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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『泥だらけの流れ星』編
15/39

2 航空班再始動

 ドック技術者達からのアナンタ引き渡しが完了した。


 修理・整備とも問題なく完了し、カタログスペック通りの能力を発揮できる状態に戻ったとのことだ。

 各クルーは午後からの出渠に備え、持ち場の確認や機器の設定、修理箇所の確認など、忙しく動き回っている。


 そんな中、活動できない者達が4人・・・。


 搭乗すべき機体を失った航空班員である。各自自室に私物を運び込んだ後は特にすることがなく、搭乗員待機室でたむろしていた。


「一番機の受け取りの件は連絡ついたかね?」


 班長クラスの連絡会議のため艦橋に行っていたガービン中尉が尋ねた。


「はい、今日の16:00以降に取りに来てくれとのことでした」


 先のレン事変で主機関を含む後部胴体に大きな被害を受けた一番機は、メーカーに搬入の上修理を受けていた。


「二番機の補充の件はまだ連絡なしか・・・。仕方ない、私とウィルで一番機を受領してこよう」

「中尉が行かれなくても私がウィルと行ってきますが?」


 エミリアが控え目に手を挙げた。


「いや、二番機の件はいつ連絡が入るかわからん。君とユウキは待機してくれ」


 ガービン中尉はそこまで言って肩をすくめた。


「どのみちグリフィンが来るまで我々の仕事はないんだ。私も残っていても仕方ないよ」


 そう、レン事変で喪失した二番機の補充はまだ目処が立っていない。

 元々、新鋭機であるグリフィンは、未だ各部隊に行き渡っていないのだ。その上、アイギス級に配備されるのは全てが複座型であり、生産機数の少ない複座型の確保は想像以上の困難が伴っていた。


「これ、もしかしたら何ヵ月か一機だけで運用しろとかあるんじゃないですか?」


 心配げなエミリア。ユウキも大丈夫だと言える要素が見つけられず、かける言葉が思い浮かばない。


「心配してもしかたがないさ。我々がどうこうできる問題でもないしな。待つだけだよ」


 いつも冷静なガービン中尉の言葉でその場は収まったが、することのない四人は相変わらずだらけて待つだけであった。




 同日午後2時。アナンタは修理ドックを出て、ルーデン基地の港湾ブロックに停泊している。

 現在、艦は弾薬・ミサイルの搭載作業中であり、港湾作業員らが艦に取りついて忙しそうに動き回っていた。

 一方、ユウキとエミリアは相変わらず搭乗員待機室でだらけている。ちなみに、先程とは一緒にだらけているメンバーが違う。


 ガービン中尉とウィルは一番機受領のため、すでにメーカー工場に出かけていた。

 今、搭乗員待機室にいるのは、これも機体が来るまですることのない整備班の面々だ。


「クラム少尉~。休みの間面白いことなかったんですか~」


 椅子に座り、肘掛けにしなだれかかったシャルミナがいつも以上に間延びした声で尋ねた。


「私は実家に帰ってたって言ったでしょう。あなたこそ、何か面白いことなかったの?」

「そういやシャルミナは何してたんだ?」


 そういえば、シャルミナの私生活についてはあまり知らない。ロドマン軍曹良い質問である。


「部屋にこもってネットしてました~」

「・・・」

「一週間ずっと?」

「そんなわけないじゃないですか~。ちゃんとご飯食べに出たりしましたよ~」

「・・・」


 ユウキは、改めてシャルミナの容姿を観察する。褐色の肌に、やや幼さを感じさせる整った顔立ち。レンズの大きい眼鏡も彼女の愛らしさを引き立てている。

 首から下を見ても、出るところは出たメリハリの効いた体つきであり、視覚的な総合点はかなり高いと思うのだが・・・。


 残念美人だな・・・。


 壁のインターホンが突然呼び出し音を鳴らし、ユウキの思考を中断させた。

 一番近くにいたロドマン軍曹が受話器を取る。


「はい、こちら搭乗員待機室。ロドマンです。・・・はい・・・はい、おります。しばらくお待ちください」


 軍曹は受話器を口から話すとユウキの方に顔を向けた。


「シェリング少尉。艦橋からです。二番機の補充について連絡があるので替わるようにと」

「何! もしかして補充の段取りついたのか?」


 ユウキは椅子からポンと立ち上がると、受話器を受け取った。


 話の内容はこうだ。

 グリフィンを装備する第302戦闘飛行隊から、複座型のグリフィン一機を融通してもらえることになった。現在輸送艦により搬送中で、本日16:30にはルーデン基地の第4埠頭に到着する。引き取りに来られたし。


