかしたかな?」

 「いやなに、特に大きな問題があったわけじゃないさ。ただ、あのキラーパスの姐御にブースターを投げられたら洒落にならんと思っただけだよ」

 作業員の言葉に、ウィルは思わず吹き出した。

 「キラーパスの姐御って、何やったんだよアイツ」

 「私としてはあまり笑えないな。迷惑をかけたのでなければいいが・・・」

 「大丈夫でしょう。大きな問題はなかったって言ってますし」

 心配げな中尉を安心させようと、努めて明るく答える。

 本当に作業に支障が出るような状況であれば、既に中尉の耳に入っているはずだ。

 「よーし、中尉さん。じゃあブースターを頼む。こいつはアームで掴んだまま支持台に寄せてくれ。この高さなら届くはずだ」

 作業員からGOサイン。ブースターの重さは支持台用の資材とは比べ物にならない。

 ガービン中尉は慎重にアームを操作し、ブースターを1基掴むと、ゆっくりと動かし始めた。

 「オーケー、さすが中尉さんだ。ブースターの頭を固定用リングに通してくれ。細かい調整はこっちからも指示する」

 支持台は、中央の櫓の周囲に3本のブースターを同時に取り付けられる構造になっている。

 固定用リングはブースター1本につき3つ。三つの輪っかをブースターという針で突き通す感覚である。

 「これ、アナンタをここまで寄せてなかったらかなり難しい作業っすよね。っていうか、そもそも作業員のパワーローダーだけじゃ無理だったんじゃないですか?」

 出発前、作業員に対しては、グリフィンが装備するロボットアームの性能は伝えていないし、どのような支援が行えるかについての具体的な打ち合わせもしていなかった。

 作業員達は、あのパワーローダーだけでブースター取り付け作業をするつもりだったのだろうか?

 「多分、時間をかければパワーローダーだけでもできるんだろうね。まあ我々が役に立てるのはいいことさ」

 作業に慣れてきたガービン中尉は、アームを操作しつつ普通に会話に応じている。

 思うに、キラーパスの姐御ではこうはいかないだろう。カリカリしながら作業をやっているに違いない。それを見ているだけしかできないユウキの苦労が偲ばれる。

 実際はそうでもないのだが、ウィルの頭の中では必死でエミリアを宥めつつ、作業に集中させようとするユウキの哀れな姿がイメージとして固まっていた。

 改めてガービン中尉のありがたみを感じるウィルであった。


 ガービン中尉が手際よくアームを操作したこともあり、二時間足らずで3本のブースターを支持台にセットすることができた。

 点火はアナンタからの遠隔操作である。

 アナンタは一旦作業員達を全員収容すると、小惑星から300メートルほど距離を取った。

 艦橋にはスカリー班長が詰め、点火の指揮をとることになっている。ヘイラー副班長は飛行甲板におり、実際に点火スイッチを押すのは副班長の仕事だ。

 疲労の色が濃い作業員達と比べ艦橋要員の表情には余裕がある。なにせ、アナンタはここ12時間、自動操縦で小惑星直近に位置を固定していただけなのだ。艦橋要員はほとんどすることがなく、交替で十分な休養をとることができた。

 今は皆、興味津々といった様子で点火の準備を眺めている。

 「勿体ぶっても仕方ねえ。とっとと点火するぞ。艦長さん、すまねえが小惑星の針路のデータをとっといてくれ」

 「了解だ」

 答えたカツィール艦長は、無言で副長に視線を送る。

 「問題ありません。こちらでモニター中」

 「ヘイラー!問題ないか?カウントダウンいくぞ」

 「問題なし。いつでもどうぞ」

 やや疲れた感じはあるが、ヘイラー副班長の返答はしっかりしている。

 「よし、カウントダウン開始。10、9、8、7・・・」

 艦橋のクルー達も固唾を飲んでメインモニターに映るロケットブースターを見つめている。

 「3、2、1、点火!」

 「点火!」

 モニターの中で、3本のブースターが一斉にまばゆい炎を噴き上げた。

 出力調整などきかない固体燃料ロケットブースターは点火直後から最大推力を発揮。小惑星に『下』向きのベクトルを与えようとする。

 しかし・・・。

 「ああっ!」

 「ヤバい!」

 艦橋のそこかしこから声が上がる。

 ブースター支持台が傾いたのだ。恐らく軟弱な地盤が圧力に耐えきれず、沈下したのだろう。

 各ブースターは傾いた後も数秒はそのまま噴射を続けていたが、予定外の力の加わり方に即席の支持台が耐えられなかった。

 支持台がぐにゃりと折れ曲がり、ブースターが小惑星表面に叩きつけられる。

 衝撃でブースターの外板がひしゃげ、一瞬後、3本のブースターは大爆発を起こした。大気がないため音や衝撃こそ伝わって来ないが、ブースター3本分の固体燃料による爆発は凄まじく、小惑星の表面に盛大な火柱が立つ。

 しかも、予期せぬ事態はそれで終わらなかった。

 「地殻にヒビが!」

 「割れるぞ!」

 爆発の衝撃が地殻を通じて小惑星全体に伝わり、元々軟弱であった地盤に決定的なダメージを与えたのだろう。小惑星表面のいたる所に大きな亀裂が生じていた。その亀裂は見る間に大きくなり、小惑星全体を覆う。

 そこからの動きはゆっくりであった。小惑星は、地殻が核から剥がれるように、静かに、音もなく崩壊していく。

 小惑星から剥がれた多数の破片の中央には、赤黒く光る球状の核が見えつつあった。

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