8 アナンタグッズを作ろう
「ということで、航空班・整備班が行う格納庫・飛行甲板での展示で必要なものは以上です」
ガービン中尉の説明に副長ベルタン大尉はあっさり頷いた。
「どちらもすぐに広報部を通じて手配しよう。多分問題なく入手できるはずだ」
「あと、航空班のハースト少尉から、関連グッズの販売について質問を受けました。あれはこちらで関与する余地があるのでしょうか?」
「艦のエンブレムとかをプリントしたグッズのことだね?あれは広報部の契約業者が艦の前に店を出して売っているものだよ。こちらが販売に関与する必要はないな」
そりゃそうだろうとガービンも思う。軍人が任務として売り子をするなどあり得ない。
旧世紀の軍艦では艦内に売店があり、主計課員が嗜好品などを販売していたというが、そうした制度は廃れて久しい。
「まあ、アナンタ関連のグッズの制作について業者と打ち合わせをすることになっているけどね」
「制作にこちらが口を出せるのですか?」
「まあね、何を作るかとかどんなデザインにするかとか。そういった部分はこちらの意見も聞いてくれるみたいだね」
言った後、ベルタン大尉は少し考える素振りを見せた。
「ハースト少尉はグッズ販売に興味を持っている様子だったか?」
「はい、何やら相当熱が入っているように見受けられました」
ベルタン大尉は爽やかな笑顔をガービンに向けた。
「ならちょうどいい、ハースト少尉に関連グッズ制作についての業者との折衝を任せてもかまわないかな?」
爽やかな笑顔の裏に、仕事を一つ丸投げしてやろうという意図が感じられる。
だが、ウィルは喜んで飛びつきそうな話だ。副長は仕事を減らせる、ウィルはやりたいことができる。まさにウィン・ウィンの関係ではないか。
「了解しました。本人は喜んで『やります』と言うと思います」
「じゃあ中尉からハースト少尉には伝えておいてもらえるかな。業者からの資料とか検討すべき事項については、後でハースト少尉の個人用携帯情報端末に転送しておくよ」
「了解しました」
業者との折衝だけなら、航空班全体の業務が増えるわけではない。さしたる問題はないだろう。
自分としては、ウィルが奇抜な意見を言わないよう目を光らせておけば良いだけだ。何も問題はない・・・問題はないはずだ・・・。
そう考えつつも、微かな不安を拭いきれないガービンであった。
ウィリアム・ハースト少尉は悩んでいた。
関連グッズ制作に関与できるようになったのは大変ありがたい。仕事を振ってくれた副長とガービン中尉に感謝である。
副長から転送されてきたデータに目を通したところ、3日後にグッズの制作・販売業者が打ち合わせに来るので、それまでに、『どんな物を作るか』、『どのようなデザインにするか』について意見をまとめておくように、との内容だった。
幸い、業者との折衝については『一任』されたため、改めて副長や艦長の了承を得る必要はない。
当然ながら、グッズ制作の主眼は『アナンタならでは』、『アナンタに来ないと手に入らない物』だ。
アナンタの艦のエンブレムは既にある。頭と尻尾の先を持ち上げ、胴体を低く平らにしたドラゴンの意匠だ。西洋風のドラゴンではなく、東洋風の、蛇のように胴体が長いドラゴンである。
このアナンタのエンブレムを主軸にデザインを考えていくわけだが、ウィル自身は絵心がなく、デザインセンスについても自信があるわけではない。
協力者が必要であった。
「あ、いた!ハースト少尉~、一般公開の時の一番機の展示について相談が~・・・」
「協力者確保!」
「ひいっ!」
突然正面から両肩をがっしり掴まれたシャルミナ・ヴァルマ伍長は短い悲鳴を上げて一瞬固まった。
「なんですか~!、いきなり~」
「シャルミナ、ちょっと協力してくれ。副長からの特命任務を遂行するためにお前の力が必要なんだ」
できる限り真剣な顔を維持して頼むが、何故かシャルミナはジト目である。
「特命任務って一体なんですか~。女性クルーにバニースーツを着せようとか言うんじゃないでしょうね~」
「そんなふざけたことを言うはずないだろ!真面目な任務だよ」
協力者を得るためには、ここは真剣に説得する場面だ。ウィルは丁寧に事情を説明し、デザインセンス自信がないから協力して欲しいことを告げた。
シャルミナは少し考えた後、小さく頷く。
「真面目な任務かどうかはともかく、そういうことならいいですよ~。面白そうだし、協力します~」
「ありがたい」
「でも~、少尉はなんでそんなに熱が入ってるんですか~」
「せっかくアナンタを訪れてくれるんだ。来てくれた人にここでしか買えない土産を用意してやりたいじゃないか」
「建前じゃなくて本音を聞きたいです~」
「・・・俺がアナンタグッズを欲しいからだよ・・・」
