3 へそ曲がりのジーク
翌日。
アナンタの格納庫には、翼を畳んだグリフィンが2機並んでいた。
午前中は機器の確認と整備に充てているため、訓練の予定はない。アナンタも、出渠後の諸作業が残っているため、今日は一日港から動かない。
航空班は整備班とともに格納庫でグリフィンや付属品のチェックをしているところだ。
「ちょっと! 何よこれ!」
グリフィン二番機の脇で個人用携帯情報端末の画面を眺めていたエミリアが突然声をあげた。
「どうした?」
コクピットに座って支援AIと会話していたユウキは身を乗り出してエミリアの手元を見る。
「この子の故障履歴とか整備履歴を見てたんだけど、原因不明の機能停止が2回ですって!」
「何? 完全に止まったのか?」
それは恐ろしい事態だ。
「いえ、単にパイロットの操作を受け付けなくなっただけらしいけど・・・あ! 他にも複数回の機能異常あり」
「都度ちゃんと修理されてるんだろ?」
というか、そんな故障や不調が修理されないはずがない。
「それが、原因不明で対処できなかったみたい。最終的にはAIシステムまるまる載せ替えてるわね」
「それで治ったなら問題ないだろ」
「治ってないみたいよ。機能停止の内一回はAI載せ替えた後のことみたい」
「あ~、その話ですね~」
シャルミナが二人の会話を聞き付けて寄ってきた。
「整備員の引き継ぎにありましたよ~」
「原因不明ってまずいんじゃないの? またあるかもしれないんでしょ」
不安げなエミリアに対し、シャルミナにはまったく深刻そうな様子がない。その態度に違和感を覚えたユウキはコクピットから降りながらシャルミナに尋ねた。
「何かわけありっぽいね」
格納庫にいたガービン中尉達他の四人も興味深げに集まってきた。
「そうなんですよ~。その機能停止は2回とも同じパイロットの時です。機能異常もそのパイロットか、もう一人のパイロットの時しか起きていません」
「何? ヒューマンエラーなわけ?」
やや安心した顔を見せるエミリア。だが油断するのは早かった。
「いえ~、操作ログを確認してもヒューマンエラーは確認できなかったそうです~」
「それじゃダメじゃない」
「つまりあれだな・・・」
ユウキはグリフィン二番機をポンポンと叩きながら言った。
「お前はそのパイロット達が嫌いだったんだな」
「茶化さないで」
「はい・・・」
エミリアにピシャリと言われて黙るユウキ。
「とりあえず~、機能異常はそのパイロット達が乗った時にしか起きてないので、他のパイロットで運用してたみたいですね~。そうしてる分には全く問題ないらしいです~」
「けっこう適当だな、その部隊も」
ウィルもやや呆れ顔だ。
「そんなだったんで~、この子はその部隊で『へそ曲がりのジーク』って呼ばれていたみたいですよ~」
「へそ曲がりね・・・」
「へそ曲がりなのはわかったっすけど、どうして『ジーク』なんすか?」
ロドマン軍曹からもっともな質問が出た。
「この子の名前ですよ~。シリアル番号から名付けたって言ってましたけど~」
ユウキは体を屈めると、グリフィンの胴体後部側面の下の方に書かれたシリアル番号を見た。
『008203000』がそのシリアル番号だ。これと『ジーク』の名がどう繋がるのだろう。
「ちょっと待て。このシリアルはあり得んぞ」
訝しげな声をあげたのはスミス中尉だ。
「あっ! 本当っすね。このシリアルはおかしいっすね」
ロドマン軍曹も気付いたようだが、航空班の面々は怪訝な顔のままだ。
「あ~、できればわかるように解説してくれんかな」
ウィルが航空班を代表して尋ねる。
「ええとですね・・・」
ロドマン軍曹が説明役を買ってでてくれた。
「シリアルの最初の四桁はその機体が軍に納入された年数です。この機体なら、アウディア暦82年に納入されたってことですね」
「ふむふむ」
今はアウディア暦83年だから、去年納入されたということだ。
「次の二桁は機種符号だ。01なら『セイバー』、02は『ランサー』、03が『グリフィン』を意味する」
スミス中尉が説明を引き継いだ。
「アウディア暦82年に納入されたグリフィン。そこまではオーケーです。その次のゼロ3つはなんですか?」
「それがあり得ん数字だ」
スミス中尉は不機嫌そうに考え込んだ。沈黙した中尉にかわり、ロドマン軍曹が説明を引き継ぐ。
「その三桁は年ごとの納入機数の通し番号っすね。その年に納入された最初のグリフィンならば『001』になるっす。『000』はあり得ないんすよ」
