14 The アステロイド
「思ったよりでこぼこしてないな」
その小惑星の表面は、近くで見ると想像していた以上に滑らかだった。所々に起伏はあるが、それにさえ気を付ければ問題なく接地できそうだ。
「そうね。衝突の影響で一度溶けたのかしら」
エミリアはメインモニター上に複数のサブモニターを表示させて周囲の監視を行っている。
というのも、この物資・人員搬送用モジュールは、先端部が機首近くまで達しており、メインモニター用のカメラ、特に側面向けのカメラを塞いでしまうため、視界が狭いのだ。
そのため、機体各所に装備されたサブカメラを使って、視界を補っているわけである。
「ヘイラーさん。小惑星表面の状況は問題ありません。とりあえず最初の目標エリアに向かいます」
「わかった。あと、できれば箱の前面ハッチを開けてくれんかな。こちらも見ながら細かい場所を指示したいんだが」
作業員のパワーローダーは、軍の規格の情報伝達機器を持っていないため、リアルタイムに映像をやり取りすることができない。物資搬送モジュール内のヘイラー副班長は、モジュールの内壁しか見えていない状態だ。
「オーケー、こちらでやるわ。あなたは操縦に集中して」
エミリアが対応を引き受けてくれる。本当にこういう時複座機は便利だ。
「ヘイラーさん。前面ハッチ開きます。落ちないように気をつけてください」
「大丈夫だ。開いてくれ」
その間もジークは目標エリアにゆっくり近づいている。最初の調査ポイントは、回転軸の中央に対して直角方向の地表。つまり、惑星であれば『赤道』にあたる部分だ。
『赤道』上空に入ると、ユウキは機軸を回転方向に正対させた。こうすればヘイラー副班長も着陸ポイントを探しやすいはずだ。
徐々に高度を下げる。
「前方の丘を越えたところに少し平らな部分がある。できればそこに着陸してくれ」
「了解です」
ユウキはさらに高度を下げつつ、地表との相対速度を合わせる。『赤道』部分は最も地表の動きが早い地点だが、そもそも回転速度が遅いため、さしたる問題はない。
「手動でやるの?」
「これぐらいならね」
実は、着陸地点を指定した上で、ジークに『相対速度を合わせて着陸』と命じれば自動で着陸してくれるのだが、この程度の操作でオートマチックを使うのはユウキのプライドが許さない。
アウディアのパイロットは、自身の手と脚で宇宙船を動かせて初めて一人前と認められるのだ。
地表が近づく。
「ヘイラーさん。小石とかホコリが吹き込むので一旦ハッチを閉じます」
「わかった」
エミリアとヘイラー副班長のやり取りを聞き流しつつ、ユウキは操縦に集中。
脚部を映すサブモニターを見ながら慎重に接地した。
接地後も回転運動の遠心力で小惑星から離れないよう、姿勢制御装置で機を押さえなければならない。そういう時こそオートマチックの出番だ。
「ジーク。このまま接地状態を維持してくれ」
「了解。接地状態を維持します」
ジークはいつもの女性の声で答える。誰が最初にセットしたのかはわからないが、落ち着いたいい声を選んだものだと思う。
「ヘイラーさん。接地完了です」
「わかった。ハッチを開けてくれ」
「了解。前面と側面のハッチを開けます」
ヘイラー副班長のものを含むパワーローダー2機が動き出した。
搬送モジュールから降りると、ジークの前を横切って右側のモジュールの方に移動する。右のモジュールに入れてある調査用機材を出すのだろう。
「右モジュールの側面ハッチを開けるわよ」
「ん、頼む」
後はヘイラー副班長達の作業を眺めているだけだ。
2機のパワーローダーは機材を準備するとジークから少し離れ、作業を開始している。
「かなりチリが舞っているな・・・」
パワーローダーが動くたびに、その足元からはチリや埃が舞い上がっている。
「ローダーの関節とかに入り込んだら厄介そうね」
「あっちは採掘用パワーローダーだろ?多分対策はできてるよ。問題はこっちだな」
脚部を含む可動部分にチリが付着すると、最悪動作不良を起こす可能性がある。
「着陸しない方が良かったかしら」
「今更だな。離着陸時の噴射だけ気を付ければ大丈夫だろ」
姿勢制御機で埃を舞い上げなければ良いだけだ。幸い、離陸時は遠心力で勝手に脚が離れてくれる。
「上に一番機。距離は十分にあるわ」
エミリアの声で上を見上げると、一番機がこちらに背中を見せながらゆっくり通り過ぎていく。小惑星表面の撮影を行っているのだろう。
「まだ出番ないんだから戻って休んでてくれていいのに」
「戻っても休める雰囲気じゃないんでしょ、多分」
そうかも知れない。航空班の休憩場所でもある搭乗員待機室は、作業員達の休憩場所兼ミーティングルームになってしまっている。
