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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『泥だらけの流れ星』編
31/39

15 腹が減っては

 7月8日、午前8時。

 アナンタは、小惑星の『北極』上に上下逆さまの状態で船体を近づけ、停止した。

 飛行甲板から小惑星の表面までの距離は約20m。

 作業員達のパワーローダーは既に小惑星表面に降りていた。

 飛行甲板では、クレーン役をする一番機が右舷寄りに駐機し、装甲宇宙服を着た整備班3名と、『地表』との連絡および指示を行う宇宙服姿の作業員1名がスタンバイしている。

 これから、飛行甲板側では、作業員の指示に基づき『上』に向けて順次資材を渡していく。小惑星上の作業員達は、『上』から渡される資材を受け取り、ロケットブースターの支持台を組み立てていく予定だ。

 支持台は、骨組みだけの簡易ロケット打上げ台のようなものだ。

 通常の打上げ台と異なるのは、ロケットが逆さま、つまり先端を地表に向けて取り付けられることである。

 組み上げ作業に要する時間は、予定では10時間。

 長丁場となるため、作業員もアナンタクルーも、それぞれ交代で休憩を取りながら作業を行うことにしている。


 「よーし!最初はこの板だ。早速頼む」

 作業員の号令で、整備班の3人が資材の固定を外し、指示された板をゆっくりと甲板から浮かせた。

 後席のガービン中尉が手際よくロボットアームを動かし、浮き上がった金属板を掴む。

 中尉は手動でアームを操作している。

 集中を邪魔しないように沈黙を守りつつ、ウィルは前席で居心地の悪い思いをしていた。

 元々、駐機状態でロボットアームを動かすだけであれば、前席にパイロットが座っている必要はないのだが、安全監視要員兼交代要員として、パイロットであるウィルも同乗している。

 もちろん、ガービン中尉が示したその方針に不満があるわけではない。居心地が悪いのは、上官が仕事をしているのに自分は見ているしかないというこの状況のせいだ。

 ちなみにウィルは、ロボットアームを操作する訓練を受けてはいないが、音声指令による自動モードを使えば簡単な作業なら行うことができる。

 ここは「自分がやります」と申し出て、上官にはゆっくりしてもらうべきだろうか。

 しかし、ガービン中尉の繊細なアーム操作を見ていると、同じことを音声指令でやってのける自信がない。

 元々、無重力状態での重量物の移動には相当な注意を要する。重力がないため、継続して力を加えれば動かすことは簡単なのだが、当然それを止めるために同じだけの力を加えなくてはならない。

 今回のように、他者に重量物を投げ渡さなければならないーグリフィンのアームは20mも伸ばせないー場合は、下手をすると受け取る側が重量物に潰されてしまう。

 そのような作業を、「掴め」、「ゆっくり動かせ」、「離せ」などの音声入力だけでやるのは無理がありそうだった。

 ウィルが考えている間にも、ガービン中尉は金属板を掴んだアームを静かに動かしている。そして、小惑星側に可能な限り近づけた上で、ゆっくりと流した。

 すぐに作業員らのパワーローダーが金属板に取り付き、位置や角度の調整を始める。

 「器用なものだ」

 「ホント、慣れてますよね」

 作業員達の手際が良いとはいえ、パワーローダーは4機しかいない。複数の作業を並行して行うだけの手はないため、先に渡したパーツの固定が終わるまでこちらは待機するだけだ。