「よし! これで航空班は完全再始動できるわね!」

「第4埠頭なら今すぐ出るぐらいでちょうどいい、行けるか? エミリア」

「もちろんよ!」


 ユウキは受話器の向こう―――通信班のグレンジャー少尉―――にすぐに受け取りに向かう旨を伝えた。

 一言二言やり取りして受話器を置く。


「スミス中尉。先方からの要望ですが、機体についてこまかな引き継ぎをしたいので整備員を一人帯同して欲しいそうです」

「お安いご用だ。こちらも暇だからな。そうだな、二番機のことだから・・・シャルミナ! 行ってこい」


 シャルミナは二番機の機付き整備士、つまり二番機の整備責任者という立場だ。確かに、シャルミナが行くべきだろう。


「了解しました~。行きは3人でトラム。帰りは二人で機体搬送、私はトラムって感じですね~」


 コロニー内では、電車・モノレール・リニアモーターカーなど、固定された軌道を走行する乗り物は、ひっくるめて『トラム』と呼ばれている。


「え、別に三人でグリフィンに乗って帰ってくればいいじゃない。シャルミナだったら後席の私の上に座ればいいわ」

「それはありがたいですけど~。いいんですか~」

「構わないわよ、別に乗機定員オーバーって言われることもないんだし」


 エミリアから問いかけるような視線を受け、ユウキも答える。


「ああ、問題ないと思うぞ。エミリアとシャルミナがいいならそれで行こう」

「よし、じゃあ決まりね、早速行きましょう」




 ルーデン基地第4埠頭。


 ルーデン基地は元々民生コロニーだっただけに埠頭の数も多く、軍ではやや持て余し気味で、第4埠頭も日常はあまり使われていない。たまに、今回のように輸送艦のイレギュラーな荷物積み下ろしで使用されている程度だ。


 ユウキ達が着いた時には、目的のグリフィンは既に輸送艦から降ろされ、重量物搬送路の真ん中に駐機されている状態だった。

 とりあえず、グリフィンの近くにいた輸送艦クルーに声をかけ、機体の引き取りに来た旨を告げる。


 そのクルーは「責任者を呼んできます」と言って小走りで輸送艦に戻っていった。

 小走りといっても、埠頭内は微小重力に設定されているため、跳ねるような走り方である。


 ユウキはいつもの癖でグリフィンの胴体を撫でる。搬送されてきたばかりのため、流体装甲はまだ展開されていない。毛皮のような、もしくは柔らかな羽毛のような手触りが心地よい。

