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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『泥だらけの流れ星』編
27/39

12 午後の寝酒

 ロケットブースターを搭載した後、なんだかんだと調整や打ち合わせが入り、アナンタがルーデン基地を出港したのは7月7日の正午を過ぎてからであった。

 ユウキ達の予想通り、積み荷の固定の関係で加速は抑えられており、小惑星までの所要時間は15時間とのことだ。

 到着後、場合によっては32時間ぶっ続けで活動しなければならないため、移動中は当直要員のみを残し、それ以外の者は可能な限り休息をとっておくよう艦長から指示が出ている。

 特に、航空班と整備班は、作業が始まれば休む暇がないことが予想されるため、移動時間中は全員休憩である。

 とはいうものの・・・。

 「こんな時間から眠れるもんじゃないぜ」

 現在午後2時。昼食後の眠気も一段落し、体と頭が活動を求める時間だ。

 ウィルは自室に備え付けられた椅子に座り、退屈そうに個人用携帯情報端末(PMIT)をいじっている。

 「そうだな~、寝るにはまだ早いよな」

 ユウキは二段ベッドの上段で寝転がって、電子書籍を読みながら答えた。

 到着一時間前には起きておくとしても、まだ休憩は12時間もある。

 格納庫で運動でもしてシャワーを浴びて一眠りするのが理想だが、格納庫はグリフィン2機の他、作業員が持ち込んだ機材で埋まっているし、航空班と整備班のたまり場である搭乗員待機室は作業員達の寝袋が並んだ寝室になってしまっている。

 「そうだ・・・」

 ウィルは何か思い立ったように席を立つと、ロッカー内の私物をゴソゴソとあさりだした。

 「どうした?」

 「どうだ、ユウキ。することもないし食堂で寝酒と洒落こまないか?」

 ウィルがロッカーから取り出したのはまだ封を切っていないウイスキーの瓶だった。

 「おいおい、この時間から酒か?」

 「夕方には寝るんだからちょうどいいだろ。気持ちのよい寝つきのためだよ」

 一理ある。確かにすることもないし、飲み過ぎなければいいだろう。

 ユウキはウィルの誘いに乗ることにした。



 アウディア宇宙軍では、休憩時間中であれば艦内での飲酒は禁止されていない。これは、ごく短時間で体内のアルコールを除去できる『アルコール分解錠剤』が開発され、酔った状態から速やかに正常に戻れるようになったことが大きな理由である。

 但し、泥酔するまで飲む者には厳しい処罰とともに、『艦隊勤務不適合者』の烙印がおされることとなる。もっとも、泥酔者に対して厳しいのは宇宙生活者共通のことであり、軍だけが特殊な訳ではない。宇宙という厳しい環境において、酒の影響で正常でない行動をとる者は、周囲の人達をも危険に巻き込む。

