7 一般公開という仕事
アナンタ艦長ハーマン・カツィール少佐の元にその報せが届いたのは、六月も中旬に入った頃のことだった。
「艦の一般公開ですか?」
「そうだ、アイギス級は国産の新鋭艦だからな。国民からの注目度も高い」
通信の相手は、首都直轄艦隊司令部のカスター大佐だ。
「いつですか?」
「7月2日。7月最初の日曜日だ」
そう、アウディアではまだ『一週間』の概念が引き続き使用されている。当然日曜日は多くの一般人にとっては休日だ。
「えらく急な話ですね」
客寄せ、つまり一般人へのイベント広報が間に合わないのではなかろうか。
「いや、実は他の艦を公開予定で準備してたんだがな。上から国産の新鋭艦に差し替えるように指示があったんだ」
急遽の予定変更で色々調整に苦労したのだろう。カスター大佐の顔にはやや疲れが見える。
「場所はアプリコット・エレベーターの宇宙側ステーションだ。広報部は首都からの見学者を見込んでいるようだな」
アプリコット・エレベーターは、惑星シュライクに3基ある軌道エレベーターの一つで、地上側のステーションは首都グリンウッドにある。
ちなみに、シュライク開拓当時は単に『Aエレベーター』と呼ばれていたのだが、テラフォーミング完了後は他のB・Cエレベーターと同様、植物の名前に改名された。
「了解しました」
「入港のスケジュールやイベント詳細については追ってデータを送る。とりあえず貴艦は、ピカピカの新鋭艦に見えるように艦内を整備しておきたまえ。いいか、本任務は地上からの軍採用希望者を増やすことを目的とした重要な任務だ。気を抜かずに取り組むようにな」
「了解しました」
通信が切れる。
カツィール自身は、過去に勤務していた艦で一般公開を経験している。艦長になってからは初めてだが、特段大騒ぎして準備するほどのイベントではない。
単に、一般人が艦内を見て歩くだけだ。立ち入りを禁止する箇所にだけロープを張ったり、警備役のクルーを立たせるだけ。あとは各部署のクルーに簡単な説明をさせれば良い。
艦外での観客の案内や列の整理は、広報部門の担当官らが応援に来てくれるので、アナンタクルーが対応する必要があるのは艦内だけだ。
それに、一般公開までまだ半月もある。それまでに複数の訓練スケジュールが入っているので、本格的な準備―といっても清掃くらいだが―はまだ先で問題ない。
差し当たり、副長にだけ伝えておけば良い。あの有能な副長ならば、当日までに必要な措置をとっておいてくれるだろう。
早々に仕事を副長に丸投げすることに決めたカツィールは、声を挙げて副長ベルタン大尉を呼んだ。
「艦の一般公開ですか?」
「ああ、今しがた副長から指示があった。7月2日の日曜日だそうだ」
所変わって航空班の搭乗員待機室。午後の訓練とそれに伴う整備や後片付けを終え、あとは終業時間を待つばかりの航空班・整備班の面々が集まっている。
「一般公開て何するんですか?私達」
エミリアが困惑気味に尋ねる。航空班の若手隊員は、ユウキも含めて艦隊勤務が初めてだ。当然、この種イベントの経験はない。
「決まってるだろ、一般人に対して愛想を振りまくんだよ。特にハイスクールぐらいの若い子は、軍を希望してもらわにゃならんから、『お姉さんが手取り足取り教えてあ・げ・る』って感じでたらしこむんだよ」
ウィルに対する女性陣の視線がスッと冷たくなる。が、彼の神経はそのくらいではビクともしない。
「写真撮影する奴も多いから、やっぱり制服はスカート着用でちょっとサービスショットを・・・痛って!」
ウィルは、モップの柄の一撃を尻に食らって沈黙した。
「で、一体私達は何をするんですか?」
モップを元の壁際のラックに戻しながら、エミリアが何事もなかったように再度同じ質問をする。
「ウィルの話も前半はあながち間違ってはいないな。一般人に対する広報という名目でやっているが、軍の本音は採用募集活動の一環だ。愛想を振りまく必要はないが、凛々しい軍人の姿を見せてやる必要はあるだろうね」
ガービン中尉が苦笑しながら説明する。
「普通の艦だったら、せいぜい艦内通路を通って艦橋、食堂、それに居住スペースの一部を見せるぐらいだがな。この艦の場合は格納庫と飛行甲板が目玉になりそうだぜ」
スミス中尉の言うとおり、艦と戦闘機を両方見れる機会は少ない。艦内で一般人が興味を示しそうなところは艦橋ぐらいなので、グリフィン目当てに格納庫や飛行甲板に客が流れてくる可能性が高いだろう。
