幕間3 後詰めの苦労
アウディア宇宙軍首都直轄艦隊の司令部は、現在多忙の極みにあった。
先行しているアナンタが失敗した時に備え、小惑星破壊作戦の準備を整えているのだが、建国以来万事平穏であったアウディアでは、これだけの規模の艦隊を急遽編制するなど初めての経験である。
「違う!ルーデン基地からの出航は14時だ!15時発なのはサイラム基地だよ!」
「何!?マーカス基地からの貨物はルーデン基地に届けろって言っただろ!今からでもいい、こっちに回らせろ!」
「203飛行隊は輸送艦搭載だ!参加機を急いでサイラム基地に向かわせてくれ!」
ミス・連絡漏れ・調整漏れなどが重なり作業は大きく遅れている。司令部内には常に怒号が飛び交い、通信要員も徐々に殺気だってきている。
今回の作戦に従事するのは、アウディア宇宙軍唯一の航空母艦『フューリアス』や首都直轄艦隊旗艦である重巡航艦『ウォリアー』の他、駆逐艦2、フリゲート3、輸送艦2、補給艦1、それに戦闘機・攻撃機が50機余り。
各艦船はシュライク近傍の3つの基地に分かれて駐留しており、それぞれの基地を時間差で出発。作戦宙域に着くまでに合流する手筈だ。
先発のアナンタが小惑星の減速または針路変更に失敗した場合、これらの戦力で小惑星の破壊を実行する。
更なるデブリの発生を防ぐため、使用する兵装は熱核反応弾頭魚雷とプラズマビームだけとし、リニアキャノンなどの実体弾兵器は一切使用しない。
そのため、駆逐艦、フリゲート艦で参加するのは、ビーム兵器を搭載している国産のアイギス級とハウンド級だけだ。
破壊の手順は、先発隊の成果次第でターゲットの状況が変わるため流動的である。
基本方針としては、まず核魚雷を撃ち込み、その後艦艇のビーム兵器により破片を破壊または蒸発させる。その後、撃ち漏らした細片を戦闘機・攻撃機隊により片付ける、というものだ。
何発の魚雷が必要となるかは小惑星の状態次第のため、駆逐艦とフリゲート艦は、各艦4発ずつの魚雷を搭載しており、艦隊の保有魚雷は合計20本。可能性は低いが、小惑星を『割る』ために通常弾頭魚雷ーつまり徹甲弾ーの使用も考えられるため、駆逐艦は搭載魚雷の半数が通常弾頭弾だ。
戦闘機・攻撃機隊は、空母フューリアスに通常搭載される22機、アイギス級2隻に搭載される4機に加え、周辺の航空基地から攻撃機『ランサー』を中心に抽出し、機数を積み増している。
作戦参加機は、各部隊からかき集めた対船艇用ビームキャノンを装備しており、航空機隊も実体弾兵器は一切使わない。
各航空基地から参加する攻撃機については、当初、自力で作戦宙域まで進出する計画が立てられた。
航宙戦闘機・攻撃機は、旧世紀の航空機と異なり、航続距離の制限があまりない。慣性航行をしている間は推進剤を消費しないからで、今作戦でも時間さえかければ各基地から直接作戦宙域まで進出することは理論上可能である。
ただ、それをやるとなると、乗っているパイロットの負担が大きい。人間腹も減ればトイレにも行きたい。コクピットのシートに座ったまま十分な睡眠がとれるわけでもない。
そのため、結局、周辺基地から集めた戦闘機・攻撃機は、輸送艦に積載するか、母艦機能を有する艦に追加で積載することとなった。
空母フューリアスは、上甲板を全て飛行甲板とした、いわゆる『平甲板型』と言われる形式の空母なので、甲板へ直接係留することで10機程度を追加搭載できる。
他に母艦機能を有する艦はというと・・・言わずと知れたアイギス級である。
「ランサーを追加で搭載してくれだと?」
アラクネ艦長アルバート・ライト少佐は、手にしていた電子書籍端末を艦長席のコンソールの上に置くと、通信士席に向き直った。
「はい、艦長。手を止めて申し訳ありませんが、司令部からの連絡です」
手を止めるも何も、電子書籍端末でゴシップ誌を読んでいただけである。
アラクネ自体の出航準備は既に完了しているため、ライト艦長ははっきり言って暇であった。
「何機載せろと言ってきた?」