 艦内で酒を飲んで良い場所は決められており、食堂と自室だけだ。自室は狭いので、今回のように複数人で酒を飲むときはほとんどのクルーが食堂を使っている。

 ユウキとウィルはウイスキーの瓶とつまみ用のスナック菓子を手に食堂にやってきた。昼食時間もとっくに終わった食堂は閑散としている。

 奥の厨房ではアカシ料理長が夕食の仕込みをしていたので、一応食堂を使う旨声だけはかけておく。

 二人は手分けしてグラスや氷を準備すると、食堂の隅の席についた。

 それぞれのグラスにウイスキーを注ぐ。

 「とりあえず、作戦の成功を祈ってかな?」

 「安眠のためにってことでいいだろ」

 グラスを合わせる。強化プラスチック製のグラスはカツンとしまらない音を立てた。

 「しかし、緊張感のない話だよな。国家存亡の危機だってのに昼間っから酒ってさ」

 ウイスキーをロックでちびちび飲みながら言うユウキ。

 「確かにな。旧世紀にこんなことあったら冗談抜きで人類滅亡だぜ。大パニックになってるところだ」

 ウィルはつまみ用に持ってきたスナック菓子の袋を開けると、さっそく一掴み分口へ放り込んだ。

 「んで、ショボい宇宙船で悲壮な顔して小惑星へ向かったりするんだろ」

 「ははっ、違いない。片やこちらは酒飲んで寝てたら着くんだもんな」

 「技術の進歩万歳だな、まったく」

 ウィルはウイスキーの瓶を取ると、自分のグラスにつぎ足した。ついでといった感じで、ユウキのグラスにも酒を注ぐ。

 寝酒というにはなんだかペースが早い。

 「ま、あえて不満を言えば酒の相手がむさい男しかいないってことだな」

 「うちの綺麗どころを誘ったらどうだ」

 ニヤリと笑って言うユウキに、ウィルは不思議そうな顔を向ける。

 「うちに綺麗なのなんていたか?」

 「性格はともかく、見た目は綺麗だろ」

 実は性格も嫌いではないユウキだが、それをウィルに知られると何を言われるかわからない。

 ウィルは何やら考える素振りをしていたかと思うと、突然身振りを交えて語り出した。

 「ん~、なんて言うのかな。エミリアは・・・そう、肉が固そうなんだ。こう、筋張ってて、女性らしい柔らかさがないというか・・・わからんかな~」

 ユウキもエミリアの姿を思い浮かべる。細身で背が高く、ややキツい性格・・・いや今は性格の話ではなかった。確かに、胸や腰の肉付きも薄く、柔らかそうという感じはしない。

 「・・・わからなくもないな」

 「だろ?その点シャルミナは柔らかそうだ。性格もキツくないしな」

 そういえば、以前スミス中尉が艦内恋愛の話を振った時、ウィルとシャルミナは微妙な空気になっていた。今の口振りからすると・・・。

 「ウィル、さてはシャルミナが気になるのか?」

 グラスを口に運ぶウィルの手がピタリと止まる。ウィルはグラスを置くと、心持ちテーブルに身を乗り出して抑えた声で答えた

 「はたから見てそんな風に見えるか?」

 ユウキも抑えた声で応じる。

 「一般公開の前あたりから一気に仲良くなった気はしてたんだ。そうか、グッズ制作の作業中に愛が芽生えたか?」

 我ながら意地悪だと思うが、ニヤニヤした笑みを抑えられない。あのウィルが恋患いとは。

 「馬鹿やろ、まだそんなレベルじゃねえよ。ちょっと気になる程度だ」

 「な~にを男二人でヒソヒソやってるのかな?」

 突然食堂の入口からかけられた女性の声に、二人は揃って一瞬飛び上がった。

 「なんだ、クレアか。驚かすなよ」

 食堂に入って来たのは黒髪をショートボブにしたクールビューティ。機関科のクレア・ノクトン少尉だ。その後ろにはエミリアもいる。

 「なんだとは何よ。なんか今のビビりかた怪しいわね」

 「なんでもないよ。で、二人ともどうしたんだ?」

 平静を装ってユウキが尋ねる。

 「あなた達と同じよ。寝酒」

 そう言ってエミリアがワインの瓶を掲げて見せる。そういえばこの二人は同室だった。

 「こっちのボトルはもう封切ってるぜ。よかったら一緒にどうだ?」

 先ほどまで酒の肴として話題にしていた本人をさらりと誘うウィル。既に酔っているのかと一瞬疑ったユウキであったが、他に人がいないこの状況では、別テーブルで飲む方が不自然なことに気づいた。