「じゃあ俺たちは格納庫とか甲板で見学者の相手をするんですか?」
「そうだ、基本的には自分の部署の説明とか質問対応をすることになる。立ち入り禁止規制とか客の誘導は、艦橋要員に余裕があるからそっちでやってくれるだろう」
ユウキの質問に、ガービン中尉がよどみなく答える。
毎度のことながら、中尉の経験者としてのアドバイスは参考になる。
そこで、ユウキはふと思い出した。航空要員が艦隊勤務に就くことは実はほとんどない。アイギス級ができるまで、唯一の例外はエリート部隊と言われる航空母艦『フューリアス』に乗り組む場合だけだ。
ガービン中尉はどこでこのような知識を手に入れたのだろう。まさか、フューリアスに乗っていたことがあるのだろうか。
「ガービン中尉はこの種のイベントの経験があるのですか?」
当たり障りのない質問で探りを入れてみる。
「残念ながら、見学に行った方の経験があるだけだね。知った風なことを言ってるが、私の知識は同期生からの受け売りだよ」
中尉は苦笑しながら答えた。
「実は俺もそうだ」
スミス中尉も笑いながら言う。
二人ともエリート部隊にいたわけではないらしい。なんとなく安心してしまうのは哀しい庶民の性だろうか。
「とりあえず、飛行甲板に翼広げた状態で一機出す感じでいいっすかね」
話を元に戻したのはロドマン軍曹だ。
「そうですね~、空いたスペースで装備品の展示をしてもいいかもしれませね~」
整備班の二人の意見で、ユウキも大体頭にイメージが浮かんできた。
「そうだな、左舷側を見学者通路にして、格納庫と甲板の右舷側に機体と装備を並べる感じかな」
ガービン中尉がそのイメージをさらに具体的に補強してくれた。
「立ち入り規制ロープとか説明用案内板とか欲しいっすね」
「確かにそうだな、航空隊の戦闘機展示の時とかは機体の回りにロープ張って、機体とか装備とかの説明書いた案内板立ててるもんな」
今度はまともなウィルの発言。
「必要なものはリストアップして副長に伝えたら、できる限り用意してくれるそうだ。規制ロープなら問題なく手に入るだろうし、装備の案内板もどこかの航空基地から回してもらえるんじゃないかな」
ガービン中尉は、個人用携帯情報端末に必要物品を入力しつつ答えた。
「まあ案内板ぐらいならいざとなれば自作できるさ」
「そうですね~、手書きでもいいですしね~」
シャルミナの手作り案内板・・・。
ユウキは、シャルミナが作成する手書き説明板を想像してしまった。手作り感満載の立て看板に、丸っこいころころした字体で『30ミリリニアキャノン』とか説明書きが書かれており、説明の周囲にはやたらデコレーションがされている可愛い案内板だ。
違和感が半端ではない。
「借りれる物があるなら借りた方が早いですね」
ユウキは控えめにもっともらしい意見を述べつつ、想像上の看板を頭から振り払う。
「とりあえず、大まかなところはそんな感じだな。まだ一般公開までは日があるし、訓練も入っているから、今のところは欲しい物の注文だけやっておこう。当日の配置や任務はまた後日に決めればいい。何か質問はあるかな」
エミリアが小さく手を挙げて質問する。
「各個人で用意するものはありますか?制服の種別とかは?」
「バニースーツでも・・・」
言いかけたウィルを視線で黙らせておいて、ガービン中尉に向き直るエミリア。
「特に準備するものはないな。服装も清潔にさえしておけば、いつものパイロット用つなぎで十分だ」
「了解です」
「他には・・・」
今度はウィルが挙手した。
「グッズの販売はどのような形でやってるんですか?」
「グッズ?」
「はい。一般公開といえば、部隊マークやエンブレムがプリントされたシャツ、帽子、ワッペンなどの関連グッズを売っているのが定番です。あれは各部隊で販売するんじゃないんですか?」
ウィルが妙に燃えている。まさかグッズ販売で金儲けをしようとか考えてるのではなかろうか。
「そこらあたりは私も知らないな。あとで副長に聞いてみよう」
ガービン中尉が言ったところで、ちょうど終業時間を表すブザーが鳴った。
「では今日のところは以上だな。副長との話は私の方でやっておくよ。それでは、解散するとしようか」
こうして、アナンタの一般公開に向けた準備は静かに始まった。