実は趣味でそうしたグッズを収集しており、アナンタ特製グッズをコレクションに加えたいだけだったりする。
「確かにそれは私も欲しいですね~。頑張って素敵なのを考えましょう~」
ウィルは前向きな協力者1名の確保に成功した。
「だめですよ~少尉、そんなに派手派手じゃ日常使いできないじゃないですか~。エンブレムはワンポイントで入れるぐらいでいいんですよ~」
「となると、胸と・・・袖に入れるぐらいか?」
「同じエンブレムを二つ入れても仕方ないですから~、袖の方はグリフィンにしたらどうですか~」
搭乗員待機室でPMITを見ながら二人でTシャツのデザインについて検討していると、ユウキとエミリアが入ってきた。
「熱が入ってるな、ウィル。お前の真剣な顔を見るのは久しぶりな気がするよ」
「ちょうど良かった、二人にも聞きたいことがあったんだ」
皮肉にも反応しないウィル。ユウキとエミリアは戸惑いつつも警戒顔だ。
「どんなグッズを作ればいいと思う?定番のシャツやキャップ、バッグやピンバッジなんかは当然作ってもらうんだが、それ以外で、アナンタならではの物が欲しいんだが」
「いきなり難しい質問ね」
エミリアは頬に手を当てて考え始める。
「客層から考えるか?今回来る客はほとんどが地上居住者だろ?地上で使う物を用意してみるとかは?」
商売人らしい視点からの意見はユウキだ。さすが実家が客商売をしているだけのことはある。
「地上で使う物か・・・傘?水着?・・・他になんかあるか?」
「その考え方は無理あるわよ。私達誰も地上で生活したことないんだから」
エミリアの指摘ももっともだ。宇宙生活では必要ないが、地上では必要なものは?と問われても、宇宙生活者には答えが出せない。
「でも首都は夏だから、水着という選択はありかもしれないけどな」
ウィルはアナンタエンブレムがワンポイントで入ったビキニを想像してみる。・・・悪くない。
男物の水着?そんなものは想像するに値しない。
「でも~、普通軍艦を見に来て水着を買おうと思う人はあんまりいませんよね~」
「だろうね、水着は却下だな」
シャルミナとユウキからもダメ出しだ。水着、悪くないと思うのだが・・・。
「じゃあ違う視点で行くなら、アナンタという名前からのイメージ?あと、駆逐艦という観点で何か考える?」
エミリアも何だかんだと言いながら真面目に意見を出してくれている。
「アナンタのイメージだったら~、やっぱり寝具関係ですかね~」
「ベッドになるドラゴンだからか?でもアナンタの上で寝るのは神様だろ?いいのか?それ」
「いいじゃないか、それ。『天にも昇る寝心地』とか言ってシーツや枕を作ろうぜ」
「それ、二度と目が覚めないんじゃないの?寝てる間にあの世行きって感じになるわ」
「キャッチフレーズはともかく~、候補としては悪くないかもしまれませんね~」
ふむ、シーツと枕、または枕カバーが候補だな。
「あとは駆逐艦というイメージね」
「駆逐艦から来るイメージ・・・、快速、魚雷・・・あと何かあるかな?」
想像力の乏しいユウキからは、二つしかイメージが出てこない。でも、言われてみるとそれ以上のキーワードが思い浮かばない。
「魚雷から来るイメージ・・・魚雷・・・男性のアレ・・・そうだ!コンド・・・ぐあぁ!」
モップの柄で尻を突き刺され、最後まで言わせて貰えなかった。
「却下よ!!」
モップを両手に構え、怒りオーラをまとったエミリアが切って捨てた。
「少尉、最低です~」
こちらは極寒のオーラを漂わせたシャルミナ。視線が冷たい。
尻をさすりながら、ウィルがまとめに入った。エミリアが次の一撃の準備を整えているため、ここで冗談を交えるのは危険すぎる。
「とりあえず、シーツか枕あたりで業者と交渉してみるよ。あとは定番グッズのデザインをシャルミナと決めて・・・」
「定番グッズはどんな感じになったんだ?」
ユウキが興味深げにウィルのPMITを覗き込んだ。
ウィルは、すでに案が出来ているキャップ、シャツ、バッグの図柄を画面に表示させる。
「あら、悪くないじゃない。これなら私も買うわね」
やっとモップが壁のラックに戻された。
「確かに、なかなかいいな。アナンタに着任したのにアナンタのエンブレムが入った私物がなかったからな。俺も欲しいよ」
なかなか好評である。シャルミナの協力を得て正解だった。ちなみに、この通り実現すればウィルも全種類買うつもりだったりする。
「航空班の方々にも好評みたいですし~、これで行けそうですね~」
「うし、それじゃ残りのアイテムのデザインをやってしまうか。ありがとう、ユウキ、エミリア。助かったよ」
デザインが完成すれば、後は業者としっかり交渉するだけだ。どの程度の要望が通るかはわからないが、自身のコレクションを増やすためにも、ごりごり強気で交渉するとしよう・・・。