「お、終わったみたいだな」
パワーローダーが調査用資材を抱え、ジークの方に近寄ってきた。
「どうですか?ヘイラーさん」
「良くないな。地盤が脆すぎる」
エミリアの問いかけに、ヘイラー副班長が短く答えた。
「別のポイントに移動します?」
「ああ、頼む。このライン上で90度分進んでくれ。それを3回繰り返す」
つまり『赤道』上4ヶ所で調査を行うということか。
「それが終わったら『極』も見てみたい」
回転軸の軸線上、『北極』と『南極』のことだ。なるほど、その6点を調べれば、小惑星の全体像がある程度見えるだろう。
「了解です。機材を入れたら左のモジュールに入ってください。移動します」
その後、ユウキ達は小惑星の表面を這うように移動しつつ、各ポイントで着陸・調査するという手順を繰り返した。
三度目までは手動操縦で着陸していたユウキであったが、細かい操作に精神的に疲れてきたので、四度目以降は音声指令によるオート操縦で着陸した。
「変なとこにこだわるからよ」
声の調子から疲れを見透かされたのか、エミリアからチクリと嫌味が飛んできたが、自覚があるだけに言い訳もできない。
6ヶ所全ての調査を終え、アナンタに帰還したのは開始から3時間後のことであった。
帰還後、水分補給程度の休憩を挟み、再び艦橋でミーティングとなった。
小惑星に降りていたヘイラー副班長は疲れた様子も見せずに説明に立っている。
多少の疲れを覚えているユウキであったが、軍人として民間人に弱味を見せるわけにはいかない。意思の力を総動員して背筋を伸ばす。
「小惑星の表面は岩石質の層が覆っています。恐らく一度高温にさらされた後に冷えたのでしょう。多くのひびが入っており、かなり脆い状態です」
CICの三次元ディスプレイには、一番機とアナンタにより集められた情報を基にした小惑星の立体映像が投影されている。
ヘイラー副班長は、その立体映像を指し示しつつ、説明を続けた。
「『赤道』上の4地点、および『北極』、『南極』において調査を行いましたが、いずれの地点においても内部はまだかなりの熱を持っています。恐らくコアは固まりきっていないでしょう」
腕組みをして聞いていたスカリー班長が溜め息をついた後に口を開いた。
「回転を止めるのは無理だな」
「はい、ブースターを横向きに固定するのは無理でしょう。深めにアンカーを打ち込んでも地盤が保たない」
「となると、減速させるという選択肢は消えたか・・・」
ユウキを含むアナンタのクルー達は相変わらず沈黙である。餅は餅屋。方針の決定は専門家に任せるしかない。
「『極』にブースターを取り付けて押すしかないか。地盤が保つかどうかはやってみないとわからんが・・・」
「ですが手としてはそれしか無いでしょう。あの表層の様子からして、爆発で減速させる方法では多分割れてしまう」
「『北極』と『南極』のどちらがマシだ?」
「地形からして『北極』ですね」
スカリー班長は腕組みしたまましばらく黙考していたが、肚が決まったのだろう。腕組みをといて艦長席に向き直った。
「艦長さん。方針は決まった。この『北極』の位置にロケットブースターの支持台を据える。協力してくれねえか」
「こちらは何をすればいい?」
艦長の答えは短い。元より協力するためにここに居るのだ。知りたいのは手順である。
「あの戦闘機で支持台用の資材を現場まで運んで欲しい。組み立てはうちでやる」
「アナンタを近くに着けたらどうだい?わざわざグリフィンで往復せずに済むと思うけど?」
意見を述べたのはペレイラ中尉だ。確かに、そうしてくれれば航空班の負担はかなり減る。
「そうだな、十分近づいてくれたらそれでもいけるかな。あんたらが使うパワードスーツはうちのよりかなり馬力がありそうだしな。甲板から手渡ししてくれたら手っ取り早い」
整備班の負担は増しそうだったが、確かにそれが一番早そうである。
「一番機はロボットアーム搭載だ。クレーン代わりに使えるだろう」
今度はガービン中尉からの意見。
一番機は今回、アームモジュールを翼上面に搭載しているので、甲板に脚を着けたまま作業ができる。
これなら整備班の負担も軽減できるし、航空班もアーム操作役を交替しながら無理なく作業ができそうだ。
「手順は大体決まったな。他に意見はあるか?」
いつも通り、副長がまとめにかかる。声をあげる者はいない。
「艦長、よろしいですか?」
副長の問いにカツィール艦長は無言で頷いた。
「よし、それでは早速作業にかかろう。解散!」
残された時間はあと28時間余り。作業はまだ始まったばかりだった。