 ふと隣を見ると、シャルミナもグリフィンの機首をなでなでしながら和んだ顔をしていた。


「ちょっとあなたたち、輸送艦のクルーに見られたら変な人だと思うからやめてくれない?」

「え~、クラム少尉も触ってみればわかりますよ。流体装甲を張ってない時のグリフィンは目茶苦茶毛並みいいんですよ」


 ゲル状の流体装甲を装甲表面に確実に保持するため、羽毛状の繊維が植え付けられた装甲表面は触り心地抜群だ。


「いや、知ってるけど」

「それに~、流体装甲を展開する時にこの羽毛を逆立てたり、震わせたりするグリフィンがまた最高に可愛いんですよ~」


 そう、表面の起毛は、流体装甲を展開・収納する際、電磁力で動いて流体装甲の移動を補助する役割を担っている。


「いや、それも知ってるから」

「あの~、よろしいですか?」


 そんなやりとりをしている内に、輸送艦のクルーが近くまで来ていたらしい。


「はい、駆逐艦アナンタから機体の受け取りに来ました、ユウキ・シェリング少尉です」


 瞬時に真顔に戻り、何事もなかったかのように応対するユウキ。気のせいか隣のエミリアからの視線がやや冷たい。


「了解です。機体の受領確認は個人用携帯情報端末(PMIT)で行います。今、引き渡しの入力しましたので、受領確認お願いします」


 ユウキの個人用携帯情報端末(PMIT)に物品詳細と受領確認を求める画面が表示される。ユウキは機体のシリアル番号が間違いないことを確認して受領処理を行った。


「オーケーです。機体の引き渡し自体はこれで完了です。あと、整備士の方に引継ぎと渡したい資料があるので、ちょっとこちらに来ていただけませんか?」

「わかりました~、ちょっと行ってきます~」


 シャルミナはユウキ達に声をかけると、輸送艦のクルーと一緒に歩き出した。

 エミリアがその背に声をかける。


「ゆっくり引継ぎしてきたらいいわよ。こっちは初期設定とかして待ってるから」


 シャルミナは一礼して輸送艦に向かった。


「さて」


 ユウキは再びグリフィンの胴部に手を置き、額を装甲板につけた。相棒となる機体への挨拶だ。

 前にも一度その姿を見ているエミリアは、何も言わずに待ってくれた。そして、ユウキが装甲板から額を離したのを確認してから、コクピットへのタラップに足をかける。


「前も思ったけど、機体に何をお願いしてるの?」


 ユウキもコクピットに上がる。


「お願いしてるわけじゃないさ。これから命を預けるんだから、よろしくって挨拶しているだけだよ」


 ユウキは待機モードになっていた機のシステムを起動させた。

 起動確認後、PMITを接続し、保存している個人設定を機のシステムにロードする。

 シートの位置、操縦桿やスロットルレバーの感度、ペダルの堅さや位置などが自動的に調整される。

 恐らく後席でもエミリアが同じ作業をやっているだろう。


指令(コマンド)、音声認識確認だ。俺はユウキ・シェリング少尉。音声は正常に認識できるか?」

「了解、ユウキ・シェリング少尉。音声認識は正常に機能しています」


 グリフィンは落ち着いた女性の声で返事をした。


「よし、これからよろしく頼むぞ」

「了解、よろしくお願いします」


 ユウキは一瞬思考が止まった。グリフィンのシステムはこんなにフレンドリーに返事したっけ? 『よろしく頼む』は漠然とした内容なので指令とは認識されないはずだから、返事がないのが普通なはずだが・・・。


「ユウキ、グリフィンの音声はこのままでいいかしら。希望があれば変えてくれてもいいけど」


 エミリアの声で疑問を頭から振り払う。システムが愛想良いとか悪いとか、どうということもない些細な問題だ。


「エミリアが嫌じゃなければこのままでいいと思う。落ち着いたいい声じゃないか」

「私も嫌いじゃないわ。じゃあこのままにするね」


 システム設定を終え、視線を上げたユウキは、シャルミナが書類らしきものを抱えて輸送艦から戻ってきているのに気づいた。


「シャルミナが来たぞ」

「あら、本当ね。なんか難しい顔してるけど、何かあったのかしら」


 喋っている間に、シャルミナはコクピット下まで寄って来た。


「どうですか~、設定終わりましたか~」

「ああ、こちらは終わった」

「こっちも完了よ」


 ユウキはコクピットから身を乗り出し、タラップの様子を確認しながら言った。


「いつでも出れる、シャルミナの方も用件は終わったか?」

「こちらもオーケーです~」

「じゃあ乗って。アナンタに帰りましょう」


 シャルミナは書類を抱えたままタラップを上り、エミリアの膝の上に腰を下ろした。


「失礼します~」


 ユウキはタラップの収納操作を行い、コクピットから身を乗り出して確実に収納されたかどうかを目視で確認した。問題なし。


「ハッチ閉じるぞ」


 コクピットハッチが閉じ、コクピット内のモニターが外を映し出す。


「うん、モニターも異常なし」

「じゃ、帰るか」


 ユウキはグリフィンを最小出力で離床させ、港の出口へ向かう。アナンタのいる埠頭に行くには、一度港外に出てから戻る必要があった。


「少し慣らしでもしていくか」


 簡単な機動を試しながら帰ろうかと考えていたユウキに後席から釘が刺さった。


「後ろに乗客がいることを忘れてないでしょうね」

「はい・・・」

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