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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『泥だらけの流れ星』編
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10 なんでも屋の宿命

 訓練中のアナンタに司令部から連絡が入ったのは午後3時頃のことだった。

 「艦長、司令部から連絡。『直ちに訓練を中止し、ルーデン基地に帰還せよ』とのことです」

 「・・・それだけか?」

 前にもこんな連絡を受けたなと思いつつ、アナンタ艦長ハーマン・カツィール少佐は通信員に尋ねた。

 「はい、通信文は以上です」

 ともかく、帰還準備を始めなければならない。

 アナンタは現在、搭載戦闘機と連携攻撃訓練の最中だ。当然、2機のグリフィンも発艦して訓練に従事している。

 「全艦、現時刻をもって訓練を中止。航空班には直ちに帰艦するよう伝達」

 「訓練中止。了解」

 「アナンタから一番機、およびジークへ。現時点をもって訓練中止。直ちに帰艦せよ。繰り返す、現時点で訓練中止。直ちに帰艦せよ」

 訓練シミュレーターが停止されたため、モニターに表示されていた仮想敵艦が消え、各種表示が通常航行モードに切り替わった。

 「やれやれ、落ち着いて訓練もできんな。今度は一体なんだろう」

 珍しく、副長ベルタン大尉のぼやき声が聞こえる。

 「また出動ですかね。この前も外惑星帯まで行ってきたばっかりなのに」

 「駆逐艦は元々便利屋ですからね。仕方ないですよ」

 「アイギス級は特にそうですよ。駆逐艦プラス汎用性の高い戦闘機でしょ。まさに『なんでも屋』状態だ」

 「まあ仕方ないさ。仕事はできる部署へ回ってくるものだよ。頼りにされていると思えばいいさ」

 CIC要員からも口々にぼやきが漏れるが、ベルタン大尉が綺麗に話を締めくくった。

 「今回は司令部への出頭指示がありませんね」

 「そうだな。司令部で説明するほどの内容じゃないのか、はたまた司令部に顔を出す時間も惜しいぐらいの緊急事態なのか・・・」

 「緊急事態だったらたぶん通信で説明があるでしょう。大した用件じゃないと思いますね」

 「だったらすぐに訓練中止して戻れとは言わんだろう」

 艦長席の右手側でも、運用班の二人がボソボソと話をしていた。

 搭載機を収容し終えるまではすることがないため、艦橋のそこここから通信内容についての私語が聞こえてくる。

 いずれにしても、前回と同じく、ここでどれだけ議論しても答えが出る話ではない。

 「戻ればわかることだ」

 艦長の一言で、私語はピタリとやんだ。



 「ジーク収容完了です!」

 「よーし、ハッチ閉じるぞ!」

 艦内モードにしたインカムから整備班の面々のやり取りが聞こえてくる。シートから体を乗り出すようにして後ろを見ると、モニターごしに後部ハッチが無音で閉じていくのが見えた。

 「ハッチ開けるぞ。いいか?」

 ユウキは後席に座る相棒に声をかけた。

 「いつでもどうぞ」

 グリフィンのコクピットハッチを開ける。

 ユウキが駐機操作の完了を再度確認している間に、エミリアはコクピットから降り、装甲宇宙服姿で機に近寄ってきたシャルミナと協力して手際よくジークを床に固定していく。

 「ジーク固定完了です~」

 「よーし!整備班から艦橋へ、搭載機の固定とハッチの閉鎖を完了した」

 「格納庫の与圧を開始します」

 皆ずいぶん手際が良くなったものだとユウキは思う。自分も含めて、すっかり駆逐艦での戦闘機運用に馴染んでいる。

 格納庫内に急速に空気が充填される轟音が響く中、突然、インカムからブザーの音が聞こえた。重力制御装置でGをキャンセルできないレベルの加速を行うことを知らせるブザーだ。

 反射的に近くの物ージークの前脚ーに掴まって体を支える。

 数秒後、体が艦尾側に引っ張られるような感覚。

 「0.3Gぐらいかな」

 同じように一番機の脚に掴まっているウィルの声だ。

 アナンタの重力制御装置は、艦内重力を調整するだけでなく、加速時のGを軽減するGキャンセラーとしての機能も持っている。キャンセルできる加速度は1.9Gまでのため、通常航行時はそれ以下の加速で動くことが多い。

 ちなみに、アナンタの最大加速力は3Gに達するため、Gキャンセラーがあったとしても、最大加速時に中央通路や格納庫でぼんやりしていれば冗談抜きで墜落死してしまう。もっとも、最大加速で航行する際は、きちんと事前に通知・連絡がされるので、今のように慌ててどこかに掴まる必要はない。

 なお、戦闘時は全員席に着いているのが前提のため、事前警告なしで加速が行われる。そのため、戦闘機動中の航空機の発進や収容は現実的には不可能であった。

 「なんだ、何をそんなに急いでいるんだ?」

 一番機の装甲に手を添えて体を支えながら、搭乗員待機室に向かって歩いているガービン中尉が疑問を口にする。

 「また出動ですかね。これは」

 ユウキはというと、床に両手を着いて這うようにして待機室のドアを目指していた。情けない恰好だが、油断すると艦尾側の格納庫ハッチまで滑り落ちてしまう。

 「そんな感じよね。今度は一体なにかしら」

 エミリアは、一旦左舷側の壁まで移動し、所々に設置されたハンドレールで体を支えつつ、待機室に向けて歩いている。

 「また戦闘任務かな?もしそうならこの前の雪辱を果たせるのにな」

 一足先に待機室入り口にたどり着いたウィルは、ドアの横のハンドレールに掴まりながら言った。

 「勘弁してくれ。そんなに何度も戦闘があったら命がいくつあっても足りないよ」

 やっとこさ艦首側の壁にたどり着いたユウキは、壁のハンドレールを掴んで体を起こす。

 航空班一同は、順次待機室にたどり着いた。待機室の椅子は床面に固定されているため、各自ヘルメットを外し、座って一息つく。整備班の面々も、横Gがかかっている中、器用に装甲宇宙服を所定の場所に固定すると、待機室に戻ってきた。

