4 全員再訓練
「お早うございます、中尉」
搭乗員待機室に現れたガービン中尉は、艦に『出勤』した後、艦内の自室に寄って着替えたのだろう。すでにいつものパイロット用つなぎ姿だった。
「皆お早う」
独身組の3人は、艦の自室で寝泊まりしているため、時間になったら待機室に来るだけ。出勤時間3分だ。
始業時間まではまだ間があるため、独身3人はコーヒーを飲みながらたむろしていた。
「中尉、コーヒーどうぞ」
ウィルがガービン中尉にマグカップを差し出す。
「ありがとう」
中尉は律儀に礼を言ってカップを受け取った。
「今日から訓練再開ですね。やっと日常が戻ってきた感じっすね」
ウィルの言葉にガービン中尉は苦笑しながら答えた。
「レン事変の前も日常までたどり着いてなかったんだがね」
そう、レン事変の前は離着艦訓練程度までしかできていなかった。戦闘訓練はこれからだったのだ。
「とりあえず、やっとこれで戦闘訓練が開始できる。この前の惨状を繰り返さないためにも、ちょっと気合いを入れて鍛えないとな」
「望むところです。ガンガンやりましょう」
「そうね、やられっぱなしは性に合わない。次は負けないように鍛えたいわね」
被撃墜組の二人はやる気満々である。
「さあ、今日は何をするんですか?」
前のめりなユウキにやや怯みつつ、ガービン中尉が答えようとした時、壁のインターホンが鳴った。
近くにいたエミリアが受信ボタンを押す。
通信班のグレンジャー少尉からだ。
「あ、クラム少尉。ガービン中尉はおられますか?」
「ええ、ここにいます。かわりましょうか?」
「いえ、いいんです。伝言だけお願いします。航空部作戦部長から各航空隊宛の命令書が届いてます。ガービン中尉の個人用携帯情報端末に転送するので、見ておくように言っておいてください」
「了解です」
通信を切ったエミリアは、ガービン中尉に向き直ると「だそうです」とだけ言って説明をばっさり省いた。
「了解だ」
言いつつ、ガービン中尉は自身のPMITを取りだし、送信された命令書を確認する。
「こいつは……」
読み進める内、ガービン中尉の顔に苦笑めいた表情が浮かんだ。
「なんです?」
気になる一同を代表してユウキが尋ねる。
「簡単に言えば訓練強化の命令だな。レン事変で惨敗を喫した要因はパイロットの練度不足にあると。この敗北を繰り返さないために全部隊戦闘訓練を徹底せよって話だ」
説明しつつ、命令書を表示した状態のPMITをウィルに手渡す。
「パイロットの練度不足ですか……否定はできませんけど、ルーキーばっかり集めといて勝手なこと言うなって感じですね」
ウィルが不機嫌そうに唸りつつ、PMITを受け取った。
「いいじゃないか、戦闘訓練強化は望むところだ」
ユウキ自身『次は負けたくない』という気持ちが非常に強い。戦場はルーキーもベテランも区別してくれない。生き残りたければ訓練するしかないのだ。
「あと、近日中に部隊間での合同演習を企画するとも書いてあるな」
「いいじゃない。どうせ他の飛行隊の連中、私たちに勝って『ひよっこだから負けたんだ』とか言いたいんでしょう。思い知らせてやりましょうよ」
「いいな、それ。『流れ星に撃墜された奴』って称号をプレゼントしたいな」
暗い笑みを浮かべるユウキに周囲はやや引きぎみである。
「中尉、なんかこれとんでもないこと書いてますよ」
ウィルが頬の辺りをひきつらせながらPMITを示した。
「なになに、AIと同じ速度で反応できるまで訓練しろですって!?」
「なかなか攻める命令を出して来ますね」
「皆よく読みたまえ、そこは命令書本文ではなく航空作戦部長の言葉を伝えるメモだよ。それぐらいの気概をもって訓練に取り組めということだね」
「あ~、びっくりした」
ウィルはかいてもいない汗を拭う仕草をするとPMITをガービン中尉に返した。
「とりあえず、今日はうちの2機だけで戦闘訓練をやろう。明日以降はアラクネの航空隊と合同訓練ができないか打診してみる」
「了解です!」
「気合い入れていきましょう!」
「流れ星に撃墜される屈辱を……」
3人の様子にやや気圧されつつ、ガービン中尉は自分を励ますように言った。
「……まあ士気が高いのはいいことだ」
翌日……。
アナンタ航空班との合同訓練を終えアラクネに帰艦したベルクマン中尉は、搭乗員待機室でスポーツドリンクで水分補給しつつ、一息ついていた。
二番機パイロットのテイラー少尉、それに二人の兵器システムオペレーターも、それぞれ飲み物を手にやや疲れた様子で椅子に腰をおろしている。
「どうした、えらく疲れてるな」
「艦長!?」
入り口から突然かかった声に、一同慌てて立ち上がろうとする。それを手で制しながらアラクネ艦長アルバート・ライト少佐が待機室に入ってきた。
「どうだった? アナンタのヒヨッコどもは」