 「なんか随分間延びしますね」

 「いいじゃないか。ずっと気を張っていなきゃならんよりは大分ましだよ」

 「この調子なら3時間なんてあっという間ですね」

 航空班は3時間交替でシフトを組んでいる。機体は固定して搭乗員だけ入れ替わる予定だ。

 見れば、整備班も装甲宇宙服一機が格納庫に戻って行く。一人休憩させることにしたようだ。

 「我々はほどほどに休憩できるが、作業員達は大丈夫か?肉体労働というわけじゃないにしても、ぶっ続けの船外活動はかなり厳しいぞ」

 「さっき聞いたっすけど、一応向こうも待機員あるんで交替しながらやるらしいですよ。・・・あ、次のパーツいくみたいです」

 「そのようだね。・・・やれやれ、私ほどロボットアームを使っているグリフィン乗りはいないんじゃないかな」

 ぼやきながらもガービン中尉のアームさばきは非常に繊細だ。次の金属板をスムーズに掴み、小惑星の方にゆっくり移動させている。

 「でしょうね。俺、飛行隊で使ってるの見たことないですよ」

 「私も飛行隊には置いてないと思ってたんだがね。最近聞いたところでは一応各飛行隊に最低1セットずつは配備されているらしいよ。行動不能機を回収するための装備という話だ・・・よし、と」

 アームが小惑星に向かって金属板をゆっくり押し出す。金属板にはすぐにパワーローダーが取り付いた。

 「ナイスパス。お見事です」

 「この技術が将来どこかで役に立つなら素直に喜べるんだがね」

 「・・・」

 フォローの言葉が思い浮かばない。アイギス級搭載機以外でロボットアームを操作する機会など、ウィルには想像がつかなかった。

 「そういえば、交替したらエミリアがアームの操作やるんですよね。大丈夫かな」

 さりげなく話題を変更。

 「心配はいらんだろう。それほど難しい操作をやってるわけじゃないし」

 「でも、あいつ結構がさつですよ。イラついて資材を投げ飛ばしたりしませんかね?」

 「まさか。それにユウキもいるんだ。大丈夫だよ」

 そのユウキは相棒の尻に敷かれつつあるような気がしてならない。この作業に関しては、ガービン中尉ほど二人を信頼できないウィルであった。


 ユウキは中央通路で大きく伸びをした。休憩時間に入ってから手早く食事を済ませ、二時間ほど仮眠をとったのだが、脳はまだ完全に覚醒していないようだ。

 時計を見ると、交替10分前。作業員の休憩室になっている搭乗員待機室を避け、中央通路から格納庫に直結する大型エアロックから出入りすることにしているのだが、エミリアがまだ来ない。