「あ~、それ引継ぎの時整備員さんが言ってましたよ~。確か、軍に納入されずに研究機関に貸し出されてたって話ですね~。その研究が中止になって、今年になってから納入されたんで、遡ってシリアル付けたらしいですよ~」
なるほど、奇妙なシリアルナンバーの原因はこれで判明した。
「研究機関に貸し出しか・・・。何の研究だったのかな」
「さあ~、そこまでは聞いてないです~」
「それで、このシリアルでなんで『ジーク』なんだ?」
ウィルが話を元に戻す。
「今までの話を聞く限り、この『000』が『ジーク』の名前の由来でしょうね」
そこで、今まで黙っていたガービン中尉がポンと手を打った。
「思い出した。『タイプゼロ』だ」
「・・・?」
「タイプゼロって何ですか?」
一同頭の上に?マーク状態だ。
「タイプゼロは旧世紀の戦闘機だよ。まだ飛行機がプロペラで空気をかき回して飛んでいた時代の戦闘機だね。欠点も多かったようだが、世界大戦と呼ばれた大規模な戦争で活躍した高性能機だったらしいな。このタイプゼロに敵側が付けたニックネームが『ジーク』だったはずだよ」
「なんとも回りくどい愛称の付け方ですね」
ウィルは少々呆れ顔だ。
「しかしガービン中尉、そんな大昔の飛行機の話よくご存じですね」
士官学校で戦史の講義はあったが、飛行機の名前など細かい話などは当然なかった。
カービン中尉はやや照れたように頭をかいた。
「趣味でね。旧世紀の飛行機のことは色んな本で読んでるんだ」
「で・・・」
エミリアが『ジーク』の武器搭載翼に手を置きながら言った。
「この『へそ曲がりのジーク』は大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。前の部隊でも普通に運用してたらしいし。俺達が嫌われなければ機嫌よく動いてくれるんじゃないか」
ユウキの楽観論に、エミリアは呆れ顔だ。
「はいはい、大事に使えば機械は応えてくれるんだったわね」
「もし不安があるなら私とウィルがジークに乗るが?」
ガービン中尉の申し出に、エミリアは慌てて手を振った。
「いえいえ、そんなに不安があるわけじゃありません。もちろん私達が乗ります」
「うん、エミリアも納得した。じゃあこれからよろしく頼むよ、『ジーク』」
ユウキはグリフィンの胴体をポンポンと叩きながらグリフィンに声をかけた。エミリアもグリフィンの武器搭載翼に手を置いて言う。
「そうね。命を預ける相棒だもんね。よろしく『ジーク』」
当然ジークは何も答えない。
その日の午後、ジークの慣らし操縦を兼ねて訓練に出ることになったユウキは、コクピット脇で凍り付いた。
胴体の側面、国籍マーク―――羽ばたくモズのシルエット―――の後ろ、ちょうどユウキが座る位置の外側付近に、あの忌まわしき流れ星勲章の意匠が綺麗に描かれている。
胴体の反対側に回ってみると、ご丁寧なことにそちら側にも同じペイントがなされていた。
後から来たエミリアも流れ星のペイントに気づいて声を上げた。
「あら、素敵。これ、シャルミナが描いたの?」
「はい~、うちって機体と搭乗員が固定だからいいかなって思いまして~。どうですか~? うまく描けたと思うんですけど」
そう、確かに他所ではこうはいかない。通常の航空隊では、機体の数以上にパイロットがいるため、搭乗する機体は毎回変わる。当然、パーソナルマーキングなどする余地はない。
しかし、アイギス級の航空班の場合、予備パイロットはいないため、一機の機体に対しては、常に同じパイロットと兵器システムオペレーターが搭乗する。
「『流れ星』を名乗れるのはシェリング少尉だけですから~、描かない手はないかな~って思いまして~」
「いいじゃない、格好いいわ。ありがとう、シャルミナ」
ユウキ自身は、流れ星勲章を名誉ある勲章だと思っていない。なんで『私が我が軍で一番多く撃墜された下手くそです』という看板を背負って飛ばなければならないのか。正直、勘弁してくれと言いたい気分である。
ただ、ユウキは空気の読める男であった。苦労してマークを描いてくれたシャルミナと、それが素敵だと褒めるエミリアに対して、「余計なことをしないでくれ」とか「すぐ消せ」などと言えるはずもなかった。
ユウキは無言で、『へそ曲がりな流れ星のジーク』になってしまった相棒をポンポンと叩くと、コクピットに乗り込んだ。