「3機です」
「3機だと!?」
ライトは眉をひそめた。
話を聞きつけ、副長も艦長席の脇に寄ってきた。
「うちの甲板に3機も載るか?」
攻撃機ランサーは、もともとグリフィンよりも大型であり、翼状の胴体両端部を折り畳んでも相当場所を食う。
副長も難しい表情だ。
「正直微妙ですね。積めたとしても運用できるかどうか・・・。一度航空班と整備班に確認してみますが・・・」
「よし、通信士。司令部には回答保留の連絡を入れといてくれ。搭載の可否を検討するとでも言っておけばいい」
「了解しました」
「あと、それが終わってからでいいが、アイギスのティン艦長を呼び出してくれ。あっちとも足並みを揃えておいた方が良さそうだ」
「了解です」
可能な限り多くの戦闘機を持っていきたいようだが、そこまで無理する必要もあるまい。そもそもこの小惑星破壊作戦自体が保険のようなものなのだ。
「アイギスに繋がりました。艦長席のモニターに画像送ります」
「おう」
ライトはコンソール上の電子書籍を素早く隠すと、モニターにティン艦長が映るのを待った。
「お疲れ様。そちらも出航準備は終わったかしら」
アイギスも既に出航準備を完了しているのか、モニターに映ったティン艦長の表情には余裕があった。
「艦自体の準備はいつも通りだからな。大して手間がかかる訳じゃない」
「そうね、こちらも同じ。用件は司令部からの連絡の件かしら?」
「やはりそっちにもあったか。こっちはランサー3機を追加搭載してくれって話だが?」
「同じよ。今検討させてるけど、ちょっと苦しそうね」
当然、アイギスとアラクネの仕様は同じだ。
「そうなんだ。一応回答する前にそちらと足並みを揃えておこうと思ってね」
「ちょっと待って、今航空班から回答が来たわ。・・・そう・・・了解。やっぱり3機搭載は無理みたいね」
ライトも、艦長席の横に戻ってきた副長に視線で問いかけた。副長からは、声に出さず口の動きだけで「同じです」との回答。
「こっちも同じ結論だ」
「了解よ。では2機なら受け入れ可能と回答することにしましょうか」
ティン艦長は一つ頷くとさらりと結論を言った。相変わらす話が早い。
「戦闘機が何機か減ったぐらいで作戦に影響あるとは思えんしな。それに、そもそもカツィールの奴がうまくやればこちらの出番はないだろうし・・・」
ティン艦長はモニターの中で眉根を寄せた。
「アナンタは今回だいぶ厳しいんじゃないかしら。不確定要素が多すぎる。私たちの出番が全く無くなることはないと思うわ」
「そうか?せいぜい200メートル程度の小惑星だろ。ロケットブースターをどっさり持って行ったらしいし、なんとかなるだろ」
「簡単に言うわね。でも、重量も重心もわからない。小惑星の材質だって不明よ。ロケットを取り付けて加速できる状況じゃないわ」
しかも用意してあるのは出力調節の一切効かない個体燃料ロケットブースターだけだ。重心を考慮せずに取り付ければ、小惑星を回転させるだけに終わる恐れもある。
「ブースターをぶっ刺して吹かすってわけにはいかないか」
モニターの中でティン艦長が苦笑する。イメージとしてはわかりやすいが、そんな使い方を想定していないブースターは確実に自身の推進力で潰れるだろう。
「ともかく、あちらのことはアナンタに任せるしかないわ。私たちは私たちの仕事をしましょう」
「違いない。では司令部への回答は先の通りで」
「了解よ。それでは」
通信が切れた。
「通信士。司令部に回答だ。『甲板の面積の都合上ランサーの受け入れは2機が限界』そう伝えろ」
「了解しました!」
「副長。飛行甲板に2機くくりつけて行くから、準備するように航空班と整備班に伝えてくれ」
「了解です」
それだけ指示した後、ライトは隠していた電子書籍を再び取り出した。
こちらの出航は明日だ。自艦の準備は既に整っているし、もはや艦長が慌てる要素は何もない。
ライトは艦長席で悠然と脚を組むと、再びゴシップ誌を読み出したのだった。