 寝坊でもしたのだろうか。

 思いつつ、ユウキもあくびをこらえられない。まさに大あくびをしたところで食堂のドアが開き、クーラーボックスのような物を持ったエミリアが出てきた。

 「緊張感ないわね~。当番中に居眠りしないでよ」

 「大丈夫だよ、今ので目が覚めた。ところで、それは?」

 クーラーボックスに見えた物は、手提げ型の気密ボックスだ。それほど大きい物ではない。

 「アカシ料理長からよ。当番が昼をまたぐから戦闘配食ですって」

 「別に次の休憩で昼飯でもいいのにな」

 「腹が減ってはいくさはできぬ、ですって」

 「いや、いくさじゃないから」

 とは言うものの、気遣ってくれるのはありがたい話だ。

 エミリアと共にエアロックをくぐり、格納庫に出る。

 格納庫の中央には物資搬送モジュールを着けたままのジークが鎮座していた。

 「これ、モジュール外して端に寄せた方が邪魔にならないと思うんだけど」

 確かに、かさの立つ搬送モジュールを着けているため、翼の下をくぐることもできない。

 「仕方ないさ、整備班もフル回転だ。外す暇ないんだろ」

 「まあそうなんだろうけど・・・」

 ジークのサブスラスターを回り込んで飛行甲板に出た。

 一番機はロボットアームを一杯に上に伸ばし、資材をゆっくり押し出したところだった。

 真上には小惑星が覆い被さり、ひどく圧迫感を覚える。

 一番機に近づき、コクピットに向かって手を振ると、しばらくしてからハッチが開いた。

 「中尉、交替します」

 「了解。待っていたよ」

 作業手順を簡単に引き継いでコクピットを交替。

 現在時刻は午前11時。これから昼をまたいで午後2時までがユウキ達の当番時間である。


 「だから姐さん。もう少しゆっくり流してくれって言ってんだろ」

 「ごめんなさい。気をつけるわ」

 後席の相棒は、通信で殊勝に謝っておきながら、通信を切った後「誰が姐さんよ」などとぼやいている。

 今ので5つ目の資材。これでも最初のパスよりかなりマシになっている。

 交替後、最初に渡そうとした資材―軽量の鉄骨―は、作業地点から10メートル近く離れた小惑星表面に突き刺さった。

 方向もまずかったのだが、それ以上にスピードが早すぎたため、作業員達も着地点を補正できなかったのだ。

 そのキラーパスに作業員一同は震え上がり、以降エミリアに対する呼び方が『姐さん』になっている。

 なにせエミリアは、アナンタに着任した後、アームを使うミッションに当たったことがない。しかも、ここのところ戦闘訓練ばかりだったため、アーム操作の訓練もほとんどやっていない。

 早い話がほとんど素人同然だったのである。

 しかし、コツを掴むのは人並み以上に上手いエミリアは、一投ごとに角度と速さを修正している。

 次ぐらいで作業員達の要望通りのパスができるだろう。

 「今のは角度は良かったぞ。あとは速さの調整だけだな。次で修正するとして、とりあえずもう1時前だ。腹ごしらえしないか」

 「え?もうそんな時間?ずいぶん早いわね」

 「集中してるからだろ。時間が経つのが早いのはいいことじゃないか」

 後ろでゴソゴソと動く音。コクピットハッチを閉めてから二人ともヘルメットを脱いでいるので、ぼやき声も含めて後席の物音はよく聞こえる。

 恐らく、戦闘配食を入れた気密ボックスを取り出し、開けているのだろう。

 自分の食事を受け取ろうと、ヘッドレスト越しに後席を覗いたユウキの目に飛び込んできたのは、可愛く揺れるエミリアのお尻だった。

 エミリアは、後席のヘッドレストに腹を乗せるようにしてシートの後ろのラゲッジスペースに手を伸ばしているようだった。

 そのまま眺めているのも悪い気がして、ユウキは一旦シートに戻る。

 どうも最近、エミリアの身体や仕草を見て女性らしさを強く意識してしまう。

 昨日の寝酒の時に散々クレアにからかわれたが、ユウキも正常な趣味を持った若い男である。人並みに女性に興味もあれば性欲だってある。

 エミリアは自分のことを『相棒』だと言っていたが、自分はどうなのだろう?それ以上の関係になりたいと思っていないか?

 以前はコクピットに恋愛事を持ち込むなど面倒だと思っていたが、エミリアとならどうだろう。

 「はい、ユウキ。食事よ」

 ユウキの妄想を断ち切るように、ヘッドレストの横からパックが差し出される。

 「あ、ありがとう」

 平静を装って受け取ろうとしたが、一瞬声が詰まってしまう。

 「どしたの?」

 続いて飲み物のパックが差し出された。

 「いや、なんでもないよ。次のパーツにかかる前にささっと食べてしまおう」

 エミリアのことが気になるのは確かだが、色ボケするのは明らかに今ではない。今は任務に集中すべきだ。

 ユウキは努力してエミリアの胸や尻のイメージを頭から追い出しつつ、パックを開けた。

 「サンドイッチね。挟んでいるのはお肉?シュニッツェルかしら?」

 「トンカツだよ。カツサンド。知らないのか?」

 「トンカツ?見たところ豚肉みたいだけど・・・」

 実家の弁当屋でもトンカツ弁当はカラアゲ弁当とならんで人気メニューだったので、トンカツは世界的にもよく知られた料理だと思っていたが、どうも違うらしい。

 「豚肉を油で揚げたものだよ。うん、旨い」

 時間が経っているのにサクサク感が残った衣に、香り豊かなソースが絡んでとても旨い。

 「ほんと、美味しいわ」

 二切れ目のサンドイッチを手に持ったところで、通信機から「次を頼む」の声。

 「いけるか?エミリア」

 「まふぁふぇへ」

 カツサンドを口に詰め込んだらしい相棒に代わり、ユウキが通信機に了解の返事をする。

 エミリアは、時おりもぐもぐ口を動かしつつ、今度はゆっくり慎重にアームを操作し、うまく資材を渡してみせた。

 残る当番時間はあと一時間。この調子ならあっという間に終わりそうだった。

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