「いや艦長、あれはもうヒヨッコと呼べる連中じゃないですね。悪くない腕前ですよ」
ベルクマン中尉が代表して答える。
「ほう?」
「2対2を3ラウンドやりましたがね。2勝1敗でした」
「お前らが負けのか? あの連中に」
ライト艦長は心底驚いた様子だ。それはそうだろう、パイロットの経験年数で言えばこちらは圧倒的に上なのだから。
「すみません。俺がちゃんとミサイルを回避していれば……。あんな若い連中が管制しているミサイルに当たるなんて恥ずかしい限りです」
テイラー少尉が悔しそうにドリンクのパックを握りつぶした。
「いや、あのミサイル管制はガービン中尉だよ。一番機のミサイルだったろ。ルーキーにやられたわけじゃないさ」
テイラー少尉の相棒が慰めるように言った。
彼らが敗れた一戦は、冒頭のミサイルの応酬でテイラー少尉がミサイルを回避できずに『撃墜』され、2対1で戦わざるを得なくなったベルクマン中尉も、敵の連携に対応しきれず、格闘戦の末に『撃墜』されてしまった。
勝利した2戦も楽勝とは言い難い。相当の時間粘られ、こちらの搭乗員の精神力がじりじりと削られるような戦いであった。
「ガービン中尉搭乗の一番機は当然だが、あの流れ星マークの奴もなかなかやるよな」
「ああ、立ち回りも悪くない。回避もうまいし、何より大した射撃の腕だ」
「流れ星マーク? あの流れ星勲章の奴か?」
ライト艦長は愉快そうに笑う。
「まあ成長するだろうとは思っていたがな。それに何だ? 機体に流れ星マーク描いてんのか?」
「ええ、コクピットの側面に流れ星マーク描いてましたよ」
「あれ、恥ずかしくないんですかね?」
笑う搭乗員達を尻目に、ライト艦長は何事か考えこんでいる。
「艦長? どうかしましたか?」
「そうか、ここは乗機と搭乗員が固定なんだな……」
「艦長?」
ライト艦長はいたずらっぽい笑みを顔に浮かべたまま、一同の顔を見渡して言った。
「お前ら、自分のパーソナルマークが欲しくないか?」
「306戦闘飛行隊との戦闘演習ですか?」
ガービン中尉からもたらされた連絡に、アナンタ航空班の若手達は色めき立った。
306飛行隊は昨年新設されたグリフィン装備の飛行隊だ。アウディアの基地飛行隊の例に漏れず、定数・定員を満たすには至っていないが、首都防衛を担う航空戦力として、日々訓練を実施している。
「望むところです!」
「絶対勝ちましょう!」
「今度こそ『流れ星に撃墜された奴』の称号をプレゼントしてやる」
ユウキも含め、メンバーの士気は高い。
先般の訓練強化命令を受け、各部隊では『アイギス級の搭乗員がヘボだったせいで訓練が厳しくなった』との不満が噴出しているらしい。ここで負けたら、『それ見たことか。俺達が出てたら勝てたんだ』などと増長する輩も出てくるだろう。
負けるわけにはいかない。
「実施は明後日だ。アイギス・アラクネの航空班と組み、306飛行隊に当たる。両艦の搭乗員と連携訓練をするチャンスは明日しかない」
「え、ベルクマン中尉達が味方ですか? そいつはありがたいですね」
アラクネのベテラン4人に加えて、アイギスにもレン事件の後搭乗員が補充された。
頭が固いと言われていた航空部も、この状況でルーキーパイロットをアイギス級に配属する程無能ではない。アイギスには、パイロット、兵器システムオペレーターともに経験豊富なベテラン搭乗員が配備されている。
「演習は2対2、4対4、6対6の戦闘訓練が予定されている。多数機の戦闘訓練はほとんどやっていないからそこが不安だな」
ガービン中尉の指摘ももっともだ。基本2機しかいないアナンタ航空班は、自隊では1対1の基本戦闘訓練しか実施できない。また、アナンタの母港ルーデン基地には、戦闘機隊が駐留していないため、合同訓練をしようとすれば、他のアイギス級の航空班を巻き込むか、アウディア唯一の航空母艦『フューリアス』の航空隊に依頼するしかない。
フューリアス搭載の航空隊は、アウディア宇宙軍航空部のエリートと目されている部隊であり、『ドサ回り』『荷馬車の引馬』と揶揄されるアイギス級搭載部隊など相手にしてくれそうになかった。
「仕方ありませんよ。明日できる限り訓練して、足りない分は演習で覚えましょう」
「そうですね、技能向上のための演習ですからね」
ガービン中尉の目から見ても、レン事変後3人の腕前は確実に向上している。中でも、2度の被撃墜を経験したユウキは、相棒であるエミリアとともに暇さえあればシミュレーター訓練に精を出し、アラクネ搭乗員との戦闘訓練を行った後もベルクマン中尉らベテランパイロットの戦闘記録を詳細に分析して自分のものにするなど、能力向上が著しい。
経験年数だけで言えばルーキー主体のアナンタ航空班だが、これならば他の航空班相手にも十分対抗できるだろう。
年甲斐もなく、演習日を楽しみに思うガービン中尉であった。