 「あら、いいわね。エミリアはどう?」

 「私も別に構わないわ」

 「じゃ、ご相伴にあずかるわ」

 クレアはニコッと笑顔を見せると、エミリアとともにグラスと氷を準備しに行く。

 開いた席に着いた二人に、ウィルが酒を注いだ。エミリアはロック、クレアは水割りだ。

 「とりあえず、この後の安眠にってことで」

 ウィルの音頭で四人はグラスを合わせる。

 「で、男二人で何をヒソヒソ話してたの?」

 つまみ用に持ってきたチーズや菓子を広げながら、クレアが笑みを浮かべながら尋ねる。たぶん気のせいではなく、黒い笑みだ。

 「いや、国家の危機って言うのに酒飲んでられるのが不思議だなって話してたんだよ」

 実は話を聞かれていたのではないかと怖れつつ、当たり障りのない答えを返すユウキ。

 「へ~・・・」

 絶対に信じてない顔だ。

 「なによ、怪しいわね。どうせ下ネタでも話してたんでしょ」

 エミリアはウイスキーをちびちびやりながら、早速チーズに手を伸ばしている。

 「ま、男同士でしかできない話をしてただけさ」

 ウィルは両手を上げて降参のポーズだ。

 だがクレアは降参を許さない。

 「ってことは女の話をしてたわけね。ウィルはともかく、ユウキのそういう話は聞きたいわね」

 「えっ!?なんで俺?」

 「なんで俺はともかくなんだよ!?」

 男二人のツッコミにもクレアは涼しい顔だ。

 「だって興味あるんだもん」

 ユウキは助けを求めるようにウィルに視線を向けた。ウィルは爽やかな笑顔を返してくる。

 ダメだ、こいつは友を売る気だ。

 「で、ユウキは今いい人いるの?」

 「いないぜ。この前航空班と整備班でも話題になってな。艦隊勤務の間は外で彼女つくる気もないってさ」

 ユウキが答える前に情報がどんどん開示されてゆく。

 エミリアはと言うと、興味がないのか、はたまた話を振られるのを警戒しているのか、酒とつまみに集中して聞いていない様子だ。

 「へ~。じゃ中で彼女つくる気はあるんだ?」

 抜き身のナイフのような女だ。言葉の端を捉えた切り込みの鋭さ、容赦なさが半端ではない。

 「いや・・・その・・・」

 「そういうクレアはどうなんだ?確か同い年だったろ。彼氏とかいるのか」

 ウィルの発言は援護射撃なのか追撃なのか判断に苦しむところだが・・・。

 「私もフリーよ」

 さらりと答えるクレア。怯む様子は全く無い。

 「じゃうちのユウキをどうだい。真面目過ぎるのが玉に傷だが悪い男じゃないぜ」

 「勝手に人を売り出すなよ!・・・すまないなクレア、ウィルが馬鹿なこと言って」

 「あら、いいわよ。悪い気はしないから」

 クールビューティーの余裕は崩れない。しかも鋭い切り込みが今度は横に飛んだ。

 「でもそこんところエミリアはどうなの?」 

 グラスに口を付けていたエミリアがむせた。

 「ケホッ・・・いきなり何を言うのよ」

 「いや~、いつも一緒に戦闘機に乗ってるからどうなのかなと思って」

 「ユウキは相棒よ。今はそれ以上何もないわ」

 エミリアはグラスを置くとキッパリと言った。

 その顔を面白そうに見つめながらクレアが一言。

 「今は?」

 「相棒!それ以上何もない!」

 一瞬で余裕を失ったエミリアの様子を見てクレアは屈託なくからからと笑った。どうやらからかって遊んでいるだけらしい。

 「でもそれなら私にもチャンスあるのかしら」

 笑みを浮かべたまま視線を向けてくるクレア。からかわれているとわかってはいてもドギマギしてしまう。

 「まあ・・・その・・・今は何とも言えないな」

 どうにかそれだけを答えた。

 クレアもそれ以上は追及するつもりはなさそうだ。席を立って水割り用の水を取りに行ってしまう。

 「しかし、国家存亡の危機に酒飲んで恋バナとは・・・。緊張感ない話だな、まったく」

 ウィルが苦笑しながらグラスを揺らし氷を鳴らした。

 「ほんと、旧世紀の宇宙船乗りが見たら何と言うやら・・・」

 「技術の進歩万歳だぜ」

 結局、ボトルが空いてお開きになったのは午後4時を過ぎた頃だった。ユウキにとって安眠に効果のある酒だったかどうかは微妙である。

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