 「でも、訓練を中止してすぐに戻って来いってことは、多分また緊急出動なんすよね」

 整備班のロドマン軍曹の顔は暗い。緊急出動となれば、また家に帰れなくなる。結婚してまだ1年経っていない新婚軍曹としては、笑っていられる状況ではないようだ。

 「奥さん怒らないですか~?」

 シャルミナが気を遣って、というか興味あり気な様子でロドマンに尋ねた。

 「そりゃ艦隊勤務になった時点であきらめてはくれてるけどね。いい顔するはずはないよ」

 同じく妻帯組のガービン中尉とスミス中尉は別段気にした様子は見えない。妻子に会えない状況は同じのはずなのだが・・・。

 ユウキの視線に気づいたスミス中尉はからからと笑った。

 「もう何年宇宙軍にいると思っているんだ。俺も慣れたし嫁も子ももう慣れたよ」

 考えてみれば本当にブラックな職場だ。希望者が少ないのも頷ける。

 とはいえ、艦を生活の本拠にしているユウキ達独身者にとってはさほど重大な問題ではない。平時である現在、緊急出動等で休日が潰れた場合はきちんと代休をくれるし、代休が取れない場合は給料にその分色が付く。特に予定が入っていないユウキにとっては、別段悪い話というわけではなかった。

 「は~、出動か~。またビールが飲めなくなるわね~」

 地味にダメージを受けているのはエミリアだ。

 アウディア宇宙軍では艦内の飲酒は禁止されていないのだが、減圧時に備えて炭酸飲料の持ち込みは禁止されている。

 つまり、ビールは休日に外で飲むしかないわけだ。

 着任後数ヵ月観察してわかったことだが、エミリアは実は酒が好きだ。たまに航空班で飲みに行った時の様子からして、特にビールが好きらしい。それほど量を飲むわけではないようだが、同室のクレア・ノクトン少尉とよく飲みに出かけているようだ。二人で赤い顔をして帰ってきている姿をよく見かける。

 「おっさんみたいな愚痴になっているぞ」

 「家族に会えない話から一気に小さい話になったな」

 独身男性二人からの厳しい突っ込みに、エミリアはむっと口をつぐんだ。少しは自覚があるのだろう。

 「少尉達は~、潰れて困る予定とかないんですか~?」

 「別にないな」

 「そうだな、休みがあってもスポーツジムとか行くぐらいだしな」

 シャルミナの質問にあっさり答える独身男達。

 「随分寂しい話ね。デートの予定が入ってるとかないの?」

 仕返しとばかりに、意地悪な笑みを浮かべたエミリアが切り込んできた。

 ユウキとウィルは顔を見合わせると二人で苦笑した。

 「いや、艦隊勤務の間は軍の外で彼女作ってもな~」

 「そうだな、予定すっぽかしまくって振られるのがオチだよな」

 「そうそう、今はグリフィンが恋人でちょうどいい感じさ」

 二人のコメントにガービン中尉とスミス中尉が声をあげて笑った。

 「まあ確かに戦闘機乗りが艦隊勤務になることは滅多にないからな。基地勤務になってから落ち着いて交際相手を探すのもありかもしれん」

 ガービン中尉の肯定的なコメントの後、スミス中尉がニヤリと笑いながら言葉の爆弾を投げ込んだ。

 「軍の中で彼女を作る分にはいいわけだ。艦内恋愛か?」

 言われたユウキは、反射的にエミリアに視線を向けてしまった。

 一瞬驚いた顔をしたエミリアは、戸惑った顔で視線をそらした。ユウキも我に返って視線をエミリアからそらし、スミス中尉に視線を戻す。

 スミス中尉はとても悪いニンマリ顔。ハッとして周囲を見ると、ガービン中尉は息子の恋愛話を聞いた親のような温かい笑顔。ロドマン軍曹もシリアス顔を保とうと努力しているが、口の端に笑みが浮かんでいる。

 ウィルとシャルミナはというと、こちらはこちらで視線を彷徨わせながら微妙な顔だ。

 「あ、いや・・・」

 慌てて何か喋ろうと口を開けたところで、再びブザーの音が響いた。

 一同、真顔に戻り、座席の肘掛をしっかり掴む。数秒後、加速が止み、微かに縦に振られるような感触。それが消えると再び加速が再開された。

 恐らく基地までの中間地点に到達し、艦を180度回頭して減速噴射を開始したのだろう。

 「さて、もうすぐ着きそうですね。今度の任務は本当になんでしょうか」

 ユウキは無理やり話題変更を試みるも、スミス中尉とガービン中尉の笑みを消すことができない。

 居心地の悪い時間はまだしばらく続きそうだった。


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